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雨の季節の陸上部

 そろそろ梅雨も本番だといったある日の放課後、

 万屋のすぐ横のなにもない大地にゲートの結界機能を利用した白線を引き、僕と元春が正則君の練習に付き合っていたところ、いつもより少し遅れてやってきたマリィさんが、僕達を見つけて小走りで駆け寄りながらもこう訊ねてくる。


「随分と熱心になにをやっていますの?」


「いらっしゃいませ。マリィさん。

 実は向こうの世界が雨続きでして、正則君が陸上――走る練習ができないからと、こっちで練習をしているんです」


「あら、そちらでも雨が多いのですね」


「そちらでも――ということは、マリィさんのところもですか」


「いえ、ガルダシアは今の時期、雨はあまり振りませんわよ」


 そういえば、マリィさんのお城があるのは内陸の山の中になるんだっけ。

 かなり大きな大陸の中にあるって話だから、梅雨とかそういうのはないのかな。

 しかし、それならいまマリィさんが話した雨が多いというのはどこの話なんだろう。

 気になって聞いてみると、それはアヴァロン=エラのことらしい。

 なんでも最近、仕事の息抜きに魔王様やエクスカリバーさんとおしゃべりしようと、お昼の時間に万屋を訪れるといつも雨が降っているそうなのだ。

 実際に調べてみると、たしかに僕が学校に行っている間とか、深夜の時間帯にけっこう雨が降っているみたいである。

 いままではこんなことはなかったと思うんだけどディーネさんになにかあったのかな。


 と、マリィさんからの情報に、僕がこの世界の天候に大いに関わる水の大精霊を心配していると、マリィさんは魔法窓(ウィンドウ)に表示されるカウントダウンに合わせて走り出す正則君にたぷり胸を抱えるように腕組みをして、


「しかし、走る訓練ですか……」


「ん、マリィちゃん、あんまピンときてない感じ?」


「いえ、(わたくし)もこういう訓練はそれなりにしているのですが、いま正則が行っているような本格的――ですか、こういう訓練は初めて見るものでしたので」


「マリィちゃんが走る訓練……」


 うん。元春がなにを考えているかはその視線を辿れば一目瞭然だね。

 と、そんないつも通りの元春は放っておいて、


「まあ、走る訓練といっても正則君がいましている練習は特殊なものですからね」


「特殊、ですか?」


「ええ、正則君がいましているのは短距離走――つまり、短く区切った距離を走る速さを競う競技の練習ですから」


「距離を決めて速さを競う……、『かけっこ』のようなものですか」


「その最たるものですね」


 まあ、場所によっては群雄割拠な状態のマリィさんの世界では、世界的な規格により走る距離なんかを決めて競い合うなんて競技は無理だろう。


「それは、虎助達もしていることですの」


「いえ、これに関しては僕達はほぼやりませんね」


 百メートル走なんて陸上部でもなければほぼ走ることはないだろう。


「ただ、これに近い練習はしますね。母さんにもやらされますし」


「それは――、可能なら(わたくし)も受けたいですわね」


「え゛っ……、イズナさんの特訓を受けるって、マリィちゃんってそういう趣味なの?」


「はて? その趣味というのはよくわからないのですが、(わたくし)走るのがそこまで得意ではありませんから」


 でしょうね。

 というか、元春もそこを見ない。


「でもよ。イズナさんに特訓してもらっても、単に体力があがるだけなんじゃね」


 まあ、母さんの訓練は基本スパルタだからね。スタミナが上がるのは間違いないけど。


「いや、ちゃんと走るフォームとかも直してくれるよ」


「マジで言ってんのか」


「いや、元春も母さん主催のキャンプの時にさんざんフォームを直されたじゃない」


 実際、山歩きなんかの時、足の運びだとか、腕の振りだとか、元春もさんざん注意されてきたじゃないか。

 僕がそう言うと、元春は「あれがそうだったんか」とビックリしているようだ。

 まあ、あれはあれで、子供の頃のちょっとした姿勢矯正のようなものでもあったから、元春が勘違いするのも無理はないか。

 ただ、そんな元春の一方でマリィさんは、


「しかし、それにしては元春の動きはそれほどのものでもないような気がしますの」


「ひどっ!! マリィちゃんそりゃないぜ」


 少なからず共闘してきた関係から、元春がどんな動きをするのかマリィさんにもわかっている。

 だが、これに関して元春を少しフォローするとするなら。


「体格や目的によっても求められる用途が変わってきますから」


 単純に陸上競技だとしたら、ただその人が持つ骨格の中で最適のフォームを作っていけばいいのだが、例えば、獲物をとらえる為の隠密行動をするとなると、また違ったフォームが必要になってくるのだ。

 特に元春なんかはそっちの方面に特化していて、その技術を盗撮なんかに使っている為、ある意味ではその恩恵に預かっているのだが、それにはあえて触れないようにした方がいいだろう。


「ならば(わたくし)もイズナ様に教われば、多少は早く走れるようになるのでしょうか」


「そうですね。

 でも、母さんの特訓は厳しいですから、マリィさんさえよろしければ僕がお教えましょうか」


 ひよりちゃんという前例もあるし、母さんもマリィさん相手なら無茶はしないだろうけど、この手の訓練は完全に母さんのさじ加減だ。マリィさんの魔法の腕を考えると、母さんもちょっと無茶なことを言い出すのかもしれないし、マリィさんの場合、母さんがこのアヴァロン=エラに訪れる時間にあまりいないということもある。それなら僕が教えた方が手っ取り早いのではないかと、そう申し出たところ、「それならば――」とマリィさんも乗り気なようで、さっそくレクチャーといこうと思ったのだが、

 ただ、そこに元春が割り込んできて、


「運動するなら動きやすい格好、たとえばジャージとかに着替えたほうがいいんじゃないすか?

 あと、こういうのってトワさんとかも気になるんじゃないんすか」


「それは、そうかもしれませんわね」


 どこか必死さを感じる元春の説得に頷くマリィさん。

 ちなみに、元春がわざわざ割り込みをかけてまでマリィさんを説得したのは、別にマリィさんを思ってのことではないだろう。純粋にマリィさんのジャージ姿を――、トワさんのジャージ姿を見たかっただけとかそういう理由なんだろう。


 ただ、元春の指摘したこともあながち間違いでもなくて、

 ジャージというと防御力の面で多少心配ではあるのだが、そこはミストさん特製のジャージだ。魔法金属でもなんでもない鎧よりかは遥かに防御力が高いということで、


 結局、元春の意見に特に反対するでもなくマリィさんを見送って十数分――、

 マリィさんが帰ってきたみたいだ。

 ただ、マリィさんが連れてきたのはトワさんだけではなくて、

 聞けば、マリィさんがトワさんを走りの練習に誘いにいったところ、ちょうど武闘派のメイドさん達が休憩時間で、どうせだから私達もと手を上げた結果、このような大人数となってしまったみたいだ。


 と、そんなこんなで勢揃いしたマリィさん率いるジャージ軍団なのだが、僕達のところまでやって来たところで、これはメイドさん達を代表してかな。トワさんが困惑したように聞いてくるのは、


「あの、そちらのお二方はどうしてしまったのでしょう。もしや私共の誰かが粗相をしてしまったのでは?」


「ああ、二人なら大丈夫です。ちょっと疲れてしまっただけでしょう」


 トワさんからの遠慮がちな問い掛けに僕が微妙な目線を送るのは、百メートルの直線のスタート地点で直立不動で固まる元春とクラウチングスタートのポーズのままで動かない正則君。

 ちなみに、この二人が動けないのは、元春はただ純粋にジャージ姿のトワさんのご降臨に緊張で固まってしまい、正則君はやや小走りでやって来たマリィさんの胸部のダイダルウェイブを見て立ち上がれなくなってしまったからである。


 だから、二人を心配することはないと、本当の理由を隠しそう伝えた上で、それぞれの走りを見るために、正則君がプリッとお尻を上げたまま動けないでいるすぐ横にまた二本のコースを作成。メイドさん達の走りを確認した上で、


「トワさん、スノーリズさん、ルクスちゃんの三人はほぼ直すところはありませんね。ただ走るだけにしたら完璧に近いフォームです」


「そうなんですの?」


「はい」


「完成されてるって感じだよな」


 ちなみに、僕とマリィさんの会話に絡んでくるのは体育座りをした正則君。

 いつまでもクラウチングスタートの格好で固まっているのも不自然だからと、マリィさんやメイドさん達に自分の状態がばれないように、メイドさん達がテスト走行をしているその隙に、クラウチングスタートの状態から横に転がるように体育座りに移行したみたいだ。

 どうして体育座りなのかは言うまでもないだろう。


「ただ、ルクスちゃん以外の二人は、走り始めに、もう少し体を緩めた方がいいかもですね」


「スタートダッシュがちょっとぎこちないような気がするな」


「そうなのですか」


 僕と正則君の指摘に考え込むようにする二人。


「あくまで気になる程度ですけどね」


「しかし、気付かれるようなクセなら直さなければなりません」


「なにかこれといった解決方法はあるでしょうか」


 そう言われましても――、

 一度染み付いたクセをアドバイス一つで直すのはなかなか難しいものである。

 基本的に、そのぎこちなさをなくすように反復練習をするのが一番の近道なのだが――、


「とりあえず、まずは軽くジャンプをしてから走る練習をしてみてはどうでしょう」


「軽くジャンプですか」


「全身をリラックスさせるのにはちょうどいいんじゃないかと思いまして」


 本来それは無駄な動作であるが、走り出す前、軽く飛び上がることで全身の硬さを取り、さらに足のバネを上手く利用することが出来る。

 逆にこれがクセになってしまっては本末転倒となるのだが、そこはトワさん達も重々承知しているだろうし、おそらくクセになることはないだろう。


 と、そんな感じで簡単なアドバイスではあるが、僕と正則君でメイドさん達の問題点をいくつか上げていき、最後に残ったマリィさんにかけるアドバイスは、


「マリィさんには古武術の動きを覚えてもらった方がいいのかもしれませんね」


 マリィさんの場合、その胸にある二つの大きなウエイトが走ることへの大きなハンデとなっているので、その影響を限りなく減らすために、上半身のブレが少ない、古武術などで見かける上半身のブレが少ない動きを意識するといいと思うのだ。


「ナンバ走りってヤツか」


「それに近い感じかな」


 ちなみに、いま正則君が言ったナンバ走りというのは、かつて日本で一般的だったという説のある走法で、手と足を同時に前に出すことで、地面を滑るように動けるという代物である。

 ただ、それを単純にやれと言っても難しいので、


「それで(わたくし)はどのようにすればいいんですの?」


「難しいことではありませんよ。上半身を上下に揺らさないように足を前に前に出して進んでいくだけです」


 イメージとしては歌舞伎なんかで見られるようなすり足の延長上にある動きかな。

 実際に僕が見せて教えるのだが、マリィさんはそれが上手く真似できないようだ。


「難しいですわね」


「こういうのは慣れですからね。意識的に練習をすれば、その内に無意識にそういう動きになっていきますよ」


 最初は違和感があるだろうが、こういうものは使っている内に慣れてくものだ。


「できれば、これに魔法を併用する感じにすればもっといいんですけどね」


「と言いますと?」


「たとえば、マリィさんがよく使っている〈追い風(フォローウィンド)〉の改良とかですか」


 本来、この〈追い風(フォローウインド)〉という魔法は、自分の体に風を当て、それによって走る速度を上げるという魔法であるが、それをそのまま滑るように移動する古武術の動きに使うと効果が落ちてしまう。

 だから、そういう動きに合わせて改良した魔法を作れば――、

 これは僕や母さんの強化にもつながるかもしれないから、後でソニアに相談するとして、


「とりあえず、それはこの走りをマスターしてからですね」


「ですわね」

◆次回は水曜日に投稿予定です。

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