忍者vs元獣人戦奴
◆十一章です。
雨上がりの早朝、魔王様を始めとした精霊の森の一同とメイドさん達という異色のギャラリーが見守る中、赤茶けたアヴァロン=エラの大地にて対峙する男が二人。
片方は狼の獣人。くたびれた革の鎧を装備する細身の獣人だ。
もう片方は、特注の黒いジャージを身にまとう普通の男子高校生。つまり僕。
そして、対峙する僕達の中央、黒装束を着た母さんが軽く片手をを振り上げて、
「じゃあ行くわよ。始め」
開始の合図と共に先手を取ったのは狼の獣人。ボロトス帝国の獣人戦奴として魔王様――というか、ニュクスさんが暮らす森に攻め入る手伝いを強制させられたヤンさんだ。
ヤンさんは狼の獣人として備える柔軟なバネを存分に生かして踏み込みで一気にダッシュ。
僕の懐に飛び込むと、勢いの乗ったパンチを繰り出してくる。
僕はそんなヤンさんの攻撃に対し、その勢いを削ぐように軽くバックステップ。
軽く手を添えるようにしながらそのパンチを受け流してゆく。
さて、今更ではあるが、どうして僕がヤンさんと戦っているのかというと、ことの発端は数日前――、
それは森の周囲に展開するボロトス帝国の兵士たちを討伐した後のことだったそうだ。
リドラさんを中心とした野営地急襲作戦にて、ディストピア内に幽閉したボロトス帝国の兵士たちを森の外で開放、作戦に加わってくれた獣人戦奴たちから万屋提供の装備を回収していた時に、どういった経緯からそういう話になったのかは詳しく聞いていないのだが、僕が強いという話題があがったそうだ。
その称賛の声が獣人戦奴たちのなにか琴線に触れたのか、討伐作戦に加わっていた元獣人戦奴の一部から、そんなに強いというなら僕と戦わせて欲しいと、そんな嘆願があがり、なぜか僕が獣人たちの代表であるヤンさんと戦うことになってしまったのである。
ただ、僕としては、自分がそんな自慢されるほど強いとは思ってないし、正直こういう対決のようなことはあまり気乗りはしなかったのだが、僕が強いと最初に言い出したのが魔王様で、運が悪くも対決のお願いをされていたそこに母さんがいたことで、「それはいい修行になりそうね」と、トントン拍子にこの対戦をする運びとなってしまったのだ。
ちなみに、ここにトワさんを筆頭とした、ガルダシア城のメイド隊がいるのは、きょう母さんがここに来ることがわかっていたからだ。
トワさん達にとって母さんとの修行は勉強になることが多いそうで、母さんがこうして訓練に加わる際にはほぼ確実に集まって来てくれるのだ。
ただ、こういうイベントにはいつも顔を出しているマリィさんはこの場にはいない。
別にこれは、マリィさんが朝が弱いとか、寝坊したとか、そういうことではなくて、マリィさんまでこの早朝訓練に顔を出すとなると、その身なりを整えるために、メイドさん達の起床時間が二時間から三時間早くなってしまうということで、マリィさん自ら遠慮をしているという事情があるそうな。
さすがに、このイベントのためだけに、トワさん達にニュースキャスターみたいな起床時間を強いるのはブラック過ぎるからね。
さて、そんな事情から始まったヤンさんとの試合なのだが――、
正直、可もなく不可もなくと言った感じかな。
やはり獣人というだけあって、ヤンさんの動きはかなり素早くはあるのだが、僕からしてみるとヤンさんよりも素早い魔獣との戦闘経験もそれなりの数をこなしているし、なによりヤンさんの攻撃はかなり素直なものなのだ。
慣れてしまえば先読みも簡単で、
正則君あたりなら、鎧をつけずともいい勝負が出来るんじゃないのかな。
僕はヤンさんの攻撃を捌きつつもそんな無駄なことを考える。
そして、何度攻撃をいなされても諦めずに飛びかかってくるヤンさんにすれ違い様に投げをうったところで、
「ぐっ、腕だけで飛ばされるだと、風の魔法か」
いいえ、単なる浮落です。
「……カッコイイ」
「あれは力でも魔法でもありませんね」
「おそらくは純粋な技なのではないでしょうか」
何故かみんなが驚いてるみたいだけど、母さん相手ならともかく、猪突猛進なヤンさん相手なら、この程度は別に驚くような技術じゃないと思うけど。
もしかして、剣と魔法が主流の世界だとこういう投げ技とかの技術はあまり発達していないのかな。
そもそも、遠距離に魔法、接近しても武器を使うのが一般的ってなると、パンチやキックくらいならともかく、投げ技を使うなんてシチュエーションはそうそうないだろうからね。
と、僕がまた余計なことに思いを巡らせている間にも、投げられたショックから素早く立ち直ったヤンさんが、ふたたび攻撃を仕掛けてくるのだが、することは結局いままでと変わらないただの突撃で、
そろそろフェイントを入れてもいい頃なんだけど。
もしかすると、元戦奴ってことで、こういう戦い方をクセ付けられているのかな。
でも、それならそれでいろいろやりようはあると思うんだけど。
ただ、これだけ素直に向かってきてくれるとちょっと楽しくなってくるな。
僕はまるで自分が達人にでもなったみたいにポンポンと投げ技が決まる状況に、せっかくだからと前に母さんの紹介で知り合った先生から教えてもらった投げ技をいろいろ試していく。
すると――、
おっと、ここでようやく攻め手を変えてくるみたいだ。
「くっ、こうなれば――、
〈野生の目覚め〉っ!!」
これは身体強化の魔法かな。
ヤンさんが空に向かって遠吠えをしたかと思いきや、体内の魔力を不自然に活性化させたと思いきや急なパンプアップ。
隙だらけだけどこれは待った方がいいんだよね。
ということでお約束、僕が母さんがどう判断するのかを気にしつつ、ヤンさんの強化を待っていると、数秒してヤンさんの強化が終わったみたいだ。
「気をつけてくれよ。こうなっちまうと手加減ができないからな」
これは定番になるのかな。
強者感あふれるセリフを口にしながら飛びかかってくるヤンさん。
だけど、筋肉が肥大化した所為で動きが遅くなった?
というかこれって、どこかで見たことがある失敗なんじゃないかな。
僕は「くそっ、なぜ当たらない」と当たり前のことを言うヤンさんに、なんて言ったらいいものか――、そんな苦笑を思わず滲ませながらも、すれ違いざまに取った手に振り回されるようになりながらも抱え込み、捻り込むように身を翻しながらも大きく肥大したヤンさんの肩に足をかけて関節を極める。
そして――、
「降参してくれますか?」
「こんなもの――」
ヤンさんとしてはこの強化魔法に相当な自信があったのだろう。関節を極める僕に対して力技で逃れようとするヤンさん。
しかし、残念ながら僕が使っているこの関節技は力では外れない。
この関節技は腕を固定するだけの力があれば、後はテコの原理などの効果によって少ない力でこの状態を維持できるのだ。
「無理しない方がいいですよ。折れてしまいますから」
そして、ここから無理やり振り払おうものならば骨折の危険性もあるだろう。
それでも意地のようなものがあるかもしれないが、これ以上無理をしたところで腕を痛めるだけなので、ここはちょっと力を込めてっと。
「痛だだだだだだだ、わかった、わかった。俺の負けだ」
ようやく詰んでることを理解してくれたみたいだね。ヤンさんからの降参宣言だ。
しかし、相手が母さんの場合、ここで油断して技を解くとこれ幸いにと攻撃を仕掛けてくるので。
僕は緊張感を残しつつも素早くヤンさんの肩上から離脱。
母さんの試合終了宣言を聞いたところで、ようやく警戒を一段緩める。
そして、もし今の技でヤンさんがどこか痛めていたら悪いと、錬金術の練習に、僕や次郎君が定期的に作っているポーションをマジックバッグの中から取り出してヤンさんの治療に向かう。
すると、ヤンさんはそんな僕に勢いよく頭を下げて、
「疑って悪かった。お前は強い」
「いや、僕なんてまだまだですよ。さっき審判を務めてくれていた女性、あの人は僕の母さんなんですけど、母さんは僕の百倍は強いですから」
「あの女はオマエの母親だったのか。
しかし、オマエの百倍というのは言い過ぎではないか。
どうみても強いようには見えないのだが――」
治療を受けながらも訝しげな目で母さんの方を見るヤンさん。
ただ、彼が言わんとしていることはわからない。なにしろウチの母さんは日本人でも小柄な部類で『人は見かけによらない』という言葉の代表格なのだ。
「ヤンさんは魔王様の強さを知っていますか?
母さんもそういう人間だと考えてください」
ということで僕は、いまの浮落をさっそく教えてもらおうと、母さんに駆け寄る魔王様を見て、ヤンさんに忠告をするのだが、ヤンさんはまだ魔王様の真の強さを知らないのかも知れない。半信半疑といったご様子なので、「まあ、戦ってみたらわかりますよ」僕が言うと、ヤンさんは本当に純粋な人なんだろう。「お前がそういうのなら――」と治療を終えるとすぐに母さんの方へと歩いていき、なにを思ったか母さんに勝負を仕掛けたみたいだ。
本当に猪突猛進な人なんだね。
「本気で来なさい。でないと死ぬわよ」
うん。その結果は言わずもがなだ。
僕ほど優しくない母さんは、先程の焼き直しを見るかのようなヤンさんの攻撃に、カウンターで投げを打ち、したたか痛めつけたところで、純粋な格の違いを見せようというのか、力という面でもがっぷり四つ、受け切ると、そのまま殺気を叩きつけ、精神的にもマウントを取りに行ったみたいだ。
あっという間に、己がすべてを母さんに封殺され、その場に崩れ落ちるヤンさん。
そんなヤンさんの小さくなった後ろ姿に、僕が『後のフォローが大変そうだな』そう思っていたところ。
「やはりイズナ様は凄まじいですね」
「トワさんから見てもそうですか」
「比べ物になりませんね。おそらくはカイロス伯爵でも、先ほど相手にした彼とそう変わらぬ結果となるでしょう」
ちなみに、いまトワさんが言ったカイロス伯爵というのはトワさんたちのお父さんだったかな。
多くの女性に子供を産ませて、すべての子供に自分が持つ技術の一端を与えたとかなんとかいう、どこぞの漫画キャラクターみたいなことをリアルにしてしまった性豪だという話である。
「そもそもイズナ様の得意分野は暗闘なのですよね。訓練でも軽くあしらわれている身としてはゾッとしません」
たしかにトワさんの言う通り、今回のように面と向かった勝負でも圧倒的に強い母さんだが、その本質は何でもありの現場にある。
例えば、森の中での戦いの場合、たとえ相手がトワさんでも、トワさんが母さんを見つけるよりも早く、母さんはトワさんを文字通り仕留めることが可能なんじゃないかな。
「しかも、イズナ様はまだ魔法を覚え始めたばかりだといいます。その状態ですらああなのですから、本当に敵いませんよ」
こっちもスノーリズさんの言う通りかな。
いまのところ母さんは自力での魔法というよりもソニアと一緒に開発したマジックアイテムをメインに使っているみたいだからね。
これが実際、魔法を使い始めたら手がつけられない。
なによりも、そんな魔法の修行にと、龍種などの強力な存在を挑んでいたりするから、それによって更に強化されていくというプラス方向のスパイラルに入っているからね。
でも、純粋な魔法戦闘ともなると母さんにもまだまだ付け入る隙はあるんじゃないかな。
条件にもよるけど、魔王様やマリィさんなら母さんを完封できると僕はそう思っている。
「惜しむらくはイズナ様の戦闘技術を純粋な意味で体現できるのがルクスくらいということですね」
トワさんや、スノーリズさんと母さんとでは最終的な戦闘スタイルがまったく違う。
そういう意味では、二人としてはちょっと複雑な思いがあるのかもしれない。
「とはいえ、強者と戦えることはまたとないチャンス。我々もイズナ様の胸を借りてきましょうか」
「そうですね」
そう言って、ヤンさんとの戦いを終えた母さんに向かっていく二人。
僕はとりあえず放っておいたらいつまでのあのままだろうヤンさんを正気に戻すとしようかな。
ヤンさんの心が完全に折れてないといいけど……。
◆イズナ主催の早朝修練の様子でした。
メンバーは様々な世界から一流どころが集まることから、相当なレベルの訓練になっております。
ちなみに、イズナとしてはいい訓練になるからとリドラの参加を望んでいるのですが、数度の参加でリドラは顔を出さない状態になっていたりします。
その理由は言わずもがなかと……。
そして、基本不参加なのがマリィや元春、ロベルトなどです。
マリィ以外はイズナを恐れて不参加です。
ちなみに、試合形式での勝負となると、イズナ、ホリル、トワ。
魔法オンリーの戦闘になると、マオ、マリィ、スノーリズ。
なんでもあり戦闘は、イズナ、マリィ、虎助の順で強いということになっています。
所持する実績の数でいうのなら虎助がトップ、魔力ならダントツでマオになるのですが、それを実際に使って戦闘を行うとなると、経験や性格が出ますので、力=強さにはならないと個人的に上記の予想を立てました。
また、リドラなど、人外のメンバーも加えれば、その順位も変わってきます。
◆新章準備のため、今週と来週は日曜日のみの投稿となりそうです。