漂流物分別の日
パソコンを万屋の和室にセッティングした翌日、僕はとある素材を求めて裏の工房エリアの片隅にある収集場へやって来ていた。
コンクリート土間に鉄骨の骨組み、そしてガルバリウム鋼板の屋根。どこか自転車置場の雰囲気を漂わせる集積場に堆く積み上げられるのは、ボロボロになった装備品や各種魔獣の鱗や角、鉱石や木材などの自然素材だ。
「それで何を探せばいいんですの?」
素材の山を前にして僕に声を掛けてくるのはマリィさんだ。今日も金髪ドリルにダイナマイトボディが眩しい。
「あの別にマリィさんは別に付き合ってくれなくてもよかったんですけど」
「お構いなく、実は前々からここが気になっていましたの」
いつか作ってあげたサラマンダージャージを羽織り、やる気満々のマリィさんは、どうも以前譲った日本刀とかのようなレア武器を求めてついてきたみたいだ。
「でも、レアなアイテムは発見したその場でバックヤードに送られますから、ここにはマリィさんが期待するような珍しいものは無いと思いますよ」
「それでも興味をそそるものは多いですの」
マリィさんが目を向けるのは壊れた装備品や魔具などが集められた一角。
中には希少な魔法金属や未知の魔法式が刻まれていたりするものがあったりするということで、あわよくばそれを自分が作る魔法剣などに使えないかという計算があるのかもしれない。
「了解しました。では、マリィさんのお眼鏡に叶うものがあれば交渉して譲り渡します」
と、そんなこんなで捜索開始。
「それで、今更になりますが、虎助は何を探していますの?」
「雷属性の魔石ですね」
本当に今更ですね。そんなリアクションからの切り返しに、マリィさんは「ん」とハテナマークを頭上に浮かべて、
「雷の魔石くらい万屋になら普通にあるのではありませんの?」
このアヴァロン=エラには漂流物や各世界から訪れる人達によって様々な素材が集められる。
その中には当然魔石も含まれているのだが、
「それなんですけど、今回必要な魔石はこれくらい小さいものなんですよ」
そう言って、指で摘むように示したのは1センチほどの隙間だった。
「成程、なまじ小さな魔石だけに万屋では入手が難しいということですのね。お金になるような魔石は最低でも手の平サイズですものね。ですが、そんなものを何に使いますの?」
「昨日少し話したインターネットという通信をこの世界に引く為の機械に使うんですよ」
無線LANルーターの基幹部品として極小の魔石が欲しいのだ。
と、ここまでの説明を聞く限り、単純にルーターそのものを大きくするか、大きな魔石を自分の好きなサイズに砕いてしまえばいいと考えがちだが、ルーターの方は『そにあ』やベル君の体内に組み込むことを想定している為、日本で手に入れられるものと同等の大きさかそれよりも小さくなければならず、魔石に関していえば、ただ加工するだけでも魔素の吸収速度が格段に落ち、下手な扱いをすれば、即――粉々になってしまう場合もあるとのことで、単純に砕くという訳にはいかないらしい。
「そういう事なら納得ですの。しかし、そんなに都合よく見つかるものですの?内部部品、しかも通信関係のマジックアイテムに使うのなら、同調性や出力など、いろいろと面倒な条件などがあるでしょう」
「ええ、ですから出来るだけ加工が少なく済むように、最初から丁度いい小ささの魔石を探しているんです。常設ゲートがあるアムクラブの探索者さん達にもお願いして、深層でそれらしき魔石を見つけたら、すぐに引き返してもらうように頼んでいるんですが、なかなか思うような雷石が見つからなくて、まあ、バックヤードにある小さ目の魔石を使い潰すつもりで切り出しの方も並行して始めていますので、そこまで熱心にという訳ではないんですけどね」
因みにいま話題に上がった『アムクラブからの探索者さん達』というのは、ベヒーモの一件で一緒に戦ってくれたお客様のご同輩だ。
どうやら、彼等が拠点とする迷宮都市アムクラブに近接するダンジョンの一つ。『飽食の岩洞』の奥深くに存在する魔素溜まりに、常時ここへと繋がる次元の歪みが発生しているらしく、例の共闘をきっかけに、熟練の探索者さん達がカレーを求めてダンジョンの下層を目指すという、なんともシュールな状態になっているそうなのだ。
「最悪、削り出しが完成するまでドロップで代用するという方法もありますから」
「そういえばドロップの解析が終わりましたの?ベヒーモの時はまだ実験段階とか言ってましたけど」
ここでマリィさんの興味が話題にあがったドロップへと移る。
ああ、ドロップというのは賢者様の世界で電池のように使う魔力供給結晶のことだ。
「ええ、賢者様から情報提供を受けまして少量ですが作れるようになりました」
正直、かなり発展した魔法世界の技術なんて、特許とかいろいろな問題があるのではないかと、ちょっぴり心配してみたりもしたのだが、賢者様曰く「異世界だから別にいいだろ」と二束三文(とはいってもあくまで万屋ベースでなのだが)で教えてくれたのだ。
「すると、当然、シェルの方も――」
「ええ。今度、魔法剣タイプのものでも作ってマリィさんに試してみてもらう予定です」
「楽しみですの――」
そんな雑談を交わしながらも素材を漁る手が止まることは無く、その作業で必要無しと脇に避けられた素材等々をエレイン君達がひっきりなしに運んでいく。
と、それを横目にマリィさんが何気ない感じで聞いてくるのは、
「そういえばエレイン達が運んでいった品物はどうしますの?」
「普通に装備品や各種アイテム、新しい施設の建築などにリサイクルですかね。それ以外はオーナーの実験に使われたり、錬金術の分解によってディロックやドロップの作成に利用することになってます」
中には、そのまま僕の世界に持っていって数少ない魔法関係者に流す素材もあるのだが、それをマリィさんに説明したところで意味は無いだろう。
「無駄がありませんのね」
「資源の少ない土地ですから」
資源というなら他の世界にない濃密な魔素という資源が存在するのだが、物質的な恩恵はあまりないというのがこのアヴァロン=エラである。
「確かに、そういう意味ではありふれた端材も無駄には出来ないというのは理解できますの。しかし、オーナーの実験ですか?あの、虎助――、これは聞いてはいけないことかもしれませんが、万屋のオーナーはどうやってマジックアイテムを作っていますの。私もこれまでに幾度か関わり合いになったのですが、その、万屋のオーナーは肉体を持たないのでしょ」
会話の途中、チラッと出てきた名前がふと気になったのだろう。訊ねてくるマリィさんに、僕は「そうですね――」と前置きの言葉を呟きながらも虚空を見上げて、
「マリィさんは〈操糸術〉って魔法を知ってますか?」
「マリオネットを使役する魔法ですわね。ゴーレムの進歩により淘汰された魔法系統だと聞いていますが――、もしやそれで?」
「ええ、オーナーはその〈操糸術〉の達人で、【ドールマスター】の実績を持っているらしいんですよ」
因みに〈操糸術〉という魔法はその表現上、『糸』という文字が使われているが、実際には魔力を使ったラインで自分と人形とを繋ぎ、リモートコントロールで操るという。念力とテレパシーをかけ合わせたような魔法であるとのことだ。
「つまり、肉体を持たないオーナーは人形達を作ってマジックアイテムを作り出していると――」
そこで言葉を区切ったマリィさんは、たぷり、零れんばかりの胸を抱くように腕組み、思案げな表情を浮かべて、
「しかし、ベルやエレインのようなゴーレムを作ることできる技術があるのなら、そちらの方が効率的なのではなくて?」
確かに、効率だけをみるならば、たしかにマリィさんの言う通りなのかもしれない。
だけど――、
「ああ見えてベル君達にも制限がありますからね。質という意味でも数という意味でもオーナーの術は規格外ですから」
曰く、オーナーが本気を出せば人形のみで不死の軍隊を作れるらしい。そして、そんな実力を持った人間が人形を操作したのなら、ゴーレムすらも足元にも及ばない精密作業が可能である。そんな話をマリィさんにしてみると、
「それならむしろ、全てを人形に任せてしまった方がいいのではありませんの」
その発想は当然考えるべき可能性だ。けれど――、
「あくまでそれはオーナー全能力を使って操ったという前提でして、全部の業務をそうやって処理するとなると負担が大きくなってしまいますから――、それに、オーナーは案外さみしがり屋ですからね。自分の意思と関係なく存在するベル君達は精神的にもいいみたいです」
そう、誰も自分を認識できない。そんな孤独の中で一人生きるのは辛いものだ。
要するにベル君達は、所謂、僕達の世界で言うところの介護用コミニュケーションロボットとかそういう役割をも担っているのだ。
「あ、これは内緒ですよ」
シィ――、口元に人差し指を立てる僕に、マリィさんは「分かりましたの」と微笑んでくれる。
そんなオーナーの一面に、少しの同情と多分の温かい何かを胸の中で思いながらも、着実に資材漁りを進めていき、僕は魔石やその代替品になりそうな魔獣素材を中心に、マリィさんは魔法金属製の壊れた装備品などを確保したところで、
「なんでしょう、コレ?」
残りわずかとなった漂流物の中から見つけ出したそれは、鈍い銀の輝きを放つ手の平サイズの楕円体だった。
「卵……ではありませんの?」
マリィさんの言う通り、形はまさしく卵である。
しかし、その卵はどうみても金属製で、
「物質系の魔物が卵を産んだりとか、しませんよね」
「ええ、魔物化した物質に繁殖能力はありません。ただ魔石に似た性質のコアという物質が体内に生まれるといいますが……」
しかし、マリィさんは魔物のコアというものを見たことが無いらしい。
でも、これが魔物のコアだとしたら、無線LANの動力源としてもしかして使えるかもしれないな。
取り敢えずこれはキープしてと、残り僅かになった漂流物をざっと浚い、片付けをエレイン君達にまかせて万屋へ移動。
いつもの上がり框に腰を下ろしたところで興味は銀の卵に戻る。
「それで、結局、この卵のような金属はなのですの?」
せっつくようなマリィさんの問い掛けに、僕が取り出したのは、お馴染みの片眼鏡型魔導器〈金竜の眼〉だ。
片方の目に当て、魔力を流すと、すぐに探査系魔法の代表格〈鑑定〉を基礎とした複合魔法は起動して、鑑定結果が文字となり視界内に表示される。
それによると――、
「この卵の正体はアルミニウムを主原料とした魔法金属で作られたゴーレムみたいですね。〈金竜の眼〉の分析によるとコニュニケーション用ゴーレムとのことです」
「これがゴーレムですって?しかもアルミニウムとは、あのアルミニウムですよね」
僕の世界でアルミニウムの精製法が確立されたのはここ二百年くらいのことだったと思う。そんな金属のことを、どうしてベタなファンタジーにありがちな世界に住むマリィさんが知っていかといえば、それはケーキやお菓子の包装に使われているからで、
一方、そんなアルミニウムをゴーレムの材料として使えるところを見る限り、このゴーレムは僕達の世界に匹敵する。いや、もしかすると賢者様の世界のような魔法と科学が適度に発達した世界からの漂流物なのかもしれない。
と、素材一つにとってもそれなりの検証が出来なくはないけど……。
「取り敢えず動かしてみましょうか?」
「大丈夫ですの?」
なにはともあれ、動かしてみなければ始まらない。そんな僕の提案に、マリィさんが心配そうにする。
普段なら逆の立ち位置になりがちな僕とマリィさんの見解だが、ものが魔動機ゴーレムだけに、高レベルの魔導師として危機感が先に立ってしまうのだろう。
というか、その危機感を、普段、魔法剣を造ったり、使ったり、欲しがったりする時に発揮してくれればいいんだけど……、
「コミュニケーション用とのことですし、大きさからして、強力な魔法式の付与も難しいでしょうから、危険はないと思います。いざとなったらこれで動けなくしますから」
僕は腰に挿していた三次元ディバイダーを抜き取り、マリィさんに見せる。
いざ襲いかかられたとしても、これで四等分くらいにしてしまえば動けなくなるだろう。
そんな風にマリィさんを安心させたところで、お互いの意思を確認するように頷き合い、僕は銀の卵に魔力を流す。
手の平から放射された魔力が銀の卵に吸収され循環する。
その手応えからして、どうやらこのゴーレムには魔石が核として使われている魔動機らしいことが予想できる。
発動させっぱなしの〈金竜の眼〉も同じ分析のようである。
後で調べてみて雷の魔石が使われていたら取り出させてもらおう。そんな事を考えながら魔力を暫く注いていくと、アルミニウム特有の鈍い輝きを放つ表面に幾筋もの魔法式のラインが浮かび上がる。
ラインをなぞるようにひび割れが生まれ、そのひび割れをガイドに、頭が、手足が、スライドするように迫り出してくる。
その姿はまさに――、
「何か変形ロボットみたいですね」
「憎い演出ですの」
僕とマリィさんが興奮に包まれる中で完成したのは、『なんか昔、元春の家かどこかでこんなおもちゃを見たような……』というような、ずんぐりむっくりとした手の平サイズのロボ――もといゴーレムだった。
「それでこのゴーレムは何が出来るのです?コミュニケーション用ということですが」
「そうですね。普通に話しかけてみてはどうですか」
コミュニケーションといえば会話だろう。要するにこのゴーレムは、定期的に流行るロボットホビーみたいなものではないか。そんな僕の予想を聞いたマリィさんは、やや緊張しながらも、腰を屈め、カウンターの上に立つ小さなゴーレムに声をかける。
「で、では――、こんにちは」
そして、一秒もないレスポンスを挟んで、ゴーレムがその小さな体には少し不釣り合いな大きさのフキダシが頭上に浮かべる。
そこに表示された内容は以下のような文章だった。
『よっす。爆乳のねーちゃん。挨拶代わりにそのデッケー胸を揉ませてくれよ』
えーと、なんだろうコレ。〈バベル〉の翻訳機能が誤作動しているのかな?
目をこすってみたりするのだが、内容は変わらずそのままだ。
そして、ふと首筋に感じた寒気にマリィさんの顔を伺うと、さっきまで期待に満ちた表情はどこへやら、ピクピクと目や眉を吊り上げていて、
「あ、あの、マリィさん。落ち着いてくださいね」
「ええ、分かっています。落ち着いていますわ。慣れていますもの。この手の無礼な発言はロベルトで慣れていますもの。所詮はオモチャの戯言ですもの」
うん。ダメだねこれは――、
明らかに怒っているご様子のマリィさんに、僕が空笑いを浮かべたその時だった。ポンッと次のフキダシが表示される。
『オモチャの戯言。アン?俺ッチのことを言ってんのかこのネーチャンは、失礼なヤツだな。栄養が乳にばっかいって頭にいく分が吸い取られてんじゃねえのか』
「クッ、この口調。やはり、どこかの老け顔錬金術士を思い出しますの」
僕は残念な友人を思い出します。
じゃなくて、これはもう翻訳の誤変換とかそういうのではなく、会話設定というかAIそのもののデフォルトが毒舌キャラになっているんじゃないか。
だから取り敢えず、
「君は黙ってようか。というか、これってどうやって止めるんだろ」
早々に機能停止させてしまおうと手を伸ばすのだが、その手がひょいと避けられる。
『おいおいDT臭えニーチャンよ。汚え手で俺ッチに触るんじゃねえよ。DTがうつるだろ』
おっと、これはもう手段を選んでられないな。
でも、三次元ディバイダーで斬っても会話を止められないし、
どうしようか。物騒な手段を考えながらも、どうにか黙らせる手段は無いものかと、僕が少し悩んだようにしているとマリィさんからこんな声が掛けられる。
「虎助。これ、壊してしまった方が早くありません?」
アリかナシかで言うと、それはアリだろう。
だけど、この小ささのゴーレムというのはかなり希少なものである。オーナーへの報告という意味でも、できれば壊したくは無いのだが――、
と、僕が最終手段を躊躇っている間にも、手の平サイズの毒舌ゴーレムは、ギャースカとそんな擬音が似合いそうなくらい次々とフキダシを浮かべていて、
『せっかく目覚めたってのにそりゃないだろ。オイ、そこのDT小僧、この牛乳女を止めやがれ。そしたら俺ッチの子分にしてやっから。大人な店に連れて行ってやっから』
いや、何を言っているんだ君は、ゴーレムがそんな店に連れていける訳がないだろう。
多分これも設定されたセリフの一つなのだろう。
しかし、こんなゴーレム、どこに需要があったんだ?
そんな埒も無い事を考えながらも〈金竜の眼〉を駆使して停止方法を探していくけど、どうにもその方法が見つからない。
そうしている内にも毒舌ゴーレムの口撃はエスカレートしていき、
○○だの××だのと、公共の場所ならモザイク処理が必要だろうフキダシをカウンターいっぱいに浮かべ、主にマリィさんの神経を逆撫でしていく。
と、そんな下世話なフキダシの主な標的となってしまったマリィさんはといえば、そのしなやかな指先に毒舌ゴーレムを軽く飲み込めるだろう火球を生み出して、
『オイオイ、マジでやめろって、もうDT小僧でいいから助けやがれ。男がどうなんて言ってられねえンだ。助けろよ。この乳がデカイだけのガキ臭え女から俺を助けろって』
いつか何処かで聞いた誰かのセリフ。そんなフキダシがカウンターの上に踊った次の瞬間、何かがプツンと切れてしまったような音を聞いた気がした。
そして、
「もういいでしょう虎助。燃やしますわよ」
「仕方がありませんね。でも、基幹部分だけは残して下さいよ」
はぁ。と溜息を吐く僕の返事を待たずして、手の平サイズのゴーレムが炎に包まれる。
あっという間にアルミニウムの装甲が溶け始め、
『オオオオオ、オイ。ジョ、ジョ冗談だろ。止めろ。死にたくナイ。死にたくナイ――』
お約束の断末魔を残してドロリ溶け落ちる毒舌ゴーレム。
後に残ったのは溶けたアルミニウムと魔法式が刻まれたミスリル製の基幹部分、そして、その中心に嵌められた小さな魔石だった。
「あ、これは探してた雷の魔石ですね」
「あら、あんなゴーレムでも最後に役に立ちましたね」
そう言ったマリィさんの目が一ミリたりとも笑っていなかったことは言うまでもないだろう。
〈魔石〉……何らかの要因により魔素という概念が結晶化したものだと言われている。詳細は不明。魔素濃度の高い鉱脈や植物の内部、一部の魔物・魔獣の体内から見つかることがある。
〈エッグス〉……とある魔法世界で作られたコニュニケーション用の玩具。高度な人工知能が搭載された超小型変形ゴーレムは所有者の性格に合わせて成長していく。その他、生活魔具との接続が可能で、様々な設定することによりエッグスに命令するだけで操ることが可能となる。




