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●怪しい研究者01

◆今回は魔王パキートの従者レニ視点のお話です。

 それは、いつものようにレニがログハウスを囲む森で魔獣を狩っていた時のことだった。

 魔獣とは明らかに違う気配を察知、その気配がある場所へと向かってみたところ、そこにはボサボサ頭にヨレヨレの服と、一見すると浮浪者のような女がいて、


「何者です?」


 気配を消したレニはその女の背後に回り込み、錬金術で作り出した赤い剣を首筋に突きつけながら問い掛ける。

 すると、女はおどけた様子で両手を挙げて、


「お、おお、ビックリした。

 おっと、怪しいものじゃないよ。私はアビー。研究者だ」


 続く自己申告にレニがあらためて浮浪者のような女・アビーを見返すと、たしかに彼女がさり気なく指差す先には、レニでも知っている権威のある組織のバッジを見て取ることが出来た。

 しかし、レニは警戒を緩めない。


「研究者がどうしてこのような場所にいるのです」


 現在、レニ達がいるこの場所は濃密な魔素が漂う魔の森の中。

 そんな森の中に、女が一人、ほっつき歩いているというのはあからさまに不自然だ。

 そんなレニの問い掛けにアビーの主張は、


「そりゃ研究の為に決まってるじゃないか。

 近隣の村で大きな蜘蛛の魔獣が出たって騒いでた人がいたって話を聞いてね。どうも大人数で戦ったみたいだから、もしかしたら素材の一欠片でも見つけられるかもって思ってね。ちょっと探しに来たんだけど」


 アビーが言う近隣の村で騒いでいた人間というのは、森の外れにあった砦のような場所から追い返したどこぞの兵士の一人だろう。

 アビーはその逃げた兵士の証言を聞きつけ、危険を承知でこの森にやってきたらしい。


「それにしても研究者が一人でこんな森の中にやってくるのはおかしいのでは?」


 研究者というものは基本的に戦闘能力に長けたものがやるような職業ではない。

 そんな研究者が一人でこの魔素が溢れる森に立ち入るのは自殺行為では?

 言外に訊ねるレニにアビーが言うのは、


「わかってないねぇ。優秀な研究者ほどこういうフィールドワークに長けているのさ。情報は鮮度が一番だからね。人を集めていたら見つけられるものも見つけられなくなっちゃうから」


 ふつうの研究者が聞いたら『なにを馬鹿げたことを――』と、一笑に付すようなアビーの主張。

 しかし、レニはそれを笑うことはできなかった。

 何故なら、彼女が敬愛する主人パキートが、まさにアビーが言うようなことを平気でするような人だったからだ。


「というか、こっちからしてみると逆にキミの方が奇異として映るんだけど。

 こんな魔素の濃い森の中、あからさまにメイドとしか思えないような格好の女性がうろついているなんてどういうことなんだい?」


 たしかに、アビーが言うことももっとも。

 レニのような美女が、しかもメイド服で、こんな魔獣はびこる森の中に一人でいるなんて、どう考えたっておかしいとしかいえない。


 ただ、レニからしてみると、この森の魔獣など自分の相手にならず。

 しかも、いま着ているメイド服は、万屋で手に入れたアラクネの糸で作られたメイド服だ。その性能は下手な金属鎧より数段高いものなのだ。


 だから、レニとしては、自分がこの格好でこの森の中にいるのは特段おかしいことではないのだが、そんな意識をアビーにまで求めるとなると、この装備の詳細を明かさなければ難しいだろう。


 本当に厄介な状況である。


 だったら、もういっそのこと、このアビーという女を気絶させ、森の外へ放り出してしまった方が手っ取り早いのではないか?

 レニの脳裏にそんな危険な考えが過り始めたそんなタイミングで、


「ま、人にはいろいろと事情があるだろうから、深くは聞かないさ」


 レニの頭の中を覗いたわけではないだろうが、アビーがなにかをはぐらかすようにそう言って、


「ただ、一つ。その服はどこで手に入れたものか聞かせてもらってもいいかい?

 ワタシの見立てだと、かなり特殊な素材が使われているんじゃないかなと思うんだけど」


 アビーはレニのメイド服が特殊な素材で作られていることに気づいていた。

 それがこの森でも十二分な性能を持つものであるというところまでは理解していないようであるが、それでもかなりの素材が使われているのではと訊ねてくる。


 と、そんなアビーの問い掛けに、レニはいかにも作り物めいた笑みを浮かべて、


「懇意にしている店で買ったものです」


「どこの店か、聞いてもいいかい?」


「どうして教えなければならないのです」


「逆に聞くけど、教えてくれない理由はなんなんだい?」


「この服を手に入れたのは随分と前のことなのです。

 ここで教えたところで手に入らないかと思いまして」


「随分と前の話ね。

 僕が見るに、それ、かなり新しい服のように見えるんだけど」


「この服には浄化の魔法式が施されているのです。

 だから新しく見えるのでしょう」


「ふぅん。

 でも、生地そのものが綺麗なのはどういうことかな」


 あまりにしつこいアビーに、表面上は無表情ながらも確実に苛立ちを募らせるレニ。

 そして、そろそろ面倒になってきたタイミングで、万屋から仕入れた〈首トンリング〉を発動。アビーを気絶させてしまおうとするレニだったが、死角からのその攻撃は不可視の壁に止められてしまう。


「怖いねぇ。まったく見えなかったよ」


「そちらこそ。

 結界術ですか。

 それに触れるまで気づきませんでしたよ」


「残念、わたしは錬金術師だよ。

 最初にアレあったからね。こっそり仕掛けさせてもらったのさ。

 で、どうしてこんなことをするのか聞いてもいいかな?」


 と、こうなってしまえばもう猫をかぶる必要もないだろう。


「アナタが邪魔だからです」


「どうして邪魔なのか聞いてもいいかい?」


「あれもこれもと質問ばかり、本当にアナタは面倒な人ですね」


 わざとらしくため息を吐いたレニは、先程までとはまた別の無表情を作り出し。


「仕方がありません。やはりアナタにはこの森から出ていってもらいます」


「ふふ、そう簡単に行くかな」


 そして、始まる二人の戦い。

 しびれを切らしたレニの強硬策から始まった二人のの戦いは熾烈を極めた。

 赤い錬金術を使いアビーを追い詰めるレニに対し、アビーは錬金術で作成したマジックアイテムによる結界に目くらまし、そして各種魔法薬と、アイテム頼りにその猛攻を凌いでゆく。


 と、そんな攻防が、数分、数十分と続き――、


「それで俺達が呼ばれたというわけか」


 疲れたようにそう言ったのはフレアの肩をとまり木代わりに使うエドガーだ。


「相当強力な魔導器を所持しているようで、不本意ながら、私では彼女のことを殺すことなく(・・・・・・)制すことが不可能でした」


 対するレニは申し訳無さそうに頭を下げる。

 ちなみに、ここで問題となっているアビー自身は、おそらく地面に突き立てた質素な杖の効果だろう。いかにも強力な結界の仲、荒い息を吐きながらも「ふ、ふふっ」と不敵に笑っていた。


 さて、いったいどうしてこのような状況になっているのかというと、それはひとえにアビーの対応能力に高さにあった。

 レニとしては手段を問わなければアビーを排除できた。

 しかし、それをしてしまうとおそらくアビーを殺すまでしなければならなくなってしまう。

 レニは自分の主がそうした対応を望まないだろうと考えて、あえて殺さないようにアビーを制しようとした結果、どうにもアビーを諦めさせることが出来なかったのだ。


 そして、このまま戦い続けても時間と体力を無駄にするだけだと悟ったレニは、ここはあえてと(・・・・・・・)念話通信をフレアに送り、エドガーをここに呼び寄せたのだ。


 と、ことの状況を聞き終えたエドガーはレニの側でへたり込むアビーを見下ろし、こう訊ねる。


「娘よ。聞こう、お主の目的はなんだ」


「最初はその正体不明の魔獣が気になったんだけど、いまは君たちに興味があるかな。

 見たこともない装備にどう見ても使役されている上位魔獣、そんな人達がどうしてこんな辺境の森の中にいるのかな」


 バテバテの体とは逆にギラギラした瞳をエドガーに向けるアビー。

 そんなアビーの瞳にエドガーは、そのくりっとした瞳をまぶたの下に隠すと、ため息が聞こえてきそうな声でこう呟く。


「これはパキート様やロゼッタ様の同類か?」


 エドガーは知っていた。

 遺跡の研究がなによりも大好きな主であるパキートが――、

 王族という立場にありながら魔王と呼ばれる主と出会い逃避行に至ったロゼッタが――、

 一度決めたら人の言うことなど聞かないことを。

 そして、いま目の前にいるこの女も主人と同種の人間だと直感した。

 ここで追い返しても、思いもよらない手を持って自分達を追いかけてくるのは確実だろう。

 正直、時期が時期でなければやりようがあった。

 しかし、ロゼッタ姫が出産を控えているこの時期に、アビーのような面倒な人物に関わっているような余裕はない。

 ならば、この処分はどうするべきか。

 頭を抱えるエドガー。


 そして、そんなエドガーの様子を見てか、フレアが気軽そうな声音でこう提案する。


「ならば虎助に任せてしまうというのはどうだろうか」


「虎助殿に任せてしまう――か。

 しかし、そんなことをしてはイズナ様の反発を買ってしまうのではないか」


 フレアとしてはこういう厄介事は虎助に頼るのが簡単だと、今までの経験からそう思い至った。

 ただ、エドガーとしては、この面倒な女を万屋に押し付けて、かの女傑の怒りを買わないかが心配だった。


 そう、エドガーはイズナを恐れていた。

 ロゼッタ姫の出産の際に、パニックに陥った自分達を強制的に現実へと引き戻す為にイズナが放った殺気。

 念話通信越しにも魂を握り潰さんとするかのようなそのプレッシャーをエドガーは恐れていたのだ。


 あれこそまさしく魔王と呼ぶにふさわしい存在だ。

 そんなイズナの不興を買うのは自分達の寿命を縮める行為に他ならない。

 そして、イズナの息子である虎助に面倒を押し付けるフレアのアイデアはいかがなものか。

 イズナへの恐怖から、ついそんな考えを思い浮かべてしまうエドガー。

 しかし、フレアはどこまでも楽観的で、


「それこそありえないと思うのだが、かの御仁はあの虎助の母君なのだぞ」


 フレアとてイズナという女性が恐るべき力を持っていることは知っている。

 しかし、それでもフレアは信じているのだ。イズナが息子である虎助が望まないことはやらないことを。

 そもそも、アビーの世話を頼む万屋の主は虎助なのだから、虎助さえ了承してしまえばそれでいいのではないか。

 なので、まずは虎助に相談してみて、それから後のことを考えたらどうだろう。


 エドガーは遠回しに懸念を伝えても自分の意見を曲げないフレアに諦めるように目を瞑り、最悪の場合は全部この男に責任を押し付けようと決意しながらもへたり込むアビーを見て、


「アビーだったな。お主、金をどのくらい持っている」


「どういうことだい?」


「案内してもいいが、そこは特殊な場所でな。彼の地の方々に迷惑をかけない準備が必要なのだ」


 虎助の判断を仰ぎ、その助力を求める。それは了承してもいいだろう。

 しかし、すでに返せないほどの恩を受けている自分達が、ただ彼等に甘えるだけというのはいろいろな意味で容認できない。

 だから、せめて彼等の利益になることをと、エドガーがアヴァロン=エラに滞在する前提を伝えたところ、アビーとしてはエドガーの言った『準備』という言葉そのものが気になったのだろう。


「準備?」


「先にも言った通り、そこは特殊な場所で現れる魔獣も桁違いに強力なのだ」


「もしかして、君達クラスの装備が必須の場所とか?」


「そのようなものだな」


 オウム返しに聞くアビーにエドガーは、とりあえず誰にでもわかる危険性を打ち出してアビーを納得させる。


 ただ、レニの装備に興味があるというアビーからすると、それは願ったり叶ったりの話であって、


「ますます楽しみだね。

 お金のことなら問題ないよ。これでも立場上――、いや、それなりに持っているからね」


「ふむ、ならば案内しよう」


「ああ、任せるよ」


 二つ返事で了承。

 そうと決まればさっそくと急かすような雰囲気を醸し出すアビーに、エドガーは少しげんなりとしながらも、取り敢えずの対策はしておいた方がいいかと、フレアを通じてログハウスに一つ連絡を送ってもらいつつ、アビーを引き連れ移動を始めるのであった。

◆次回は水曜日に投稿予定です。

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