●精霊の裁き?
◆定番のお仕置き回です。
「なんだよ、なんなんだよ、これは――」
それはまさに絶望の光景だった。
跡形もなく吹き飛ばされる拠点、破壊された武器や防具、倒れ呻く仲間たち。
それらすべては世にも恐ろしい砲声によってもたらされた。
それは夜警についていた兵士も起き出す昼食前のこと、
上からの命令で精霊金という希少な鉱石を求め、魔の森と呼ばれる夜の精霊が住まう森への侵攻を進めていた我らボロトス帝国第一特殊兵団が、その森へ第二陣を送るべく、本国から送られてきた奴隷を選定、その準備を進めていたところ、突然の轟声がキャンプを包み込んだのだ。
それはまさしく森そのものが発したような叫びだった。
一発目のそれによってテントは吹き飛び、二発目のそれで鎧や剣といった金属製の武器が粉々に、三発目のそれで半数の兵士が意識を失うといった破壊の轟声だった。
そして、三度の砲声がもたらした惨状に呆気にとられる俺達の頭上から落とされるマジックアイテム。
そのマジックアイテムは陣営の全体に落とされると次々と炸裂。
吹き出した赤い煙が俺達を包み込み、阿鼻叫喚の地獄を生み出したのだ。
それは目も開けられないほどの灼熱の煙。
呼吸によって喉が焼け、目を少しでも開こうものなら涙が溢れて視界を塞ぐ、そんな危険な煙だった。
しかし、敵の攻勢はそれで終わりではなかった。
灼熱の煙に乗じて仮面の戦士達が襲いかかってきたのだ。
その者達はおそらく獣人なのだろう。奇妙な仮面の隙間からピンと立った獣の耳。一見すると粗野にも見える革鎧を装備したその獣人達の手には、その革鎧には似つかわしくない黒いガントレット。そして、これぞまさしく呪いの魔剣と呼べるような、おぞましいナイフが握られていた。
ちなみに、彼等がこの煙の中で自由に動けるのは、その顔につけたその奇妙な仮面に秘密があるようだ。
獣人たちは、少数ながらも灼熱の煙の中も苦もなく動けるその利点を生かして、そのおぞましいナイフを使い、戦士達は兵達を次々と刺殺していった。
ただ、ここで少し奇妙なことが起きる。
仮面をつけた獣人にやられた仲間が光の粒となって消えたのだ。
胸を、背中を、首筋を――、ただ一突きされただけで、まるで幻かの如く消えてしまったのだ。
一体どうしたらそんなことになるのだろう。
考えられるとしたら、奴らが持っている武器がすべて魔剣や魔法剣のたぐいという可能性。
世の中には、切りつけた人間を影に変えて取り込む魔剣があると聞く。
獣人たちが持っているナイフは、まさにそれと同じようなものなのではないか。
そうなると、ただの一撃、攻撃を食らっただけでも致命傷になるのは確実だ。
そして、俺達はこの目も開けられないような状況で、そんな敵の相手をしなくてはならないのだ。
最悪としか言いようがない。
そんな夢のようで絶望的な光景の中、俺はとにかくこの煙の外へ逃げなければと、地面を駆けずり回る。
しかし、そううまくはいかないみたいだ。
灼熱の煙の切れ間を探して、さまよい這っていた俺の行く手を塞ぐようにマスクの獣人が立ち塞がったのだ。
マスクの獣人はその手の獲物を振り上げて、
もうダメか………………………………、
しかし、終わりはやってこなかった。
いつまで経ってもやって来ない衝撃に俺は瞑ってしまった目をおそるおそる開けてみる。
すると、そこにあったのはただただ静かで暗い森だった。
さっきまでの灼熱の煙はどこへ消えたのか。
俺を殺そうとした獣人達はどうなったのか。
どうしてこんなに真っ暗になっているのか。
数々の疑問が脳裏を過るが、それに対する答えはない。
そこには、ただただどこともしれない森が広がっているだけだった。
いったいなにが起こったのか、あの戦士たちはどこに消えてしまったのか、どうして夜になってしまっているのか?
訳のわからないこの状況に、俺は混乱しながらも、なにか情報はと周囲を見回す。
すると、それは本当にいつの間に――と言っていいだろう。自分からそれほど遠くないそこかしこに、呆然と立ち尽くしている同僚がちらほら現れはじめ。
正直、なにがどうなって今の状況があるのかはよくわからないが、助かったのなら動かなえればなるまい。
そう、いまだここが安全圏なのかもわからないのだ。
なによりも、あの灼熱の煙の中にはまだたくさんの仲間達が残っているのだから。
俺は、いまの状況がわからないなりに、とりあえず助かった仲間たちを集めて、これからどうしようか相談しようと考える。
だがしかし、近くにいた同僚に駆け寄り、手分けして助かった人間を集めようと言おうとしたその時だった。
すぐ目の前にいた同僚の胸から漆黒のナイフが飛び出してきたのだ。
え――、
一瞬の呆然に囚われる俺。
だが、よく見ると、彼がどうしてそうなったのかがすぐに理解できた。
やったのは、そいつの影から這い出した怪人。
まるで闇に溶け込むような真っ黒な衣装に身を包んだ怪人だ。
おそらくは闇か空間を司る魔法による効果だろう。
その同僚の影から現れたそいつが背後から一突き、同僚を殺害したのだ。
ぐりっ、怪人がナイフをひねるのに合わせて光の粒となって消える同僚。
とつぜんの状況に唖然とする周囲。
しかし、時はすぐに動き出す。
そう、悪夢はまだ終わっていなかったのだ。
ゆらりと動き出す全身黒尽くめの怪人。
そして、為す術もなく一瞬でやられた同僚が消えてしまうのを見て一斉に逃げ出す仲間たち。
もちろん俺も逃げ出した。
ここがどこなのか、ヤツはなにものなのか。
わかることは何一つないが、あの怪人は危険だ。
ここで逃げなければ次は自分の番だ。
いや、逃げたところで結果は変わらないかもしれないが、逃げなければ確実に死が待っているのだ。
そして――、
こんなところで死んでたまるかと、そんな思いからただただ足を動かすだけ。
背中越しに誰かの悲鳴が聞こえてくるが、こうなってしまうともう誰かを助けるなんて余裕はない。
足を止めたが最後、俺も同じ運命を辿るかもしれないのだ。
どこかから『おい、助けろ。十人長の命令だぞ』と、そんな無駄に偉そうな声が聞こえてくるが、こうなってしまえば階級なんて関係ない。
ただ生きる為に、生き残る為に、がむしゃらになって走るしかなかった。
しかし、俺は逃げ切ることが出来なかった。
考えてもみれば敵は影を伝って移動する力を持っていたのだ。
そんな相手からどうやって逃げればいいというのか。
それすらも気付かなかった俺が間抜けなのか。
いや、気づいていながらあえてその力を考えなかったのかもしれない。
そもそも最初の状況がすでにおかしかったのだ。
気がつけば暗い森の中にいて、そこに現れる怪人。
そう、おそらく、相手が使っているのは、すでに伝説となっている時空間を操る魔法だろう。
そんな相手からどう逃げ回ったらいいのか。
どれだけ逃げても無駄。そんなことは考えたくもなかったのだ。
逃げている最中、突如横殴りに入れられた攻撃に俺はその場に倒れ込む。
呻くこちらを覗き込むように馬乗りになる真っ黒なソイツを見て俺はようやく思い出す。
この森には夜の女王が住んでいることを――、
そう、これは夜を司る精霊の怒りを買った俺達へ差し向けられた罰。
逃れられない運命だったのだ。
そもそもこの森に手を出したことが間違いだったのだ。
しかし、人間というものは諦めの悪いもので、
もう、どうしようもないとわかっているのに、我知らず自分の口から『助けて』と命乞いが溢れ出す。
ただ、目の前の死神にそのような勝手がまかり通るハズもなく、無慈悲にナイフが突き立てられる。
胸を焼くような激痛が全身に走り、意識が暗闇に沈んでいく。
そして、気がつくと俺は静かで暗い森の中にいた。
いったい何が起きたのかと混乱する俺の耳に、すぐ近くからの悲痛な叫びが届く。
見ると、そこでは全身真っ黒な怪人に殺されようとしている同僚がいた。
見覚えがある同僚は俺に気づき『助けて』と手を伸ばそうとする。
ただ、そいつは『助けて』の一言さえも最後まで言えていなかった。
なぜなら俺に手を伸ばそうとしたその時にはすでにナイフが胸を貫かれており、首から下が光の粒となって消えていたからだ。
そして、その同僚が消えてしまえば次は俺の番だ。
本当になにがどうなっているのか訳がわからない。
まるで現実感のないこの状況に、俺はただただその黒衣の人物を見つめることしか出来なかった。
◆
「制圧、完了しました」
「おつかれ」
「あの、この武器はいったい?」
「スケルトンアデプトってアンデットの素材に、この森で見つかったナイフを合体させて作ったディストピアらしいよ。虎助が貸してくれたんだよ」
「成程、例の――」
「うん。まあ、詳しい話は片付けをしてからってことで、リドラ様、後始末をお願いしま~す」
「うむ。いくぞ〈龍砲声〉」
◆今回、使われた魔法と装備。
〈龍砲声〉……龍の咆哮を破壊的な振動波に変換する魔法。放つ音域によって破壊する物質が変化する。
〈スケルトンアデプトのディストピア〉……上位スケルトンの骨とナイフサイズの魔剣をかけ合わせて作られたディストピア。刀身に触れた生物を特殊な空間に取り込んで試練を課す。ディストピアとしては下位のものとなる。
〈魔剣士の籠手〉……魔剣のマイナス効果を軽減もしくは無効化する籠手。
〈M50ガスマスク・カスタム〉……インターネットで購入した米軍御用達のガスマスクを錬金術によってカスタムしたもの。浄化や吸着の魔法式なども追加され、防毒性能は勿論、マスクそのものの耐久力も強化されている。