●マオの宅急便
「それではお願いしますね」
「……ん」
日もすっかり暮れた万屋の前、虎助が差し出すマジックバッグを受け取るのはマオ。
このマジックバッグの中にはマオの仲間が万屋に注文した商品が詰められている。
以前、虎助が作った万屋のメールフォームに送られてきた注文の品だ。
メールフォームに寄せられた注文の品がある程度揃ったこのタイミングで、マオに持ち帰ってもらうことになったのだ。
ちなみに、今回マオのリクエストにより、依頼者に注文の品を配布するのはマオ自身ということになっている。
ようするにごっこ遊びである。
配送伝票に段ボール箱、それらしき黒い帽子にジャンパーとわざわざ制服までしつらえた高度なごっこ遊びである。
「では、気をつけてお願いしますね」
「……ありがと」
完全装備となったマオは、虎助から受け取ったマジックバッグを肩にかけ、ゲートへ向かって走り出す。
そんなマオの頭の上には彼女のスクナであるシュトラが乗っていて、見送る虎助に手を振っていた。
と、虎助に見送られた一人と一匹は、一分と走らずゲートに辿り着き、光の柱に包まれる。
次の瞬間、マオがいたのは洞窟内の祭壇だった。
この祭壇はマオが異世界転移の魔法を使いやすくするようにと作られた魔法儀式用の祭壇だ。
マオの魔力を持ってすれば、このような儀式場に頼らずとも、世界を超える転移の魔法を使うことができるのだが、あえて祭壇を作ることによって、転移の際に必要な膨大な魔力を軽減することが可能となり、祭壇にほどこされた魔法式によって、マオが発動した転移の魔法を、マオがこの世界にいない間、その場に固定できるとこの祭壇が作られたのだ。
ちなみに、それ以外にも、なんの拍子にか転移の魔法が変質、アヴァロン=エラ以外の場所につながったとしても、祭壇の周りにさまざまな魔法的な仕掛けを施すことによって、不測の事態に対応できるというメリットもあったりする。
そんなセキュリティも完備した祭壇の下で待ち構えるのは黒龍のリドラ。
この祭壇の警備も担当している彼は祭壇から降りてきたマオに頭を垂れて、
「マオ様おかえりなさいませ」
「……ただいま」
かっちりとした挨拶でマオを出迎えつつも、マオの肩に見慣れない鞄がかかってることに気付き。
「マオ様、その肩掛け鞄はなんでありますか」
ぬらり、その長い首を動かして、覗き込むようにしながら訊ねると、マオはそのバッグをリドラに見えるように前に出しながら。
「……虎助から頼まれたみんなの買い物」
「買い物?
ああ、ツーハンでしたかな。万屋から取り寄せることができる商品ですか。
ならばその品、我が届けておきましょう」
魔法窓のホーム画面に追加されたメールフォーム。
そのメールフォームを利用して、拠点にいる仲間たちが万屋になにやら注文を出していたことはリドラも知るところにある。
マオの説明にバッグの中身を理解したリドラは、親切心というよりも忠誠心から、自分が荷物を仲間たちに配ろうかと申し出るのだが、マオはそんなリドラの言葉に体をよじり、その小さな肩にかけられたマジックバッグをを体の後ろに隠すようにして、
「……ダメ。これは虎助から頼まれた仕事。
自分で配る。それにリドラじゃ家に入れない」
珍しい長文でこの仕事は自分が頼まれたものだと強く主張。
そして、リドラの巨体では拠点にいる仲間に品物を届けることは不可能と指摘して、彼の申し出を却下する。
すると、にべもなく手伝いを断られた側のリドラはショックを受けて硬直。
ただ、マオからしてみるとショックに固まってしまったリドラの姿は、自分の主張をきちんと受け入れてくれたように見えたみたいで、ショックで固まってしまったリドラの横を「ふむん」と気合の入った顔ですり抜けると、そのままニュクスが管理する地下農園へと続く道に入っていく。
そして、妖精たちが暮らす地下の花園に立ち寄ると、虎助から渡すように頼まれていた追加の蒼空を五体、龍の谷を目指している妖精飛行隊に手渡して、その花園から続く下り坂を降りて辿り着いたのは地下農園。
マオはそんな地下農園の中央付近まで歩くと、キョロキョロとその周囲を見回して、お目当ての蛙人を発見。その人物の下へ駆け寄ると。
「……ヴォダ。頼まれてたカニカマ持ってきた」
「おんや、マオ様おかえりなさい。
……っと、カニカマ? ついにカニカマが届いただか!?」
ゴソゴソとマジックバッグをあさりながら言ったマオの声を聞き、いつものほんわかとした挨拶から一転、声のトーンを高くするヴォダ。
マオはそんなヴォダにマジックバッグから取り出したダンボールを突き出しながら。
「……ん、虎助がいっぱい買ってきてくれた」
そんな夢のようなダンボールの中身に思わずテンションが上がるヴォダ。
そして、ピタピタと無意識に謎のステップを踏み出すヴォダを見て、マオは優しく目を細めながらも、
「……ヴォダ。すぐ食べないなら冷蔵庫」
まずはとそう言ってヴォダを落ち着かせ。
「お、おお、そうだな。
うん、すぐにやるだよ。
マオ様、ありがとうだよ」
ただ、ここでマオは一枚の紙を取り出す。
「……待ってヴォダ。行く前にサインお願い」
それは虎助が雰囲気作りに作成した受け取り伝票。
マオはヴォダに受け取りのサインを貰って、カニカマに浮かれているヴォダを見送りつつも施設の奥へ。
そうして歩くこと数分、到着したのは、そこかしこに色とりどりの光るクリスタルが生える幻想的な地底湖だ。
マオはそんな地底湖のほとりまで歩いていくと、バッグが湖に落ちないように背中側に持っていき、その場にしゃがみ込むと、湖底まで見通せるクリアな水面をバシャバシャと叩く。
すると、しばらくして黒衣の美女が水面を滑るようにやってくる。
夜を司る大精霊ニュクスだ。
ニュクスは湖畔にしゃがみ込みじっと待っていたマオの元までやってくると、ふわっと虚空に座り、マオに声をかける。
「マオ、こんな時間にどうしたの?」
「……お土産もってきた」
「お土産?」
マオが小脇に抱えたバッグからゴソゴソと取り出した大瓶に首を傾げるニュクス。
「……ディーネがお酒だって」
「あの子が、これを?」
「……虎助が持っていってって」
マオはこう言っているが、マオがいまニュクスに差し出したお酒は、万屋の世界樹農園を管理するマールとその眷属であるマンドレイク達が作ったものである。
だから、正確には世界樹農園一同からの贈り物であるのだが、それなりの頻度で世界樹農園に顔を出すマオとしては、ことあるごとに、いま新しいお酒を作っていることをディーネから自慢されていることもあって、それがディーネの作ったお酒という認識だったのだ。
そして、ニュクスもそんな背景があるとはつゆ知らず。
マオが差し出すこの地底湖の水のような澄んだ液体が入る大瓶を受け取ると、それが友人からの心遣いだと微かにその艷やかな唇を綻ばせ。
続けて差し出された紙切れに「ん?」と悩ましげに首を傾げて。
「マオ、これはなに?」
「……受け取り伝票。荷物を受け取った人に名前を書いてもらう紙」
その説明に、ニュクスは微笑ましげな表情を目元に作りながらも、サラサラと無駄に濃厚な魔力を乗せたサインをその紙に書き込んでいく。
それはまさしく精霊による契約に委任状だった。
しかし、それはマオにとっては見慣れたもの。
ゆえに、マオはニュクスの書いてくれたそれに特に興味を示さず、ただサインだけに目を落とし、きちんとニュクスの名前が書いてあることに満足げに頷くと『バイバイ』とシュトラと一緒に手を振ってニュクスのもとを後にする。
と、そんなこんなで農園での配達を終えたマオは、自宅――人によっては魔王城という名で呼ばれている――武家屋敷へと続く通路を駆け足で進み、屋敷の手前、広い大空間に暮らす森で拾ってきた動物や魔獣達に、虎助にお願いして作ってもらった丈夫な魔法のゴムボールをプレゼント。
ただ、そこで森の動物たちから『遊んで遊んで』とかまってコールが飛ばされるのだが、マオはそのかまってコールを鋼の意志でねじ伏せてなんとか屋敷の中へ避難する。
「おかえりなさいませ。ご飯になさいます? お風呂になさいますか?」
「……ん、まだ届け物が残ってる。ブキャナンとチェルトヴカは?」
そして、おそらくリドラあたりから連絡を受けていたのだろう。
玄関に入るなり出迎えてくれたキャサリンに、肩から下げたマジックバッグを見せて、まだ配達が残っていると、残る配達相手がどこにいるのかを確認。
「ブキャナンさんにチェルトヴカさんですか。二人なら今日は部屋にこもりっきりですが、届け物なら私が届けておきますが」
「……大丈夫。自分で行く」
すると、ここでもリドラのそれとはまた違う親切心で『よかったら自分が――』と荷物を受け取ろうとするキャサリンの魔の手が――、いや、天使の手が迫る。
しかし、あえてもう一度宣言しよう。これはマオが任された仕事なのだ。
マオはそんなキャサリンからの申し出をキッパリと断ると、あからさまにマジックバッグを守るようにしながらも靴を脱ぎ。
「そうですか、じゃあ、お願いできますか。
あ、そうです。配達のついでにみなさんにそろそろご飯ですよと声をかけてくれますか」
「……ん、わかった」
優しげなオレンジ色の光を眼窩に灯すキャサリンに見送られ、まずは自分の荷物を置いてこようと自室に立ち寄ったマオは万屋から借りてきた漫画雑誌を机の上に置いて、自室から近いブキャナンの部屋へと向かう。
そして、辿り着いたブキャナンの部屋のドアをノック。
すると、扉の向こうから「どどど、どちら様ですか」とどもった声が聞こえてきて、ソロソロと開いた扉の向こうから黒鉄の肌を持つオーガが顔を出し。
「ま、マオ様、えっと、なにかしてしまいましたか」
「……お届け物」
マオの突然の訪問に慌てるブキャナン。
しかし、マオはそんなブキャナンの態度を気にすることなく、忘れずに持ってきたマジックバッグの中から頼まれていた荷物をブキャナンに差し出す。
それは、マオが肩にかけている鞄よりも大きな紙袋だった。
「マオ様、これは?」
ブキャナンはマオが差し出した紙袋に心当たりがない。
マオの手前もあって控えめながらも明らかに怪訝な色を浮かべるブキャナン。
そんなブキャナンにマオが言うのは、
「……虎助からの贈り物。この前、休みの邪魔をしたからって」
それは、先日、虎助達がこの屋敷を見学した際、ちょうどお休みだったブキャナンに迷惑をかけてしまったかもしれないと送られた品だった。
「ええと、それはこの紙袋の中身はそのお詫びのようなものになるんですか?」
「……ん」
「そんな気にしなくてもよかったのですが」
ブキャナンの返しに頷くマオ。
ブキャナンは虎助の心遣いに申し訳なく思いながらも、せっかくマオが届けてくれたのだ。それにこれを返す勇気は自分にはないと、おそるおそるそれを受け取ったブキャナンは、その紙袋の中身を確認する。
すると、そこに入っていたのはちょっとエッチなラブコメ漫画。
そんな袋の中身を確認したブキャナンは、人によっては泣いてしまうような――あくまでブキャナンにとっては――真面目な面持ちでマオにこう問いかける。
「あ、あの、マオ様、これは?」
「……フルフルがこういうのが好きだからって、虎助が用意した」
「――――っ!!」
そう、ブキャナンに送る品に関して、彼の性格をほとんど知らない虎助は、よく万屋に顔を出すマオやその仲間たちにアドバイスを求めていた。
そこでフルフルがブキャナンはこういうのが好きだと暴露して、結果このような品が選ばれたという経緯があったのだ。
ちなみに、ブキャナンからしてみると、その本は、フルフルを始めとした妖精たちから、そういう本が万屋にあると聞いて、さりげなく気にしていた本であったので、その本が自分のものになるというのは喜ばしいことであるのだが、あくまでそれはその本が手に入るというただ一点だけのことであって、自分の趣味を不特定多数に知られてしまうということとはまた別問題。
ブキャナンはマオから聞かされたその内容に、表面上は穏やかに、しかし、その内面ではジタバタと悶えながらも、しかし、マオ達や虎助のメンツ、そして自分の欲求からも、ここでこのマンガを受け取らない手はないと、なにか変な涙が出そうな顔でそれを受け取ると、マオが「……ん」と差し出した受け取り伝票にサインをして、そろそろ夕飯だということを報告するマオに何度も何度も頭を下げながら部屋の中へ。
そして、扉の向こうから聞こえる歓喜と羞恥の入り混じった奇声。
マオはそんなブキャナンの叫びを好意的なものだと捉えて、花の蕾のような唇を弓にしながら、むんとまた気合を入れ直し、最後に残ったチェトラヴカの部屋を目指す。
そう、今回のことに関してマオはまったく悪くない。
あえて悪者を探すのだとしたら、ブキャナンへの配慮もなく、彼の趣味をバラしてしまったフルフルたちだろう。
しかし、そんなフルフルたちも、あくまでブキャナンが喜ぶだろうという思いから、そうアドバイスのであって、それをお詫びとした虎助にしても、周囲にいろいろな意味でそういうマンガが大好物な友人を多く抱えるがゆえに、ブキャナンのそれは至極まっとうな趣味であって、ブキャナンが恥ずかしがるようなことでもないのだ。
と、そんな、すれ違っているのか、いないのか、微妙と言わざるを得ない配達を終えて最後の配達先に向かう。
ちなみに、最後の配達先であるチェトラヴカの部屋は、アラクネやセイレーンなど、この拠点の生産を担う女性陣の部屋が集まる区画にある。
マオは中庭の天井から伸びるクリスタル状の根っこから落ちる月の光に照らされる廊下を進み、『生徒会室』と書かれたネームプレートがかかるその扉をノック。
すると、ドタンバタンとなにか部屋の中からのたうち回るような音が聞こえた後、何故か涙目のチェルトヴカが顔を出して、
「あ、あれ、マオ様、どうしました。ご飯ですか?」
「……ん、ご飯もそうだけど、荷物も届いてる」
どこか悲痛に聞こえるチェルトヴカの声に、マオはキャサリンから頼まれた夕食のことを伝えながらもマジックバッグの中から段ボール箱を差し出して突き出す。
「もしかして、虎助様からですか」
「……ん」
チェルトヴカは差し出されたそのダンボールにとうぜん心当たりがあった。
そう、それは以前、虎助たちがこの屋敷を見学した時にお願いした例のもの。
さっきまでの緩慢な動きは何だったのかとばかりに素早い動きでその段ボール箱をひったくるように奪うと、素早く包装を剥ぎ取り、その中身を確認、ダンボール箱の中に入っていたソレを高々と掲げて、喜色満面こう叫ぶ。
「ハヒャー、ついに手に入れましたよ。イケパラローズガーデン」
ひょこひょこと片足を引き摺りながらも大興奮で喜びの舞を踊るチェトラヴカ。
しかし、そんな彼女の喜びも次にマオがこぼした言葉までだった。
「……それゲーム?」
「そ、そうですけど」
「……やってみたい」
「えー、えーと、このゲームはマオ様にはちょろっと早いんじゃないかな」
そう、それはとある理由から年齢制限が設けられているゲームだった。
ただマオはハーフエルフだ。正直、その年齢制限は意味がない。
しかし、それはあくまで人間――、いや、地球の基準であって、
エルフに迫害され、精霊たちに箱入りとして育てられたマオには、チェルトヴカが手に入れたそのゲームは少々刺激の強いものだった。
マオにこのゲームをプレイさせ、変な性癖に目覚めてしまったら――、
最悪の未来を想定して焦るチェルトヴカ。
一方、ゲーム好きなマオとしてはその未知のゲームは見逃せない。
迫るマオに逃げるチェルトヴカ。
その後、なかなかご飯にやってこないマオを心配して、キャサリンがそこへやってくるまで二人の静かな攻防は続くことになる。
ちなみに、夕食後、どうしてこういう状況になったのかをキャサリンに問い詰められたチェルトヴカがそのゲームの存在をしぶしぶ話し、キャサリンにお仕置きをされることになるのだが、それはまた別の話である。
◆次回は水曜日に投稿予定です。