ささやかな宴の準備と今後の話
『こんな遅くにすまないな』
「いえ、フレアさんの頼みですから」
それはロゼッタ姫が出産を終えて数日、
出産からのドタバタも落ち着いて、あちらの世界もすっかり日常が戻ってきたある日のこと、
普段から、一番最後まで万屋にいることの多い魔王様もとっくに帰った午後九時過ぎ、珍しくフレアさんから念話通信が届き、ロゼッタ姫の体力が回復したタイミングを狙って、なにかプレゼントが出来ないかと、冒険者組を代表して――と言っているが、この場合はほぼフレアさんによるものかな――、そういう相談が届いたのだ。
ちなみに、先日、生まれた赤ちゃんは、珠のような女の子で、ニナちゃんと名付けられたそうだ。
なんでも、かつてルベリオン王国に存在した女傑ニナ=メグリーからその名前をいただいたとのことである。
曰く、その女性は、下級貴族の娘として生まれながら、貴族学校で当時のルベリオン王国第一王女と無二の親友になったことをきっかけに、女性ながらも騎士となり、男社会である騎士の世界で成り上がると、現在ルベリ音王国に存在する近衛騎士団の前身となった組織を作った女傑なのだという。
しかし、近衛と聞くと、以前フレアさんたちが出会したヒースのことを思い出して、あまりいいイメージはないのだが、その話を聞くに、もともとは高潔な思想に基づいて作られた組織だったみたいだ。
と、そんなルベリオン王国の近衛に関するアレコレはどうでもいいとして、そんなゴリゴリの武闘派女子のお名前をいただいて、ニナちゃんの将来は大丈夫なんだろうか。
ニナちゃんが、その名前の由来となったニナ女史のように、元気を通り越して、どこぞのお転婆姫かのようにワンパクに育ったりしないのだろうか。
個人的には、そんな心配があったりするのだが、
それは今後の――、パキートさん達の教育にかかっているということで、
「それで、お祝いはどんなものがいいんでしょうか。なにか希望とかあります?」
『俺達も少なからず金を持っているからな。将来までニナの役に立つ魔導器のようなものが手に入ればと思っている。
たとえばニナを危険から守るタリスマンだとか』
成程、フレアさんのリクエストは、万が一の時に役に立ち、成長してからでも使えるマジックアイテムといったところかな。
しかし、生まれたばかりの赤ちゃんに、たとえば防御系の魔導器を送ったとして、ちゃんと発動するものだろうか。
まあ、こちら側が体外に漏れ出す魔力などを利用して、オートで効果を発揮するようなアイテムを作ればたぶん赤ちゃんでも使うことは出来るだろうけど、ただ、そういう特殊なアイテムの場合、それなりに良い素材を使わないといけないのが定番だ。
だから、値段がかなりお高めになるのだが、ヴリトラを倒して、自称ではあるのだが勇者を名乗ることが出来ているフレアさんの稼ぎなら、そこまで問題でもないのかな。
ただ、そんな高価なものを生まれたばかりの赤ちゃんにお祝いとしてプレゼントするのはどうなんだろう。
パキートさんやロゼッタ姫の性格を考えると、あまり受け取ってもらえないような気もするけど。
僕はそう考えて、
「そうですね。
それなら、学んで遊べるメモリーカードを送るというのはどうでしょう」
『学んで遊べるメモリーカード?』
「マリィさんの領地で試験的に運用しているものなんですけど。子供でも大人でも楽しみながら体の動かし方とか魔法の使い方を覚えられるプログラムを詰め込んだものになりますね」
それはマリィさんが領地とする寒村で村人たちのスキルアップに使われている育成システムだ。
あれには幼児用のプログラムも備わっているから、ニナちゃんの幼児教育にも使えるだろうし、その他のメンバーの勉強にもなるだろう。
なによりも、値段がお手頃なだけに複数用意できるから、先程チラッと考えたパキートさん達が遠慮することもないだろう。
と、そこまでの考えをフレアさんに話したところ。
『それはそうかもな。
それに、なかなかに面白そうなアイテムのようだな』
「ですね。とりあえず、お試しに幾つかのプログラムを入れたものを用意しましょうか」
『そうだな。準備を頼めるか』
「任せてください」
と、そんなこんなで、フレアさんらしく即決即断でプレゼントが決定。
僕が調整の必要のない魔法式を幾つか詰め込んだメモリーカードをお試し版として数枚、すぐ隣に控えてくれていたベル君に注文したところで、何気なくこんな質問を投げかけてみる。
「そういえばプレゼントを渡した後はどうするんです」
『どうするというのはどういうことなのだ?』
「いえ、ロゼッタ姫の出産も終わりましたし、そろそろ冒険者としての活動も始めていくのかなと思いまして」
フレアさんが、現在パキートさん達ご一行と共に行動していたのは、出産を控えたロゼッタ姫を守るという理由があったからである。
ロゼッタ姫が出産を終えたとなれば、その役目を終えたということになるのではないか。
だとしたら、まあ、フレアさんも今の立場があるだろうし、少しづつではあると思うのだが、仕事を再開していくのかなと、なんとなくそう思ったりもしたのだが、
フレアさんからしてみると今回の出産はいわば始まりでしかなかったみたいで――、
『出産を終えたとはいえ姫がおかれている状況は変わらないからな。
最低限の稼ぎは必要だろうが、あの至宝のようなニナが害される可能性が残されるこの状況で俺たちが抜けるということはないだろう』
たしかに、いまの彼女の立場を考えると、生まれたからこそ逆に――、
なんてこともあるのかもしれない。
『だから、ニナが立派なレディになるまでは、俺が彼女を見守りたいと思う』
うん。フレアさんの主張は案外まっとうである。
しかし、さすがにニナちゃんが立派なレディになるまでって、それはやりすぎなのではないか?
あと、さっきからちょいちょいニナちゃんを崇拝(?)するような発言が漏れてるような気がするんだけど、それはなんなのかな。
まさか、ロゼッタ姫がパキートさんのお嫁さんになったから、今度はニナちゃんにとか、なんてことはないですよね。
うん。たぶん出産に立ち会って、自分も親になったような感覚に陥ったとか、そういうことなんですよね。
僕はちょいちょいおかしな発言をするフレアさんにやや不安を感じつつも、これ以上、この件を突っ込んで聞くのは危険かもと、方向性を少し変えて聞いたのは、
「そういえばニナちゃんにはロゼッタ様の体質は受け継がれたんですか」
『わからん。こればっかりは発動しないとわからないからな』
ロゼッタ姫といえば看破の魔眼。
この魔眼の力というのは代々ルベリオン王家の子女に現れる特殊能力のようなものらしく、ロゼッタ姫を追いかけていた勢力の中には、この魔眼の力を狙っていた勢力もあるという。
そんな力がロゼッタ姫の娘であるニナちゃんにも受け継がれていたとしたら、また厄介に巻き込まれる種に似なるのではと、そう思って訊ねてみたのだが、
ただ、魔眼を始めとした特殊な力は、発動した後でなければ、いや、本人が気付かなければ、その効果のほどが分からないというものがほとんどで、
『しかし、あのロゼッタ姫の娘にして、至宝であるニナがなにもないことはないだろう』
またフレアさんがちょっとおかしなことをいっているけど。
そもそも発動していたとしても、ロゼッタ姫が持つ看破の魔眼のようなタイプの場合、本人の申告がなければ、その効果がどんなものなのかは分からない。
そうなると、ニナちゃんが物心つくまで能力の有無を判別することができないのではないか。
いや――、
「魔眼の有無を〈ステイタスカード〉で確認できませんかね」
『できるのか?』
「どうなんでしょう」
正直、そういう特殊な力を持つ人が周りにいないから、ちゃんとステイタスに反映されるかは未知数だ。
いや、魔王様の【妖精姫】なんかがそれにあたるのかな。
そうなると、ニナちゃんのステイタスにも、例えば【魔眼の使い手】とかそういう実績がついているのではないか。
そんな思いつきからアイデアを出してみたところ、フレアさんは「ふむ」と顎に手を添えて、
『たしかに、俺に匹敵する加護を受けているニナなら、そっちの確認も必要だろうな。
明日にでもパキート殿に進言してみよう』
もしかして、フルフルさん達がやらかしたあれやこれやから、フレアさんはニナちゃんにシンパシーのようなものを感じているのかな。
ともすれば、脈絡もないその台詞回しに、フレアさんが妙にニナちゃんを盛り立てるのはそういうことなのかとそう感じながらも、あえてそれについて深く追求することなく。
「そういえばパキートさん達との生活はどうですか?」
『そうだな、鉱山の方にいたメンバーとはかなり打ち解けられていると思うぞ。
ただ、特にティマとポーリか、あの二人はまだパキート殿の存在に慣れないようだな」
つい数ヶ月まえまでは最大の敵という認識の人だったみたいだからね。
たとえその本人が、どこか冴えないおじさんだったとしても、【魔王】という先入観がなにかしらのプレッシャーになっているのだろう。
『あと、ニナが生まれてからエドガーが、妙に神経質になっているというか、なにかを恐れているというか、どうも挙動不審になる時があるんだが』
ティマさん達とパキートさんのそれには心当たりがあるんだけど、エドガーさんが少し変というのはどういうことだろう。
まだフレアさん達のことを疑っているとか、そんなところかな。
ただ、それをフレアさんに直接伝えて、なにかあっても困るから。
「やっぱりニナちゃんやロゼッタ姫を心配しているんじゃないですか?
出産の後はいろいろと病気の心配がありますから」
『病気だと!? 姫とニナは平気なのか?』
僕が自分で言った理由にしっくりくる一方で、病気というワードに前のめりになるフレアさん。
僕はフレアさんで埋め尽くされる魔法窓に若干体を後ろにそらしながらも。
「そうですね。予防的な魔法薬や魔法はもうティマさん達に渡してありますけど、一度どこかのタイミングで調べてみた方がいいのかもしれませんね」
赤ちゃんの定期検診のような感じで健康状態を調べるのもいいかもね。
それでなくとも、ニナちゃんは魔人と人間のハーフなのだから。
「あと、魔眼のことも気になりますから」
『そうだな。よろしく頼む』
「では、その話はパキートさま達と相談しておいていただけますか」
『任された』