表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

359/836

ロゼッタ姫の出産

◆累計文字数が二百万を突破したみたいです。

 我ながらここまで書き続けられるとは思ってもみませんでした。

 それはクーラーをつけるのにはまだ早い六月の半ば――、

 表の扉を開けっ放しに涼を取り、僕が商品の在庫確認を、マリィさんがエクスカリバーさんとおしゃべり(チャット)を、魔王様がいつものようにゲームをしたりと、食後の時間をのんびりと過ごしていた宵の口、緊急事態を知らせるアラームが鳴り響いたことから始まった。


 その音に止める間もなく万屋を飛び出すのはマリィさん。

 しかし、一分と待たず店の中へと引き返してきて、


「虎助、敵の姿が見当たりませんの」


 でしょうね。

 なぜなら、このアラームは魔獣の到来を知らせるものではないからだ。


「さっきの音はフレアさんのところからの緊急連絡みたいです。

 送り主はリスレム。

 内容は、ロゼッタ姫の陣痛が始まったとのことですね」


「リスレムが?

 えと、陣痛?」


 その情報にちょっと思考が追いつかないと、わさりとボリューミーな金髪を揺らすマリィさん。


「赤ちゃんが生まれるということですよ」


 しかし、重ねてなにが起こっているのかを伝えると、ようやく意識の芯までその情報が染み渡ったのか。


「あ、赤ちゃんが生まれますの?

 ど、どうしましょう虎助」


 急に慌て出すマリィさん。

 しかし、ここで僕達が慌てたところで意味がない。

 だから、僕は魔王様と一緒にマリィさんを落ち着けつつ、あらかじめこういう時の為に声をかけていた母さんにユリス様、あと、賢者様にも緊急のメッセージを送って、


 さて、こういった場面で一番頼りになるのは聖職者であるポーリさんかな。


 向こうの世界との通信回線を開くのだが、


『ひゃい、こ、こちらポーリです。

 ど、どちら様でございましょうか』


 おっと、かなりテンパってるみたいだね。

 聖女として教会の業務に携わっていたポーリさんなら、こういう状況に慣れっこかと思ってたんだけど、どうもそうじゃなかったみたいだ。


 しかし、そういうことなら他の人に繋ぐだけ。


 僕は妙に甲高い声で返事をくれたポーリさんとの回線をそのままに、レニさん、ティマさん、フレアさんと、次々に通信回線を開いていくのだが、彼等もまた多かれ少なかれパニック手前の状態で、


 これは意外と危険な状態かも。


 まあ、パキートさんが慌てるのはわからなくもないが、レニさんやエドガーさんまで軽いパニック状態に陥ってしまっているのは完全に予想外。


 となると、ここは直接リスレムを操って、強引に誰かの正気を戻してしまうとか。


 僕がそんな強硬手段をも考えていたところ、誰かがレニさんの魔法窓(ウィンドウ)を引き取ってくれたみたいだ。周囲に浮かべていた魔法窓(ウィンドウ)が映す景色が一瞬ぶれて、応答してくれたのは、なんとこの騒ぎの中心人物であるロゼッタ姫だった。


 正直、これには僕も驚きだった。

 まさか周囲の誰かじゃなくて妊婦その人が通信に出てくれるなんて、

 本当だったらここは『無茶しないでください』と言うところなんだろうけど、現場にいる人が役に立たないとなれば仕方がない。


 僕は陣痛による影響だろう額に脂汗を浮かべるロゼッタ姫に申し訳なく思いながらも、妊婦本人から現在の状況を確認。


 と、どうも今のところは、ただ陣痛があるだけで、赤ちゃんが出てきそうな気配はないのだ。

 そんな情報にとりあえず安心するも、しかし、その状態もいつまでも続くものではない。

 まずは現場のメンバーを誰か正気に戻ってもらわないと。

 ただ、どうやってフレアさん達を落ち着かせたものか。

 と、思考がループ。僕がその方法をあらためて考えていたところ、頼んでいた援軍が到着したみたいだ。


 いつアヴァロン=エラにやってきて、いつ万屋の中に入ってきたのだろう。

 ふいに叩かれた肩を空切に手を伸ばしながら素早く振り返ったところ、そこには最近の仕事着であるオリーブドラブの戦闘服(バトルドレス)を着たまま母さんがいて、

 僕の手元に浮かぶ魔法窓(ウィンドウ)を見て、だいたいの状況を理解してくれたみたいだ。

 バタバタと無駄な混乱を続ける現場に念話通信越しの殺気を飛ばし、慌てる一同の意識を強制的にシャットダウン。


「全員しゃんとなさい。

 でないと、後で地獄を見ることになるわよ」


 そんな脅し文句の後、強引に正気を取り戻させられた現地のメンバーの手により、出産に向けたお湯の準備やら清潔なタオル用意がなされ。

 そして、出産途中で出血なんかがあった場合を考えて各種、魔法薬をその効果ごとに準備をと、出産に向けた怒涛の指示出しが行われた後、援軍の一人であるユリス様が来てくれる頃には、後は赤ちゃんが出てくるのを待つばかりというところまでなんとかこぎつけることが出来たみたいだ。


 ちなみに、ユリス様が万屋に来てくれるよりも前に、同じく援軍を頼んだ賢者様も来てくれてはいたのだが、冷静でありながら得も知れないプレッシャーを放つ母さんの迫力に気後れ、所在なさげにしてたので、また後で出番があるかもしれないからと、母さんの勇姿に見惚れる女性陣をそのままに、賢者様には工房にあるトレーラーハウスに避難してもらった。

 元春と一緒に作ったあそこなら一人でも退屈はしないだろうからね。


 と、そんな母さんが中心となったあれやこれやの一方で、店にいたマリィさんや魔王様はいったん自宅の方に戻るみたいだ。

 マリィさんは、おそらく何も言わずにしれっとこっちに来たのだろう。ユリス様がしばらくこちらにいるとの連絡とメイドの手配を――、

 魔王様は、前にチラッと話していた妖精の加護をロゼッタ姫とそのお子様に与えるべく、フルフルさん達を連れて来るとのことだ。


 しかし、フルフルさん達を呼んできてもらっても通信越しでも加護が飛ばせるのだろうか。

 僕は拠点へと戻るべく使い古した靴に小さな足を通す魔王様の姿に、ふとそんなことを思ったりもしたのだが、まあ、母さんが通信越しに殺気を飛ばせていることを考えると、加護も同様に送れるんじゃないかなと一人で納得。

 自宅へと帰る二人を見送って、母さんとユリス様、そして賢者様たちのお茶を用意。

 母さんが出産の進捗状況を見ながら、もしもの場合はとした上でふとこんなことを呟く。


「この調子なら大丈夫だと思うけど、もしもの場合は向こうで帝王切開してもらうしかないわね」


「帝王切開ですか。

 それはどういったものなのでしょう」


「お腹を切り開いて赤ちゃんを取り出すのよ」


「お腹を――、

 それは大丈夫なのでしょうか?」


「昔は母体のことは考えない技法だったらしいけど、いまはちゃんと確立した技術だから心配いらないわ」


 母さんが言ってるそれは、古代ローマ時代の話だったかな。母子共に危険な状態だった場合に備えてそういう法律があったそうだ。

 そして、昔の中国なんかでは、皇帝などの子供は生まれる前に占星術で誕生日が決められていて、それに合わせて生まれるように、母体の生存も二の次で、予定日になったら妊婦のお腹を裂いたなんていう物騒な話があるとかないとか。


 ただ、それはあくまでかつて地球であった話であって、


「それに、こっちには回復魔法もあるでしょう」


「たしかにそれはそうですわね」


「ちなみに、回復魔法の他にも出産に関係する魔法はいろいろあるみたいですよ」


「あら、そうなの?」


「世界によってだけどね。専用の魔法があるみたい」


 例えば、空間魔法を使ってお腹の中から赤ちゃんを取り上げる方法とか、水の魔法を使って赤ちゃんが産道をおりてくるサポートをするなんて魔法もあるそうだ。


 まあ、そういう魔法は適正がないと扱いがなかなか難しいみたいだけど。

 今回は、ソニアが回復系の魔法が特異なポーリさんに合わせた、そういう魔法をいろいろ用意してくれているみたいだから、もしもの場合もなんとかなるだろう。


 さっきまでのポーリさんを考えると、少し不安ではあるのだが、いまは落ち着いてくれているみたいだから、おそらく問題はないだろう。

 まあ、最悪、賢者様が用意してくれていた貴重なポーション類を使えば、いま母さんが言ったような方法も使えなくはないから、もしもポーリさんがダメだった場合は、パキートさん辺りに頑張ってもらうしかないだろう。


 と、若干の不安は残るも出来るだけの準備はすべて完了。

 後は運命の時を待つのみとなったところで、そろそろ晩ご飯にいい時間である。

 『腹が減っては戦はできぬ』ということで、なにか食べたいものはないかと、いま万屋にいるメンバーに夕飯のリクエストを聞いてみるたところ。


「そうね。状況によっては徹夜も覚悟しないといけないから、ここは軽く消化が早いものがいいんじゃないかしら」


「そうですね。あまり食べ過ぎても眠くなってしまいますから」


 そうなると、うどんとかそういうものになっちゃうかな。

 でも、後からくるフルフルさん達に熱々の汁物は食べにくいか――、


 僕は母さんとユリス様からの意見に手早く作れるメニューをいくつか思い浮かべながらも、これからやってくる魔王様のお仲間を思い、店をベル君に任せると裏口から工房へ。

 賢者様達がいるトレーラーハウスの前に用意していた魔法のコンロを使って、さっぱり白だしをメインとした焼きうどんを量産していく。


 すると、マリィさんがスノーリズさんを、魔王様がフルフルさん達を連れて戻ってきてくれたみたいである。

 僕がベル君を呼んでできたての焼きうどんを万屋の中の全員にサーブしてもらうと、その焼きうどんを食べながらもフルフルさん達が加護の件を母さんに相談したみたいだ。

 気持ちにしろ効果があるならと、母さんのゴーサインもあって加護の付与にチャレンジすることに。


 するとその効果もあってか、数分後、ポーリさんが慌てた様子で『破水』を報告。

 本格的な出産が始まったみたいだ。


 ちなみに、出産の状況を直接確認するのはプライベートの配慮から、母さんとユリス様の担当となった。

 そして、僕達は声だけのモニターとなるのだが、その声がまた激しいもので、


「凄いですわね」


「……ん」


 まるで熱毒にでも侵されているかのようなロゼッタ様の絶叫に、恐れるように呟くマリィさんと魔王様。

 すると、そんな二人の反応に母さんが凛とした声で、


「出産は戦いよ」


「それはイズナ様でも変わりませんか」


「そうね。

 ただ私は鍛えてるから他の人よりは楽だったのかもね。

 記録的な短時間出産だなんて言われたから」


 そうだったのか。

 初めて知る、自分の誕生エピソードに、僕がどうリアクションしていいものやらと考える一方で、


「羨ましいですね。マリィちゃんはなかなか出てこなくて大変でした」


「そうでしたの」


「ええ、頑張りましたのよ私」


「……成程、ならば、(わたくし)もイズナ様のように鍛えるのが正解でしょうか」


 母さんとユリス様、二人の出産話にマリィさんが真剣な顔をしてそう訊ねるのだが――、


 ただ、母さんが特別ですから。


 とはいえ、マリィさんを産むまでに相当苦しんだユリス様の話、あと、出産のそれは男は耐えられない痛みだと聞くから、短ければ短いほどいいのかも。

 まあ、その答えが己を鍛えることにつながるのかはわからないが、母さんの指導で将来への備えが出来るのなら、それはそれでマリィさんの為になるのかもということで、


「そうね。魔法使いと言っても鍛えておいて、それにマリィちゃんは剣も使えるようになりたいんでしょ」


「ですの」


「だったら、今度、少し稽古をつけてあげるわ」


 なにか妙な話になった気もするが、うん。これでいいのかな。

 ユリス様やスノーリズさんがなにも言わないのだから平気だろう。


 一方、本題のロゼッタ姫の出産なのだが、ここまでくると後はロゼッタ姫の頑張ってもらうしかないみたいだ。

 とにかく、出産中に起こる様々な事態を想定して心構えをしながらも、ここまでくると僕達に出来るのは祈ることくらいしかないと、ロゼッタ姫の絶叫、そして、パキートさん達の『頑張れ』の声を聞きなが、祈るように緊張の時間を過ごすことしばし。


 意外とすんなり一時間ほどで待望の声が聞こえてくる。


 僕としては、赤ちゃんの出産には半日とかそれくらいかかるというイメージがあったから、正直、拍子抜けしちゃったところはあるんだけれど、母さんの話によると普通の人(・・・・)でも短い人は本当にこれくらいの時間で赤ちゃんが生まれることもあるそうだ。


 いわれてみると、テレビの衝撃事件なんかを取り扱う番組で、車の中とか飛行機の中での出産とか、そういうケースがあることを考えると、別に不思議なことでもないのかもしれないな。


 ちなみに、生まれた赤ちゃんは、三千グラムオーバーと大きな女の赤ちゃんだった。

 魔人と人間のハーフだということで種族的にどうなるのかと思ったが、外見は普通の人間の赤ちゃんと変わらないそうだ。


 ただ、やはり両親の素養に加えて、魔王様やフルフルさん達の応援のおかげか、生まれながらにして精霊やら妖精やら魔王やらの加護がてんこ盛りになっていると思うんだけど。

 とにかく、無事で生まれてきてくれて本当によかった。

 この一言に尽きるかな。

◆次回は水曜日に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓↓↓クリックしていただけるとありがたいです↓↓↓ 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ