友人達とバーベキュー
それはある日の休み時間のことだった。
体育が終えて教室に帰る途中、僕はちょうど一緒の授業になった、元春をはじめとしたいつもの三人にこう話しかけた。
「みんな、今週末とかって暇?
暇ならバーベキューとかしようとか思ってるんだけど、どうかな?」
「お、いきなりだな。
土日は部活もねぇし別にいいけどよ。急にどうした?」
「いや、ちょっと前に大量の魔獣の肉が店に持ち込まれてね。
それがいい感じに熟成できたみたいだからどうかなって思って」
ちなみに、この肉の供給源はカドゥケウスではなくフレアさん達。
パキート様たちとの合流によって、その戦力が増大し、そんな中でもパキート様の忠臣である賢者梟のエドガーさんが、これから生まれてくるパキート様とロゼッタ様の子供の安全の為にと張り切ってしまったらしく、現在、森の魔獣を駆逐してしまうんじゃないかってくらいに狩りが行われているそうなのだ。
個人的には、食料的な意味で適度に獲物を残しておいた方がいいと思うんだけど、それはそれとして、
要するに、エドガーさんのハッスルのおかげで万屋に大量のお肉が持ち込まれ。
せっかくだから、その大量の肉を使ってなにかできないかと、インターネットなどで、熟成肉の作り方を調べちゃったりなんかしたらもう止まらない。
いろいろな肉の熟成を試してみた結果、そこそこの量、できればすぐに消費したほうがいい食肉が出てしまったので、この際だから食べざかりのみんなに消費を手伝ってもらおうと考えたんだけど、ここで元春たちが気にするのは、
「ちょっ待ってくれ、その魔獣の肉ってどんなのなんだ」
「メインはイノシシとか鳥とかかな。食べたいなら鹿とかクマとか、あと蛇の肉も用意できるけど」
「意外と普通っていうか、蛇やクマはあれだけど、他は別に変わったもんはねぇな」
「森で狩りをしてゲットした獲物だからね。変なものなんてそうそうないよ」
魔獣とはいえ、もともとは野生の動物だったものがそのほとんどだ。
だから、その種類はその地に生息する生き物とほぼ変わらないというのは、当然といえば当然で、
「蛇やシカは食ったこととかあるけど、クマは食ったことなかったよな」
「こっちじゃ狩ったことなかったからな」
「クマは獣臭いという印象ですが」
「それに関していえば、今回のお肉は、専用の魔法を渡してちゃんと処理してもらってあるから、肉の臭みとかはほとんどないと思うけど」
そもそも、肉が獣が臭くなる原因は獣自体の食生活が原因という理由と、大抵の場合は、血抜きなど、獲物を狩猟した後の処理に手間取り、肉が劣化してしまったというのがその原因だったりするのである。
そして、クマなどの体の大きな生物は、その体のサイズから完全に血抜きすることが難しく、その体をすぐに冷やすとなると、仕留めた近くに大きな川でもなければほぼ不可能。
結果的に肉が劣化して、肉に臭みが残ってしまうということがあるそうなのだ。
今回誘ったメンバーもその辺の事情はよく理解しているメンバーばかりで、
「便利ですね。僕達もなんど獲物をダメにしたことか――」
「仕留め方とか処理が完璧じゃないと、パサパサになるまで焼かねぇと食えねぇとかな」
かつて味わった経験を思い出しながらも、ちゃんと処理してあれば美味しいお肉が食べられるとわかっていて、
「まあ、そんなわけだから、ちょっと肉を処理したいんだよ」
「なーる」
「で、メンツの方はどうなってんだ」
「それは、その日、店にいるお客様に声をかけて集めようと思ってるんだけど」
別にお金が欲しくてやるバーベキューじゃないから、その日、ちょうど店に来ていた常連のお客様を誘って出来たらいいなと、僕としてはそう思っていたのだが、
「おいおい、そこは積極的に行こうぜ。
マリィちゃんやマオっちに――、
……トワさんなんかも呼んだりしてよ」
「でも、元春、特にトワさんとかがいると固まっちゃうよね」
最後、小声になってしまったが、そこは勇気を出して言ったのだろう。元春の提案に、僕は想像できる状況を指摘。
すると、正則君がやや難しそうな顔をして、
「そのトワさんっていうメイドさんだっけ?
元春君が狙っているお姉さんだって話だったよな。
緊張するってのは?」
「それが、よくわからないんだけど、トワさんが近くにいると、何故か緊張して固まっちゃうんだよね」
「それは――、元春君にしては珍しい」
正則君の疑問に答える僕の話を聞いて面白そうにする次郎君。
実際、元春が女性の近くにいて、そんな状態になることなんてこれまではなかった。
むしろ、鬱陶しいくらい話しかけるのが元春というおバカな友人だったのだ。
そんな元春が緊張でなにもできなくなるとはどういうことなのかと、次郎君が元春に興味津々な目を向ける中、元春は向けられる居心地の悪い視線を誤魔化すように。
「ま、まあ、今回の発案は虎助だしな。虎助が乗り気じゃねーってんなら、それでいいんじゃね」
やっぱり、ここでヘタれるんだね。
ということでバーベキュー当日、前に作った工房内に作った秘密基地的なトレーラーハウスの前でバーベキュー大会の開催となるのだが、
「って、誰も来ないんかい!?」
残念ながらというかなんというか、その日はトワさんは勿論のこと、マリィさんや魔王様もお店に顔を出すことがなく、男四人でのバーベキューパーティとなってしまったのだ。
しかし、マリィさん達にもそれぞれ事情というものがあって、
特に魔王様達は、最近森への侵入を試みていたボロトス帝国の残党狩りやら、リドラさん関連の調査やらと忙しく、『そんな日もあるよ――』ということで、
「こんなことならゼキとかヨシタカとか呼んだ方がよかったか」
「それはどうなんです。強さ的に――」
「工房の中なら安全だけどね。それ以外の場所だとちょっと。
急に強い魔獣がゲートからなんて時にとっさに動けないと危険だし、二人の場合、修行とかしてないから、ディストピアに放り込んで実績をゲットしてもらうってのも難しいだろうし」
元春に次郎君に正則君は小学校の頃から、たまに母さんの指導を受けていたということもあり、かなり動ける体になっている。
ただ、高校に入ってからの友達となる前述の二人は母さんとの関わりがかなり薄く、まだまだ鍛え方が足りないと思うのだ。
「まあ、あの二人は、まだイズナさんのブートキャンプを一回乗り越えたくらいだからな。たぶんひよりよりも弱ぇえだろ」
「そうでしょうね」
「てか、お前ら、なんでマッタリモードなんだよ」
話しながらも淡々とバーベキューの準備を進めていく僕達に元春は文句があるらしい。
しかし、子供の頃から元春と付き合いのある僕達からしたら、
「元春君が期待している時点でお察しですね」
「だな」
そうなのだ。こういうイベンごとの運に恵まれないというのが元春だったりするのだ。
それを長い付き合いから知っている僕達からすると、今回のようなパターンも、ある程度、予測できていたわけで、
「じゃあ、さっそくお肉を出そうか」
「お、どんなのを用意したんだ」
「とりあえず、クセのないところで、キャバリーファングっていうイノシシ型の魔獣の肉と、味が牛肉に近いブランチバイコーンって馬の魔獣の肉を用意したよ。
野菜とかはスーパーで買ってきたからそっちの方を、
あ、正則君のリクエストでマンガ肉みたいなのも用意してみたよ」
元春からの文句は綺麗に受け流し、正則君のキラキラした目線に応えるように、ポンポンポンとマジックバッグの中から取り出したのは、銀製食器の上にスライスして並べられた肉達と生野菜。
そして、スタンバイしていたベル君に持ってきてもらったのはドラム缶で作ったオーブン。
見た目は悪いが、かつてベーコン作りなんかで使ったことがある信頼の一品だ。
その中に入っているのはホッピンブロイラーという魔鳥の足の肉。
これにスパイシーな味付けをして、じっくりゆっくり火を通したものだ。
あらかじめ、この時間を想定して作り始めていたので、そろそろ食べ頃だろうということで、中まで火が通っていることを串を使って確認したところで、ドカンとでっかい骨付きチキンを大皿に盛り付けて、召し上がれ。
それを手に取った正則君は、これぞまさに男の夢とばかりに、その大ぶりな肉の真ん中にかぶりつき。
「お、おお、なんだこの食感。がしっとしてるけど柔らけぇ。しかも、噛んだ瞬間、肉汁がじゅわっと溢れ出してきやがったぜ」
どこぞのグルメ漫画かなと、そんなツッコミが入りそうなコメントを添え物に大興奮。
すると、そんな正則君のリアクションに触発されてか、次郎君が珍しく。
「僕も味を見させてもらっても?」
自分も食べたいと言い出して、
まあ、こういうのは男のロマンみたいなものだからね。
ふだんクールな次郎君もこの誘惑には抗いがたいのだろう。
今度は次郎君が正則君から受け取ったそれを思い切ってガブリ。
「これは、思った以上に――、
あむ、美味しいものですね」
ただ、さすがにこれを全部食べると言うのは、次郎君はもとより正則君にも難しいということで、ある程度、満足してもらったところで、後は適当に切り分けてお土産に持って帰ってもらうとして、
その後は用意しておいた中から好きなものを取ってもらい、それぞれに焼いていってもらって食べていくことになるのだが、
「ほら、元春も食べないの?」
「畜生、こうなったら食ってやる」
元春も食べないとなくなっちゃうよ。
そんな僕の声に、ちょっとしたショックから立ち直った元春は、肉はもちろん、ホイル焼きやらスペアリブと用意したメニューをその胃袋の中に収めていき、最終的に、みんな満足と、男だけのバーベキューは盛況の内に幕を閉じたのだった。
ちなみに、後日、バーベキューパーティのことを聞いたマリィさんや魔王様が『私も参加したかった』と言い出して、僕達がしたものと同じバーベキューセットを出張サービスしたのは言うまでもないことなのかもしれない。
◆魔獣図鑑
キャリバーファング……その名の通り、騎兵隊が持つスピアのような巨大な牙を持つイノシシ型の魔獣。体高が二メートル近くになり、時に邪魔な木々を薙ぎ倒しながら進むというその習性から、キャリバーファングが住む森は大きく育ちやすいとされている。
ブランチバイコーン……シカやトナカイのように枝分かれした角を持つ二角獣。全身から吸収した魔素をその角に取り込むという特徴から、錬金素材としてその角が珍重され、多くの冒険者が角を狙いブランチバイコーンの討伐に挑むが、逆に返り討ちにされるという場合がほとんどで、そこから場所によってはブランチバイコーンを討伐することが一流の冒険者の登竜門とも言われていたりする。
ホッピンブロイラー……深い森の中に住む鳥型の魔獣。まるまると太ったような姿をした鳥で、飛行能力を失った代わりに驚異のジャンプ力とゴム毬のように弾む体を手に入れた。
上記の二体の魔獣とは違い危険な魔獣ではないのだが、逃走能力がかなり高く、討伐するのが難しい魔獣として知られているらしい。