二匹の蛇・後編
ゲートに引っかかるカドゥケウスの引っ張り出し作業は、当初エレイン君たちが数名であたっていた。
しかし、どれだけ引っ張っても終わりがみえないと、途中でホースを巻き取る時に使うようなマジックアイテムを製造、何度も何度もリールの交換をしつつもどうにか巻き取り作業は終了した。
そして翌日、万屋に顔を出してくれた賢者様と、その分け前を話し合うことになったのだが、リールに巻き取った素材の量がまた膨大で、僕達は工房にある冷蔵施設に積み上げられる工業用のワイヤーかくやロール状にまとめられていたカドゥケウスの胴体を眺めつつ、やや呆然とこんな会話を交わしていた。
「しかし、ここまでの長さになるとカドゥケウスというよりも、ヨルムンガンドって言った方がしっくりきますかね」
「ヨルムンガンド?」
「世界蛇とか尾噛み蛇とか呼ばれている蛇なんですけど、知りませんか?
僕の故郷だとわりと知られた蛇なんですけど」
「虎助のところだとそんな話もあるのかよ。
けどよ。尾噛み蛇はともかく、世界蛇は言い過ぎなんじゃね」
「ああ、それなんですけど、実は僕達が倒したこのカドゥケウスって、生まれたばかりの赤ちゃんみたいなんですよ。だから、このカドゥケウスが世界蛇と呼ばれたとしてもそんな違和感もないのかな――と思いまして」
「えっ、これで生まれたばかりなの?」
積み上がるカドゥケウスロールに賢者様が世界蛇は大袈裟だと言い、僕が回収されたカドゥケウスの遺骸から判定されたカドゥケウスの年齢を言ってみたところ、ホリルさんが賢者様よりも驚いた声をあげて、
「骨などの成長度合いを調べると、そうなるみたいです」
有名なところでいうと耳石かな。カドゥケウスの年齢が同じ方法で調べられるのかは知らないけれど、とにかく、ソニアの話ではこのカドゥケウスは生まれて間もない個体なのだそうな。
「生まれたばかりでこれかよ」
「みたいですね。オーナーが言うには、生まれる前かその直後に次元の歪みに巻き込まれてここまで流れてきたんじゃないかってことですね」
そもそもカドゥケウスほどの長い体があれば、次元の歪みに巻き込まれたとしても自分の体を元の世界に引っ張り戻すことも可能なのではないか。
しかし、二匹がそういう行動を取らなかったことを考えると、あの二匹は、その体がすっぽりと次元の狭間に引き込まれていて、そこから抜け出すチャンスを伺っていたのではないか、そして、二匹が戦っていたのは、次元の狭間に落ちてしまったことにより、食料となる存在がお互いしかいなかったから争っていたのでは――というのがソニアの予想らしい。
まあ、単純に争っていたのは、まさに『尾噛み蛇』のようになんらかの習性が原因だったという可能性もあるとのことだが、それはカドゥケウス本人に聞かないとわからないんじゃないかということで、この話はあくまで想像として、
「で、これ、どうすんだ?」
「とりあえず、昨日言っていたように、討伐に立ち会った僕とホリルさん、あと、今日は来ていませんがマリィさんとで等分にしようかと思ってるんですけど」
「ま、当然の配分だな。
けど、お嬢はともかく、俺等はそんなにいらねぇぜ」
「そうね。こんなにもらっても使い道がないもの」
ですよね。
ここにあるカドゥケウスの三分の一となると、それこそ巨大な吊り橋でもかけるのかってくらいの長さになってしまう。
しかし、たった三人で人里離れた岩山で暮らしている賢者様達にとって、そんな大量の物資をもらっても困るというもの。
なので――、
「そうだな。俺等の取り分としたら、錬金術の素材としては血や肉、骨が考えられるが、限度があるわな。骨だけならまだしも、血や肉は使い切る前に腐っちまうからな」
乾燥させたものなら錬金術にも使えるのだが、効能を落とさないように加工するのは結構手間がかかる。
「それに、そんなにあっても使い切るのは難しいからな。必要な分だけを受け取って、後は買取にしてくれるか」
それが妥当な落としどころか。
でも、このカドゥケウスの場合、なにも錬金術だけに使うんじゃなくても。
「一応、ふつうに肉としても食べられるものなんですけど」
「「は!? 食べられるの(かよ)。これ」」
本当に二人は仲がいいね。
声を揃えて驚く賢者様とホリルさん。
「蛇ってふつうに食べませんか?」
「いや、ふつう食わねぇだろ」
「そうね。私も蛇は食べたことがないわね」
賢者様や生まれたばかりのアニマさんはともかく、エルフとして森に暮らしていたホリルさんなら蛇を食べた経験があるのではと思ったりもしたのだが、どうもそうでもないみたいだ。
やっぱりそこは近未来的な魔法世界だけに、森に暮らすエルフでも外から食料を得ていたりするのかな。
僕は二人揃った驚きからそんな想像をしながらも、
「でしたら、ちょっとなにか作ってみましょうか」
さすがにこれだけの量の素材をすべて万屋で処理するのにはちょっと面倒だ。
というか、缶詰にしたところで、この二人の反応を見るに、お客様が喜んで買ってくれるかっていうとそうでもなさそうだ。
ということで、この際だから、この不良在庫になりそうなカドゥケウスの肉の消費を、賢者様にも手伝ってもらおうとそんな提案をしたところ。
「気は進まないけど」
「精がつくといわれてますけど」
「興味があるな」
すがすがしいまでの手の平返しだね。
僕は賢者様の変わり身の速さに苦笑しながらも、気が変わらない内にと、賢者様たち三人を僕と元春が設計した工房内の男の隠れ家にご案内。
隣接する簡易倉庫の中から、魔導キャンプセットを取り出し、アニマさんを助手に料理を始める。
ちなみに、僕は蛇肉を使った料理は得意だったりする。
なぜ得意なのかというと、蛇がサバイバル環境において簡単にとれる食材の一つで、母さんのブートキャンプの時によくお世話になったいた食材だからだ。
ということで、今回作る料理はシンプルに唐揚げとスープにしようと思う。
蛇肉はこれ以外にも、蒸し物や炒め物なんかでも意外と美味しく食べられるのだが、そっちはいろいろと調理器具やら他に材料が必要だと、冷蔵庫と相談して、今回はパパッと作れるこの二品にしたのだ。
と、そんなこんなでカドゥケウスの調理を始めていこうと思うのだが、まず行うのはぶつ切りにされたカドゥケウスの腹を開いていくことだ。
およそ五十センチくらいなるのかな。
まな板いっぱいに乗せられたカドゥケウスを千本で固定、うなぎなど体の長い魚を捌くように腹から包丁を入れていく。
ちなみに、血抜きは巻取りの最中にエレイン君達がちゃんとやってくれていたようで、お腹を開くと白身魚のようなきれいな身が現れた。
と、そこから背骨に沿って刃を入れていき、回収した骨は、骨せんべいに使えそうだとそのままキープ。
細かい骨が邪魔にならないようにと軽く包丁を入れたところで、開き終わった身を適当な大きさにぶつ切りにしていく。
次にするのは肉の下処理だ。
はじめての肉だけにどれだけクセがあるのかはわからないが、肉の臭みを取るために塩をふって、肉から出てきた水分をキッチンペーパーで拭き取っていく。
そうして臭みを取った肉を食べやすい大きさに切り分けて、水をたっぷりと入れた鍋の中にネギの青い部分やショウガの皮などと一緒に入れていく。
鍋を火にかけたところで取り掛かるのは唐揚げの準備だ。
こちらは、先ほど切り分けた蛇肉にすりおろしたショウガとニンニクを混ぜ込んで、そこにブランデーに醤油、水を振りかけ、それをよく揉み込んでいく。
ちなみに、水を入れるのはジューシーさを出すためで、ブランデーを振りかけたのは揚げた時に肉の香ばしさを出すためだそうだ。
以前、万屋に置くための買ってきた漫画本にそんなレシピが乗っていたので、せっかくだからと試してみた。ちょうど、ディーネさんに差し入れするべく買ってきたブランデーがあったしね。
と、水気がなくなるまで調味料を揉み込んだところで、香り付けにゴマ油を回しかけ、片栗粉と小麦粉を半々に配合したものをまぶしていく。
後はこれを揚げていくだけだ。
でも、揚げ油があたたまるまでにはちょっと時間がかかる。
だから、その間にスープを完成させてしまおうと、煮込んでいたスープを味見、アニマさんと一緒にちゃんとダシが出ていることを確認すると、臭み取りに入れたネギと生姜の皮を取り出して、ニンジンのイチョウ切りやタマネギのスライスしたものを鍋に入れていく。
後はシンプルに塩と胡椒で味を整えて、スープはこれでよしと――、
さて、本命の唐揚げを揚げていこうか。
下味をつけたカドゥケウスの肉を温めた油の中に静かに投下。
まずは低音でじっくりと、まだ完全に中まで火が通っていないというタイミングでカドゥケウスの唐揚げを油から引き揚げて、油切りバットの上で肉を休ませる。
予熱で中まで火が通ったところで、高温でカラッと外側の衣を仕上げればそれで完成だ。
これをアニマさんと協力して量産、出来上がった唐揚げを皿に、スープを器によそって、小口切りしたネギをちらしたところで、別の意味で、いまかいまかと待ち構えている賢者様が待ち構えるトレーラーハウスまで持っていく。
「どうぞ」
「見た目は美味しそうよね」
「そうですね」
「ご飯も用意してますから良かったらどうぞ」
『いただきます』と、僕の勧めに全員がまず口をつけたのはスープだった。
ただ、直接カドゥケウスの肉にいくような度胸はなかったのか、とりあえずスープの味を見てと全員が一口スープを口に含み「はぁ」と一息。
「うまいな」
「美味く仕上がっています」
「コクがあるのにスッキリとしているわね」
メインの唐揚げに手を伸ばす。
カドゥケウスの肉は一見すると魚肉のようにも見えなくはないが、まるのままスープに入っているそれよりも、衣がついている唐揚げの方が手を付けやすかったのだろう。
三人は僕が箸をつけるのを横目に見ながらも、やや小ぶりの唐揚げを口に運ぶ。
そして、味を確認するように慎重に顎をゆっくりと動かし。
「魚? 鳥?」
「どちらかといえば鳥に近いと思いますが。
最後、お肉がホロホロと解けている感じは魚のようです」
「でも、うまいな。酒がすすみそうだ」
気に入ってくれたみたいでなによりだ。
「それで、どうしましょう?」
「そうだな。これならある程度引き取ってもいいと思うんだが、
俺らにこの肉をうまく料理できるかだな」
どういってもものは蛇肉ですからね。
賢者様の不安はわからないでもないのだが、
「それなら大丈夫でしょう。アニマさんもちゃんとお手伝いも出来ていましたし」
アニマさんは工房側の人員と切磋琢磨しながら料理技術を上げていっている。
その腕前は、工房でもじゅうぶん通用する腕となっていて、
今日もきちんと助手を務めてくれていたので、これなら一人でもカドゥケウスの肉を扱えるのではと言うと、その本人もやる気をみなぎらせてくれているようだ。
「頑張らせていただきます」
そして、そういうことならと賢者様達も了承。
カドゥケウスのお肉をそれなりの量、賢者様達に押し付けることに成功したみたいだ。
それでも、まだ大量の素材は残るだろうけど、後は保存食にしたり、素材として加工したりで消費するしかないかな。
いったん受け入れてしまえば食べるのに抵抗はないと、美味しそうに蛇肉を頬張る三人を横目に僕は、それでも残る素材をどう消費しようかと考えるのだった。