二匹の蛇・前編
「ふぅ、まったくひどい目にあったぜ」
「自業自得ですの」
ボロボロの体をずり起こす賢者様に蔑むような視線を向けるのはマリィさん。
モスキートのテストを発端とするちょっとした騒動の後、賢者様がホリルさんの折檻を受けているそこにマリィさんがやって来て、事情を聞くやいなや火弾を一発、無言で撃ち込んだのだ。
まあ、悪戯そのものは未然に防がれ、アニマさんの手前ということで、手加減された火弾であったのだが、それでも賢者様からしてみるとそれはかなりの威力だったみたいで、弱り目に祟り目、ホリルさんの折檻ですでにボロボロだった体にダメ押しとなったみたいなのだ。
とまあ、そんな感じで撃沈した賢者様をアニマさんがポーションで回復させたところで話は戻る。
「しかし、龍種の血を採取するゴーレムを作る話は聞いてはいたのですが、このような小ささのゴーレムでもきちんと動くものなのですね」
「重要なのはソフトウェアの方ですからね。そちらはフレアさんや魔王様のお手伝いでかなり効率化できたものですから」
「ん、二人の手伝いってのは?」
「ああ、実は――」
それは、気分直しの意味もあったのかもしれない。火弾一発で矛を収めたマリィさんがモスキートをつつきながらした質問に続く賢者様の疑問符。
その疑問に答えるべく、僕がパキート様関連の情報、そして、魔王様の暮らす森であった出来事を簡単に話していくと、賢者様は「ふむ」と顎に手を添えて、
「俺の知らねぇ間にそんなことがあったとはな」
唸るようにそう言って、続けてなにか言おうとするのだが、
賢者様が口を開こうとしたその時、ドガンと万屋が大きく揺れて、
「――っと、なんだ」
店を揺らす振動に軽い衝撃波に、僕が万屋の正面玄関を見ると、そこには店を不意の攻撃から守るゲート由来の結界がすでに発動状態になっていて、薄っすらと光を帯びた透明な壁の向こう、モルドレッドやゲートを背景にするそこには、ユラユラと揺れる、白黒、二本の綱のようなものが浮かんでいた。
「触手?」
「いや、蛇、なんじゃないでしょうか。頭がありますし」
と、僕が指差すその先には、ニョロリと鎌首をもたげる二匹の蛇が頭があって、
僕はそんな二匹の姿に魔法窓を展開。
ゲートにつめるエレイン君とカリアからの報告と、そこに付随する情報に目を通し。
「敵の名前はカドゥケウス。ゲートからここまでの距離でもその体の全容が見えない巨大な蛇型魔獣のようですね。
でも、カドゥケウスっていうと、有名な杖の名前じゃなかったかな」
周囲のみんなにも状況が把握できるようにと、あえて声を出して伝えた最後、零した独り言に賢者様が「なんだそれ」と疑問の声を出し。
「知りませんか?」
錬金術師にはわりと有名だと思ったんだけど。あれは漫画の設定だったかな。
と、僕は、なぜか同士討ちを始める二匹のカドゥケウスを横目に、インターネットと万屋のデータバンクの両方からカドゥケウスに関するデータを引っ張り出して、
「僕の世界だとヘルメスって神様が持ってる杖として有名なんですが、どうも世界によってはふつうに魔獣として認識されているみたいですね」
「神様――ってことは、神獣ってことか?」
「どうなんでしょう。
どちらにしても、かなり好戦的な魔獣のようですから、放ってはおけませんよね」
カドゥケウスはゲートを通じてこのアヴァロン=エラに転移、同士討ちを始めた今も、その長大な体を留まることなくこの世界へと引き込み続けている。
こうなってしまうと他のお客様が安全にゲートを使えないと、そんな僕の意見に、賢者様は「おいおい大丈夫かよ」と心配そうな声をかけてくれるのだが、こればっかりは実際に戦ってみないとわからない。
ただ、万屋を守る結界がまったく破損していないことからみるに、少なくともカドゥケウスの体当たりはそこまで威力があるとは思えない。
だから、きっちり装備さえ整えていれば、最悪攻撃を食らったとしても死ぬことはないと、僕は万屋の制服代わりとなっているフード付きジャージのジッパーを首元まで引き揚げて、とにかくカドゥケウスをなんとかしようと店の外へと出ようするのだが、
「私も行きますわ」
「私も行くわ」
うん。わかってた。
いざ、カウンターを飛び越え、店の出ようとしたところ、いつの間にか風牙を手にしていたマリィさんとホリルさんが自分も戦うと名乗り出てくれる。
僕としては、ここは僕たち万屋のメンバーに任せて欲しいところであるのだが、二人の性格を考えると、止めても引き下がってくれないだろうね。
ということで、やる気満々の二人に「怪我だけはしないでくださいね」と、おそらくは聞いてくれないお願いを入れつつも、二人の護衛にと工房側からエレイン君を呼び寄せて。
「勿論です」
「私を誰だと思ってるの」
無駄にいい返事をしてくれる二人に『どうして万屋に来る女性はこう好戦的な人が多いんだろうか』と苦笑しながらも店の外へ。
そして、もしもの時はいつでも逃げ込めるようにと、一方通行の色付き防御壁をいくつか展開すると、
「とりあえず、爬虫類にはこれですか」
投げつけたのは氷のディロックだ。
相手が爬虫類だということで、冷気による攻撃が有効なのではと思って投げてみたのだが、ゲートから這い出し、まるで終わりの見えない長縄のようなカドゥケウスにはあまり効果がないみたいだ。
と、そんな僕の攻撃に習ってか、瞬間着装が可能な盾無に身を包んだマリィさんが争う二匹のカドゥケウスの行動を阻害するように、その二匹の中央に、数枚の〈炎の壁〉を作り出すのだが、こちらもカドゥケウスにはあまり効果がないようだ。
カドゥケウスは地面から立ち昇る巨大な炎の壁をものともせずに、お互いに攻撃し合う。
「寒さ熱さの影響はあんまり意味がないかな。
だったら、こっちはどうかな」
そして、次に僕が呼び出したのはアクアとオニキス。
僕は呼び出した二人にカドゥケウスの動きを直接阻害するようにお願い。
すると、二人はすぐに力をあわせて墨汁のような水縄を形成。
それをくねりお互いに噛みつこうとしている二匹のカドゥケウスに絡みつかせる。
これは、アクアが〈水操り〉で作った水縄に、オニキスが物体を吸い込む性質を持つ〈闇の包容〉を付与した二人の合体技。
くねり絡みつく黒縄がカドゥケウスの動きを阻害する。
と、二人の合体技により、動きが鈍ったカドゥケウスの胴体を、僕が腰から抜いた空切で切り離してしまおうと攻撃を仕掛けるのだが、
「避けるか」
カドゥケウスはその長過ぎる体をたわませるように空切の一撃を回避。
そのまま僕に巻き付いてこようと輪っかを作り。
しかし、僕はそんなカドゥケウスの動きを逆に利用、絡みついてくる胴体を迎え撃つように空切の刃を立て、胴体を分断。
切り離した胴体の片方を足場に頭を狙って飛ぶのだが、
カドゥケウスはそんな僕の追撃を回避するのではなく、軽く体を波打たせ、僕を弾き飛ばしながらもそのままもう一匹のカドゥケウスに特攻をかける。
と、そんなカドゥケウスの動きを見て、ホリルさんが、
「私達を襲いながらも、それぞれが戦うってのは、こっちをなめてるのかしら?」
「いえ、これは、どちらかというと、僕達に気を回している余裕がないといいますかなんといいますか」
あえて言うなら、僕達に気を回している余裕がないといった感じか。
正直、カドゥケウスの動きだけをみると、それはまさにホリルさんの言う通りなのかもしれないけれど。
「縄張り争いとかでしょうか、魔獣の考えることですから予想もできませんわね」
「あと、空切の攻撃に痛みがないのも一つの原因でしょうか」
「まあ、とにかく、この長過ぎる胴体が厄介だわ。これがなければもっと簡単に倒せるでしょうに」
たしかに、今もまだゲートから這い出し続けるカドゥケウスの胴体は、すでに戦場となっているゲートを埋め尽くす勢いで、放っておいたらゲートの周りのみならず、万屋や宿泊施設なんかもカドゥケウスの同大で埋め尽くされてしまうのではないか、そう思ってしまうくらいの勢いなのだ。
「できればこっちの胴体もなんとかしてほしいのだけれど」
だから、ホリルさんのリクエストはもっともな話で、
僕は「わかりました」と苦笑い。
二人にフォローをお願いしつつも空切を使って適当な長さのところでカット。
二匹がそれぞれに気を取られている間に、ゲートの周囲で絡み渋滞を引き起こしている邪魔な胴体をエレイン君に手伝ってもらいながら整理していくのだが、
次々ゲートから胴体が溢れ出してくるこの状況で、チマチマと邪魔になっている部分だけを片付けるのは非効率か。
ということでここで優先順位を転換。
まずはこの胴体の供給元を絶とうと、上空からゲートを監視してくれているカリアのサポートを受けつつも、両手を揃えるエレイン君をカタパルトに大ジャンプ。
空中からの振り下ろしで、絡まり合うように二匹がゲートから離れたタイミングでその胴体を一気に切断。
すかさずゲートを覆う巨大な結界を展開。
後から続々と這い出してくるカドゥケウスの体を結界内に閉じ込めると、結界の大きさを縮小。そこからつながるカドゥケウスの胴体をゲート中央に集め。
「これでちょっと戦いやすくなったかしら」
軽く肩をすくめるようにするホリルさん。
だが、
「頭の動きが素早いのは変わりませんけどね」
「でも、もう慣れたんじゃない」
「そうですね」
カドゥケウスの動きはたしかに早い。
だが、それはあくまで蛇型の魔獣として考えたのならということであって、厄介な長い胴体さえ片付けてしまえば飛行型の魔獣とあまり変わらない。
ただ、これに関してマリィさんだけは、
「私もなんとかその動きを追うことができますが、直接カドゥケウスをどうにかするのは難しそうですわね。援護に回りますの」
「頼んだわ」
ということで、ホリルさんのサポートはマリィさん(およびエレイン君)に任せるとして、僕はアクアとオニキスと、もう片方のカドゥケウスを対処することに。
ただ、さっきも言ったが、カドゥケウスはその鬱陶しい胴体さえなくなればそこまで強い相手でもない。
二手に分かれた僕達は、そのまま二匹を分断して、
それぞれに対立軸さえ築ければ、こちらを無視してもう一匹のカドゥケウスに挑みかかるという予想外の動きも封じることができ、ここまで場を整えればカドゥケウスの厄介さはほぼ消えたといってもいいだろう。
その結果――、
「捕まえました」
「あら、器用にやったわね。私は殺しちゃったわよ」
捕まえた途端、ギチギチと残った体を腕に巻きつけてくる僕が担当したカドゥケウスに一方で、ホリルさんが見せてくるカドゥケウスはぷらんと力なく引きずられるままだった。
あのスピードだったから、捕まえた時につい力を入れ過ぎてしまったんだろうな。
「で、コイツ、どうするの?」
「生きている方は戻せるなら戻してもいいんですけど、あの状況を見ると難しそうですよね」
そう言って僕が視線を向ける先にあるのは、いまだに光の柱を立ち上らせ続けるゲートに次々と溢れ出してくるカドゥケウスの胴体。
これが全部移動して来るまで待って、どこにあるともしれない、この頭との切断面を合わせて元の世界の戻すのは一苦労。
そもそもゲートに溢れるカドゥケウスの体がどれだけの量になるのかわからないということで、
「仕方がありません。こっちも締めてしまいましょうか。腕も痛いですから」
僕はマジックバッグから取り出した千本でカドゥケウスを活き締め。
完全に動かなくなったことを確認すると、ゲートの周囲を覆っていた結界を解除。
後は、ゲートの向こうにある体を引っ張り出さないといけないのだが、
「この蛇、どのくらい長いんでしょうか」
「さあ、でも、あの調子だとかなりの大物なんじゃない」
魔獣討伐は解体するまでが仕事です。
ゲートの周囲にうずたかく積み上がるカドゥケウスに、僕はため息を吐き出しながらも、引っ張り出さなければお客様に迷惑だと、エレイン君にお願い、終わりの見えない綱引き作業に入るのだった。
◆次回は水曜日に投稿予定です。