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モスキート

「へぇ、それでコイツを作ったのか」


 そう言って、カウンターの上にちょこんと乗せられた小指の先よりも小さなゴーレムを覗き込むのは賢者様。


「はい。モスキートっていいます」


 それは数分前のこと、リドラさんの潔白を証明するべく、ソニアに作ってもらった蚊型吸血ゴーレム〈モスキート〉の試運転を僕がしようとしていたところ、食材や錬金素材の買い出しに賢者様たちがやってきて、目敏くモスキートを見つけた賢者様が『これはなんだ』と聞いてきたので、モスキートを作るに至ったここまでの流れを説明下というわけだ。


「しかし、こいつで龍の血を採取ねぇ。こんなんで本当に出来るのか?」


「モスキートの口がアダマンタイトで作られていますので、場所さえ選べば可能かと。

 後で黒龍のリドラさんに試してもらう予定になっていますから、今は動きのチェックしていたんですよ」


 これからする実験で任務がこなせる性能になっているのかを確認した後、リドラさんのご協力の下、実戦形式の血液採取が行われ、龍の住処へと送られるという運びとなっている。


「でもよ。これ、ドラゴンに気付かれたりとかはしないのか?」


「それも含めての実験ですね。このモスキートは本物の蚊をマネて、吸血の際に局部麻酔を出来るようになっていますから、多少の採取なら特に気付かれる心配はないかと」


 もし見つかったとしても誤魔化せるようにあえてこういう形にしているのだ。

 そして、モスキートが採血のときに使う麻酔薬はソニアが錬金合成してくれた特別なもので、本物の蚊に刺された時になるような、痒くなったりとかそういう副作用はないとのことである。

 ただ、賢者様が懸念していることはそれではなかったみたいで、


「いや、刺された時もそうだけどよ。蚊って羽音も気にならねぇか。ドラゴンの知覚能力なら、そういうので気付かれるんじゃねぇかって思ってよ。それなら別に血を吸うゴーレムだからって蚊に拘らず、カリアみてーに魔法で浮くようにした方がいいような気がするんだが」


「それは確かにそうかもしれないんですけど、このサイズのゴーレムとなると、安定的に使用できる魔力の量がごく僅かですから、あまり飛行に魔力を回す余裕がないんですよね」


 飛行系の魔法は魔力消費は膨大だ。

 超小型のモスキートは、その全身が魔法金属で作られているとはいっても、その飛行をすべて魔力で賄うとなると、すぐにガス欠になってしまう。

 加えて、純粋に魔力だけを使った飛行システムの場合、魔力感知にひっかかってしまうかもしれないと、避けたという理由もある。


 と、僕があえて羽を使った飛行にしている理由を説明したところ、賢者様も『成程な』と納得してくれたみたいだ。腕組みをしながらも、僕が用意したモスキートに関するデータに目を通し。


「なあ、その試運転、俺にやらしてもらえないか?」


「いきなりですね。

 別に試運転なので構いませんけど、賢者様がこういうことに積極的なのは珍しいですね。どうしたんです?」


 賢者様は元春とかと違ってこういうお遊びにはあまり興味がないと思っていたんだけど、今回に限ってどうして乗り気なんだろう。

 訊ねたところ、賢者様はニヤリとどこかで見た笑みを浮かべ。


「いや、どうせだからコイツでアニマとホリルをからかってやろうと思ってな」


 ああ、そういうことですか……、

 現在、賢者様と一緒にやってきたアニマさんとホリルさんは、肉などの食材や錬金の素材を買い込むべく、宿泊施設にある素材買い取りコーナーにいっている。

 賢者様はこのモスキートを見て、別行動中のお二人にちょっと悪戯してやろうと思い付いたみたいである。

 しかし――、


「バレても知りませんよ――」


 僕はニマニマといやらしい顔をする賢者様に『本当に困った人だ』と、軽くため息をつきながらも、しかし、もし悪戯がバレたら大変なことになるんじゃないのかなと、そんな心配をするのだが、

 賢者様は「大丈夫だって」とそんな心配を適当に流しながらも、モスキートの仕様などが表示される魔法窓(ウィンドウ)を自分の手元に引き寄せて、カウンターの上のモスキートをテイクオフ。


 ちなみに、モスキートの操作方法は、マリィさんのお城にあるプテラノドン型のゴーレムや、フルフルさんの専用機であるアインスなどと同じく、専用の魔法アプリをダウンロード。そこから操るようになっている。


「思ったよりもスピードが出るな」


「現地までは他のゴーレムに乗せて運ぶとしても、そこからの血液採取は全部モスキートだけで行わなければならないですから」


 実際にドラゴンに接触するのはモスキートなのだ。

 だから、その性能はかなりのものが要求されるわけで、

 ソニア曰く、単純に羽根を使った推進式においては破格の性能で、エアレースに出場するようなプロペラ機よりも高い飛行能力をモスキートは持っているそうな。


 ちなみに、現地まではプテラやアインスなどと同じような鳥獣型のゴーレムを使い、インベントリを設置、徐々に通信範囲を広げていきながら、龍の谷の近くにベースキャンプを作ったところで、モスキートを放出する予定になっているみたいだ。


 と、聞いているのかいないのか、そんなモスキートを使った作戦に関する説明を、僕がしている間にも、賢者様は操るモスキートはターゲットであるアニマさんとホリルさんがいる宿泊施設に到着したみたいである。

 賢者様の指示で、僕が素材買取カウンターにいるエレイン君に連絡、窓を開けてもらうと、そこから店内に侵入。

 ターゲットであるお二人にゆっくりと近付きながら、「さて、こっからどうやって悪戯してやるかだな――」と賢者様が楽しそうに呟いたその時だった。


 パン。


 乾いた打音と共にモスキートの視界がブラックアウト。

 ただ、それも数秒のことで、すぐに光が差し込んだかと思いきや、エメラルドの瞳が画面を埋め尽くす。

 そして、聞こえてくるのはこんな声。


『なに、この虫?』


『蚊でしょうか。

 しかし、ホリル様の拍手を受けて、原型を留めているのはどういうことでしょう」


 おっと、これは見つかっちゃったみたいだね。

 こうなってしまうと逃走は難しい。

 ということで、不測の事態に慌てる賢者様から『ここは僕が――』とモスキートの操作を引き取った僕は、モスキートの念話通信を起動、買い取りカウンターにいるお二人に声をかける。


「聞こえますか、聞こえますか。ホリルさん」


『その声は――、虎助ね。この変な虫から聞こえてくるけどどうしたの?』


「はい。すみません。実はその機体は万屋のものでして、カリアの後継機としていま試験運用している超小型の監視ゴーレムなんですけど、どうもお二人に接近しすぎてしまったみたいですね。ビックリさせてしまいましたか?」


『ああ、そういうこと――、

 あ、でも、つい手が出ちゃったけど大丈夫。壊しちゃってない』


「それは――、

 ええと、はい。なんとか無事みたいです」


 さすがは上位魔法金属を素体に使っただけのことはある。サイズが小さいということもあったと思うんだけど、なんとかホリルさんの攻撃に耐えきってくれたみたいだ。

 魔法窓(ウィンドウ)に表示されるデータから特に不具合がないことを確認した僕は、表示にない不具合はないかとホリルさんの手の平の上でホバリング。

 そこにいたエレイン君に状態を確認してもらって、再度謝りを入れてその場を辞する。


 そして、施設から離れること十数メートル。僕とお二人のやり取りを心配そうに覗き込んでいた賢者様が『ふぃー』とわざとらしく汗を拭うようにして、


「まさか気づかれるなんてな」


「さすがはホリルさんといいますか、これはデータとして取っておいた方がいいですね」


 こうなってみると賢者様の悪ノリに付き合った甲斐もあるというものだ。

 とりあえず、ホリルさんには半径一メートル程度まで近付いた時に気付かれてしまったと。

 この報告はソニアに回すとして、


「で、まだ、イケるんだよな」


「大丈夫だと思いますけど。

 まだやる気ですか?」


「このまま引き下がるのはないだろ」


「しかし、さすがに二回目となると、わざと近寄ってるって言っているようなものでは?」


「大丈夫だ。もしもの時は俺が全責任を取る」


 いや、そんな堂々と胸を叩かれましても。

 とはいえ、次は賢者様が責任を取ってくれるというのなら僕としては構わないかな。

 これでまた詳細なデータが取れるかもだからね。


 ということで、いざ、リベンジ――と、賢者様が改めてホリルさん達に近付こうと宿泊施設の上空へ引き返そうとしたところ、ゲートから光の柱が立ち上って、現場のエレイン君からの報告によると、どうやらマリィさんがやって来たみたいだ。


 すると、そんな報告を僕の横から覗き込んだ賢者様が、元春ばりのいやらしい顔を浮かべ。


「ターゲット変更だ。まずはお嬢に仕掛けようぜ」


「さすがにそれはどうなんです」


 賢者様が身内であるアニマさんとホリルさんにちょっかいをかけるのは、まあ許容範囲。

 後でお二人に賢者様が怒られれば済む話だからね。

 しかし、マリィさんにそれをするのはいかがなものか。

 だから、ここでマリィさんにちょっかいをかけるのは止めておいた方がいいのではと、僕はやんわり考え直すように言うのだが、賢者様は止まらない。


「ええい。虎助、お前はあの谷間に埋もれてみたくはないのか」


 いや、谷間に埋もれてって――、

 まあ、僕も男だから、そういう願望がまったくないってなると嘘になるんだけど、さすがにそれを実践するのはアウトなんじゃないのかな。


 とはいえ、それを言ったところで賢者様は止まらないだろう。

 となると、ここは少し強引にでもと、僕が賢者様からモスキートの操作権を取り上げようとしていたところ、底冷えするような声が背後から響く。


「ねぇ、ロベルト。何を揉めているのかしら?」


 おそるおそる振り向いてみると、そこには緑色の髪をした鬼がいた。


「ホリル……」


「おかしいと思って来てみたら、アンタはなにやってんのよ!?」


 呻くような賢者様の声に笑顔で近付いてくるホリルさん。

 どうやらホリルさんはさっきのやり取り、なにか不穏な気配を読み取ってここまで来てくれていたみたいだ。


「アニマ、助けてくれ」


 そんな笑顔のホリルさん(オニ)を前にして、アニマさんに助けを求める賢者様。

 しかし、アニマさんとしても、マリィさんをターゲットに決めた賢者様に少し思うところがあったのかもしれない。

 ふだんなら無条件で受け止める賢者様からの救援要請をスッと目を瞑ることで拒絶。

 その後、賢者様がメチャクチャ怒られたことは言うまでもないだろう。

◆ゴーレムの遠隔操作の仕様の簡易説明


 銀騎士など……専用コントローラーを使った思念操作。(イメージ・エントリープ○グ的な)

 モスキートなど……専用の魔法アプリを使った直接操作(イメージ・3Dシューティング)

 リスレムなど……専用の魔法アプリを使った指定操作イメージ・リアルタイムストラテジー

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