収容施設と事情聴取03
◆今回、マオが『精霊の森』から『アヴァロン=エラ』へと移動する為、途中で『』の表記が「」へと変わります。
「精霊金ですか……、
聞いたことがない金属ですわね」
金髪髭面な百人長の尋問の後、残る捕虜に、強化メンソールに悶え苦しむバーコードハゲな髭面男の映像を見せて、脅し透かしながら尋問を繰り返した結果、彼等は快くいろいろなことを話してくれた。
それによるとどうも彼等は『精霊金』なる金属を求めて、この森に侵攻したらしい。
ただ、その金属は武具マニアであるマリィさんですら知らない金属のみたいで、
「魔王様は心当たりありませんか?」
『……知らない。リドラ?』
『我にも心当たりはありませぬな』
そうなると、もしかしてその金属はこの世界特有のものなのかと、魔王様やリドラさんにその心当たりを聞いてみるのだが、それは魔王様たちもまったく知らない金属のようで、こうなったら、また彼等からお話を聞かなければならないかなと、僕がちょっと物騒なことを考えていたところ、『もしかすると――』と、フルフルさんが腕を組みにあぐらという器用な飛び方で前に出てきて、
『もしかすると、それってニュクス様のとこにあるあのキラキラなんじゃない』
「キラキラですか?」
『うん。ほら、ニュクス様のとこにキラキラ光るクリスタルみたいなのがあるじゃん。あの中の金色のヤツがそうじゃないかなって』
そういえばそんなクリスタルもあったような。
場所が場所だけに、先ほどお邪魔した時はそこまで注目してなかったけど、言われてみればあれはあれで希少な素材なのかもしれない。
と、僕はつい数時間前にモニター越しに見た地底湖の様子を思い出しながらも。
「でしたら、サンプルに一欠片でもいただけるとありがたいですね。
それが彼等が探している金属なら、調べれば、いろいろとわかることがあるでしょうから』
『……ん、ニュクスに聞いてみる』
精霊金の手配はニュクスさんにお願いするとして、残るはエルフの女性の対応になるのだが、彼女はこの件にどう関わっているのかな。
魔王様は先程と同じく魔法窓越しの参加。リドラさんが前面に立ち、女エルフの尋問に挑むことになるのだが、目覚めた彼女の反応は意外なもので。
『フフフッ、リドラ。ようやく見つけたわ』
「あの、お知り合いですか?」
『我にエルフなぞに知り合いはいないハズでありますが』
明らかにリドラさんのことを知っているような彼女の第一声に、リドラさんの対応はあくまで淡白なものだった。
魔王様のこともあるということで、リドラさんもこの世界のエルフにいい感情を持っていないのだろう。
しかし、次に彼女が放った言葉が場に混乱をもたらす。
『知らないですって、私を――、私の体をこんなにしておいてよくもそんなことが言えるわね』
糸でぐるぐる巻になっていなければ、おそらく自分の体を抱いていただろう。そんな彼女が叫んだ内容に一同は絶句。
そして、またこの男が空気を読まないというかなんというか――、
「あのあの、体をこんなに――ってそれは、どういうことっすか?」
『そのままの意味に決まってるじゃない。この雄は私の心を踏みにじったのよ』
たぶん元春は『私の体をこんなにしておいて――』というセリフを、その真っピンクな脳内で自分の都合のいいように変換したのだろう、元春からの不躾な質問に彼女の方も、捕虜として捕まりながらも、この状況に酔っているというところもあるのかもしれない、悲痛な声でそう答える。
すると、それを聞いていた魔王様がいつもよりも平坦な声で『……リドラ』と一言、囁くようにそう言って、妙な沈黙が流れたと思いきや。
『なっ、娘――、いい加減なことを言うでない』
「ん、なにこれ? 痴話喧嘩なんすかね」
まるで爆発したかのようにリドラさんが声を上げ、元春が黒い嫉妬混じりにそう言うのだが、ここで部外者が絡むとまた面倒になりそうだ。
ということで「君は黙っておこうか――」と、僕が元春を強制的に黙らせる一方で、痴話喧嘩――もとい、リドラさんとそのエルフの女性の言い合いは続いていて、
『いい加減だなんて、とぼける気?』
『とぼけるもなにも我にエルフの知り合いなぞおらん』
『ええ、アナタにエルフの知り合いは居ないでしょう。
でも、ヴェラという龍なら知っているわよね』
『ヴェラだと、ヴェラがこんなところにいるものか』
『いるもなにも、私がそのヴェラなんじゃない』
『馬鹿な。龍であるヴェラがどうしてそのような忌々しい格好をしているのだ』
『私も好きでこんな風になっているんじゃないわよ。
全部――、全部リドラの所為なんじゃない』
うわぁ、なんか凄いことになってるなあ。
ただ、二人の話をまとめるに、どうも彼女はリドラさんの知り合いらしく、エルフの姿になっているのはリドラさんの所為だということだ。
でも、ちょっと二人の会話が噛み合っていないかな。
「あの、ヴェラさんでしたか、リドラさんがやったという証拠はありますか?」
『なに、フクロウごときがドラゴンの私に話しかけるの』
ということで、ちょっとここらで冷静に話をしませんかと、僕がそう口を挟むのだが、
おっと、いきなり強烈な殺気が飛んできたね。
マリィさんは無事のようだが、元春が「ふぁっ」と思わずのけぞるほどの威圧感が画面越しに伝わってくる。
しかし、この程度の殺気など、こちらとしては慣れっこだ。
だから、ここは怯まず平然と。
「すみませんが、なにか証拠はありませんか。
そうでなければこちらとしてもアナタの扱いに困ってしまいますから」
彼女の見た目はあくまでエルフ。
そんな彼女が元ドラゴンだと言っても、まるで説得力がない。
だから、自分がドラゴンであると証明できる証拠はないですか。
そんな僕の問いかけに、ヴェラと名乗るエルフ(?)は『ふん』と鼻を鳴らしながらも、ハラリと首元の服を少しはだけさせ、見せてくれたそれは、ドラゴンをモチーフとしたタトゥーのようなものだろうか、彼女の細い首元に浮かぶ、赤のラインで縁取られた魔法陣のような文様だ。
『これの所為で私はこんなになっているの』
「あの、その紋章のようなものはなんでしょう?」
しかし、これがなんの証拠になるのか?
訊ねると。
『それはそっちの馬鹿に聞くことね』
彼女はリドラさんに聞くように促してきたので、
リドラさんにその説明をお願いしたところ。
『それは血龍印。血液を媒介にした龍独自の契約魔法ですな。
不本意ではありますが、この印が出てきたとなると、少なくともこのエルフが龍に縁があるものであることは間違いないでしょう』
成程、どうやら彼女は、その龍の血を媒介とした契約魔法とやらでそんな姿になってしまったらしい。
そして、それが彼女の体にあることが、少なくともドラゴンとつながりがあるという証拠なのだと。
僕のみならず、ここにいる全員(はだけた胸元に興奮する元春は除く)が、その話に納得。
ただ、彼女からしてみるとリドラさんの言い草が気に食わなかったみたいだ。
『なにを他人事のように言っているのかしらリドラ。
この印はアナタが付けたものなのよ』
『だが、我は――』
『言い訳しない。それと気持ち悪いしゃべりかたも止めなさい』
この感じ、彼女の首元に浮かぶ結龍印そのものにもなにかいわくがあるのかな。
ともあれ、いまの言い分を信じるのなら、その結龍印は、もともとリドラさんが彼女に刻んだもので、
ただ、リドラさんからしてみると、彼女の言う呪いに関してはまったく心当たりがないってところかな。
しかし、だったら、どうしてこんなことになってしまったのか。
とりあえず、この呪いに関して、まずはリドラさんになにか心当たりはないのかを聞いてみようかと、僕が口を開こうとしたところ、それよりも先に彼女がリドラさんをまっすぐ見つめて、
『言ってもいいの?』
『なんのことだ?』
『もともとこの印がなにを意味しているのか、私が私であると証明する為に、アナタの関係を全部ここで話してあげてもいいのよ』
血龍印が何を意味しているのかですか。
翻訳されたその魔法名のニュアンスと契約魔法というそのカテゴリーから、いくつか想像できることはあるのだが、リドラさんとしてはそちらの方にも文句があるようで、
『あれは、貴様が無理やり――』
『また言い訳。リドラがそういうつもりなら、私にも考えがあるのよ』
『考え、だと?』
『ええ、どうやって私がこの印を刻むことになったのか、それを懇切丁寧にここにいる全員に教えてあげるっていうのはどうかしら?』
そう言って妖艶に微笑む自称ヴェラ。
すると、リドラさんは呻くような声を漏らし。
だが、すぐに項垂れるようにその長い首を下げると。
『わかった貴様の言葉に嘘はないと信じよう』
やはり訳ありのようだ。
その詳細も聞きたいところだけれど。
『皆様、誤解しないで欲しいのですが、我も好き好んでこの印を刻んではないのです』
うん。リドラさんのこの焦り様、どこか義姉さんに絡まれた友人たちを思い出す反応だな。
そんなリドラさんのリアクションから察するに、彼女の言おうとしていたことがリドラさんにとって面倒かつ理不尽で都合の悪い事実だったということが透けて見える。
だったら、ここはとりあえずリドラさんの顔を立てておいた方がいいよね。
僕は疲れた様子のリドラさんをフォローするように。
「ともかく、リドラさんがこの件に関わっていないことを証明しないと話は進まないみたいですね」
『あら、どうしてアナタが仕切ってるのかしら?』
『貴様は黙っておれ』
『そんなこと言っていいのかしら?』
『だから黙っておれと言っている』
と、彼女にとってリドラさん以外はどうでもいい存在なのだろう。
話をまとめようとする僕につっかかってくるヴェラ。
しかし、そこをリドラさんに止められて、また言い合いを始めてしまう二人。
これは手に負えないね。
ということで、彼女のことはリドラさんに任せることにして、こっちはこっちで話を進めようか。
『それで、どうするの?』
「そうですね。その血龍印というものが血を媒介にしたものだというのなら、彼女からは魔法陣のところの皮膚片を、リドラさんの血液もいただければ、ある程度の調査を出来ると思うんです」
『どういうことですかな?』
『……DNA鑑定』
血を取るという僕の言葉に、ややも強引に会話に混ざってくるリドラさん。
うん。ヴェラさんに言い負かされたんだね。
正直、リドラさんには彼女の相手をしていて欲しいんだけど、手がつけられないんだね。
そして、後ろでギャーギャーと、マシンガンのように文句を吐き出し続ける女エルフを無視するようなリドラさんの疑問に、答えを返したのは魔王様だ。
魔王様はゲームや漫画に触れているから、すぐに僕の意図を理解してくれたのだろう。
そう、結龍印が龍の血によって形成される魔法なら、そこから採取されたDNA分析することで、それが本当にリドラさんの手によって施されたものなのか、そして、自分を龍だと言い張るこのヴェラという女エルフに呪いをかけたのは誰なのかを調べることができるかもしれないのだ。
『よくわかりませぬが、それをすることによって、我が犯人でないことが証明できるということですかな』
「いえ、どちらかといえばこの場合、リドラさん以外に犯人がいるのか、その可能性を示すものになりますか」
その結龍印がもともとリドラさんの血を媒介にして刻まれたものなら、その印がどのように変質していたとしてもリドラさんのものであるのには違いない。
ただ、それを調べてリドラさんとヴェラさん以外の血液が検出できたら、それは他に介入した人物がいるのではないかという一つの状況証拠となる。
『他に方法がないのなら仕方がないですな』
『待ちなさいリドラ。どうして私がそんなことされないといけないの』
『我の無実を証明する為だ。やむを得まい。そもそも貴様は捕虜になのだぞ。文句を言うのは筋違いであろう』
ハッキリと自分の立場を自覚させられてしまっては彼女としても言い返すのは難しい。
そうなのだ。いくら彼女が自分をリドラさんの被害者だと主張しても、それはあくまで彼女の一方的な言い分だ。
この森に暮らす者たちからしてみたら、現状、彼女は精霊金を狙う人間を味方するエルフでしかないのだ。
だから当然、彼女の意見は却下され、リドラさんの警戒の下、彼女の首元にある血龍印から血液の採取が行われる。
『……リドラも血を』
『御意』
そして、リドラさんもその爪で自ら引っ掻いた指先から垂れた血をミストさんが用意した容器の中へ。
それら二種類のサンプルは魔王様にアヴァロン=エラに運び込まれ、ソニアに調べてもらうことになるのだが、
実際にそれらをソニアに鑑定をしてもらったところ。
『少なくとも、この龍印に使われている血は、そのヴェラというその女性とリドラ君、あともう一人、何者かの血によって構築されているね。それとこれはスキャンの結果なんだけど、たぶんその血の持ち主は、もともとあったリドラ君の印の上から新しく呪術のようなもので上書きしているって感じかな。成分分布からしてそんな感じになると思うんだけど』
「――ということなんですけど」
「……やっぱりリドラが犯人じゃなかった」
『何を言っているの。血龍印を上書きなんて、そんなこと出来るわけないわ』
『だが、解析結果はそう出ているのだ』
『信じられないわ。そもそも我等が血龍印がそんなに簡単に解析できるわけがないでしょ。
それに――、これは私とアナタの印なのよ』
当然そうなりますよね。
ファンタジーな世界に住む人にDNAが証拠とつきつけても、
いや、たとえそういう魔法があったとしても、自分が一番信じている証拠がリドラさんを示しているという彼女を説得することは難しいだろう。
「っていうかさ、こうなるともう犯人の方を捕まえたほうが早いんじゃね」
たしかに彼女を説得するには、そっちのほうが手っ取り早そうだ。
いまも止まらない彼女のヒステリーからして、話を聞いてくれそうにないからね。
「リドラさん。犯人に心当たりは?」
『残念ながら、我ら龍種というのは、このような面倒な手を使って何かをするのなら、直接ことを起こすことを是とする種族でありますので』
たしかに、ドラゴンの性格を考えるとそうですよね。
「そうなると、僕達がこの印に使われている血を材料に犯人を探し出すしかないですかね」
『我が故郷に直接おもむき、血を取ってくるという方法もありますが』
「それは止めておいた方がいいでしょう。犯人がどんな動きに出るのかわかりませんので」
『……ん、我慢』
リドラさんが直接そこに赴くことは、どう転んでもトラブルになること請け合いだ。
むしろ犯人はリドラさんが来てくれることを待っているのかもしれない。
そうなると、何らかの罠が張られているのはほぼ確実で、
「なにかしらのゴーレムを作って採取してきますか」
『だね』
『しかし、私事に皆様の手をわずらわせるのは?』
「いえ、気にしないでください。
リドラさんとは知らない仲じゃありませんからね。
なにより魔王様が心配していますから。
それにいろいろなドラゴンから血を採取できるチャンスなんてそうそうありませんしね」
そう、今回の提案はこちらにもメリットがない話ではないのである。
なにしろ、龍種独自の魔法である結龍陣の分析に、龍の血液の採取。
うまくことが運べば他にも龍の素材やら研究成果が得られるかもしれないのだ。
だから、僕達としても、今回の件は利のあることだと伝えた上で、
「でも、調査はあくまでそちらの世界で起こっていることですので、みなさんのご協力が必須になりますけどね」
『そういうことならば、我としても頭を下げるしかないですな』
『私も手伝っちゃうよ』
『……ん、頑張る』
「まあ、それはリドラさんの故郷の話を聞いた後でということで、とりあえず、今は侵入者の処理を含めた森にいる敵の対処を優先すべきですか」
『そうでしたな。後顧の憂いを断つ意味でも彼奴らには少々地獄を見てもらいましょう』
◆次回は水曜日に投稿予定です。