魔王様のお宅拝見
今日、僕とマリィさんと元春は魔王様の城を見学させてもらっている。
とはいっても、僕達が直接、魔王様の拠点に赴くのではなく、先日リドラさんに頼まれた、森の警備に使用するゴーレムを介しての見学なのであるが、
しかし、これはある意味で仕方のないことで、
魔王様の実力をもってすれば、僕達を自分の世界へ直接招くことも出来るみたいなのだが、ソニアによると、アヴァロン=エラから別の世界の転移してしまうと、もともと持っていた世界の座標を失ってしまい、アヴァロン=エラに戻ったとしても、そこから自分の世界に帰れなくなってしまうとのこと。
なので、この手法を使うしかなかったのだ。
ちなみに、魔王様が暮らす拠点は、『ここはどこぞのビル街ですか?』とそんな疑問が脳裏に過るほど沢山の、巨木が乱立する森のほぼ中心に位置する大洞穴の中にあるみたいだ。
魔王様たちは、元よりこの場所にあった天然の大洞穴を掘削、万屋から仕入れた古代樹製のボックス住宅を継ぎ足していくように拠点を作り上げたのだそうだ。
いまはその大洞穴を入り口から奥へと下っている真っ最中。
そして、リアルタイムで僕達が見ている映像を送ってくれているのは、魔王様が抱える森林警備用のゴーレムの試作機の一機、フルフルさんの専用機である白いフクロウ型のゴーレムのアインスだ。
ちなみに、どうしてフルフルさんの専用機がドイツ語の『1』を冠する名前になっているのかという疑問は、命名したフルフルさんに聞かなければ本当のところはわからないが、
おそらくは、フルフルさんがこちらの言葉でいい感じの名前をつけようとしたその雰囲気をバベルが読み取り、翻訳した結果がこれなのだろう。
おそるべしバベル。おそるべし翻訳魔法である。
と、そんなアインスの視点で洞窟を地下へと下っていくと、やがて大きな広場にぶち当たる。
広さは、わかりづらいと評判のドーム球場単位で、四個分くらいの広さになるんじゃないかな。
そして、その大空洞は、例えるなら東京地下神殿として名高い首都圏外郭放水路からコンクリートの巨柱を全部取っ払ったかのような地下の大空間で、
こんな広い地下空間にも関わらず、きちんと全貌が見渡せるのは、天井から垂れ下がる光ファイバーのような植物の根っこから落とされる光によるものみたいだ。
聞くと、拠点を地下に作るにあたって、この森に生えている巨木の大精霊イルミンスールが、地下での生活に光がないのは不便だろうと、魔王様達の為に新種の植物を作ってくれたみたいだ。
そして、そんな大空洞の中央で待ち構えるのは一匹の黒龍。
『いらっしゃいませ。我が領域へようこそ』
そう、この大空間は魔王様の拠点の入り口であり最終防衛ライン。
ふだんリドラさんがここを中心に岩洞の拡張や森の警備を行っているそうだ。
しかし、洞窟に入っていきなり黒龍とか、これがRPGとかだったら非難轟々のダンジョン構成だよね。
僕は侵入者にとってはかなり理不尽な作りになっているダンジョン(?)に、内心でそんなことを呟きながらも、「いえいえ、今回はお招きいただきありがとうございます」と、わざわざ出迎えてくれたリドラさんにご挨拶。
「頼まれていた新魔法が出来上がりましたよ」
そのついでにとアインスを中継に転送するのは、以前アインスなどの森の警備ゴーレムと一緒にご注文のあった魔法。絶対強者の龍種であられるリドラさんでも、人間相手に安心して使える殺傷力皆無の攻撃魔法である。
ご注文から数日、今朝その魔法が完成したとの報告がソニアからあって、どうせだからと渡す準備をしていたのだ。
『おお、完成しましたか』
転送された魔法式を見て、喜ぶようにするリドラさん。
しかし、どうも、この依頼に関しては魔王様もフルフルさんも知らないことだったみたいだ。
『……狡い』
『抜け駆けだね』
魔法式の受け取りを目の前で見せられた魔王様とフルフルさんは恨めしげな視線をリドラさんに向け、しかし、それ以上は特になにも言うつもりはないみたいだ。
『……まずはニュクスのとこに行く』
ただ一言、魔王様はそう言うと、ふいとリドラさんから視線を外し、大空間の奥に設けられたいかにもな石門に向かって歩き出す。
そして、魔王様が抱えるアインスの頭の上にちょこんと座るフルフルさんも、あえてリドラさんを無視するように『私達の花園も案内するよ』と上から覗き込むようにしてきて、
『ま、マオ様!?』
背後からリドラさんの情けない声が響くも魔王様の歩みは止まらない。
一見すると、完全に拗ねてしまったような魔王様のこの行動。
しかし、魔王様の性格を考えれば本気で怒っていないのは確実だろう。
そもそも、リドラさんがさっき渡した魔法を注文したのは、森を守る為なのだから。
そこのところは魔王様もフルフルさんもそのことはきちんと理解しているのだろう。
しかし、それでも内緒にされたことは面白くないようで、
その一方、真面目なリドラさんとしては二人の態度に気が気じゃないといったところのようで、
『マオ様、マオ様――』
おそらく自然界では見られないドラゴンがオロオロするという、ちょっと微笑ましいやり取りがありながらも、ここは心を鬼にして(?)、魔王様は石門から続く坑道の先、枝分かれする通路の一本に案内してくれる。
そして、リドラさんがやっと一人通れるような、きれいな石畳が敷いてある通路を抜けた先にあったのは『この木なんの木』とそんなフレーズが聞こえてきそうな巨大な樹。なんでも、この樹はイルミンスールの分身。精霊の係累であるフルフルさんたち妖精が平和に暮らせるように植えられたものだという。
そんな大樹の傍らには、洞窟の天井に開いた穴から、やや赤色分を感じる太陽光がスポットライトのように降り注ぐ、幻想的な花畑があって、
僕達が洞窟の中、とつぜん現れた規格外の絶景につい見とれてしまっていたところ、フルフルさんがふわり座っていたアインスの頭から離陸。閉鎖的な地下空間の中、いろとりどりに咲き乱れる花の上を鱗粉を撒き散らしながらも飛び回って、
『じゃ~ん。ここが私達のお家だよ』
自慢するように手を広げると、そこにいた仲間と一緒に自分達が暮らす家を案内してくれる。
ちなみに、フルフルさん達が暮らす家は、例の大樹の上に作られたツリーハウス。
どこかのアジアンビーチにある水上コテージのような建物だ。
ただ、この建物は万屋で作ったものであり、僕としては案内して貰う必要はないのだが、わざわざそれを指摘して、フルフルさん達をガッカリさせることはないだろうと、ここはあえてフルフルさん達を囃し立てる方向でと、僕が調子を合わせる一方で、マリィさんや元春からしたら妖精さん達の暮らしが見えると好評のようである。
ツリーハウス内の見学を、自分が自分がと代わる代わる紹介してくれる妖精さん達に、マリィさんと元春がいい感じでリアクションしながらも小さなツリーハウスの中を見て回り、フルフルさん以下、妖精のみんなで一巡半、全員がだいたい満足してくれたところで、彼女達の家をお暇することにする。
ちなみに、お暇の際に、お土産としてハチミツを貰ったけど、これはまた明日にでもホットケーキを作って欲しいとか、そういうおねだりかな。
と、そんな邪推をしながらも向かった先にあったのは、ふよふよと浮かぶピンクの光球に照らし出され、様々な植物が理路整然と並び茂っているという、どこか怪しげな雰囲気を持った地下農園。
ここは今からお邪魔する、この『深き森』を取り仕切る大精霊の一人、ニュクスさんという夜の精霊が管理する農園で、潤沢にある地下水と、光に植物、そして精霊などの魔法を利用して、水耕栽培を行っている場所なのだそうだ。
そんな野菜工場とも呼べる、ここで育てられている作物は、米などの穀類、レンコンなどの根菜類、豆苗などの葉野菜、そして、イチゴやメロンなどのフルーツと多岐にわたるとのこと。
野菜栽培に関しては、前々から、魔王様にミストさん、その他諸々、この拠点に暮らす人達からご相談があったのだが、まさかこんなことになっているとは思わなかった。
そして、この地下農場に一番興味を示したのは意外にもマリィさんだった。
地底に作られたこの大規模農園が、領地開発の参考になるかもしれないと、マリィさんはこの地下農園ことに詳しく知りたいようで、隣接するエリアの為か、意外とこの農園のことに詳しいフルフルさんにいろいろと質問を飛ばしていく。
と、そんな仕事モードに入ってしまったらしいマリィさんに横目に、僕達が、いや、魔王様がゆっくりと、本来の目的地であるニュクスさんが住むという、この区画の奥にある地底湖を目指していると、
魔王様が歩いていた通路のすぐ脇にある、植物を育てる浅いプールの中から、二足歩行の巨大蛙がザバッと出現。
これに、フルフルさんと話し込んでいたマリィさんはともかく、元春がビクンと反応。
思わず体をのけぞらせるも安心して欲しい。
『あ、マオ様だか、なにか野菜を取りに来ただか』
『……ん、いま友達を案内してる』
『ああ、そういうことだっただな。ゆっくりしていってケロ』
なぜなら現場の方は凄いのんびりしたと雰囲気なのだ。
そう、彼もまたここの住人だったりするのだ。
ちなみに、彼の名前はヴォダさんと言って、水の精霊の眷属で妖精に属する種族なのだそうだ。
かつて、とある国にあるとある巨大湖で穏やかに暮らしていたらしいのだが、人間の開拓によってその住処を奪われ、その見た目から、魔獣と間違えられたり、時に呪われた種族とひどい偏見を受けながらも、各地を放浪。そんな放浪の生活の中で、この森を中心に世界各地を旅している風の大精霊と出会い、安住の地としてここを紹介されたのだそうだ。
当初、魔の森と呼ばれ、魔王がいると噂されるこの森に、ヴォダさんは、自分を受け入れてくれる場所があるとは思えないと、風の大精霊のすすめを断っていたそうなのだが、あまりに熱心な風の大精霊にここを訪れてみたところ、その言葉に偽り無し、それからずっとここに暮らしているのという。
と、僕がそんな事情を元春にしてあげていたところ、どうしたんだろう。ヴォダさんがなにか言いたげにこちらを――正確にはアインスを――見ていたので「なにかご用ですか」と、あえてこちらから問いかけてみたところ、ヴォダさん曰く、できればカニカマが欲しいとのことである。
えと、なんでこのタイミングでその話をするのだろう。
僕が聞くと、
なんでもヴォダさんは、ある日の夕食に登場したカニカマがいたく気に入ってしまったそうで、それ以来、いつ夕食に出されるのかと期待に胸をふくらませて待っていたそうなのだが、待てど暮らせどカニカマが食卓に上がることがなく、拠点のキッチンを預かる人達にさりげなく探りを入れてみたところ、カニカマは魔王様が万屋で貰ってきたものということが判明。
しかし、魔王様にカニカマを買ってきて欲しいと頼むことは難しく、僕達と話が出来るこのチャンスに言ってみようかとタイミングを伺っていたみたいだ。
そういえば、前に手巻き寿司を作った時に余ったカニカマを魔王様に持たせたことがあったような。
ということで、ヴォダさんリクエストのカニカマは、後日、魔王様を通じて差し入れるとして、
しかし、それならそうと念話通信を使ってご注文してくれればいいのに。
いや、結局のところ、それを持ち帰るのは魔王様ということで遠慮しているというのもあるのかな。
実際、魔王様がそれら物品を持ち帰るとなるとマジックバッグを使うことになるから、そこまで気を使わなくてもいいと思うんだけど。まあ、そこは、上下関係というか、自分のわがままで魔王様の手を煩わせたくないとかそういう思いがあるのかもしれない。
しかし、そう考えると、ヴォダさんもそうなんだけど、魔王様の拠点にはこういう人がいっぱいいるかもしれないな。
まあ、中にはフルフルさんとか、きちんとそれが出来る人もいるんだけど、以前はミストさんですらもそんな感じだったし。
これは、魔王様の拠点に暮らす人達が気軽に通信を使って買い物が出来るように、メールフォームみたいなものを作っておいたほうがいいのかも。
僕はそんなアイデアを思い付き、とりあえずは簡単にと、それらしきメールフォームを作っている間に、気付けば農園の出口まで来ていたみたいだ。
そして、マリィさんはマリィさんで、ここを管理しているヴォダさんを始めとした住人達にいろいろと意見を聞けたみたいだで、『ありがとうございますの』と、そんな感謝の言葉を残してヴォダさんと別れ、更に進んだ先にあったのは大きな大きな地底湖だった。地上から、そして、湖底から生えている、蛍光色の淡い光を灯すクリスタルによって闇の中に浮かび上がる美しい地底湖だ。
そんな、ザ・ファンタジーと言わんばかりの光景に、まず声を上げたのは元春だ。
「おお、なんかすっげーところだな」
『……ニュクスの部屋』
そんな元春の声に答えるのは魔王様。
「えと、ニュクスというのは、この拠点に暮らす上位精霊様の一柱でしたわよね。ここが家の方の――、緊張しますの」
そして、ディーネさんと合う時もそうだったような。マリィさんが上位精霊との邂逅に思わず背筋をピンと伸ばす一方で、魔王様がようやく辿り着いたその透明な湖面に手を伸ばして、まるで公園の池に住む鯉でも呼ぶかのようにパシャパシャと水面を叩く。
すると、どこからともなく、夜の帳という概念を布地にしてしまったような薄布のドレスをまとう女性が透き通った地底湖の上に現れて、その鏡のような水面を滑るように僕達の方へと歩いてくる。
と、そんな美女の登場に、元春が「エッロ」と嬉しそうな声を出し、マリィさんが「不敬ですの」とそんな元春をスナイプ。
ちなみに、ニュクスというと地球では夜の女神――夜そのものを神格化させた存在――として知られているが、こちらの世界では精霊として存在しているらしい。
まあ、神様が精霊になったり、その逆だったりという話は、地球の中でも神話体系が変わることによってあることだから、特に不思議はないのかもしれないけど。
「お久しぶりですニュクスさん」
『その声は虎助か。ディーネは息災か?』
なにはともあれ、まずはご挨拶と挨拶をする僕にニュクスさんがこんな声をかけてくれる。
そう、実は、他の世界とはいえど、しっかりと自我のある精霊同士――、特に上位精霊同士はなかなか会えるものではないそうで、魔王様からディーネさんの話を聞いたニュクスさん他数名が、魔王様に連れられてアヴァロン=エラにやって来たことがあるのだ。
その関係から、僕はニュクスさんと面識があるわけで、
「おいおい、紹介しろよ」
「虎助、まずはこの男をどうにかしますのよ」
何を思ったか、いや、なにも考えていないのだろう。
また、おバカなことを言い出す元春に、マリィさんがいつものように強硬手段に打って出て、
『ふふ、にぎやかだな』
そんな通信越しに聞こえているだろう声に、ニュクスさんが楽しげな声を零し、
一方、僕としてはおバカな友人がホント、申し訳ないばかりである。
「本当ににぎやかですみません」
◆次回は水曜日に投稿予定です。