ゴーレム馬車
「ということで、怪しい兵士を見つけたら気をつけて下さいね」
「わかったわ」
森の側の砦に集う兵士達を襲撃して半日、夕方になって万屋に出勤した僕は、その後の調査を引き継いでいてくれたベル君から、砦から兵士がいなくなったことを確認した後、ティマさんと連絡を取っていた。
そもそも、謎の集団が砦に陣取っていたという情報は、魔王パキートと合流したティマさん達にもすでに伝えてあって、撃退したという情報も作戦の終了直後にメールという形で送ってあったから、今回のその後の経緯の説明になるのだが、経過報告というのは大事なことなのだ。
ちなみに、早朝に襲撃を受けた例の集団はというと、瓦解してバラバラに逃げてしまったみたいである。
一応、それぞれにスカラベやリスレムの監視をつけてその動向を追ってはいるものの、ほぼ全員が、ルベリオン王国に隣するハジド連邦を目指して移動しているみたいだ。
その動きから、彼等は隣国の勢力であるらしいことが予想できる。
まあ、そのハジド連邦から更に別の国に移動――、なんてことも考えられなくもないのだが、あの砦のことと合わせて考えると、おそらくはハジド連邦にあるいずれかの勢力が、彼等の本体なのだろう。
一方、そのほぼに入っていない側の兵士はというと、逃げ惑っている内に自分の居場所を見失ってしまったみたいだ。街道を辿り最寄りの街へと向かっているようである。
そして、気絶してミストさんの糸に絡め取られている兵士達はというと、いまだ糸にくるまれたままのようで、リーヒルさんが扮した大蜘蛛型の魔獣がいつ戻ってくるのかと、そんな恐怖にかられながらも、手持ちのナイフで一生懸命ぐるぐる巻の状態から抜け出そうとしているとのことだ。
ただ、特殊な粘着剤のついたアラクネさん達の糸を切るのは簡単ではないようで、いまだに誰一人脱出できていないらしい。
だから、今回の件でティマさん達に気をつけて欲しいのは、ハジド連邦に帰還しようとしている兵士とばったり出会さないことくらいだと、そんな注意したところで報告は終了。
「あちらは順調なようですわね」
「もともとパキート様が、万屋製のゴーレムの監視網でもなかなか捉えられないような隠蔽魔法を使っていたみたいですからね。出会い頭に急接近とかでも無い限り、そうそう見つかるものでもないと思いますよ」
「言われてみますとそうですわね」
そもそもパキート様ご一行の行方は、リスレムを始めとした、万屋の探索ゴーレムが数ヶ月かけて探索しても見つからなかったのだ。
ゆえに、そこらの兵士が必死になって探してもなかなか見つけることは難しく、もしも運良く(?)彼等に出くわしたとして、魔王一人にその幹部が二人、そして、一部で勇者と名高い冒険者の仲間と、明らかに過剰戦力状態であり、捕まえることが困難なことは少し考えればわかることなのだ。
ただ、ロゼッタ姫が妊娠中であることを考えると、万に一つということが考えられるので、いまは他人との接触を避けているのだが、それもあと少しの我慢である。
マップを見る限り、パキート様ご一行は、すでにレニさん達の待つ森のすぐ側までやって来ている。
後は、国境付近を警戒するルベリオンの勢力や、他国へ向かう商人に冒険者と、彼等の目に引っかからないように森の中に逃げ込めば、明日にでもレニさん達と合流できるだろう。
僕がマリィさんとそんな話していたところ、それは先程まで通信をしていたティマさんにくっついているリスレムから送られてきている映像かな。
やや高い視点から、遠方に大きな森を望む青いススキ原を映している魔法窓を覗き込んでいた元春が、
「にしてもよ。この姫様が乗ってるヤツ、まんまロボットだよな。
これもパキートだっけ? このうらやまオッサン魔王の召喚獣ってやつなん」
「ティマさんの話だと、フローティングボードとリーヒルさんの体を一部コピーものを組み合わせてるみたいだね」
「しかし、従者の一部分を複製召喚ですか、信じられない魔法を使いますのね」
「パキート様、本人の話によると、魔人になってから得た能力だそうですよ」
「なんらかの実績が関係しているのでしょうか。
しかし、この乗り物――でいいのでしょうか、この召喚獣は便利そうですわね。
元春の話からするに虎助の世界にも同じようなものがあるようですが」
レニさんの前で言っていたら確実に殺されていたであろう『うらやまオッサン魔王』という言葉を、後で注意しておこうとしながらも流して返した言葉に、元春が「ふ~ん」と鼻を鳴らす一方で、マリィさんが気にするのは、他に類を見ないパキート様の魔法によって作られた乗り物みたいだ。
「ああ、でも、元春の言ったロボットは軍用のものですから、僕達が手に入れるのは難しいかと」
「そうなんですの?」
「はい。これは調べてみないとわからないんですけど、おそらく一般発売はしていないと思います」
そもそも販売していたとしても誰が買うのかという話である。
「てか、売る売らないの前にあれってもう完成してんの?」
「えと、試験運用はかなり前から始まってたとかって話だった気がするよ。
でも、音が大きくて採用を見合わせてるとか、そういう話を聞いたことがあるような」
あれはどこで見た情報だったかな。テレビで見たことがあるような四足歩行ロボットは、騒音レベルではないにしろ駆動音が大きくて、敵に発見されるきっかけを作る可能性が高いということで、軍用としては使えないとされたとか。
不確かだとしながらも、そんな話があると二人にしてみたところ、マリィさんが、
「それはゴーレムでも聞く話ですわね。強力なゴーレムほど駆動音は大きくなってしまうものですから」
僕とイメージだとゴーレムは静かな印象しかないのだけど、マリィさんの世界だとそうなのかな。
考えてみると、以前戦った鋼鉄の山羊は動くたびにガシャガシャと、あと、モルドレッドなんかは歩くだけでもかなり地響きが凄いからな。
「でもよ。ここならサイレントな四足歩行のロボットとか作れるんじゃね」
「オーナーに頼めば作ってもらえると思うけど、ウチの場合、作ったとしてどう使うかが問題なんだよね」
荷物を運ぶにも移動するにもベル君達がいればすべて事足りる。
よって、あえてそれを作る必要がないと、元春に言うのだが、
「そうですわね。
ただ、私からすると、そういうゴーレムがあるのなら、村の荷運びや開梱、不本意ではありますが、領地の見学に来たいという貴族連中の輸送に使えそうですわね」
一方、マリィさんからしたら、荷運びなどに使えるゴーレムがいるのはありがたいことみたいだ。
「成程、そういうことでしたら、荷運び用のゴーレムを作ってみるのもアリかもしれませんね。
安価に作れたら、フローティングボードみたいに売れるかもしれませんし、
今なら、ちょうど魔王様の拠点がある森の警備に使うゴーレムを試作をしていますから、そのついでにと、ソニアにお願いをしてみましょうか」
話の流れから『もしよければ作ってみましょうか』と提案してみると、マリィさんが「お願いしようかしら」とそう言って、
「マオっちのとこのゴーレムって、それって前に俺等が考えたやつだよな。どんなんが出来たん?」
他方、元春の方はというと、魔王様――というかリドラさんからの要請で作ることになった警備ゴーレムが気になるみたいだ。
「いま魔王様のところで試してもらってるところかな。
でも、みんなの意見を得て、オーナーがいろんな種類のを作ったから、これといってどれがどれとかは言えないんだけど、前にみんなで使ってみたリスレムとか、ああいう感じのゴーレムが多いかな」
「……フルフル達が頑張ってる」
と、話題が自分のところのゴーレムに移ったのに気付いて、魔王様が来てくれたみたいである。携帯ゲームを片手にそう言って、
「でしたら、私はトワやお母様、スノーリズに意見を聞いてみますわ」
マリィさんがトワさん達に連絡を取ろうとするのだが、
いざ、念話を飛ばそうと、マリィさんが魔法窓を呼び出したところで、元春が慌てたように手を前に出し。
「ちょちょちょ、なにしようとしてんのマリィちゃん?」
「なにを――と言われましても、領地で使うゴーレムを注文するなら、きちんとトワやお母様に意見を聞いておかなければと思いまして」
そう、今回のご注文はあくまで領主としての注文だ。
自領の利益になるゴーレムを作るとなると、コスト面も含めて、いろいろと相談することがあると、マリィさんはそう主張するのだが、元春にとって重要なのは、トワさんそのもののようで、
「いやいや、トワさんに連絡って、俺の心の準備が間に合いませんって」
「ただ念話通信で連絡を取るだけですのよ。貴方が心の準備をする必要はないと思いますの」
まさに正論。
マリィさんは元春の都合なんて知ったことではないとばかりに念話通信を起動。
すると、それはどんな意図をもってしての行動だろうか。
元春が、スススっと念話通信をしようとするマリィさんの背後に回り込み、グループ念話機能を使って、マリィさんがトワさん達とゴーレムの形やその役割を相談する中、なにやらカッコイイポーズを決め続け。
「それで、どうなりました」
「とりあえず、虎助達が言っていた四足歩行のロボットですか、荷運び用ゴーレムを、可能なら二体ほど、安く作って欲しいとのことですの」
つまり、領地経営にゴーレムを組み込むなら運用コストが少ないほうがいいと。
たしかに、強力なゴーレムを作っても、動かすのに魔石が必要だとか、魔力のチャージに時間がかかっちゃうとかだと気軽に使えないからね。
「そういえばさ、マリィちゃんトコだと、そういう時、ふつうはどんなのを使うん?
ほら、馬車とかあるっすよね」
「そうですね。重い荷物を運ばせるのなら、ロバに荷車を引かせるのが一般的でしょうか」
「あれ、そういうのって馬じゃないんすか?」
「ガルダシアは冬が厳しい土地ですから。
馬では病気が心配でしょう」
日本だと普通に雪が積もるような馬房もあると聞くから、僕としては馬が寒さに弱いというイメージはないのだが、それはあくまで現代日本の話である。
「そういうことでしたら、領地の人も使いやすいようにロバのようなゴーレムをメインに作っていきましょうか。扱いも同じようにできた方がやりやすいでしょうから」
「そうですわね。その方向でお願いしますの」