●幕間・虎助宅の夕ご飯
世間はゴールデンウィークらしいですが風邪を引いてしまいましたつらいです。
今週は番外編的な話ということで二話投稿しようとしたのですが、次話を書いていたところ、ちょっとした短編くらいの分量になってしまい、完成させることが出来ませんでした。
なので来週も番外編ということで、すみません……。
※因みに今回のお話は三人称視点で書かれています。……いる筈です。
大魔王の襲来に端を発した諸々が解決したその翌日、フレアはいつものようにエクスカリバーを抜かんと無謀なチャレンジを繰り返していた。
前日の事情を知っている者からすると、あの過剰演出は何だったのかと言いたくなるような光景なのだが、フレアとってはこれが平常運転である。
しかし、結果は言わずもがなで――、
精も魂も尽き果てて、大の字に倒れ込むフレア。
と、そのお腹から、ぐぅ。とエネルギー不足を知らせる音が鳴り響く。
「腹が減った」
それも当然だろう。何しろフレアはこの一日、飲まず食わずでエクスカリバーの抜剣に挑んでいるのだ。腹が減らない訳がない。
と、そんな自己主張の激しい腹の音に、主不在のカウンターの奥から、多分の呆れ成分を含みながらも凛々しさは損なわれない女声が飛ばされる。
「その辺りのお菓子でもつまんだらどうですの?」
パンが無ければ――とばかりの発言をしたのはマリィ=ランカーク。とある世界のとある古城に軟禁される元姫様だ。
もう6月も近いというのに、未だ布団がセットされたままの掘りごたつに大きな胸を押し付けるようにもたれ掛かり、お気に入りの和菓子系スイーツをパクついている。
だが、フレアはそんなマリィの親切に、いつもの暑苦しさを爆発させる。
「そんな軟弱なもので腹がふくれるものか!」
対してマリィは甘味を口に運ぶ手を止めて、ハァ。気怠そうに息を吐きだし、「我ながら人がいいですの」と呟いて、
「では、このお店で何か食料を購入すればなくて」
二人が今いる『万屋』には、ここを訪れる客の需要に応えるべく、様々な保存食が取り揃えられている。
その殆どは銀貨一枚もあれば購入できる値段に抑えられていて、日本円にして千円も出せば、それなりにお腹が満たせる食事を得られるのだが、
フレアはそんなマリィの提案を「手持ちがない」という切実な一言で切り捨てる。
いや、お金を持っていないのではない、あくまでエクスカリバーの購入資金に温存しているのだ。それがフレアの主張らしい。
「では、やはり、そこにあるお菓子で我慢してはどうですの?元の世界に帰れば食べるくらいは出来るのでしょう?それまでの繋としていいではありませんの」
「だからそんなものを腹に入れたところで力が入るかというのだ」
フレアの目的はあくまで聖剣エクスカリバーを抜くことである。その為に力の入る食事は必須事項。
だからと二人の意見は堂々巡りをしてしまうのだが、
そんな時だった。緑青色の小柄なゴーレム・ベルが美味しそうな湯気を立ち上らせる食事を運んで万屋に入ってくる。
店内に広がる食欲をそそる香りに二人の視線が引き寄せられる。
そこには、ご飯に味噌汁、天ぷらに茶碗蒸しと和食の定番が並んでいて、
「もしかして、俺の為に持ってきてくれたのか?」
「これは虎助の夕食ですの」
都合のいい解釈を口にエレインが持ってきた食事に手を伸ばそうとするフレアをマリィがたしなめる。
普段から万屋に入り浸るマリィは、こうしてこの万屋の雇われ店長である虎助の食事が度々届けられる事を知っていたのだ。
だが、極度の空腹によって、ただでさえ低い思考能力が一段と低下したフレアの耳にマリィの忠告は届かない。
「虎助はあれで人が出来ているからな。エクスカリバーを抜こうと頑張る俺の為に食事の準備をしておいてくれたのではなかろうか」
「貴方は何故そう自分の都合のいいように物事を考えられますの。ベルも何か言っておやりなさい」
自分勝手な言い分で今からする行動の正当性を図るフレアを非難するマリィ。
しかし、食事を運んできたベルには『この食事をお店に届ける』という以外の情報は与えられていないようだ。マリィの声掛けにクエスチョンマークのフキダシを浮かべるだけ。
そして、そんなベルの反応に、フレアは『我が意を得たり』とばかりにお盆へと手を伸ばす。
「後で訳を話せば許してくれるだろう。虎助はそういう男だ」
ややも強引に食べ物をかっ攫っていくフレアにさすがのマリィもこれ以上のフォローは入れられない。
というよりも、馬が合わないこの男がどうなろうとマリィの知ったことではないのだ。
「もう、知りませんわよ」
不機嫌に一言。そっぽを向いたマリィはフレアへの注意を諦めて、短いやり取りの間に溜まったストレスを発散するべく、最後に残しておいた白玉を口の中に放り込み、ムニムニとその柔らかな触感を楽しむことに専念する。
一方、エレインからお盆をかっさらったフレアはというと、カウンター近くの上がり框にどっかり腰を下ろし、どこからか取り出したマイスプーン&手掴みで、天ぷら、ご飯、茶碗蒸しと、その大きな口の中に食料を放り込んでいく。
だが、次の瞬間、がっつくように食事を開始したフレアの動きがピタリと止まる。
そして、口にスプーンを入れたままの状態で前のめりに倒れ込み――、
ガシャン。ゴツン。
膝からお盆が落下、乗せられた食べ物が撒き散らされ、その上にフレアの頭がダイブする。
「えっ!?」
何の前触れもなく耳に届いた大音響に何が起きたのかとマリィがビクリと背筋を伸ばす。
しかし、その発生源がフレアだと知ると、すぐに興味を失うマリィだったが、数秒経っても起きてこないフレアに不審を感じてこたつを抜け出す。
そして、カウンターまで移動し見たものは、お尻を突き出しピクピクと痙攣状態で倒れるフレアだった。
そんなフレアを見たマリィが先ず思い浮かべたのは、以前、退治したシャドートーカーのような魔物がこの万屋に侵入したという可能性だった。
しかし、周囲に視線を配るもベル以外に動くものは無く、フレアの体に刺突などの外傷なども見られない。
だとするなら――、
倒れるフレアを裏返すマリィ。と、裏返したフレアの顔面は紫色に染まっていて、
「ピッ!!」
肝が座っているとはいえそこは十六歳の女子である。
まるでゾンビか何かのようなフレアの顔色に、情けなくも形の良いその唇から悲鳴が零れてしまう。
そんな、うろたえるマリィの視界にのっそり割り込んでくる小さな人影。フレアが倒れた直後からその周りをちょろちょろ動いていたベルだ。
その手には、琥珀色の液体が入る小瓶が握られていて、ゴーレムらしい冷静かつ的確な動きで、フレアの口内にその液体を送り込んでいく。
おそらくそれは万能薬の類だろう。
応急処置らしき行動を取るベルの様子にマリィそう思っていたそのタイミングで、工房エリアにつながる裏口が勢い良く開く。
入ってきたのは、この万屋の雇われ店長である虎助だった。
午前中に訪れたらしい団体客の大量購入により、少なくなった消耗品を補填する手伝い裏の工房に引きこもっていた彼だが、万屋所属のゴーレムネットワークを介して店の惨状を受け取り、やって来たのだろう。
「フレアさん。大丈夫ですか?」
「こ、虎助。フレアが、フレアが、虎助の夕食を食べていたかと思ったら突然倒れて――」
動揺を残しつつもどうにか状況説明をしようとするマリィだったが、取り敢えず状況の説明をと、もつれる舌でそこまで言ったところで虎助の様子が微妙なものに変化したことに気付く。頭痛を感じたかのように頭に手を当て顔をしかめたのだ。
「あれを食べたんですか?なんてことを――」
「あれを食べたって、虎助には心当たりがありますの?」
「原因は僕の夕食を食べたことでしょう。実はあの食事には毒が入れられていたんです」
「毒!?ええと、あの食事に毒が入っていましたの。でも、虎助は何故そんな事を知っていますの――ハッ!」
馬が合わない相手だとしても、そこは一応知人である。微妙な動揺を引き摺りながらも進めた会話の中で、妙に落ち着いたというか投げやりにも見える虎助の態度に、マリィは普段のフレアがどれだけこの万屋に迷惑を掛けているのを思い起こし深読みをしてみるのだが、それを虎助は慌てて否定する。
「違うんです。毒を仕込んだのは僕じゃありません。この料理に毒を入れたのは僕の母さんです」
しかし、虎助はマリィの疑いを即座に否定、新たな爆弾を投下する。
「実の母親が息子の料理に毒を入れる? もしかして虎助も私のように命を狙われていますの?」
マリィは元王族という立場から実の叔父から殺意を向けられた事が何度もある。
いや、今も隙あらば命を狙われるかもしれないという立場におかれている。
それ故に、もしや虎助にも何か理由があって拾の親から命を狙われているのかもしれない。
そう考えもしたのだが、虎助はそんなマリィの考えを即座に否定する。
「いえ、マリィさんがご想像するようなドロドロとした理由ではありません。なんと言いますか、そうですね。僕の家に伝わる伝統といいますか、母さんは調味料ように料理に毒を入れる人なんです」
「伝統!?調味料!?何の為にそんな事を――」
謎が謎を呼ぶとはまさにこのことか?説明されたらますます謎が深まったと絶句するマリィのリアクションに、虎助は苦笑いを浮かべながらも、うーん。と少し悩むように間を取って、
「僕の家に伝わる昔ながらの鍛錬法といいますか、子供の頃から微量の毒を取り始めて、成長と共にだんだん強い毒を食べるようにすることで、徐々に体を慣らし、毒に対する耐性をつける訓練なんです」
「そんな、毒を食べる事によって耐性を得るなんて」
いや、確かに、何度も毒を受けることによって耐性を得られるということはマリィも知っている。
しかし、それはあくまで度重なる戦いの結果、得られるものであり、一歩間違えれば死ぬことだってありえるものだ。そんな恩恵を自ら進んで鍛えようなどと考える人間がいるなど夢にも思わなかったのだ。
だが、そんな人間がいま目の前に存在する。
「お、恐ろしい伝統ですのね」
「今となっては殆どの毒が効かなくなっていますからこの味付けも殆ど意味が無いんですけどね。癖になっているのか、つい入れちゃうみたいで、困ったものです」
一歩間違えば毒殺騒ぎに発展するかもしれない毒物を、味付けの一言で済ます虎助に言葉もない。ただただ唸るしかないマリィの傍らで、忘れられたフレアはひっそりと生命の危機から脱しようとしていた。
まあ、なんと言いますかこの話で大方予想はつくと思いますが、虎助の実家は――、




