魔王様と異世界通信
◆短めです。
「ええと、はじめまして――ではありませんよね。魔王様とお呼びすればよろしいでしょうか」
『そんなにかしこまらなくとも大丈夫だよ。パキートと呼んでくれるかな』
それは放課後のことだった。
今日はみんな部活だということで、一人寂しく自宅に帰り、いつものように万屋へ出勤。商品の補充やらなんやらと真面目に仕事をしていたところ、ティマさんからの通信が入って、なにやら魔王様からお話があると、魔王パキートを紹介されて現在に至るというわけだ。
まったく、最初は何事かと思ったけど、どうやら魔王パキートはこの万屋のことが気になって、いろいろ僕に話を聞きたいとのことである。
と、そんなこんなで簡単な自己紹介も終わり。
「では、パキート様とお呼びさせていただきますね」
彼の言葉をそのまま受け取るとしたら、ふつうにパキートさんと呼んでも構わないとは思うのだが、映像の背後に見えるエドガーさんの手前、こう呼んでおいた方がいいだろう。
と、そんな僕の遠慮は、画面越しのパキート様にも伝わったようで、パキート様は『僕としては呼び捨てでも構わないんだけど』と苦笑しながらも、
『じゃあ、さっそくで悪いけど、君たちの世界はどんなところなのかな。ティマさん達の話によると、そうとう特殊な場所みたいだけど』
うん。この調子だと、万屋に関してある程度の説明は受けているみたいだな。
本当に唐突なパキート様の話の切り出し方に僕は心の中で苦笑しながらも、さて、素人の説明でちゃんと理解してくれるだろうかと、そんな心配をしながら、この万屋がどんな場所にあるか、僕がどういう経緯でもってこの万屋の店長をしているのかを簡単に説明していったところ。
『成程、転移ゲートの不具合で別の世界につながっていると――、
まさか、あの遺跡に僕が知らない場所があったなんて』
さすがは研究者というべきか、パキート様は、普通なら荒唐無稽と切り捨ててしまうような説明もきちんと受け入れてくれたみたいである。
そして、自分が調べていた遺跡にまさか自分の知らない部屋があったとはと、少し悔しそうにしながらも、気を取り直して、どうせだからアヴァロン=エラにも足を運びたいと、あと、途中だったゲートの研究に生かしたいと、そう希望を述べるのだが、
「きちんとルールを守っていただけるのなら構いませんよ。常連のお客様の中には魔王と呼ばれることになってしまった方もいらっしゃいますから」
『それは、それは――、素晴らしいことだね』
この反応からして、パキート様も魔王様と一緒で魔王と呼ばれるに至る過程でいろいろあったのかもしれない。
「しかし、その前にロゼッタ様のお産が先なのでは?」
聞いた話によると、ロゼッタ姫はもう臨月に近い状態だという。
いつ赤ちゃんが生まれてもおかしくない妻をほったらかしに、自分の研究を優先するのはいかがなものか。
そもそも、研究者らしい研究者であるパキート様がアヴァロン=エラに来たりしたら、研究にのめり込んでしまうのではないか。
控えめにそんな指摘をしてみたところ、パキート様もそんな自分の性格は理解しているのだろう。『そうだね』と苦笑しながらも頬を掻いて、アヴァロン=エラへの来訪はロゼッタ姫の出産が終わるまで保留として、
『そうだ。妊婦用の薬だったっけ? ロゼにプレゼントしてくれたあの薬なんだけど、あれがどんなものなのか、その詳細を教えてもらえないかい。いろいろと手持ちの魔法で調べてみたんだけど、あれがどんなものなのかわからなくて』
その代わりにというわけではないのだろうが、妊婦用のサプリメントの詳細を訊ねてくる。
僕はそんなパキート様に『本当にこの魔王様は研究者なんだなあ』と思いながらも。
「あれはサプリメントといいまして、特定の栄養素を用途に合わせて摂取するというものです。
今回、ロゼッタ姫に送ったサプリメントは、妊娠中の女性に必要な栄養素をまとめたマルチサプリというものですね」
『あれは君が作ったのかい?』
「あれは僕が暮らす世界で普通に売っているものですね。今回の他にも疲労回復に効果が高いものだとか、膝痛や疲れ目といった特定の症状に効果があるとされるものがあったりしますね」
と、エドガーさんが疲れ目のところでピクリと反応したような気がするけど、闇夜の狩人と呼ばれるくらいに目がいいとされるフクロウにもそういう症状が出るのかな。
そんなエドガーさんの一方でパキート様は、
『あの薬がふつうに売っている世界――、それは凄いね』
サプリメントが市販されているという地球の常識に驚いているみたいだが、
「地球は魔法が発達していない分、ものづくりに発展しているみたいですからね」
錬金術があれば、細かな工夫や素材の成分まで抽出することができる。
しかし、どんな概念をもって抽出物を選ぶのかということは、おそらく術者本人が持つ、知識やイメージ力によって補完されるものであり、魔法が発達している世界でそれは、おそらく治癒効果やら解毒効果を概念としたものであって、成分そのものを分離し、それがどのような効果をもたらすのかと、それを研究する地球とはまったく違う概念になるのではないか。
だからこそ、逆に地球産の栄養ドリンクなどは、ただ魔力を込めただけでも、上級に通じるようなポーションが生み出せたりするのではないかと、僕はそう思う。
『魔法が発達していない世界か、まったく想像がつかないね。そもそも魔法がないのだとしたら、この薬はどうやって作っているんだい?』
それは魔法が日常レベルにまで浸透している世界に暮らす者としての疑問だろう。
「なんていいますか、科学っていう錬金術から派生した純粋な技術で物理的に目的の成分を作り出しているとかそういう説明であっていると思いますけど」
『錬金術から派生した技術?』
「まあ、錬金術といっても、パキート様が知る錬金術よりも遥かに劣るものなんですけどね」
錬金術と同じ呼び名で呼ばれているが、地球でいうところのそれは、おそらく名ばかりのもので、どちらかというと調剤やら鍛冶など、そういった技術の延長線上といった方が正しいのだと僕は思う。
まあ、魔女のみなさんは普通に錬金術を使えるみたいだから、科学はそういうものから派生した技術なんていう可能性もあるかもしれないけれど、今となってはまったくの別物。
パキート様に理解してもらうなら、こっちのほうが表現としてわかりやすいかなと、「これはあくまで僕の考えなんですけど――」と前置きした上で、そう説明したところ。
『魔法がないからこそ進化を遂げた技術。実に興味深いね』
パキート様は顎に手を添えてぶつぶつと呟き始め。
「近々メルさん辺りがこちらに来るようですから、簡単に科学知識資料をまとめた資料をお送りしましょうか」
『いいのかい、面倒にならないかな』
「手持ちの資料をメモリーカードにまとめるだけですから、
まあ、それですとかなり読みにくい資料になりそうなんですけど」
『かまわないよ。資料の精査はこっちでするから』
地球の錬金術と科学技術の発展、これは以前ソニアが研究していたテーマでもある。
だから、その時にまとめた資料なんかが残っており、これら一部をピックアップして、そこに家にある理科や科学の教科書をコピーしたものを付け加えてあげれば、パキート様にとってじゅうぶん興味深いものになってくれるのではないだろうか。
パキート様は楽しそうにそう答えると、メモリーカードを見て、
『でも、これはそういう風にも使えるんだね』
「そもそもメモリーカードはデータの保存用途で作ったものですからね。
通信機能なんかはそのおまけですから。
でも、どうせですから、それら機能の使い方なんかも一緒にまとめて送りますね」
『ありがとう。恩に着るよ』