母の日
◆今回のお話は前二話とほぼ同時系列のお話という設定になります。
それはゴールデンウィークが明けてすぐのこと、学校から帰って万屋に出勤した僕が店番の時間に魔法窓片手にちょっとした考え事をしていると。
「虎助、虎助――、なにを難しい顔をしていますの?」
エクスカリバーさんとの語らいを終えて、和室で喉を湿らせていたマリィさんが、僕が難しそうな顔をしていることが気になったのかそう声をかけてくる。
と、僕はそんなマリィさんの声に店内を見回し、店の中にマリィさんとベル君、そしてエクスカリバーさんしかいないことを確認すると。
「ああ、すみません。母の日に送るプレゼントをどうしようか考えていまして」
「母の日ですの?」
「はい。僕達が住む世界にある記念日の一つなんですけど、近々母に感謝の思いを伝える日があるんです」
そう、来る六月の第ニ日曜にある母の日に、母さんに何を渡そうかと僕は悩んでいた。
ちなみに、僕がこういうことを始めたのは小学校の頃のことで、学校の授業でちょっとしたサプライズをして以来、毎年送るのが習慣になってしまったのだが、十年近くも続けているとさすがにプレゼントのネタが尽きてしまうというもの。
とはいえ、プレゼントの被りなんて気にすることなく、シンプルにカーネーションなどの花を贈るというのも、また一つの手ではあるのだが、さすがにそれだけというのもとどうかと思い、このある意味で暇な店番の時間にインターネットを片手にいろいろと考えていたのである。
「成程、母に感謝を伝える日ですか、それはいい慣習ですわね」
「ちなみに、マリィさんがもしその日にプレゼントを送るとしたらどういうものにします?」
「そうですわね。私なら魔法銃を送りますわね」
「魔法銃、ですか?」
「ええ、どういう訳か最近お母様が魔法銃に嵌っているようですので」
そういえば、ユリス様はポーリさんと一緒に魔法銃を買って以来、ことあるごとに様々なデザインの魔法銃を注文されるようになっていたね。
最近では〈SEカード〉を使って自分のスクナであるスレイにまで銃を装備させるくらいだから相当なものなのだろう。
「しかし、母の日に銃を送るのはどうなんです」
たとえ非殺傷の魔法銃だとしても、母を感謝する日に武器を送るなんてどうなんだろう。
僕が控えめにそう言うと、マリィさんはなにを勘違いしたのか。
「たしかにイズナ様ほどのお方なら、魔法銃の類は単なる枷にしかなりませんの」
いや、そういうことではないんですけど。
とはいえ、母さんに店売りの魔法銃を持たせてもあまり意味がないというのはマリィさんの言う通り。
送るなら、せめて中位の攻撃魔法をバンバン飛ばせるような魔法銃でなければ意味がないだろう。
ただ、そもそもそういう武器の調達に関しては、わざわざ僕が出しゃばらなくとも、母さんの場合、直接ソニアに交渉すればいいから、これを機に僕が新たに何かを作って渡すというのもあまり意味がないことで、なによりも相手が母さんならとソニアも悪いことには使わないだろうって安心しちゃってるし、最近は悪乗りして、爆殺テープとか、かなり危険なアイテムも作っちゃったりしてるみたいだしね。
でも、武器はともかく、魔法関係のアイテムを送るのはいいアイデアなのかもしれない。
問題はどんなマジックアイテムを送るのがいいということなんだけど。
「そうですね――、錬金術を使った美容用品なんていうのはどうでしょう」
「美容用品ですか?」
「はい。ウチからユリス様などに卸しているような商品を、母さん用にアレンジしてプレゼントしてみたらいいんじゃないかと思いまして」
「成程――と、そういえば例のスライム――、いえ、ダイダルゼリーでしたわね。あれの加工はどうなりましたの。あの後、トワがゼリーが持つ効果に興味があるようでしたが」
「そうなんですか、このところ立て込んでましたから手付かずでした。そろそろなにか作ろうと思ってたんですけど」
フレアさんというか、魔王パキート&ロゼッタ姫夫妻の拠点建築に、アイルさんから頼まれた神剣づくりと、ダイダルゼリーを手に入れたのとほぼ同時期に、いろいろと依頼が立て込んでいた所為もあって、ダイダルゼリーの素材は、大量に手に入れたはいいものの冷蔵施設に放置したままだった。
しかし、トワさんがなにか期待しているのであればちゃんと考えた方がいいのかもしれないな。
うん。女性の美容に対する情熱は凄まじいものがあるからね。
まあ、ダイダルゼリーの見た目を考えるとプレゼントには向かないかもしれないけど、もしかしたらいいものができるかもしれないし、とにかく試しになにか作ってみようかと、僕は工房の冷蔵施設から、カチンコチンに凍ったダイダルゼリーのブロック肉を持ってきて、その一部を切り取り、まずと万屋の水道水とダイダルゼリーで簡単に錬金合成をやってみる。
すると、そんな簡単な錬金で出来上がったのは以下のようなものだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
エナジーポーション……飲んだ者の疲労とそれに関連する体の不調を回復させるポーション。
――――――――――――――――――――――――――――――
「エナジーポーションですの?」
「ゲームで言うなら、スタミナ関係のパラメーターが全回復って感じのポーションになりますかね」
まあ、鑑定魔法によると、失った体力だけでなく、蓄積していた疲労や体の不調もあるていど回復してくれるポーションみたいだ。
と、そんな鑑定結果を聞いたマリィさんは、たぷりその大きな双丘を揺らしながら自分の肩を軽くさすって、
「私の肩こりも治るのでしょうか」
「説明文の内容からすると可能性はあるかと」
ただ気になるのは、マリィさんのその質量兵器が元凶となって発生しているだろう肩こりが、どこまでこのエナジーポーションの対象になるのかということなのだが、
「とりあえず僕が一回試してみます」
なんにしても、まずは僕が実験台にならないと――、
僕が出来上がったその黄金色の液体を、簡易キッチンから持ってきたグラスに注いで、ぐいっと飲み干してみる。
すると、仄かな魔力光が全身を覆うように奔ったかと思いきや。
「……特にこれといった変化は無いみたいですね」
僕の場合、特に疲れてもいないし、どこに特に不調がないってことで、特に効果が発揮しなかったとかそういうことになるのかな。
ということで、僕は逆になにかこのポーションを飲んだことによって不調になっていないのかをベル君に確かめてもらった上で、
「では、私の順番ですわね」
ああ、ここにもし元春がいてくれたなら、マリィさんが飲む前に元春に実験台になってもらったんだけれど、残念ながらこういう時に限っていないのが元春という友人だったりする。
ということで、嬉々として初めてのポーションを飲もうとするマリィさんに何があってもいいようにと、ベル君にマリィさんのバイタルモニターをお願いして、
一方で、マリィさんからしてみると、僕が一度飲んでいるからという安心があるのかもしれない。
特に躊躇うこともなく一気にそれを飲み干して、そのコップをカウンターの上に置いたと思いきや、確かめるように肩を擦るようにして、
「これは、肩こりが無くなっているのでしょうか」
マリィさんのこのリアクションを見る限り、このポーションの効果はそこまで高いわけじゃないのかな。
でも、そういうことなら逆に都合がいいのかも。
前に無駄に効果が高い魔法薬を作った時にいろいろと苦労をしたからね。
「じゃあ、いろいろ試してみましょうか」
ならばそれはそれで好都合と、僕はお店にストックしてあるドリンク類をダイダルゼリーに混ぜ込みながらも錬金術を試していく。
ちなみに、どうしてそんなドリンクが万屋に揃っているのかというと、店売りのポーションの材料に使うからである。
特に肌の代謝を促進させるLシステインなどが配合されているような美容ドリンクは、火傷など、重篤な状態異常やら古傷を消す効果を持つポーションとして、かなりの売上を叩き出しているのだ。
と、そんなドリンク類をふんだんに使ってダイダルゼリーの使い道を探っていったところ、母さんへのプレゼントになりそうなポーションが幾つか出来上がった。
その中でも特に有力なポーションは、
「艶髪ポーションですか?」
「シワ取りポーションもいいかなと思ったんですけど、母さんの場合、逆に――、いえ、あまり意味ないと思いまして」
「たしかに、イズナ様は私のお母様と違ってわk――」
と、悩むように言った僕の言葉にマリィさんがなにか決定的なことを言いかけたその瞬間、僕とマリィさんの間にポンと一枚の魔法窓が浮かび上がる。
そこから聞こえてくるのは、全体的にぽんやりとそんな雰囲気を滲ませながらも、しっかりと存在感を伺わせる声だった。
「マリィちゃん。いるかしら、マリィちゃん」
「お、お母様。な、なにかありましたでしょうか?」
ユリス様からのとつぜんの念話通信にマリィさんの声がひきつる。
「いいえ、なにかマリィちゃんに呼ばれた気がしたのだけれど。
――私の気のせいかしら」
「そう、ですね。私からは特に何も――」
えと――、これが噂に聞く『女の勘』という現象かな。
いつも通りの優しげな声色ながらも、その中に抗いがたい迫力を滲ませるユリス様からの問いかけに、マリィさんは言葉少なながらも、すぐにでも通信を切りたいとそんな感情を滲ませる。
と、微妙な沈黙。
だがしかし、
「そうなの。なんとなく通信しないといけないって思ったんだけど。やっぱり気のせいだったみたい。ごめんなさいね」
何故か、ユリス様はあっさり引き下がって、そのまま通信は終了。
一方、マリィさんの顔色はあまりよくない。
まあ、それもそのハズ、今の通信は、表面上は単なる間違い通信のようなもので、まさにとりとめのないという言葉にふさわしい通信だったのだが、あのタイミングでそれが行われたということに大きな意味がある。
ユリス様は占いに精通していると聞いている。
もしかするとユリス様は、あそこで自分がマリィさんに連絡を取ることに意味があると、本能的に理解してのではないだろうか。
となると、どこまでこちらの状況を把握したものだったかなのだが、
「とりあえず、マリィさん。こちらを持って帰ったほうがいいのでは?」
触らぬ神に祟りなし――、
そういう言葉もあったりするが、ここは一つ、ご機嫌取りをしておいた方がいいのでは?
僕が気を利かせて、いま作ったばかりの、そして、ユリス様からの通信が飛ばされた一連の流れに大きく関係するアイテムをマリィさんに献上しようとするのだが、
「そうですわね。
ですが、これをそのまま渡してしまっては、また誤解を招いてしまうのではありませんの」
たしかに、ポーションの名前なんてちゃんと鑑定しなくてはその名前すらもわからないので、何気なくプレゼントしてしまえばそれで問題ない気もするのだが、今の話があっての流れからユリス様にこれをこのままプレゼントするのはちょっと気が引けるか。
「でしたら、これを使って美肌クリームのようなものを作ったらどうでしょう。それなら皆さんにも使えますし、アイテム名からなにか勘ぐられることもないかと」
「そ、そうですわね。
ええ、作りましょう。私も手伝わせていただきますの」
ということで、僕とマリィさん、あとベル君にも手伝ってもらって、シワ取りポーションあらため美肌クリームを作っていくことに。
ちなみに、母さんへのプレゼントは予定していた艶髪ポーションとマリィさんと協力して作った美肌クリームにした。
うん。喜んでくれたようでなによりだよ。
ただ、そんな自家製クリームを使った母さんを見て、ますます若々しくなったと、千代さんを始めとした母さん友達からもいくつか自家製クリームの注文が入ることは、またお決まりのパターンなのかな。
◆これで一応、九章の終わりになります。