神剣と神楽舞
「神剣を鍛えて欲しいのです」
聞く場所が聞く場所なら、正気を疑うようなことを言い出したのはアイルさんだ。
ここ数日、フレアさん関係というか、魔王パキート関係というか、森の拠点建設の準備で忙しくしていたところ、アイルさんがふらりとやってきて、赤髪の人形が起こした騒動やら、弓の一族の顛末やらの報告をしてくれた後に、ちょっとお願いがとこの相談をしてくれたのはいいのだが、
「その、神剣というのは?」
突然そんなご注文をいただいてもどう対応したらいいものやらと、僕が返した質問に、アイルさんがくれた説明によると、どうもその神剣は、以前、チラッと話に聞いていたエルフの森の結界の構築に重要な宝剣であるそうだ。
ちなみに、弓の一族があれだけ人族に排他的だったのには、この宝剣が人族の国に奪われたからという理由もあったりするらしい。
なんでも、弓の一族はその神剣の奪取するべく、人族への侵攻も考えていたのだという。
だからというかなんというか、アイルさんたち剣の一族としては、人族に対して特に好戦的な弓の一族の半数近くが拘束されているこの機会に、新たな神剣を作り出し、その勢いを削いでおくことができないかと考えているみたいだ。
「しかし、その神剣をウチでですか。
その神剣なるものが、エルフの儀式に重要なものなら、むしろエルフの里で作ったほうがいいのでは?」
事情が事情だけに、その神剣とやらをウチで作るのは吝かではないが、それがエルフの里の重要な儀式に使われるものともなると、僕達が作ったら、それはあとあと問題になるのではないか。
僕はそんな心配を口にするのだが、アイルさん曰く。
「そうですね。私達としましても、虎助殿のその懸念はまったくもってその通りなのですが、残念ながら里には神銀を加工する技術が失われていまして」
現在エルフの里で加工できる金属はミスリルまでがせいぜいで、神銀のような上位魔法金属を扱えないとのことである。
ちなみに、その新銀というのはおそらくムーングロウのことであり、そう言われてみれば、たしかにアイルさんの話ももっともな話である。
何故なら、僕達にはエレイン君という本当の意味で人外の職人がいるから忘れがちであるのだが、生身の人間が上位魔法金属を加工するとなると、単純に作業環境だけをとってみても、まるでマグマが煮えたぎる火口の中で作業をするようなもので、職人そのものの強化、もしくはゴテゴテとした耐熱装備でしっかりと防護しなくては、剣一本、いや、ナイフ一本を打ちどころの騒ぎではなくなってしまうからだ。
とはいっても、それらの問題も鋳造という手を使えばなんとかなるのではと、一瞬そんなことを考えてみたりもしたのだが、それが神剣と呼ばれるような剣となると、職人が槌を振るい、魔法式を刻まなければ、本当の意味での完成とはならないのかもしれない。
日本でも神事に使われる刀なんかは、ちゃんと刀匠の方々に作ってもらってるみたいだしね。
ということで、この依頼は僕達にしかできないと、結局この依頼を受けることには同意したのだが、ここで問題なるのが――、
「そもそも神剣とはどんな剣なんでしょう?
儀式に使われるというくらいですから特別な剣なんですよね」
事情はわかった。
それが僕達にしか出来ない作業ならば、仕事を受ける事自体、問題はないのだが、
ただ、それが信仰に関わるものとなると半端なものは作れない。
そして、その神剣がどんなものか、神剣を使ってどんな儀式が行われるのか、その詳細がわからなければ作ることは難しいと、アイルさんにそう言ったところ、アイルさんが「実はこんなものが――」と見せてくれたのは、系統樹のような幾重にも枝分かれした文様が入った幅広の黒剣。
いわゆるグラディウスとか呼ばれる剣だ。
と、そんな剣にマリィさんが猛禽類の目を向ける中、僕が『この剣、どこかで見覚えがあるような』と、そう思っていると、どうもこの剣は、僕がというか銀騎士が例の赤髪の人形およびスフィンクスから回収したエルフの里の宝剣の一本だったらしく、奪われた神剣がミスリルで作れないかと、里の鍛冶師が数年がかりで打ち出した魔法剣であるのだという。
成程、通りで見覚えがあるハズだ。
ちなみに、この剣に関しては、赤髪の人形から回収した後、一度、万屋で預かったことがあるので、刀身に刻まれている魔法式やらなんやらと、その詳細はすでに万屋のデータベースに記録してあったりするみたいだ。
でも、ここまでの説明を考えると、この剣では問題の儀式がうまくいかなかったってことなんだよね。
そうなると、これをこのままムーングロウ製にしたとしても、ちゃんと機能が発揮するとはいえないんだよね。
と、僕がアイルさんから引き出した情報に内心で腕組みをしていると、グラディウスに粘っこい視線を送っていたマリィさんがふと。
「しかし、これは、エルフが使う武器としてはあまり見たことのないタイプのものですわね」
エルフといえば、レイピアを始めとした細身の剣がよく似合うというイメージがある。
まあ、エルフを狩猟民族と考えれば、グラディウスを装備するというのもあながち似合わないでもなく、アイルさん達、剣の一族を思い出すと、別にグラディウスでも、いや、バスタードソードを片手で扱っていたとしてもまったく違和感がないのだが、たしかに一般的なエルフからすると、こういった装備はあまり使わないものではないだろうか。
僕がいま考えた懸念をメモしながらも、とりあえずソニアに意見を聞かなければと、ソニアへのメッセージを作りつつ、マリィさんの印象に同意するように軽く頷いていると、
「いえ、先ほど言いました通り、この剣は武器というよりも、儀式に使う祭具の役割に特化しておりまして」
ああ、この剣は、結界機能を高める魔法式を刻む為にあえて刀身を幅広く取っているのか。
たしかに、レイピアなどの刀身の表面積が狭い武器というのは、複雑な魔法式を刻み込むのにあまり向かない武器だからね。
「それで、この魔法式にはどういう効果があるのでしょう」
万屋のデータベースを覗いても、この剣に刻まれている魔法式の正体がうまく掴めない。
ソニアへの報告の為にもなにか情報をと何気ない感じでアイルさんに話をふってみると。
「言い伝えによりますと、森の力を活性化させる効果があると言われていますが」
つまりこの剣に刻まれる魔法式は、森の結界を強化する一ファクターでしかないって感じかな。
そのおかげで儀式は行われずとも森の結界は維持されているが、それでも儀式が行われないことで少しづつ影響が出てきているとかそんな感じなのかな。
でも、そういうことなら。
「わかりました。とりあえず、こういうことはウチのオーナーの得意分野ですから、ちょっと調べてもらいましょうか」
「お願いします」
ということで、見本となるグラディウスを預かりつつも、アイルさんから引き出した情報をまとめてソニアに送ってみる。
すると、ちょうど休憩中だったのか、数分と待たずに返信があって、
「えと、オーナーが言うには、これと同じものを作るのはそんなに難しいことじゃないみたいですね。でも、気になることがあるらしくて、アイルさんに、その儀式がどんなものなのか詳しく聞きたいみたいですけど、よろしいでしょうか」
「はい。そのために私が来た訳ですから」
ふむ、アイルさんからしてみると、こうなることも織り込み済みだったのかもしれないな。
ということで、念話通信を使ってソニアが直接、その神剣を使った儀式の詳しい内容や森に発生する得意な結界のことなどをリスニング。
すると、どうもエルフの森そのものの調査も必要になったらしく、ソニアは銀騎士を介して専門家と一緒に森の調査をすることに。
そして数日、出来上がってきたのは、見本として見せてもらった宝剣とそっくりな両刃剣。
ただ、その幅広な刀身は角度によってエメラルドの光を放つ銀色で、
「これが神剣ですか」
「はい。ソニアにしては珍しく苦労して作り上げた一品らしいです」
とはいっても、苦労したのは神剣の方ではなく、この剣によって行われる儀式の調整と新しく追加したオプションの調整だったみたいだけどね。
ソニアが言うには、神剣に記された魔法式そのものはわりとシンプルなものだったそうなのだが、その効果が、どうも現在のエルフの森の環境と噛み合っていなかったらしく、その調整に手間取ったのだという。
「因みに、今回作った神剣は、今後そういうことがないようにと精霊を宿しているそうです」
「剣に精霊を――、ですか?」
驚愕の事実に絶句するアイルさん。
一方、マリィさんとしては降って湧いた聖剣のご登場に興味津々のご様子らしく。
「つまりそれは聖剣ですのね。
それで虎助、こちらの聖剣――、いえ、この場合は神剣と呼んだほうが適切なのかしら、かの剣にはどのような精霊が宿っていますの?」
「木漏れ日の原始精霊ですね」
僕は興奮気味のマリィさん質問に、聖剣に宿る精霊に話しかけ、これが証拠とフキダシをポップアップ。
宿っている精霊を紹介すると、マリィさんは元気に(?)フキダシを連発する木漏れ日の精霊に嬉しそうに挨拶をした上で、その刀身を優しく撫でながらも。
「木漏れ日の精霊ですか。
その名前からして陽だまりの精霊と同系統の精霊になりますの」
「はい。とはいっても、儀式の性質上、今回の協力者はエクスカリバーさんではなく、マールさんになりますので、どちらかと言えば植物よりの性質が色濃く出る精霊になるかと思いますけど」
「たしかに森そのものに宿る天然の結界を管理する精霊となると彼女からの紹介が適当ですわね」
と、僕とマリィさんが木漏れ日の精霊についての話をしていたところ、アイルさんが正気を取り戻したみたいだ。「すみません。取り乱しました」と、どこかで聞いたセリフを口に頭を下げて、
「いえ、こちらとしてもいろいろと利がある話でしたので、
まあ、なんにしても、この子にも意思がありますからきちんと扱っていただけるなら、ありがたいです」
「必ずや」
と、話が綺麗にまとまったところで、まだ冷静さまでは取り戻せていないのか、アイルさんは取るものも取り敢えず、神剣を持ってすぐにでも里に帰ろうとうするのだが、
「あっと、帰る前にもう一つ。実はこの神剣にはこういう機能も備わっていまして――」
実はこの剣の説明はまだ終わっていない。
僕は神剣の柄頭に嵌め込まれた小粒のインベントリを軽くノック。
すると、魔王様のご友人であるフルフルさんをモデルとした妖精の幻影が浮かび上がり、その横にフキダシの形を取った、とある魔法のリストが浮かび上がる。
「これは?」
「新しい儀式といいますか、なんといいますか、せっかく新しく聖剣を作ったということで、オーナーが、儀式意外にもちゃんと追加機能をと舞と踊りで発動できる付与魔法をいろいろ付け足したんです」
「歌と舞いの付与魔法ですか?」
「はい。基本的には呪文や魔法陣の代わりに歌い踊ることによって、いろいろな付与魔法を広範囲にばら撒けるといった機能が追加されています」
「歌唱と舞いを基軸にした魔法の発動ですか、なかなか面白そうですわね」
「もともと、この神剣の仕様がそういうものでしたからね。
せっかくですから、その神楽舞いを拡張してみたらどうかと――、
ああ、ちなみに、その発動に必要な歌や踊りはインベントリから学ぶことが出来ますから」
まあ、そのおかげでオーナーが苦労する羽目になったみたいなんだけど。
そう、ソニアが作るのに苦労したのはこの指導キーを考える作業が難航したからということもあったのだ。
調子に乗ってかなりの数の支援魔法をその神剣の中に組み込んでしまったが故に苦労したみたいなのだ。
しかし、そのおかげで、なかなかいい仕上がりになったと本人は大満足で、
一方、こういった新しいギミックを追加した剣を見せられたマリィさんが黙っているわけがない。
すると必然的にマリィさんも同じような魔法剣をと注文することになり、またソニアが苦労する羽目になったりするのだが、さすがに二本目ということもあり、神剣ほど時間がかからなかったことは幸いというべきだろう。
◆とりあえず、これにてエルフの森に関わるミッションは一旦終了。
◆今回のお話に出てきた装備解説。
木漏れ日の剣……ムーングロウ製の祭具。
エルフの神事に使われることを目的に作られた剣だが、舞踊を基軸とした魔法が数十と収められており、神楽を極めた者が使えば、優れた付与魔法師として活躍が可能となっている。
魔法剣ディソナンス……激しい踊りと歌によって自身を強化していく魔法剣。
歌い踊るように戦うことによってパワー・スピード・反射速度を徐々に上げていくことができる。