魔王発見と受け入れ準備
五月もそろそろ折り返しというその日、学校帰りに僕が買ってきた抹茶ラテで、マリィさんと魔王様とその愉快な仲間たちが、ゲームをプレイしながらティータイムを楽しもうとしていたところ、タイミングを見計らったかのようにポンと軽快な立て一枚の魔法窓が立ち上がる。
そこに表示されたメッセージは、
「どうしましたか虎助、また魔獣でも現れましたか?」
キラキラとした瞳で訊ねてくるマリィさん。
期待しているところ悪いけど。
「いえ、これは魔王様が見つかったという報告ですね」
「魔王様、ですか?」
冷えた抹茶ラテの争奪戦を繰り広げる妖精達の仲裁をシュトラと共にしている魔王様を横目に、マリィさんが可愛らしく首を傾げる。
「魔王パキートです」
「パキートというと、フレアが追いかけていた姫と逃避行をしていた魔人のことですわね。
しかし、今ごろ彼を発見ですか、一度は接触した相手を探すにしては随分と時間がかかりましたわね」
僕――というか、フレアさんが魔王パキートと邂逅したのは三月の初めのことだ。
そう考えると、たしかにずいぶん時間がかかったことになるのだが、これにはちゃんとした理由があって、
「ヒースでしたか、例の近衛兵長との戦いで初動が遅れてしまったということが大きな原因ですね。
あと、あちら側も身重の姫を慮って本気の隠蔽行動に入っていたみたいですから、見つけるのが難しかったという理由もありますね」
かの世界で魔王と呼ばれる魔人パキート。
そんな人物が身重の妻を隠すために本気を出すとあらば、さすがに簡単にはその姿を見つけられない。
それでも高い探査能力を持つベル君が銀騎士を使って全力で探せば、そこまで時間はかからなかったのかもしれないが、魔王パキート御一行を探していたのは、量産された小動物型ゴーレム軍団。
それらゴーレムの索敵能力はそこまで高くなく、加えて、同時並行的に通信電波ならぬ魔力波の範囲拡大の為に専用のインベントリを等間隔に設置していくという役目もあったがゆえに捜索が難航。
結果、ここにきてようやくの発見に至ったというわけだ。
と、そんな説明を聞いてマリィさんは「成程――」と顎に手を添えて、
「それで、いま、彼らはどのような状況で?」
「こんな感じですね」
僕は魔法窓に添えた手をピンチアウト。
拡大された魔法窓に映し出されるのは、どこか獣道らしき場所を移動する魔王パキート御一行。
ちなみに、身重のロゼッタ姫は、なにやらフローティングボードのようなものに、魔王パキートの召喚魔法だろうか、リビングメイルであるリーヒルさんの下半身をくっつけた、さながら四足歩行のロボットのようなものに乗って移動しているみたいだ。
「この映像を見る限りですと特に変わりないようですわね。
それがいいことか悪いことなのかはよくわかりませんが」
「前に会った時、すでにお腹が目立ってましたから、その印象が強かったのでは?」
「そうですわね。それで彼らの動向はわかりましたが、例の森の準備の方はどうなっていますの?」
「そちらは一応、
森自体の仕掛けは終わっているんですけど、拠点とかそういうものの準備はまだになっていますね。
先走って準備と整え過ぎても無駄になるかもしれませんでしたから。
しかし、こうなるとすぐに動いたほうがいいかもしれませんね。
フレアさん達に連絡を取ってみましょう」
「そうですわね」
ということで、僕は未だ例の遺跡で足止め状態のフレアさんに連絡を取ってみることに。
すると、
『ん、虎助か、どうした?』
「あ、フレアさんですか。
その、パキートさんの場所がわかったのでご連絡しておいたほうがいいかと」
『お、それは――『本当ですか!?』』
さすがのフレアさんというべきか、面倒な挨拶もなく単刀直入に始まったやり取りに、ならばこちらもと単刀直入に切り込んだところ、その世界において吸血姫と呼ばれ恐れられる美人メイドのレニさんがフレアさんを押しのけるようにフレームイン。
その美しい黒髪を振り乱して聞いてくる。
僕はそんなレニさんの剣幕に若干身を引きながらも、すぐに気を取り直して、
「はい。ティマさんから教えてもらった国の位置関係からして、ルベリオン王国とアラファ聖国のはざまに広がる空白地帯を進んでいるみたいですね。もう少し進むと、以前に言っていた森に到達してしまいますが、どうしましょう」
『すぐにでも追いかけましょう』
即答ですね。
魔王を慕うレニさんからしたら当然のことなのかもしれないけど。
だが――、
「追いかけるのはいいんですけど、ちょっと数名の方に別のことをやってもらいたいんですが、
可能なら、そちらに人員を回していただけるとありがたいんですけど」
『どういうことでしょう?』
すでにレニさんにはパキートしか見えていないのかもしれない。
邪魔をするなとばかりにドスの効いた声を飛ばしてくるレニさんに、僕はどこか義姉さんのそれに近いものを感じながらも、ただこちらとしても、レニさんの邪魔をしようとしているのではないということをハッキリト伝えた上で提案するのは、
「追跡する人とは別に、何人かに先回りをしてもらって、魔王パキート御一行を受け入れる拠点を整えて欲しいんです」
森に逃げ込めば追手からの目を気にする必要はほぼ無くなる。
しかし、そこはなにもない森の中。野生動物ならまだしも、ただの人間、ただの魔人であるお二方に過ごしてもらうにはいい環境ではないと、僕がメンバーを分けるその理由を伝えたところ、モニターの向こう、レニさんの背後、チラリと見えるフレアさんが軽く腕組みをして、
『たしかにな。いくらその森が安全だったとしても休む場所がなくては意味がない。
しかし、どうやって拠点を作るのだ?
いまから二手に分かれて追いかけたとしても、時間的に難しいのではないか』
おっと、フレアさんにしては珍しくまともな意見だ。
しかし、僕も何も考えずにこんなことを言い出したわけではない。
「それなら心配ありません。実はその森の近くに魔王城から繋がるゲートがあるんです」
これは森の調査、および、その森を迷いの森に仕立ててしまおうといろいろと仕掛けを施している時に発見したものである。
そして、それは、ソニアに確認してもらったところ、ちょっと修理をすればなんとか転移が可能なもののようであって。
『つまり、我々の何人かがそのゲートを使って先回りをして、主の受け入れ準備をすすめると』
さすがはレニさんだ。理解が早い。
皆まで言わずとも考えを理解してくれたレニさんに、僕は「ですね」と頷き。
一方、レニさんは僕のその頷きに「成程」とちょっと思案するようにして。
『そういうことでしたら、彼の言う通り、こちらを二手に分けたほうがいいのかもしれませんね』
『となると、問題は人選か』
『ん、手っ取り早く私達と魔王軍でわければいいんじゃない』
二手に分かれるなら、そのメンバーの選定を――とレニさんが呟いたところ、フレアさんが難しそうな顔をして、しかし、ティマさんが簡単にフレアさん派と魔王パキート派で別れたらいいと提案するのだが、
「ああ、できれば、拠点作りはフレアさんとリーヒルさんと、後はレニさんに担当して欲しいのですが」
『なんでよ』
ティマさんとしてはフレアさんと別々になるのが嫌なんだろう。魔法使いとしては破格の超反応でそう聞いてきて、
『それは、我々がまだあなた達を完全に信用していないから、ですか』
レニさんとしては、まだ自分たちとフレアさん達との間には完全な信頼関係が結ばれていないからと、そんな指摘するのだが、残念それはまったくの邪推であり。
「単純に拠点を建設おける人員の問題ですね」
現在、通信先の遺跡にいるメンバーはフレアさんにティマさん、ポーリさんにメルさんのフレアさんパーティと、レニさんにキングさん、リーヒルさんと魔王軍幹部を合わせた七人だ。
その中で、ロゼッタ姫の出産に備えた拠点建設に適した人材はと考えたところ、まず力仕事が得意そうなフレアさんとリーヒルさんの二人がピックアップされる。
まあ、魔法による身体強化を使いさえすれば、グリフォンであるキングさん以外なら、誰でもやってやれないことはないと思うのだが、それでもこの手の作業というのは男の仕事というイメージがある。
だから、この二人が拠点作りに必要なのはわかってもらえると思う。
『でも、この女が拠点作りに回るのはどうなのよ』
「それなんですけど。まず、魔王パキートを追跡するメンバーですが、場合によっては人目がある場所をゆかねばなりませんから、顔が割れているレニさんにはできれば裏方に回って欲しいということ」
まあ、顔が割れているというのなら、ヴリトラを倒したとされるフレアさんも、ルベリオンの聖女として知られるポーリさんも、レニさんと同じくらい有名人であることには変わりないと思うのだが、それよりもなによりも、レニさんの場合、魔王軍の幹部として、そして、パキートが魔王城から姿を消した理由の説明役として、ルベリオン側の主要戦力の前で顔を晒している。
よって、同じ有名人でも、フレアさん達と比べてルベリオン王国内での行動に大きく制限がかかるのではないかというのが理由が一つ。
そして、もう一つ、こっちの理由が切実で、
「考えても見て下さい、フレアさんとリーヒルさんだけでちゃんと拠点が作れると思いますか?」
そう、単純一途なフレアさんと、どこか古強者の雰囲気を滲ませるリーヒルさんの二人で、ちゃんとした建物が建てられるのだろうか。
いや、それはあくまで僕のイメージであって、二人とも小器用に建物作りをこなせるのかもしれないが、やはりしっかりと二人を監督できる人が必要だろうということで、
「誰か二人を監督してくれる人が欲しいんですけど、それに一番向いている人といえば――」
ティマさんの性格は、なんていうかフレアさんにだだ甘だ。
メルさんはややディスコミュニケーションなところがある。
ポーリさんならちゃんとした現場監督が出来るのかもしれないけれど、聖職者である彼女には、できれば身重のロゼッタ姫に付き添って欲しい。
そう考えた結果、消去法という観点からもレニさんが監督役に適任ということになるのである。
と、ここまで理由付けをされてしまったら、さすがのティマさんも文句は言えないのだろう。
ティマさんが「くっ――」と悔しそうな声を漏らし、レニさんも納得がいったみたいだ。
『たしかに、そういうことなら仕方がありませんね。主を粗末な小屋に押し込むわけにも行きませんので、
ただ、可能ならそちらの方々、特にキングといつでも連絡をつけられるようにはしておきたいですね」
「わかりました。では、それも含めてこちらでいろいろと準備を進めておきますので、とりあえず、レニさん達はそちらのゲートを再起動させる準備を進めておいてもらえませんか」
「承知しました」
◆次回は水曜日に投稿予定です。