聖剣と魔王の話
設定もりもりの話はまとめるのが難しいです。
「という訳で、取り敢えずコールブラストをもう一度作ろうと思うんですけど」
「どういう訳ですの?」
事の始まりは二日前、大魔王アダマー=ナイマッドとの激戦を終えた直後のこと、アダマーとの戦いでエクスカリバー(偽)を失ったフレアさんが、そのショックから無気力状態に陥ってしまったのがきっかけだった。
「まあ、そんなフレアさんが心配というのもありますが、このままフレアさんに居着かれると、魔王様に気軽に来てもらうことが出来なくなってしまいますから。早目になんとかしたいんです」
曰く、ハーフエルフという種族は多くの世界で迫害の対象になるのだという。
そんな魔王様に「ちょっと魔王様に合わせられないお客様が居ますので暫く来ないで下さい」なんて言える筈が無い。
それでなくとも、マイナスオーラを過剰放出するフレアさんにこのまま居座られてしまっては商売の邪ま――ではなく、店の雰囲気を悪くする落ち込みようなのだ。
万屋の側としては出来るだけ早く立ち直って欲しい――ということで、手っ取り早くフレアさんに復活してもらうべく新たに模造聖剣という餌――もとい、モチベーションを与えてみてはどうかと考えてみたのだが、
マリィさんとしては灰になってしまったフレアさんよりも、折れてしまったコールブラストの方が重要みたいで、
「それでコールブラストは治りますの?」
「えと、さすがに一度折れてしまった剣を修復するのは不可能です。だから作り直しですね。全く同じにとはいきませんが、設計図や組み込んだ魔法式なんかの記録は残っていますので、新たに打ち直すことは難しくないでしょう。なので設計者であるマリィさんの許可をいただこうと思いまして」
僕からの提案を聞いたマリィさんは、ふむ。と口元に手を添えて、
「作り直してくれるのは有り難いのですが、それをあの男に譲り渡すというのは、私としては不服ですの」
もともとコールブラストはマリィさんのコレクションになるべくして作られた魔法剣の第一弾だ。
しかし、剣に込められた魔法効果の出力があまりに高すぎて、細腕のマリィさんには扱えず、改良するた為のデータを取るべく、言葉巧み(?)にフレアさんを騙し、テスターとして利用しようとしていたのだが、そこにいきなりの大魔王襲来。一も二もなく飛び出してしまったフレアさんに、どうせだからそのまま対魔王戦のデータを取ろうとした結果が金属疲労による破断というものだったのだ。
そんなコールブラストを新たに作り直してフレアさんに渡してしまうというのは、マリィさんとしては許し難きことなのだろう。
「それに新たにコールブラストを与えたところで、あの男が魔王を倒せると思います?」
うーん。アダマーとの戦いを見る限り、確かにコールブラストを再生させてそれで解決――という僕の考えは、少し甘い考えだったのかもしれない。
「再生したコールブラストがフレアさんの目的と合致していないっていうパターンもありますからね。やはりコールブラストをそのまま渡すというのは少し安直でしたか。フレアさんが倒すべき魔王という存在に要求される聖剣のスペックも不明ですからね」
「虎助。そこのところの説明を詳しくお願い致しますの」
聖剣と魔王の関係とそこに要求されるスペック。これは武器マニアのお姫様としては喉から手が出るほど欲しい知識なのだろう。
直前までの不機嫌なんてなんのその、思案げに呟いた僕のセリフにマリィさんがにじりよってくる。
対して僕は、前のめりになるマリィさんの胸元から発せられる無自覚な魅了効果に惑わされそうになりながらも、「分かりました。僕が知ってる範囲で説明しますから」と、どうにかその柔肉を引き剥がして、一つの質問を投げかける。
「まず初めに、マリィさんは聖剣と聞いてそんな武器を想像します?」
「それは、聖なる属性を備えた光の剣ではありませんの?」
期待通りの返事をくれたマリィさんに僕がニッコリ微笑むと、マリィさんは「なんですの」と少し不機嫌に顔を顰める。
と、そんなマリィさんに、僕は「いえ、質問の仕方が少し悪かったですかね」と前置いて、
「これは以前、オーナーから聞かされた話なんですが、伝説に歌われる聖剣には精霊や英霊、神の意思なんてものが宿っているそうなんです」
中には例外があるというが、それは置いておいて、
「では、聖剣に必要なのは聖なる力ではなく、そこに宿る加護や魂ということですの」
「考えてもみてください。聖剣と呼ばれるものの中には、炎や雷などといった属性を備えているものが多くあるでしょう」
「確かに――、ですがそれは、聖炎、雷光と呼ばれる破魔の力だと、二つの属性を備えているなんて上位の魔法剣にはよくあることなのではなくて?」
さすがはマリィさんだ。よく知っている。
「ですが魔法剣の中にも聖なる属性と呼ばれるような性能を備えた武器があるでしょう。――例えば、対死霊、対悪魔など特化した純銀製の武器とか」
僕の世界の伝承にもある。銀製の武器によるドラキュラやワーウルフなどへの特効効果、あれも聖なる武器の一種、つまりは聖剣の類と言えるのではないだろうか。
「言われてみればそうですの。あれらの武器が持つ効果は、それ単体で見れば、まさにお伽噺に出てくる聖剣そのものですの」
しかし、そんな何の変哲もない銀の剣が聖剣と呼ばれることはまずあり得ない。
なぜ銀製の武器は聖剣と呼ばれないのか。その理由は至極単純、純銀製の武器が剣としての自力が弱いからだ。
普通の鉄剣と数合打ち合っただけで壊れてしまうそんな武器を聖剣と呼べるだろうか。
「それに聖剣の中には、聖なる属性――、いえ、破魔や浄化といった能力を備えていないものがあるといいますからね」
「本当ですの?」
「ええ」
例えば僕が知る伝説の武器にグラムという剣がある。
その出自からして、本来なら聖剣として語られるであろう伝説の武器なのに、その剣が引き起こした数々の逸話や〈怒り〉を意味するというその名前から、ゲームなどで魔剣としてその名を広く知らしめ、魔剣というイメージが定着してしまっている。
とまあそれは、僕の世界の極限られた一部で語られる常識であるのだが、万屋のオーナー曰く、魔法世界の聖剣にも似たような実例がいくつもあるのだという。
そしてそれは聖剣とセットで語られる魔王という存在にもいえることらしく。
そう、邪悪な存在として一緒くたにされがちな魔王という存在だが、実は【魔王】という実績を持つ全員が全員、邪悪な存在という訳ではないという。
その最たる例が、この万屋の常連であり僕の友人でもある魔王マオ様だろう。
彼女はその世界で魔王と呼ばれる存在にも関わらず、特に何をするでもなくただ怠惰な日々を送っている、一個人としては本当に無害な魔王様なのだ。
ならば【魔王】という存在は一体どういった存在なのか。
オーナーから言わせるとそれは、単なる実績の一つであり、他者から無理やりに与えられる職業であり、称号なのだという。
つまり【魔王】という存在は、数々の世界にまたがって存在する超常なるシステムによって【魔王】という実績を与えられただけの何者かでしかなく、精霊・英霊・神の加護と別の出自から生み出される聖剣とは全く関係が無いのだという。
実際、既知の【魔王】であるマオ様は、およそ魔王に抱くイメージとは正反対の聖なる属性とされる光魔法が得意だったりする。
そして、高レベルの光魔法を操る魔王様には当然の如く光属性に対する耐性があって、
だから、もし、フレアさんが純粋な聖剣を携えて魔王様に挑むという事態になった場合、相性最悪で傷をつけることすら難しく、逆に闇の属性を備えた聖剣――いや、魔剣を手に戦った方が有利に事を進められるという妙なロジックが成り立ってしまうのだ。
もしかすると、魔王様が異世界――しかも次元の狭間なんて場所に存在するこの万屋に、魔剣を売りに来るのには、そこら辺りが関係しているのかもしれない。
と、話が逸れた。
そんな魔王様の例にあるように、光が聖なるもので闇が邪なるものという概念――、いや、聖邪そのものが人間が作り出した固定概念でしかなく、その人の立場によりその性質は変わったりするものなのだ。
ならばどうして闇という属性が邪悪なるものの代表として語られるのかといえば、そこには、本来昼行性の人間にとって闇は恐怖の対象であるという事実だったり、数々の創作物の中に記される積もり積もったイメージだったりして、
闇に堕ちてしまったと自ら思い込んでしまった人間が闇の力を発現。暴れまわったことよって更にその概念が固定化されてしまう――なんて事があるそうなのだ。
だから、世界によっては『闇は全てを包み癒やす母なるもの』なんていう概念が存在する地域もあるらしく、闇の回復魔法なんてものが実在するのだという。
と、そんな壮大な推論とも妄想とも思える説明を、マリィさんからちょくちょく入る質問に答えながら話すこと十数分――、
「まとめますと、全てはその固定概念という考え方による思い込みで、戦う相手によって、聖剣は聖剣でなくなるという事ですの?」
「いえ、そこはあくまで相手側のが光属性以外無効だとか、かなり偏った性質を持っているでもない限りは、それなりに効果があると思います。現にエクスカリバーには光と雷という二つの属性が付与されているみたいですからね。余程の相手でなければゴリ押しでも戦える性能を持っています。でも、改めてそう考えてみますとコールブラストはちょっと難しいかもですね」
「ですわね。あのお馬鹿さんが相手にしている魔王というのが、例えば不死の王など、死霊系の魔王だとしたら相性最悪ですわね」
コールブラストが生み出す爆発は魔力を基盤として生み出される現象ではあるが、その攻撃力の大半は魔力がトリガーとなって引き起こされる物理現象による衝撃などが占める。
だから、ガス状生物と思われたアダマーへの効きがイマイチだったのだろう。
そして、それは光属性が苦手な存在、アンデッドや死霊などに対しても同様で、
「とはいっても、さすがに魔王様みたいに極端な【魔王】はそうそういないでしょうから、属性云々の話は相手によって意味無かったりするのかもしれませんけどね」
「その辺り、あのお馬鹿さんはあまり考えていなさそうですの」
フレアさんは良くも悪くも単純馬鹿だ。
どこかの誰かに魔王を倒すには聖剣が必要と聞いて、盲目的にエクスカリバーが必要なのだと思い込んでいる可能性は高い。
もしかすると、フレアさんの世界で姫様を捕えたと言う魔王は、いつか僕とマリィさんが話していたように、単に性質や行いから魔王と呼ばれているだけの何者かというだけで、聖剣に頼らなくとも倒せる相手という可能性だってあるのだ。
とはいえ――、
「相手がどんな魔王様だったとしても、材料さえ揃えば、エクスカリバーみたいなゴリ押し可能な聖剣も作れなくは無いんですけどね」
「そんなことが可能ですの!?」
いい加減この手の話にマリィさんが食いついてくるのは分かっていた。
だから、先手を打ってすがりつかれる前に距離を取って、
「使い捨てという前提が付きますけど、素材の耐久限界を超えるような魔法式を組み込んで、決戦時にのみキーワードで限界突破なんてギミックも組み込めなくもないですから」
所謂、命を削って敵を倒す――とか、そんな少年漫画にありがちな技の武器ヴァージョンだ。
この方法でなら、量産型の魔法金属でも、伝説の聖剣とさほど遜色がない攻撃力を発揮させることも不可能ではないのだ。
「ですが、コールブラストすら使いこなせず、大魔王に負けるような男に制限時間がある武器を渡すのは少々危険なのではありませんの」
「あの時は賢者様の薬で正気を失っていたわけですし」
その前から既に劣勢だったけど……。
「まあ、アダマーがどれくらい強かったのかとか、詳細なデータが得られていれば、それを基準に完璧な模造聖剣が作れたかもしれなかったんですけどね。エレイン君やベル君には〈神眼〉が搭載されていませんから」
「普通、ゴーレムに使わせる魔法は初級が限界なのですけど……」
中級・上級と呼ばれる魔法の発動にはそれぞれの属性の適性が必要なのだという。
故に無生物であるゴーレムに直接搭載できる魔法は、通常は初級魔法が限界で、それ以上の魔法を発動させるとなると、竜種や神獣などといった各属性の魔力に対応する上位素材を備えた魔動機の搭載が必要となるのだが、アヴァロン=エラのゴーレム達には原始的にではあるが精霊が宿っている。
そして、原始的な精霊によって発芽した自立意思は、経験を経ることによって成長し、やがて、中級や上級の魔法を使いこなすまでに高度な知性を備えるようになるのだ。
けれど、それを使用するには搭載される精霊の性質に沿った魔法でなくてはならなくて、
「そもそも算術の精霊なんて存在しますの?」
算術と言うのはマリィさんの世界で探査系の魔法に付けられる総称である。
そして、精霊という存在は、四大や五行のような自然現象に関係ある属性だけしか存在しないというのが、多くの世界における定番の考え方で、
「精霊っていうのは、人間を始めとしたその他知性ある生物が魔素に触れることによって形作られる一つの意思ですよね。僕の暮らす日本という国には、八百万の神っていって、自然そのもの万物に神様が宿る。なんて考え方がありまして、このアヴァロン=エラでは、僕が知っているその知識が魔素を通じて影響を与えているらしく、いろいろな精霊が生まれているらしいんですよ」
「斬新な考え方ですのね。 おおらか過ぎるのではありませんの?」
呆れるようなマリィさんの感想に、僕はただ笑って応えるしかない。
実際、僕の暮らす世界でも神道や日本人が持つ宗教観割りと特殊な部類に入るのだから。
最近では、それぞれ大規模な宗教が幅を利かせる海外でも、同じような考えを持つ人間が広がっているとはいうが、それでも宗教観という一点において、日本ほどカオスで大らかな考え方を持っている民族などそうはいないだろう。
そして、そんな個々の人間が抱く考え方は、一定の空間に滞留する魔素を介して世界に影響を与えるのだ。
と、そんな考え方の中には、人間が先か、それとも、神様が先か。というある意味で非常に扱いづらい問題も孕んでいるのだが、そこは宗教学者や歴史学者、後は各種神学者などが議論する話である。
閑話休題。
だから、それが魔素濃度が異常なまでに高く人の少ないアヴァロン=エラという世界ともなれば、他の世界と比べられないほど早く拡散して、カオスな精霊の生態系を生み出すという結果に繋がるらしい。
よって、このアヴァロン=エラでは他の世界では類を見ない原始精霊が多く存在していて、
「そんな訳ですから、算術のゴーレムも現在鋭意製作中というか、どんな精霊が宿るのかは完全にランダムなので完成の目処は経っていないのですが……」
それは無料ガチャを連発するようなものか。
精霊を宿した魔法式というのは意外と簡単に作れるそうなのだが、せっかく宿ってくれた精霊を追い返すというのはあんまりにもな仕打ちである。
だから、その辺り、色々と対策も考えていかなければいけないのだ。
と、そんな話を言葉を濁して伝える僕に、
「しかし、改めて聞きますとエレイン達は破格の性能を持っていますのね。通常ゴーレムの性能を上乗せするには別に魔導器を用意してますのに」
マリィさんは呆れるようにその感想を述べながらも、そこで話題を区切るように言葉を切って、
「結局、あの男に渡す剣の方はどうしますの?私としましてはコールブラストを再生してくれることを嬉しく思うのですが、それがあの男に渡るとなると苛立たしいといいますかなんといいますか」
マリィさんが嫌なのは、エクスカリバーと同じデザインの魔法剣をフレアさんが持つことなのか、それとも、フレアさんにエクスカリバーを持っていると自慢げに語られるのが嫌なのか。
きっと両方いやなんだろうな。
だから――、
「ベストな決着はフレアさんが本物のエクスカリバーを抜いてくれる事ですかね」
それなら、万事解決(まあ、マリィさんは思いは別として)全てが丸く収まるんだろう。
けど、
「あのフレアがエクスカリバーを抜けると思います?」
ですよね――、
それでなくともフレアさんには、エクスカリバーの油断(?)をついて無理やり引き抜こうとした前科があって、抜けにくくなっているような気がするのだ。
「そもそもエクスカリバーを抜くのは私ですの」
ああ、まだ諦めてなかったんですね。
「なんですかその目は」
「いえ、何でもないですから。それよりも、渡すかどうかは別として、取り敢えず、何本か聖剣の代わりになりそうな剣を設計して作るという方向で進めておいた方がよさそうって事でいいですよね」
エクスカリバー関連でマリィさんの機嫌を損ねるのが地雷であることは、胸の大きな店員さんとの僅かな接触を楽しみにその店に通い続ける残念な友人の行動を無駄な努力と断じることと同じようなものだ。
強引に話題を変えようとする僕にマリィさんは若干の不満を目元に残しながらも、武器制作と聞いては無視も出来ない。
「そ、そういう事なら私も手伝いますの。試してみたいアイデアも幾つかありますからね」
そういえば未消化のアイデアが幾つもありましたね。
「でも、目的はフレアさんの対応ですよ。忘れていませんよね?」
「忘れていませんの。ですが、それは簡単なことではありませんの」
「どういうことです?」
訊ねる僕にマリィさんはいつか見たような企み笑顔を口元に浮かべて、
「元よりあのお馬鹿さんのやる気を出させるのに聖剣を渡す必要はないということですの」
◆
場所を移して万屋の店内。
普段なら魔王様がゲームを楽しみ、マリィさんがスイーツをぱくつきながら武器や防具のウンチクを語る、和室へと通じる上がり框、そこにフレアさんは腰掛けていた。
その姿はまるで、リストラされたサラリーマンが公園のベンチで時間を潰すような哀愁を漂わせていて、
「フレアさん。フレアさん」
「何だい虎助……御飯の時間かな」
出来る限り刺激しないようにと優しく声をかける掛ける僕に、隠居を決め込んだ老人のような返しで応えてくるフレアさん。
「いや、何を言っちゃってるんですかフレアさん」
反射的にツッコミを入れてしまったが、これは致し方ないだろう。
と、そんなことよりもだ。
「あれを見て下さい」
僕が指示す先、黒曜石の台座に突き刺さっているのは、虹色の微光を放つ黄金の剣――本物のエクスカリバーだ。
だが、それを目にしたフレアさんは無反応。どうやら目の前の光景に理解が追いついていないご様子だ。
もしかして失敗だったか。
フレアさんの反応にそう思った僕だったが、しかし、じんわりと自分が見ている光景を脳が認識し始めたのか。フレアさんの手がふらふらと手を伸ばされたかと思いきや、いつかのようにバッと振り向いて聞いてくる。
「エ――、エクスカリバー折れたのではなかったのか!?」
フィッシュオン!
僕は混乱と興奮が入り混じり、目を血走らせるフレアさんを落ち着かせるべく、努めて冷静な声で続く説明を口にする。
「ええ、折れました。でも、エクスカリバーには自己修復機能があったみたいで、知らない内に治っていたんですよ」
言うまでもなくこれは真っ赤な嘘である。そもそもアダマーとの戦いで折れてしまったのはコールブラストだったのだから。
そう、これこそが、裏の工房でマリィさんが語った『あのお馬鹿さんにやる気を出させるのに聖剣を渡す必要ない』という発言の真相である。
誰にでも使える疑似聖剣を与えたくないのなら、誰にでも使えない本物の聖剣を餌にすればいい。
しかし、この方法にはちょっとした懸念が存在する。
「さすがは聖剣エクスカリバーだな。では、今度こそ俺に力を貸し魔王を討ち倒してくれるか」
エクスカリバーに語りかけるように雰囲気を出してそう呟いたフレアさんは、魔力の伝導性が高いムーングロウでメッキされたグリップを握り込む。
そして、「いざ一緒に参ろうぞ」などと、なんだかそれっぽいセリフを口にして、黄金の刀身を引き抜こうとするのだが、
…………そこには、既に万屋の日常となった光景が展開されていた。
「くっ、どうなっている」
ピクリとも動かないエクスカリバーに悪戦苦闘するフレアさん。
まさしくいつもの光景である。
そして、このセリフだ。
「何故だ。何故抜けない?」
と、言われましても、
「あの一戦で見限られたのではありませんの」
そこへ裏口から入ってきたマリィさんが辛辣な言葉でフレアさんをなじっていく。
フレアさんの顔がくしゃっと歪む。
だが、すぐに何か反論をしようとしたのだろう口を開きかけるフレアさんだったが、
「あら、私なにか間違ったことをいいました?」
うわぁ。マリィさん絶好調だな。
と、そんなマリィさんの言い分に正当性があると感じたのだろう。出す直前の声をキャンセルしたフレアさんがガックリと肩を落とす。
その落ち込みっぷりといえば数分前のフレアさんを見ているようで、
そう、これこそが僕が懸念していた事である。
確かに僕もエクスカリバーを餌にしたこの方法は考えていた。
しかし、一度は抜けた(と思い込んでいる)聖剣が自分を拒否したとなれば元の木阿弥、フレアさんはまた『廃人のようになってしまうのでは?』と心配したのだ。
しかし、そこは底抜けのポジティブシンキングの持ち主であるフレアさんだったようだ。
暫くうなだれるようにしていたフレアさんだったが、少しして、崩れ落ちそうになっても最後まで放さなかったエクスカリバーを支えに、ゆらりと折れ曲がった体を引き起こしたかと思いきや、前髪を掻き上げるようにしてククッと自嘲。
「確かに俺はまだまだ未熟だったようだな」
そして、いつものようにマントを翻してこの捨て台詞。
「成程、俺に完璧な勇者として生まれ変わって来いというのだな。いいだろうエクスカリバーよ。その首を洗って待っているがいい、すぐにその身を俺に捧げさせてみせようぞ」
そんなフレアさんの過剰演出にマリィさんはハァと溜息を吐き出して、
「フレアのああいうところは、少し羨ましいと思いますの。……そうなりたいとは思いませんけど」
ちょっと負け惜しみにも聞こえる本音を添えて、哀れみ視線を万屋から駆け出していくフレアさんへと送るマリィさん。
と、僕はそんなマリィさんの発言を横にして、
『本当にこの二人はお互いのことをわかっている』
おそらく口にしたらどやされるだろうセリフを心の中だけで呟くのだった。
◆もしかしたら今後出てくるかもしれない設定という名のネタバレ
【魔王】……魔を支配せし者に与えられる実績。もしくは、民衆から魔王と呼ばれる者。
〈聖剣〉……信奉者に利益を与える武装。
〈魔剣〉……信奉者に不利益を与える武装。
〈精霊〉……人間など意思ある生物の無意識が魔素に伝わることによって生まれる存在。




