蜘蛛切丸と膝丸
ギルガメッシュにそそのかされたパズズを追い返した後、僕はマリィさんと受け取った素材の使い道をじっくりと話し合った。
それはもうじっくりと、僕が思わず苦笑いをしてしまうくらいにだ。
その結果、まずはこの素材を使って、以前、チラッと話に上がった空中戦を可能にする鎧を作ることになったのだが、ここで問題となるのが作る鎧の名前だ。
そう、マリィさんご注文の鎧といえば、源氏八領からその名前を拝借したシリーズもので揃えられている。
だから、今回作るその鎧も源氏八領から名前を持ってきたいと、日数、薄金あたりがその候補にまず上がったのだが、しかし、今回鎧製作に使うパズズ由来の素材は毒々しくも黒やら紫がメインカラーの素材となっている。
ゆえに、日数にしろ、薄金にしろ、パズズの素材を使って防具を作るとなると、その名前はどうもしっくりこなくて、
とはいえ、名前なんて所詮は名前ということで、僕としては別に源氏シリーズにこだわらなくてもと、そうもマリィさんに言ってみたりもしたのだが、
武器マニアにして、防具マニアであるマリィさんにしてみると、ここで逃げるのはプライドが許さないと、またこだわりの強い人が陥りがちな面倒な状態になっているみたいで、
こうなってしまったマリィさんは止められないと、僕があらためて源氏八領に関する資料を調べてみたところ、第三の候補として上がってきたのは膝丸という鎧。
実はこの鎧、名前もそうなのだが、その逸話の方もパッとものがほとんどなく、かなり地味な印象の鎧だった。
しかし、その関係性は定かではないそうなのだが、どうも同名の刀が存在しているそうで、そちらについては試し切りで罪人の膝を斬っただとか、有名な妖怪である土蜘蛛の退治に使われたりとか、いろいろな謂れがある武器だそうだ。
そして、その逸話から、その刀には蜘蛛切丸という別の名があるらしく。
それならばパズズの素材が持つ毒々しい風合いを生かせるのでは?
そして、今回のコンセプトは空中戦を可能とする鎧ということで、僕がとあるハリウッド映画をみせたところ、マリィさんも僕が考えた鎧のコンセプトにノリノリのご様子で、
その後、蜘蛛切丸というその刀の名前から、どうせだから刀の数を八本に、そして、それを蜘蛛足のように操れるようにしてはどうかというアイデアが追加され、後はマリィさんのデザイン次第だと、その日は解散。
翌日、万屋に顔を出したところ、すでにマリィさんのデザインも仕上がっているとのことで、僕は領主の仕事で忙しく、念話通信でそのデザインを送ってきてくれたマリィさんの代わりに、ソニアに鎧作成の協力を要請。
ただ、実際にソニアの手を借りるのは最後の仕上げと、ソニアとの打ち合わせを軽く済ませた僕はすぐに工房へ。
そして、工房付きのエレイン君達と協力して鎧を作り始める。
まず用意をするのはパズズの鱗のような羽根の部分。
ちなみに、今回、この素材を使うのは、先にも触れたように、膝丸が空中戦に特化した鎧ということで、もともと空を飛ぶための器官を使って鎧を作ることによって、素材そのものの力を引き出し、鎧そのものを一種の魔法の箒にするためだ。
そう、パズズほどの巨体を浮かすパズズの羽根の一枚一枚には、それそのものに空魚の骨と同じく、物理法則を無視した浮遊の力が備わっているのだ。
僕は毒々しい見た目と大きさに反して、まさしく羽根のように軽いパズズの羽根を作業台にセットして、その表面をオービタルサンダーで削っていく。
ちなみに、何故いきなり削り作業から入ったのかというと、鱗の表面を滑らかにして、加工しやすくする為である。
それに、パズズがどこでどんな暮らしをしているのかは知らないけれど、そのまま使うにはちょっと見た目が悪いからね。
ということで、鱗のようなパズズの羽根の表面を滑らかに仕上げた僕は、特殊な魔法のペンを使い、滑らかになった鱗の表面に直接設計図を書き込んでゆく。
そして、各パーツごとに番号を振っていき、ちょうどトランプのダイヤマークのような形をした羽根の縦の対角線を使って細長いパーツを切り出す。
ちなみに、このパーツは鎧のオプションとなる八本の蜘蛛足刀『蜘蛛切丸』を作る為のパーツである。
僕は切り取ったそのパーツを刀の形になるように研磨していく。
ただそれも、ある程度、形が見えたところでエレイン君に仕上げをお願いする。
この仕上げ作業に関しては、僕も魔剣の整備なりなんなりで、それなりに経験を積んでいるから、最後まで研ぎ上げてもいいのだが、それが、右に四本、左に四本と、さらに蜘蛛足を模した作りにする為に、均一に仕上げなければならないとなると、特に正確な作業を得意とするエレイン君には敵わないのだ。
ということで、蜘蛛切丸の仕上げをエレイン君にお願い、僕は残る鎧のパーツを作っていこうか。
僕は、あらかじめ引いておいたラインを頼りに、二つに分割された鱗羽根を各パーツごとに切り出していく。
ちなみに、鎧のデザインは素材を提供してくれたパズズに合わせて悪魔的なデザインとなっていたりする。なんでも、マリィさん達が暮らす世界で有名な呪われた鎧をモチーフにするみたいだ。
まあ、呪われた鎧といっても、それはあくまで作り話、マリィさんが大好きな黄金の騎士に出てくる鎧みたいなんだけどね。
ということで、僕は切り出したパーツをマリィさんから送られてきたデザインに合わせる形で形を整えていき、エレイン君達と一緒にあらかじめ決められていた魔法式を鎧の意匠として刻み込んでゆく。
ちなみに、今回、鎧に刻み込む魔法式に関しては、シンプルに空を飛ぶのに手助けになる魔法と防御系魔法、そして魔力吸収系の魔法となっている。
最後の魔力吸収系の魔法に関しては、特に必要というわけではないのだが、悪魔をモチーフとした鎧ということで、それっぽい魔法を入れたほうがいいのではと、僕が入れてみた魔法だったりする。
そして、これも実験の一つ。
魔獣(悪魔)素材を使った鎧でも自動装着が可能に出来るようにと、ソニアが開発してくれたムーングロウ製の留め金を鎧の各所に仕込んだところで最後の仕上げ。
形だけ完成した鎧をソニアの研究室に持ち込んで魔法的な処理を施してもらうのだ。
なんでも、これをやるとやらないとでは、素材の持ち味を生かすことはもちろん、硬度や耐久力、その他もろもろに大きな差が出るのだそうだ。
と、そんなこんなで翌日、
ソニアによって完成した鎧に、蜘蛛切丸と名付けた八本の刀を操る魔法式をダウンロードしたインベントリをセットする。
これは見えない魔力の糸を繋げることによって、各蜘蛛足刀を操り、敵を切り刻むというちょっと珍しい魔法の制御装置。
なんでも、地球の魔女の一人、望月静流さんがこの手の魔法に詳しいそうで、ソニアが彼女から聞き出した情報を参考に、この膝丸に組み込む魔法を作ってくれたみたいだ。
ちなみに、この魔法によって発現できる魔糸は、鎧に付随した刀以外にも使えるとのことで、使い方によっては、鎧の飛行能力を使うまでもなく、空中に浮かぶ――正確に言うとぶら下がる――という、コミックに映画にと大活躍な蜘蛛男のようなムーブができるそうなのだ。
この魔法は、ちょっとクセがありそうではあるが、慣れれば便利そうななので僕も欲しいかな。
後で同じ魔法式を僕のインベントリに組み込んでもらおう。
と、ちょっとした発見がありながらも完成した鎧は、翌日、マリィさんにお披露目となる。
すると、
「どうでしょうか?」
「いい出来ですの。特にこの八本の剣を手足のように操ることができる魔法がいいですわね」
早速、鎧を装備したマリィさんは、嬉しそうに魔糸を操り、八本の刀を自在に振り回す。
と、そんなマリィさんの姿を見て、いつもの三人が、
「カッケーな。俺もああいうのが欲しいぜ」
「そうですね。たしかにこの鎧の機能はロマンがありますね」
「う~ん。俺はどっちかっていうともっとゴツい感じの方が好きかな」
ちなみに、この三人がいまここにいるのは、学校で、何気ない話題として出したマリィさんの新しい鎧作りの話に、まずは正則君が飛びついて、その後、元春に次郎君と興味をいだき、こうして部活の帰りにこのアヴァロン=エラに寄ってくれたからだ。
「元春の出来なくはないけど、ちなみに次郎君の場合、銃で同じようなことができるし、正則君の場合は岩を鎧にくっつけてやればできるんじゃない」
防御力特化の元春のブラットデアはまだしも、次郎君のフレームレイブンや簡易的に岩や土の形を変えられる正則君のクリムゾンボアなら似たようなことができるのではないか。
「成程、そういう使い方もあるんですね」
「おいおい、マジかよ。夢が広がるな」
「つか、二人だけズルくね。俺のブラットデアにはなんかねーのかよ」
「いや、ブラッドデアの場合、光学迷彩がリソースのほとんどをとっちゃってるから、ちょっと難しいかな」
◆今回登場した装備品。
蜘蛛切丸……悪魔パズズの鱗羽根を加工して作った八本の刀。蜘蛛の足をイメージした細長いその刀の柄の部分には念動の魔法式が組み込まれており、膝丸から伸びる魔糸に繋がれた時に操りやすくなっている。
膝丸……悪魔パズズから採取した素材を使用して作られた鎧。悪魔の素材を使用した為、毒々しいデザインとなっており、鎧一つで空中戦を可能とするために、風の魔法と魔糸と呼ばれる特殊な魔法の糸を作り出す魔法式が小型のインベントリとして搭載されている。
その他にも魔法障壁と魔力の吸収を組み合わせて使える複合的な魔法式と、詠唱一つで鎧の着脱が可能となる仕掛けが組み込まれている。
◆次回は水曜日に投稿予定です。
若干夏バテ気味ですが頑張ります。