悪魔が来たりて咽び泣く
エルフの里の騒動に始まり、幽霊船騒動に元春主催のお出かけと、イベントが目白押しだったゴールデンウィークも今日が最終日。
ちなみに、久しぶりに元春たちと行ったお出かけなのだが、転んで膝を擦りむいてしまった男の子の治療をするなんてちょっとしたイベントや、毎度毎度の元春がちょっとアレな人達に絡まれるなんてハプニングがあったものの、それ以外はこれといったイベント――特に元春が期待するような女性絡みイベント――は何も無く、ただただ美味しいグルメにろこどる、後はどこぞのバラエティ番組にありそうなバルーンアスレチックと、僕と次郎君と正則君にとっては大変満足なお出かけだった。
とまあ、そんな感じで今頃、家でふて寝している元春はいつものこととして、お出かけの時に買ってきたプレッツェルやら中華ちまきなどをマリィさんと魔王様にお出ししていたところ。
こっちも毎度のパターンかな。
ゲートから巨大な光の柱が立ち上り、「GYAAAAAA――」と、待機を震わせる叫びが響き渡る。
声の主は紫色の鱗を持った龍種。
普段の数倍はあるであろう規模の光の柱の中から、ドラゴンとしては小型の――、
しかし、通常の魔獣なら巨獣と呼ばれるような頭部が、ぬうっと顔を覗かせたのだ。
そんな突然の襲来に、真っ先に――というか、嬉しそうに店を飛び出したのはマリィさん。
『うん。これもまたいつものパターンだね』と、僕も「待って下さい」とマリィさんを追いかけるように店の外に出てゲートに向かって走っていくのだが、そんな僕達に目を留めたのか、ドラゴンはその長い首を軽く横に薙ぐように動かして、
「我が名は大悪魔パズズ。同胞の不平を受けて貴様たちに罰を与えにきた。大人しく罰を受け入れるがいい」
と、宣言した後、その大悪魔を名乗るそのドラゴンは数歩前進。
ドラゴン改め大悪魔パズズがその姿を完全に表そうとした瞬間、隣を走っていたマリィさんから「キャ――」と絹を裂くような悲鳴があがり、数十――、いや数百発もの火弾がドラゴンめがけて放たれる。
いったい何がどうしてこうなったのか。
それは、パズズと名乗った巨人が、以前この世界にやってきたテュポンさんと同じく裸だったからである。
いや、ドラゴンが裸であるのは当然といえば当然なのだが、
問題はそのドラゴンというのが、人間で言うところの股間から伸びている体の一部分だったからだ。
そう、パズズとは股間からドラゴンを生やした変態だったのである。
僕達が当初ドラゴンと思っていたそれは、パズズのエクスカリバーだったのだ。
いや、その表現はエクスカリバーさんに不敬かな。
改めて、つまり、そのドラゴンというのはパズズのビッグな刑事さんだったのだ。
ちなみに、パズズの登場に合わせてピックアップされたデータによると、パズズはバビロニア神話に出てくる風と熱病の悪魔で、ライオンの上半身、鷲の足、背中には四枚の翼にサソリの尾、そして蛇の男根を隠し持つ悪魔だそうだ。
しかし、これは全然隠せていないですよね。
モロ出しですよね。
ドラゴンですよね。
僕はそんな伝承と本人との違いにマシンガンのようなツッコミを心の中でしながらも、
とにかく、マリィさんに落ち着いてもらわないと事態の収拾が測れないと――、
しかし、片方でアクアやらプイアやら、女性型の人外さんが裸なのは平気なのに、なんでこっちはダメなんだろうと――、
そんなことを思いながらも、股間に火弾の連打を受けて崩れ落ちるパズズに追撃をと、物騒なくらいに両腕のオペラグローブに魔力を込めるマリィさんを宥めすかして落ち着かせ。
マリィさんがこうなってしまった最大の原因である、パズズの下半分を、スモークのかかった結界の中に閉じ込めたところで、パズズから事情を聴取しようとするのだが、問題のパズズはマリィさんの火弾連打で轟チン状態。
声も出せずにただ涙を流して悶絶するしかないといった様子だったので、このままでは話が聞けないと、とりあえず、手持ちのポーションをその焼け爛れたドラゴンに幾つか投げつけて、適当な治療を施した上で、どうして僕達が彼に狙われなければならないのかを訊ねてみたところ。
「す、すみません。ギルガメッシュにアナタ達を懲らしめるように言われまして――」
大悪魔を自称するパズズは内股気味にモジモジとしながらも、そう素直に答えてくれる。
そんな彼の言い分を信じるとするなら、どうも彼は、あの人間の神獣という訳のわからない存在であるギルガメッシュの友人みたいだ。
先日、パズズが親交のあるギルガメッシュに会いに行ったところ、数ヶ月前の恨み言を無駄に大げさに吹き込まれてしまったみたいで、だったら自分に任せろと、胸を叩いてこのアヴァロン=エラにやってきた結果がこういうことだったみたいだ。
ちなみに、パズズの口から、その真相を知らされたマリィさんはというと「あの男ですか」とため息を吐き出して、
「それで、まだやるつもりですの?
まだやるというのなら徹底的に相手になりますの」
どこの主人公かな。その百合の花のような純白の手の平の上に青い炎を灯してパズズを威嚇。
一方、対するパズズの方はというと、マリィさんによるファーストアタックですでに心が折られているみたいだ。これぞまさにへっぴり腰の見本といわんばかりの格好で「めめめ、滅相もない」と、その大きな手と首を千切れんとばかりに左右に振って、「加護でもなんでも差し上げますから許してください」と平謝り。
そんなパズズの姿にはもう大悪魔の威厳もへったくれもないのだが、男の尊厳をあそこまで滅多打ちにされたんじゃ仕方ないよね。
「しかし、【悪魔の加護】ですか、それはまた問題になりそうな実績ですね」
「ええ、いまさら私のステイタスが確認されることはないでしょうが、叔父様に知られてしまうとまた厄介の種なってしまいそうな実績ですの」
まあ、魔王様との繋がりから【魔王の友】なんて実績を持っていることから、今更といえば今更なのだが、それでも絶対と言えないところがルデロックという人物みたいだ。
だからということだけではないだろうが、マリィさんからしてみると、パズズがくれるという【悪魔の加護】という実績はいらない実績ということになるのだが、パズズとしては拒否されるとは思わなかったのか、少し慌てたように、
「で、でしたら、使い魔はどうでしょう、戦闘のサポートから雑用までをこなす万能の下僕なのですが」
指を鳴らしてパズズが呼び出したのは、ピクシーでいいのかな。妖精のような小さな女性タイプの悪魔だった。
ただ、これに関しても、
「使い魔ですか。それならばアーサーやファフナーいますから今更ですわよね」
スクナと使い魔、似たような存在だが、その契約方式はまったくの別物で、場合によっては使い魔の方が使い勝手がいいなんて場合もあるのだろうが、しかし、マリィさんにとっては、その見た目も含めて気に入っているのがアーサーとファフナーだ。
だから、パズズから使い魔を受け取ったとしても、その出番はほとんどないだろうと、マリィさんがパズズの丁重に断ろうとする一方で、
「あの、アーサーというのは――」
「ああ、紹介しますね」
これもパズズとしては予想外の反応だったのだろう。『え、これもダメなんですか』とばかりにおどおどと聞いてくるパズズに、僕がアクアとオニキスを、マリィさんがアーサーとファフナーを召喚。
すると、パズズはネコ科動物特有の黄金の瞳を見開いて、
「あの、それは精霊ですか?」
おお、さすがは大悪魔というべきか、パズズはすぐにスクナの中に精霊が宿っていることに気付いたいみたいだ。
「簡単に言うと精霊を宿したゴーレムって言ったらわかりやすいですかね。
式神っていう技術を応用した精霊術のようなものなんですけど」
「精霊――、式神――、アナタ方はいったい?」
ウチの商品は規格外だからね。パズズがそんなリアクションになってしまうのも分からなくはないんだけど。
「僕はただの学生ですかね」
「私は一応領主という立場になるのかしら」
実際は、僕が学生兼バイト店長で、マリィさんは一領主でありながら元姫ということになるのだが、細かいことはいいっこなしだ。
僕とマリィさんがやや困惑気味にそう返すと、パズズは僕とマリィさんに輪をかけて困惑した様子で、
「私はどうすれば」
「どうすればと言われましても――」
そもそも加護だの使い魔だのと言い出したのはパズズの方なのだ。
ただマリィさんからすると、それらの貢物(?)は不要なもので、
だから、僕に聞くよりも直接マリィさんに聞いてくれと、マリィさんに視線を送ったところ、マリィさんは軽く肩をすくめるようにして、
「別に何もしなくて構いませんわよ。
私も、ええ、少々やり過ぎてしまったところがありましたから」
たしかにアレはやり過ぎでしたね。
実際、あの元春ですらまだあれ程の仕打ちを受けたことがないのだ。
まあ、それだけパズズがしでかしたことはマリィさんにとって最悪のものだったのだろう。
そして、パズズもその責任はしっかりと感じているようだ。
「そうはいきません。迷惑をかけて薬までいただいたのに、なんの御礼もしないだなんて、人として許されません」
うん。言ってることは間違ってないかもしれないけれど、
パズズさん。アナタ、人じゃなくて悪魔なのでは?
僕はパズズの主張にそう思いながらも、
あれ、いまの言い方だと、そのお礼の対象はマリィさんだけではなく僕も対象になってるのかな。
と、パズズの言い方にふと思って聞いてみたところ。
「勿論です。あんな高価な魔法薬を使ってもらって、何もしないなんてことはできません」
ああ、そういうことなんですね。
ちなみに、パズズの治療に使ったポーションは、通常であれば上位とされる魔獣の血を使ったポーションだったりするのだが、このアヴァロン=エラではそこまで希少なものではなくて、
だから、僕としては特にお代をもらうようなものではないと考えていたのだが、パズズとしてはちゃんとお礼をしなければ気が済まないそうなのだ。
ただ、そうなると、ここはなにかこちらから案を出さない限り、ずっと押し問答が続くことになるのかな。
僕はスモーク結界の中で、アワアワと逃げ腰になりながらも、どうやってこの場を収めれば、無事に帰ることができるのかと、頭をフル回転させているようなパズズに憐れみの視線を向けながらも、ここはちょっと手助けをしてあげた方がいいんだよねと、少し考えて、
「でしたら素材をいただくというのはどうでしょう」
「素材――ですか?」
「はい。たとえは角とか皮とか、そのウロコ状の羽根とか、アナタの体の一部をいただければ、僕としてはそれで満足ですから」
「それはいい案かもしれませんわね。名のある悪魔の一部から作り出した武具。心ときめく響きです」
悪魔の素材――、
それはそれは希少な素材ではないだろうか。
なにしろ、この一年近く、この万屋に通い詰めていても悪魔に出会ったのはこれが初めてなのだ。
まあ、それがソニアが求めるような代物なのかは実際に手に入れてから出ないとわからないけど、もらっておいて損はないだろうとそんな提案をしてみたところ。
マリィさんの頭の中では、すでに悪魔素材を使って作った武器や防具のイメージがいくつも浮かんでいるのかもしれない。
まるで餌を目の前に置かれた肉食獣のような爛々とした目でパズズを凝視して、
そんな、マリィさんの姿に、僕が『あれ、これやっちゃったかな』と今更ながらにちょっと不安になるも、当のパズズは意外とあっさりとしたご様子で、
「そんなものでいいのですか?」
「ええ。でも、そんなものでとか、大丈夫なんですか」
マリィさんの希望を聞いていたら、それこそ大量の素材が必要かもしれなくて、結果、拷問じみた採取になってしまう可能性があると、僕としてはそんな心配をしてみたりもしたのだが、
「角や牙は頻繁に生え変わるものですし、羽根は放っておいても抜けるものです。皮にしたって肘の部分や指先の一部など取る場所さえ間違えなければ怪我にもなりませんから」
言われてみれば、人間でも、指先の皮とか、わりとざっくり切っても、血すら出ないことがあったりするからね。
それがスケールの大きなパズズなら、それ相応の厚みや大きさがある訳で、人間である僕達が防具とかに使う量なんて、それこそ、指のささくれくらいでじゅうぶん間に合うものなのかもしれない。
ということで、巨大な角と爪を二本づつ、鱗のような羽根を数十枚、そして問題の皮であるが指先や肘、膝など、生活感あふれる部分からパズズの素材を採取して、
「うふふ、これでまた新しい武具がつくれますわね」
「喜んでいただけたようでなによりです」
並べられた素材を前に、どこか元春に通じる笑みを浮かべるマリィさんの喜びように、パズズはほっと胸を撫で下ろし。
僕が「ありがとうございます」とお礼をする中、『それではそろそろ――』と、パズズがゲートに向かって歩き出そうするのだが、ここでマリィさんからの『待った』がかかる。
マリィさんが『待った』をかけた、その理由は――、
「パズズでしたね。貴方――、自分の世界へと戻った後、今回の件をエンキドゥに報告して下さいません。あのお馬鹿さんに然るべき罰を与えるようにと」
ああ、素材の回収ですっかり忘れてたけど、今回、彼はそういう目的でやってきたんだよね。
マリィさんは、今後このようなことが起こらないようにと、黒幕(?)であるギルガメッシュへの制裁をと然るべき人物を指名したかったみたいである。
一方、そのメッセンジャー役を請け負ったパズズはというと。
「必ずや」
すっかり当初のキャラクターを失ってしまったなあ。
はてさて、それは異世界においても共通のポーズなのだろうか、ビシッと敬礼を決めて颯爽と去ってゆくパズズを見送って、
「さて、虎助、邪魔者はいなくなりましたわ。さっそく悪魔素材を使った武具開発をするとしましょうか」
そう言われてしまっては是非もなし。
「了解しました」
こうなってしまったマリィさんを誰も止められないのだと、ギルガメッシュの処罰はエンキドゥさんに任せるとして、僕は僕の仕事に取り掛かるしかないみたいだ。
◆今回のお話についてのちょっとした補足。
今回は巨大な敵は急所を潰していく毎回のパターンでしたが、本来、パズズは急所を攻撃しても、ものともしない強敵です。
しかし、マリィの魔法の攻撃(火弾一発一発の攻撃力)が、万屋の装備による補正と、不意に汚物を見せられたショックによるリミッター解除の結果から、手加減なしの攻撃となり、パズズの防御(急所を保護する龍の鱗の防御力)を貫くことになった結果、あんな状態に陥ってしまったというのが真相だったりします。
つまり、要約すると――、
「パズズさんのえっち!!(マリィ)」→無意識のリミッター解除→遠慮なしの火弾の連打→龍の鱗製の『コテカ』が破損→無防備の急所が根性焼きの餌食に→パズズ悶絶。
と、こんな感じです。
ちなみに『コテカ』というのは、パプアニューギニア島に住む先住民が装着するひょうたん製の装身具で、男性用下着の一種です。