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お出かけ前の幽霊船

「なんじゃこりゃ」


 はてさて、そのリアクションは都合何度目のことになるだろうか。

 朝霧に包まれるゲートから現れるなりの修羅場にそう叫ぶのは、もちろん元春である。


「ああ、元春か、おはよう。

 でも、あれ、もうそんな時間?」


 僕はそんな元春に訊ね返しながらも、使う頻度が多くすっかり熟練の域に達した〈浄化(リフレッシュ)〉で群がる半透明なスケルトンを霧散させていく。


「いや、まだ間に合うけど。

 ってか、これってどうなってんだよ」


 そう、今日は以前から企画していた元春達とのお出かけの日。

 元春は『遅れるかもしれないから、電車の時間がきたら先に行ってて』という僕がメールを見て、わざわざこのアヴァロン=エラまで来てくれたみたいである。


 ただ、わざわざ僕がそういうメールを送るのにはちゃんとした理由があって、


「なんか幽霊船が紛れ込んできちゃったみたいでね。

 いまその処理をしてるとこなんだよ」


 僕が向ける視線の先にあるのはボロボロの状態で横倒しになっているガレオン船。

 このゲートを埋め尽くすほど大量のスケルトンは、すべてあの船から這い出してきたものなのだ。


 ことの始まりは夜明け前――、

 僕が日課の早朝トレーニング(の修行)をこのアヴァロン=エラで行っていたところ、巨大な光が立ち上り、あの幽霊船が現れたのだ。

 はじめはただ難破船が紛れ込んできたのかと、集まってきてくれたエレイン君達と、トレーニングに付き合ってくれていたアクアとオニキスと一緒に、船内に残っているかもしれない生存者を探そうとしたのだが、いざ船に近付こうとしたところで、わらわらと半透明なスケルトンが船の中から溢れ出し、現在の状況に至るというわけだ。


「つか、こういうのって明るくなると消えるもんなんじゃねーの?」


 たしかに、地球の常識から考えると、こういった幽霊船や実体の薄いスケルトンの類は朝日と共に消えるのが定番ではあるのだが。


「場所によっては昼でも動き回れるアンデッドもいるんじゃない?」


 たとえば、地球でもデイウォーカーなんて日光を克服した吸血鬼がいるという話がある。

 それ自体が本当の話なのかはともかくとして、魔素の薄い地球にもそんな設定(・・)の吸血鬼がいるという話があるのなら、他の世界に日の下でも活動できる幽霊船やらスケルトンがいてもおかしくないのではないか。


「それに、この霧になんらかの効果があるのかもしれないからね」


「ああ、これってやっぱり自然現象じゃねーの?」


 そう、現在ゲートの周囲に薄っすらと発生しているこの霧。

 実はこれも幽霊船の中から溢れ出してきているみたいなのだ。


「ってことはよ、これ、もうあの船を先に壊したほうが早いんじゃね」


「うん。僕も戦い始めてすぐにそれは考えたよ。

 それで、モルドレッドにお願いして直接船を攻撃したんだけど。

 そうしたら、スケスケのスケルトンがうじゃうじゃと出てきて、船もすぐに再生しちゃったんだよ」


 元春が考えた可能性くらい僕も考えなかったわけじゃない。

 だから、手っ取り早くモルドレッドを操って、問題のガレオン船を真っ二つと、強引な解決法を図ったのだが、結局それはまったくの逆効果だったみたいで、現在のこの状況は船を壊したことによる反撃のようなものだったりするのである。


「は~、そうなんか。

 でもよ、そんなら、コイツに関しては打つ手なしってことになんのか」


「いや、今ソニアに頼んであの船を一発で消し去る手段を用意してもらってるから、今はそれまでの時間稼ぎをしているところだね。

 元春みたいに来ちゃうお客さんがいるかもだから、ここでこうしてスケルトンの数を減らしてるんだよ」


 とはいえ、船をどうにかするって発想自体は間違ったものじゃない。

 つまりは、船が再生してしまうよりも先に、例えば一撃で船を消し去るような方法を考えればいいのだと、いま、あの船を一気に消し飛ばしてしまえるような対アンデッドアイテムを、ソニアに用意してもらっているところなのだ。


「な~る。で、間に合いそうなのか」


「正直微妙なところだね。オーナー(ソニア)の作業もいつ完了するのかもわからないし、最悪、僕一人なら後で合流とかもできるから、その時は置いていってよ」


「了解。でも、そういうこったら、俺もギリギリまで手伝ってやっか」


「いいの?」


「ま、俺もこうして来ちまったわけだしな。

 それにコイツ等、クソ雑魚だろ。

 これなら俺でも簡単に倒せっから、せっかくなんで出発までの時間、実績稼ぎをさせてもらうぜ」


 らしいというかなんというか、元春はニカッと笑ってそう言うと、すかさずブラットデアを装備。

 そして、おそらく無限湧きであろう、スケルトンなスケルトンをただただ倒していくだけという時間がしばし続くことになるのだが、

 そろそろ問題の集合時間も差し迫ろうかといったそのタイミングで、わらわらと群がるスケルトンに浄化の光を放っていた僕の手元にポンと魔法窓(ウィンドウ)が浮かび上がる。


「準備が出来たみたいだね」


「やっとかよ、結構ギリギリだったな。

 んで、ソニアっちはどんな兵器を用意したん?」


「兵器って――、

 まあ、単純に物量押しだね。

 大量に浄化関連の魔法を閉じ込めたディロックを用意して、それを一斉発動させるんだよ」


 ちなみに、たかがディロックの準備にここまで時間がかかったのは、幽霊船を一気に消し飛ばすだけの浄化のディロックのストックがなかったことと、それを一斉に発動させる仕掛け作りに手間取ったからだ。


 しかし、いままさにその準備が完了したということで、僕と元春、聖水を〈水操り〉で動かすアクアでスケルトンに対処して、その間にエレイン君達が大量のディロックを幽霊船にセット。


「じゃあ、行くよ」


「おうっ!!

 てゆうか、俺ってここにいていいんか。

 もっと離れたほうがいいんじゃねーの」


「それなら大丈夫だよ。

 今から発動させるのは浄化の魔法だからね。物理的な攻撃力はないから、特に離れる必要はないんだよ」


 そう、浄化系の魔法に物理的な効果は無い。ただ相当な光を発するので、そこは一応気をつけてくれと、元春に軽く注意をした上で、手元に浮かべていた魔法窓(ウィンドウ)からエレイン君たちからの設置完了のメッセージが届く。


 と、僕は念の為にアクアを懐に回収。

 浄化のディロックを一斉に開放。


 すると三秒――、

 眩しいけれど、眩しくないという、不思議な光に視界が覆われて、

 光が収まったそこにあったのは、まるでヘドロが固まってできたような醜悪な女体像。

 そんな女体像を見て元春が言うのは、


「何だあのヌメッとしたねーちゃんの像は?

 気持ちわり~」


「ベル君たちのよる分析によると邪神像かな。どうもあれが幽霊船の核になっていたみたいだね」


 経緯はよくわからないが、おそらくあれは船首につけるフィギュアヘッドというヤツだろう。

 それがどういう訳か、あんな呪われたみたいな状態になって、今回の事態を引き起こしていたみたいだ。


「とにかく、あれを壊しゃ解決ってことだな。

 だったら、さっさとぶっ壊して出かけようぜ」


 まったく簡単に言うね。

 僕としては、あれだけの浄化の光を浴びておいて、まだ、あそこまでおどろおどろしい状態を保ってる邪神像に嫌な予感しかしないんだけど……。


 しかし、たしかにあれを壊さなければ、また幽霊船が復活なんてことにもなりかねない。

 ただ、あの邪神像のおどろおどろしい姿を見て、直接近付いて壊すのはあれなので、

 僕は手元に魔法窓(ウィンドウ)を呼び出すとモルドレッドの捜査権を発動。

 いまのところ動く気配のない邪神像にゆっくり近付いてもらって、その巨大な剣の腹を使って超ハエたたきともいうべき攻撃を敢行してもらうのだが、

 ズズンと地面を揺らすモルドレッドの攻撃の後、その衝撃に身を固めていた元春が、


「って、おま、それ、容赦なさすぎだろ」


「いやいや、元春がそう言いたくなるのもわからないでもないけど、今回の場合は大袈裟じゃないと思うんだよ」


「どういうこった?」


 元春の疑問に答えるように僕は魔法窓(ウィンドウ)を操作。

 モルドレッドに剣を上げさせると、元春はモルドレッドの巨大な剣が叩きつけられた地面を見て、


「何もねーんじゃねーかよ」


「そっちじゃなくて剣のほう」


 言うと、元春は視線を上げて、掲げられたモルドレッドの大剣を見ると、


「うわっ、キモッ、何じゃありゃ」


 そこにあったのはベチャッと潰れた女神像。

 それがうねうねと剣を伝い、モルドレッドに絡みつかんとしていたのだ。


「あれ、やばくね」


「そうだね。このままだとモルドレッドが乗っ取られちゃうかも」


 モルドレッドには精霊などの自我のある存在が宿っていない。

 というよりも、基本的にモルドレッドは搭乗式のゴーレムであり、遠隔操作が可能なだけに、宿主として特にすぐれたゴーレムだ。

 このまま邪神像がモルドレッドの心臓部に達してしまえば、案外簡単に乗っ取られてしまうかもしれないのだ。


 ということで、僕は邪神像に絡みつかれるモルドレッドに向かってダッシュ。

 素早くその足元まで駆け寄ると、勢いそのままにモルドレッドの大きな体によじ登りながら、


「〈浄化(リフレッシュ)〉」


 もはや原型を止めていない邪神像に浄化の光を浴びせるるのだが、邪神像はまるで光から遠ざかる影のように僕が放った浄化の光から遠ざかり。

 やや遅れてアクアが飛ばした〈水操り〉による聖水攻撃も同じく素早い動きで回避していくのだが、


「お、おい、虎助、これ、やばくね」


「いや、もう終わりだよ」


「はっ?」


 元春の切迫した声に応えながらも手元の魔法窓(ウィンドウ)に指先を滑らせる。

 すると、アクアの攻撃を交わしていた邪神像が、とつぜん壁にぶつかったようにベチャッと空にへばりつき。


「あ、もしかして、結界か?」


「正解」


 自動的に回避しているのかなんなのかは分からないが、相手が回避に優れているのなら、その動きを逆に利用してやればそれでいい。

 後は結界の壁にへばりついている邪神像の周囲にさらなる結界を展開、逃げられないようにした上でアクアが操る聖水を流し込んでやれば邪神像は終わりである。


 それは油汚れに垂らされた界面活性剤のようなものか。

 アクアの操る聖水が邪神像を閉じ込める結界内に投入されたその瞬間、結界内を黒く染め上げていた粘液が透明に――、

 そして、完全にクリアになったことを確認した後、結界を解除すると、ばしゃっとアヴァロン=エラの赤土を濡らすシミとなる。


 僕は地面のシミに成り下がった邪神像を警戒しつつも、とりあえずエレイン君やカリアにそのシミがどういうものかを調べてもらって、完全に邪神像の浄化が完了したことを確認すると、魔法窓(ウィンドウ)の片隅に表示される現在時刻をチラリ見て、これなら待ち合わせにも間に合いそうだと、手早く戦いの結果をソニアに報告。

 きっちり仕事をこなした上で、元春に「じゃあ、行こうか」と声をかける。

 すると元春は、


「なんか鬱陶しそうな敵だったけど最後は案外あっけなかったな」


「元春はさっき来たばっかだからそう思うかもしれないけど、僕からしてみると三時間近くかかりっきりの敵だったからね。そこまで簡単な相手じゃなかったよ」


 相手は弱いスケルトンばかりだったが、早朝の時間からここまでずっと戦い続けていたのだ。それなりに疲労があると僕がそう言ったところ、元春はなるほどとばかりの声で、


「そりゃそうっか」


 しかし、倒してしまえばそれまでこと。


「じゃ、さっさと着替えて出かけようぜ」


 元春の声に〈浄化(リフレッシュ)〉で汗を流した僕は、自宅へ戻って手早く着替えを済ませると、元春一緒に駅に向かって走り出すのであった。

◆今回のリザルト


〈怨嗟の影〉……悪霊や怨霊が残す半物質(デミマテリアル)。強力な呪具を作り出す為に必要な錬金素材。存在できる時間がごく僅かな上に特殊な容器を用意しなければ採取できない希少素材。


◆次回は水曜日に投稿予定です。

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