●赤い薔薇
◆今回は迷宮都市アムクラブがある世界の冒険者『赤い薔薇』がメインのお話となっております。
ちょっとした短編くらいの文章量となっておりますので、お読みの際はご注意を――。
迷宮都市アムクラブの近郊にある鉱山ダンジョンの下層――、
地底湖のほとりに存在する巨大な黒い亀裂の前にいるのは、女性五人に男性が一人というダンジョンにいるには珍しいパターンの集団だ。
彼女達は『赤い薔薇』。
美食を求めて各地を旅する冒険者一行だ。
今回、彼女達はある街の盟主の依頼を受けて、この集団にあって白一点である商人のダインをこの空間の亀裂の先にあるという店へ連れて行くべく、このダンジョンの下層に存在する地底湖までやってきたのだが、初めて見るその亀裂を呆然と見上げ。
「これが件の店への入口ですか、不気味ですね」
まず声を発したのは若き商人ダイン。
「本当にこの中に飛び込むのですか?」
そんなダインの声を引き継ぐように恐々と亀裂に手を伸ばすのはニグレット。
赤い薔薇の援護・回復薬を務める少女である。
「何人もの証言を嘘ということはないでしょう」
そして、ニグレットの不安そうな声に応えるのは赤い薔薇のリーダーであるクライ。
女性としては珍しい全身鎧に身を包んだ剣士である。
と、そんな三人それぞれの言葉を聞いていたのかいないのか、男性にも負けない屈強な肉体を持つロッティが前に出て、
「こんなとこでいつまでも固まってねぇで、さっさと行こうぜ」
そう言うと、ここでパーティの遊撃役をつとめるセウスが、
「まったく、アンタには警戒心ってのがないの」
呆れたように肩をすくめるのだが、
ロッティはそんなセウスの呆れ声に空間の亀裂を指差して、
「でもよ、ゲーニカのおっちゃんが入っても平気だって言ってただろ。
だったら別にいいんじゃね」
ちなみに、ロッティの言う『ゲーニカのおっちゃん』というのは、迷宮都市アムクラブを拠点としているベテラン探索者のことである。
そう彼女たち赤い薔薇は、このダンジョンに潜る前に、ちゃんとこの亀裂のことをちゃんと調べていたのだ。
だから、ロッティの言い分は間違っていないことになるのだが、いざ、この巨大な空間の亀裂を前にしてしまうと、特に慎重な性格をしているニグレットなどが尻込みをしてしまうのはまた当然のことなのかもしれない。
とはいえだ。いつまでもこうして亀裂の前に立っていてもどうにもならない。
だからと、ロッティが「なにしてんだよ。さっさと行こうぜ」と改めて亀裂の中に入ろうとみんなを誘うようにそう言ったところ、まだ踏ん切りがつかないのかニグレットが、
「じゃあ、ロッティさんが先に入ってみてくださいよ」
つい、吐き捨てるようにそう言ってしまい。
「いいぜ」
そして、売り言葉に買い言葉。
いや、ロッティとしてはそこまで強くニグレットの言葉を受け止めたわけでもないかもしれないが、何気なく飛び出したその言葉をちょうどいいと、ロッティが自ら進んで先陣を切ると言い出し、ニグレットが慌ててそんなロッティを止めようとするのだが、手を伸ばした時にはもうロッティの姿は亀裂の中に消えていて、それに責任を感じたニグレットもロッティの背中を追いかけるように亀裂の中へ。
と、こうなってしまっては仕方ない。
残る一同も次々と亀裂の中に。
一転、彼女達が降り立ったのは赤土の荒野だった。
クリスタルから放たれる微光に照らし出された岩洞内から、一瞬に別物になってしまった目の前の景色に驚く赤い薔薇とダイン。
いや、ダンジョンという場所のことを考えると、それはなんの不思議もない光景なのかもしれないが、彼女達が驚いたのはそれよりもなによりも、降り立ってすぐ正面に見えた巨大な人影。
そう、そこには見上げるばかりの巨大なゴーレムがその大きな背中を晒していたのだ。
「なに、あれ?」
まず声を発したのはセウスである。
「いや、多分、アレってさ、おっちゃんの言ってた例のアレじゃね」
そんなセウスの声に答えたのはロッティだ。
聞いた限りでは動揺しているようには聞こえないその声であったが、ロッティはロッティで目の前の光景のポカンと口を開けていて、動揺していることは明らかであった。
「あ、ああ、絶対驚くって言ってたアレね」
「しかし、西の帝国にあるダンジョンには一面に広がる草原があると聞きますが、本当にこのような場所があったのですね」
ただ、そんな中でも、冷静な人間がいるもので、思い出すようなセウスの言葉に、亀裂を抜けてすかさずダインの護衛に入ったクライがそう答えながらも、パーティの斥候役を務めるポンデがチャッと武器を構えた音に気付いて、
「みんな、無駄口はそこまでです。なにか来たみたいですよ」
視線を向ける先に見えるのはずんぐりむっくりとした小型のゴーレム。
ゆっくりと近付いてくるそれに赤い薔薇のメンバーがダインを囲むようにして警戒態勢を取る。
しかし、そんな彼女達の緊張をよそに、その小型ゴーレムは無造作に彼女達の側まで近付いてきてペコリと一礼。
『いらっしゃいませ。ご用があればお申し付け下さい』
ポンとそんなメッセージを頭上に浮かべて、その場で待機モードへと移行する。
と、そんなゴーレムの行動を目にした赤い薔薇の面々は警戒をそのままに、
「あーと、これがゲーニカさんが言ってたっていうエレインなるゴーレムですか?
大人しくしていれば特に問題はないという話でしたが、警戒は緩めないように」
「「「「了解(当然)」」」」
そして、
「まずは言われていたように正面に見える店に行きましょう」
クライの号令で赤い薔薇のメンバーはダインを守るような陣形を取り、ゆっくりとエレインなる小型のゴーレムを横をすり抜ける。
そして、そのまま自分たちが今いる場所から真っ直ぐ伸びる道の先にある建物へと歩いていくのだが、
「でもよ。ちょっと拍子抜けだよな」
「拍子抜けって?」
「いきなりあのゴレームが襲ってくるとか、そういうこともあるかなって」
「はぁ!? アンタ、何を想像してたのよ」
「いやだって、おっちゃんたちの話だと、ここで龍と戦えるとかなんとかって話があったからさ」
ロッティの言うそれはダンジョンに入る前、アムクラブで収集した情報の一つ。このダンジョン下層の店には、魔法の調味料だけでなく、国の騎士団が持つような訓練用の魔導器があるというものである。
そんな魔導器があるのなら、その警備もそうとう厳重なハズ。
だとするなら武器を構えた瞬間に襲われる可能性もあるのではと、ロッティとしてはそんなイメージを持っていたみたいだが、いざこの場所に降り立ってみれば自分たちを出迎えたのはゴーレムが一体だけ。
いや、ゴーレムというのなら自分が驚かされた巨大なゴーレムがすぐそこに立ってはいるが、情報によるとあれはただの飾りのようなもの。
だから、ちょっと拍子抜けだというロッティの言葉を聞きながらも、赤い薔薇は、クライの指揮の下、緊張感をもって巨大なゴーレムの股下をくぐり抜け、ようやく転移の魔法陣から正面に見えていた店に到着する。
そして、透明なガラスの扉を開けて入ったそこは宝の山だった。
見たこともない素材で作られた防具の数々に、壁にかけられたおどろおどろしい武器群、大量の魔導器が所狭しと敷き詰められ、地上ではお目にかかれないような魔法薬の数々がまるで粗末なポーションのように並べられ、赤い薔薇とダインはそんな商品の数々に目移りしながらも店の奥へと進んで行く。
すると、そこには神々しい黄金の剣が台座に突き刺さっており、そのあまりの迫力に――特にクライが――つい見とれてしまっていると、不意に「いらっしゃいませ」と苦笑気味の声がかけられる。
その声に目を向けてみると、そこには居たのはカウンターを前に行儀良く座る一人の少年。
どうしてこのような場所に街中で見かけるような軽装の少年が?
特にここまでの辛い道のりを実際に体感した赤い薔薇――特に前衛陣の三人――が、少年の容貌、装備に首を傾げてしまうも、まずは任務を果たさなければならないと、クライがダインに目配せをして、
「あの、この店にはいろいろな調理用の魔法薬があると聞いてきたのですが……」
「調理用の魔法薬というと、調味料のことでしょうか。
えと、なにかこれがいいと商品の指定とかがあったりしますか?」
「それが、人づてに手に入れたものでして、なにがなになのかよくわかっていませんで」
「成程、それでしたらまずは試供品からですね。少々お待ちください」
そう言うと、少年はカウンターの引き出しからあるものを取り出す。
それは見たこともない小さな瓶(?)がいくつも無造作に詰め込まれた箱だった。
ダインはそんな箱の中を興味深げに覗き込みながらも。
「あの、試供品というのは?」
「その名の通り、買っていただく前に商品そのものを試してもらうためのものですよ」
「それはお金とか――」
「いえ、こちらはサービスですので無料ですよ」
「無料――ってことは、好きなだけ使ってもいいのか?」
「さすがに好きなだけというのは遠慮していただけるとありがたいですね」
魔法の調味料、その効果を確かめてもらう為に、無料でそれを提供するという聞いたことのないサービスに困惑気味のダイン。
そして、続くロッティの遠慮のない問いかけに少年は苦笑いを浮かべ。
一方、ロッティのあまりに不躾な発言にセウスがその脇腹に肘を入れて、
「ですよね。
ってゆうか、アンタもがっつかないの。
恥ずかしいでしょ」
アハハ――と誤魔化すように笑顔を浮かべると、少年もそれにつられるように口元を綻ばせ。
「でも、一通り試すくらいなら問題ありませんので、こちらでご勘弁を」
箱の中から取り出した小指の先ほどの小瓶をカウンターの上に積み上げていく。
すると、その小瓶の山を見てダインが、
「これがすべてその調味料ですか?」
「そうですね」
「これがすべて違う味の液体と――」
「はい」
「でもよ、これだけをただ試すのかよ。
味だけうまくて腹が膨れないなんてのは生殺しだぜ」
「もう、アンタ、私達の目的はなに?」
「うう、でもよ――」
「あの、そういうことでしたら食材を買って料理してみてはどうでしょう。
この店の隣にある宿泊施設には素材の買い取りカウンターがありますので、
そちらなら料理に手頃な食材を手に入れることができますよ」
ただ味を試すだけという話に文句をつけるロッティに自分たちの目的は何かと注意を入れるセウス。
そんなセウスの注意の途中に割り込むように入れられた少年の紹介。
それを聞いて「えっ、本当かよ」と嬉しげな声を上げるロッティ。
そして、そういう場所があるならと、赤い薔薇とダインはせっかくだからとその宿泊施設とやらに行ってみることになるのだが、彼女たちはその場所でまた驚くことになる。
彼女達は、その宿泊施設とやらがダンジョンの一部という場所だけに、そして、遠くから見えるシンプルな外観から、よく言って大きな街の裏通り、悪く言えばスラム街のような場所を思い浮かべていた。
しかし、いざその場所に行ったところ、そこにあったのはどこぞの高級宿だと言わんばかりに整った施設だったのだ。
しかも、宿の近くには貴族くらいしか入れないとされる風呂まで完備されているではないか。
そんな充実の施設に、彼女たちはまたも呆然となりながらも、
「なあ、ここってダンジョンだったよな」
「そうですね」
「で、どうするよ」
「どうすると言われましても、とりあえず目的を果たしませんと」
「そ、そうですよね。まずは試食です」
ダンジョンという場所とあまりにかけ離れた周囲の景色に、依頼者側のダインまでもが一瞬、目的を忘れてしまいそうになっていたが、それはさすがにと頭を振って余計な考えを消し去って、目的の施設へと足を向ける。
そして、紹介された素材の売買が出来るという、倉庫のような建物の中に入ると、そこに居たのは入り口のところで話しかけてきたエレインだった。
「あの――」
『いらっしゃいませ。なにか御用でしょうか』
ここは自分がとダインがかけようとした声に即座に反応、そのつるりと滑らかな頭上にそんなフキダシを浮かべるエレイン。
そんなエレインの対応に、ダイン以下、魔具や魔導器、魔法に詳しい数名がそのゴーレムの性能に注目するのだが、
「ええと、ここに来ればいろいろな食材が手に入ると聞いたのですが」
まずは食材の確保が最優先だと、改めて本題を切り出したところ、エレインの頭上に『かしこまりました』とそんなメッセージが表示され、続けて、ズラッとリスト化された食材の名前が表示される。
ただ、そのリストがまた問題で――、
「なあ、これ、ドラゴンの肉とか書いてあるけど、本気かよ」
「それもそうなんだけど、この巨大空魚ってどんな魔獣なのよ?」
「オーク肉が買取希望というのはどういう意味があるのでしょうか」
そのリストにある食材の名前に赤い薔薇およびダインの頭上に疑問符が舞い踊る。
しかし、そんな中にあってもさすがは頼れる我らがリーダー。
クライはある意味で混乱の坩堝にある仲間たちを「落ち着きなさい」とすぐに一喝。
まずは例の薬の試供品を試すために適当なものをと、今回の財布役を務めるダインの意見を伺おうとするのだが、そこでロッティが「ハイハイ」と手を上げて、
「やっぱここはやっぱりドラゴンの肉なんじゃないか。滅多にお目にかかれない食材だし、調味料だったか、それがどんだけうまいもんなんかを、あえてうまい食いもんで試してみようぜ」
それは単純にロッティがドラゴンの肉を食べたいという言い訳にも聞こえるものだった。
しかし、彼女が言うことも一理ないわけではない。
今回の依頼を出したのは美食家として有名なザブスカの盟主ユザーンなのだ。
彼なら、ここで買い求めた調理用の魔法薬と高級な食材を組み合わせて、なにか新しい料理を作ろうと考えるハズである。
ならば、その前に、こちらとしてもある程度、それら食材と合う調味料を揃えた方がいいのではないのか。
「でも、ドラゴンの肉といってもどんなドラゴンの肉なのかしら。
値段的にはワイバーンとか――、
いえ、ワイバーンのお肉でも十分凄いと思うけど。
そんなのを店で売るって本物なのかしら?」
しかし、そんなロッティの意見に、これもまた少し変な話なのだが、そんなうまい話があるだろうかとツッコミになってないツッコミを入れるセウス。
「聞いてみりゃいいじゃねぇかよ」
ただ、その肉がどんなものなのか分からなければ正直に聞けばいい。
たしかにロッティが言うそれは正論である。
正論なのだが――、
「けれど、ちゃんと答えてくれるでしょうか?」
果たして、このエレインというゴーレムにそこまでの権限があるのか。
パーティの回復薬として錬金術の心得があるニグレットがそんな懸念をするのだが。
「だから聞いてみりゃいいんだろ。
なあ、このドラゴンの肉ってのはなんの肉なんだ?」
ロッティにはそういった難しい話は理解できない。
作られた生命であるゴーレムにそこまでの対応力があるのかと心配するニグレットの意見を無視して、エレインに声をかけるロッティ。
すると、エレインの頭上にポンと軽快な音と共にフキダシが浮かび上がり。
『黒雲龍ヴリトラのものです』
そんなメッセージに付随して、その肉の元となったドラゴンの映像や情報が表示される。
それは見る限り、それはかなり大きく凶悪なドラゴンの肉のようだった。
「あの、この情報が確かなら、このドラゴンのお肉は、かなり希少な素材だと思うのですが、この値段でよろしいのでしょうか」
『はい。その肉が端材であることと、もともとの肉の量、そしてその保存期間に訪れるお客様の数を考えて、この価格が適切ということになっております』
開示された情報にクライが思わずしてしまった質問に、エレインがしっかりとした理由を返す。
たしかに、ドラゴンのお肉は魔素を存分に含んでいることからそうそう腐らないものではあるが、ドラゴンの大きさ、その取れる量にもよるのだが、それを消費することに問題が出る場合があったりする。
となると、その端材となるとこれくらいの値段でも不思議はないのかも。
ただ気になるのは、情報を見る限り、かなり強力なそのドラゴンの肉をこの店はどうやって仕入れたのだが、
「なあ、これってどうやって手に入れたんだ?
こんなドラゴン、そこらの探索者が狩れるもんじゃねぇだろ」
と、ここでもロッティの物怖じしない性格がうまく働いた。
『ヴリトラはとある儀式によって、このアヴァロン=エラで呼び出した個体を、店長各位の尽力で討伐いたしたものです』
気軽そうに掛けたロッティの質問に返ってきたその答え。
その答えにロッティはもとより、他のメンバーも絶句する。
そして、逸早くその絶句状態から立ち直ったクライが訊ねるのは、
「ええと、店長というとあっちのお店にいた。少年のことですか」
『肯定します』
「おいおい、あんなひょろそうなガキがこんなドラゴンを倒したってのかよ」
『その通りですが、問題でも?』
エレインとしてそのメッセージは聞かれたから返しただけという類のもの。
しかし、クライ達からしてみると、エレインとロッティによる一連のやり取りは、主人をバカにして不興を買ってしまったのかもしれないと、そのようにも受け取れるようなやり取りだった。
故にこの反応もある意味で当然だろう。
エレインの頭上にそのメッセージが表示されるのが早いか、頭を押さえつけられるロッティ。
そして、『すみません。すみません』と、赤い薔薇一同による必死の謝罪の後、特にエレインからの反発が無いことを確認したクライは緊張に体を強張らせながらも顔を上げ。
「と、とにかくです。これはここの店長が仕留めたものです。いいですねロッティ」
「そ、そうだな」
さすがのロッティもクライ態度を見れば己の失言を認めざるを得ない。
やや固くなりながらも、素直にエレインに謝りを入れて、
「で、では、ドラゴンのお肉を一つお願いできますか?」
『どのくらいの量が必要でしょうか?』
表示されるのは必要な量とその料金。
そのイメージはその場に展開される翻訳系の魔法によってクライを含めすべてのメンバーにも伝わっているの。
しかし、赤い薔薇からするとまず量を選んで、そこから金額が割り出されるというシステムはイマイチ馴染みが薄いようで、
「どうする? ドラゴンの肉だもの、あまり量はないと思うけど、とりあえず金貨一枚でいいかしら?」
「そう、ですね。
ええ、そのくらいが無難なんじゃないでしょうか」
ふだんなら、ここでロッティが文句の一つでも言い出しそうなタイミング。
しかし、先ほどやらかしたことが尾を引いているのだろう。ここではおとなしくしているようだ。
となれば、ここは早急にと、クライにセウス、ダインがお互いにアイコンタクト。
とりあえずお試しにと金貨一枚分のドラゴン肉を買ってみたところ、少しして店の奥からドンと持ってこられる肉の塊。
そんな肉の塊を見て、クライ達は呆けた顔を浮かべながら。
「あの、これは――」
『ご注文の通りの品物ですが、
何か不都合でもございましたでしょうか?』
「えと――」
「お、多い分にはいいんじゃないか。
そ、それよりもさっさと外に出てこいつを食おうぜ」
ダインからしてみると、ドラゴンの肉という希少性、そして金貨一枚という値段から考えて、そこまで量が得られるとは思っていなかったみたいである。
しかし、ただ美味しいものが食べたいという気持ちが一番強いロッティなどからしてみると、金貨一枚でこれだけのドラゴンの肉が手に入れられるというのは幸運な出来事であり、先ほど自分がやらかしたことに対しては反省の気持ちもあったりもするのだが、目の前にこんなご馳走がぶら下げられたとなれば黙ってはいられない。
すぐにでもこのお肉を食べたいとソワソワし始める。
ただ今回の目的はドラゴンの肉そのものを食べることではなくて、
「ロッティ。私達の目的はあくまで味見ですよ。忘れていませんよね」
「あ、ああ、だけどよ。これだけいっぱいあるんだぜ。ガッツリ食っても構わないんじゃないか」
たしかに、これだけの量があれば全員の味見をした後でも十分に食べられる量である。
そして、彼女たち赤い薔薇の行動原理を考えると、ロッティの言うことは決して間違っているものではなく、ダインとしてもそんな彼女たちの性格は重々承知であるからして、『仕方ないですね』とばかりに肩を竦めるダインに、花が咲くような笑顔を浮かべる赤い薔薇の面々、ただ、リーダーであるクライだけは依頼を受けたものとしての責任感が強いのだろう、無邪気に喜ぶメンバーに「はぁ」とため息を尽きながらも、しかし、彼女としてもこれは嬉しい話である、口元には薄っすらと笑みを滲ませて、
「で、問題は調理なのですが、これはどこでやればいいのでしょう」
調理器具ももちろん持っている。ただこの施設の近くでそれを使ってもいいものだろうか。
と、そんなふとした疑問になんと有能なゴーレムだろうか、エレインがポンと自己主張の音を鳴らしながらそんなフキダシを頭上に浮かべて、
『バーベキューコーナーがございますが、ご案内しましょうか』
連れて行かれたのは、買取施設のすぐ側にあった炊事場。
そこには水道から竈、持ち運びが可能なバーベキューコンロなどがあり。
「おお、スゲーな。なんだこれ」
「これはマジックアイテムでしょうか?」
「ふむ、もしまするとこれも購入可能なものなのでしょうか」
『購入可能となっております』
と、ここまでの会話でやらかしてしまった緊張もだいぶ解れてきたのか、見慣れない調理器具にテンションを上げるロッティに、赤い薔薇のリーダーとしてではなく単純に料理好きとしてクライが疑問符を浮かる。
そして、続くニグレットの質問に返されたエレインからのメッセージ。
それを見て、それがどれくらいの金額なのかと、クライとニグレット、ダインの三人がその詳細を確かめようとするのだが、
「なあ、そっちを気にするのもいいんだけどよ。
さっさと試食しちまおうぜ。
アタシ、腹減っちまったよ」
珍しくも放たれるロッティからの正論。
そんな思わぬ方向からのツッコミに、意識が調理器具に傾いていた三人が少し恥ずかしそうにして、その様子を後ろから冷静に見ていたセウスが話をまとめるように手を叩いて、
「はいはい、ここはロッティの言う通りよ。先に味見を済ませちゃいましょうよ」
結局、バーベキューコンロの購入交渉は後回し、『ご用があれば建物の方へ――』と説明を終えたエレインが去っていくのを見送った一同は、自分たちが持っていた調理器具でヴリトラの肉をサイコロ状にカット。
使ってもいいと用意されたバーベキューコンロを使って、まずは素材そのものの味を確かめようと、シンプルに塩だけの味付けで食べてみることになるのだが、網の上で焼かれ、滴る肉汁を見たロッティがポツリ言うのは、
「これ、もうこれだけでよくね」
「そうね。これに塩を振るだけで美味しそうよね」
「ダメですよ。今回の目的はここにある調味料を持ち帰ることなんですから。ねぇ、ダインさん」
「はい。それはそうなのですが、この香ばしい香りを嗅いでしまうと」
ドラゴンの肉というのは単に焼いただけでも魅力的な一品になる食材だ。
ただ、クライ達がわざわざ食材を買い求めたのは調味料を試すため。
しかし、目の前で焼けるドラゴン肉の誘惑には抗えないのもまた当然で――、
ここはみんなで相談をと話し合った結果、まずはドラゴンのお肉をそのまま試食して、その後、余ったドラゴン肉で調味料の試食を使用ということになったのだが、やはりドラゴン肉の美味しい誘惑には勝てなかったようである。
結局、金貨一枚分のドラゴン肉をそのまま全部消費してしまった赤い薔薇とダインの六人は、すごすごと他の食材を求めてエレインのいる買い取りカウンターに戻ることになるのだった。
◆作者による、作者が忘れないようにする為のキャラ紹介。
クライ……女性ばかりの冒険者パーティ『赤い薔薇』のリーダー。重装備タイプの剣士。
セウス……『赤い薔薇』の遊撃役である軽戦士。
ロッティ……『赤い薔薇』の前衛をつとめる戦士。男性にも劣らぬ屈強な肉体を持つ。
ニグレット……魔導師。『赤い薔薇』では回復役と魔法による補助を一手に引き受けている。
ポンデ……『赤い薔薇』の寡黙な斥候。
ダイン……城塞都市ザブスカの盟主ユザーンの御用達商人。
今回はユザーンの命により、食材ハンターとして名高い冒険者パーティ『赤い薔薇』の護衛を受け、とあるダンジョンの奥深くに存在すると言われる調理用の魔法薬が売っている『店』を目指していた。
◆次回は日曜日に投稿予定です。