健全な精神は健全な肉体に宿る
エルフの森の外苑で起きた襲撃事件から一日、僕達は捕らえた弓の一族を引き連れ、エルフの里へ戻ってきていた。
すると、里の入り口が見えたところで、エルフなのかドワーフなのか判別しづらい耳長で樽のような体をした金髪碧眼のおじさん兵士をやって来て、連行される弓の一族をちゃんと確認した上で困惑気味にこう聞いてくる。
『あ、アイル殿、無事であったか。
しかし、この事態はいったい?
なにがどうなっているのかを聞いてもよろしいか』
『ああ、構わない。
とはいっても、出掛けに一族のものが報告をしているだろうからわかっているとは思うが、例の里を襲った巨獣とその操り手の捜索を行っていた際に、これなる者達がとつぜん襲いかかって来たため、撃退の上で捕縛したというしかないのだがな』
まあ、これだけの人数を連行してきたともなると、なにがあったのかを聞きたくなるのも当然だろう。
と、そんな樽エルフとでも名付けようか、太っちょな中年エルフの質問に、アイルさんがここに至る経緯を簡潔に報告。そして、これ以上話すことがないならと、アイルさん率いる剣の一族がそのまま入り口を素通りしようとするのだが、いざ、移動を再開しようとしたその時、警備の代表と思われる樽エルフが難しそうな顔をして、
『むむ、何故そんなことになったのかという説明はないのですかな。
そうなると、場合によってはアイル殿を始めとした剣の一族にもなんらかの落ち度があったと、そういったことにもなるやもしれませんが』
おっと、樽エルフのこの言い回し、ことの問題はアイルさんたち剣の一族の対応になにか原因があったのではないかとでも言いたいのかな。
もしかして、この人も弓の一族の回し者とか?
ちなみに、この場にしれっとアイルさんがいるのは、エルフの里までの移動の途中、無事にスケルトンアデプトの打倒を果たしたからである。
例のゲリラ戦によってディストピアに取り込まれてしまった剣の一族と、アイルさんに従ったエルブンナイツ数名とスケルトンアデプトの一体を討伐。
ソニアによって調整されたディストピアの仕様により、クリア者だけがディストピアの外に出ることが出来たのだが、剣の一族を除いた面々は、一応前科があるからということで弓の一族と同様に拘束状態におかせてもらっている。
とはいえ、それは強制的にというわけではなく、あくまで自主的にしてもらっていることであって、
『いや、証拠もきちんと揃えているからそれを見てもらえればこちらの主張もわかってもらえるだろう』
『証拠ですとな?』
『精神魔法が付与されているという分析結果に、精神魔法が解けたものの一部から取った証言だな』
その数名には今回の襲撃に関する証言をお願いしていて、他にもまだベラン率いる弓の一族がやらかした証拠があるのだが、ここで樽エルフが慌てたように。
『ま、待ってくだされ、精神魔法とはなんのことですじゃ』
うん。この樽エルフは困惑しつつもちゃんと聞く耳は持ってくれるみたいだ。
アイルさんは慌てながらも話の先を促す樽エルフの態度に顎に手を添えて、
『ふむ、そういうことならば先に精神魔法の証拠を見せてもいいだろうか』
チラッと確認を取るように銀騎士に視線を向け、僕が銀騎士に頷させると、アイルさんは手を一振り、ソニアがまとめた精神魔法に関するデータを表示した魔法窓を呼び出して、それをフリック。樽エルフにパスするのだが、
いざ、それを手にした樽エルフは大きく目を見開いて、
『な、なんじゃ、これは?』
『これは〈メモリーカード〉と呼ばれる魔導器から使える魔法窓なる魔法だな。
〈メモリーカード〉を介した分析によって様々な情報を収集、得られた情報をその透明な板に再現することができるのだ』
驚く樽エルフにアイルさんがメモリーカードを見せながら、彼の目の前に差し出した魔法窓がどのようなものかを説明する。
すると、その説明を受けた樽エルフは信じられないといった表情のまま額に手を当てて、
『アイル殿、それは森の外から持ち込んだ魔導器でしたな。それは信頼のある魔導器なのですかな?』
アイルさんが〈メモリーカード〉を持ち込んだことは、数日前に調べてもらった銀騎士と共に報告してある。
ただ、それが正式な証拠提示に使われるとなると、また問題があるようなのだが、
『これでは足りぬと言うのなら、実際に襲撃の様子を記録したものがあるが』
そう言ってアイルさんが取り出したクリスタルは、ティマさんがアヴァロン=エラに持ち込んだメモリーダストの複製品。
実はこんなこともあろうかと――という意図ではなかったのだが、幸いにもスケルトンアデプトのディストピアの周囲には、このメモリーダストを分析して作った映像記録のクリスタルを設置してあった。
そんな監視カメラのようなクリスタルに残った映像と、さらに正気に戻った一部の襲撃犯の証言を合わせれば、アイルさん達に落ち度がないことは証明できるハズで、
『これで、私達に否がないことはわかってもらえると思うのだが』
アイルさんは腰に手を当てて、
「これ以上、なにか引き止める理由がないのなら、このまま通らせてもらうぞ。これから処理する事柄がいろいろとあるのでな』
『待っ、待ってくだされアイル殿、今そちらにはサウジエプ殿が――』
ふたたび歩き出そうとするアイルさんを止めようとする樽エルフ。
その焦りようからして、このままアイルさんにさられてしまうと彼等が困ったことになるのだろう。僕達アヴァロン=エラ勢からすると初耳の名前を口にしてアイルさんを引き留めようとするのだが、
その時だった。そんな騒ぎを聞きつけてか、里と外界を隔てる巨木の壁の向こうから、数名のエルフを引き連れた、いかにも偉そうなエルフが現れて、
『おい、ピッチャー。なにをもたもたしている。
ん? これはいったいどういうことだ。
なぜ我ら同胞が剣の一族などに拘束されている』
これはまた、あからさまに面倒そうな人が来たものだね。
『それが、サウジエプ殿、アイル殿が言うには、ベラン殿率いる彼等がいきなり襲いかかってきたと、それを撃退して調べてみたところ、数名の同胞が精神魔法にかかっていたと、そう主張しておりまして』
『は? 我ら森の賢人たる弓の一族が精神魔法にかかっていただと、森の加護を受ける我らがそんなくだららない魔法にかかるわけがないであろうに』
そして、状況から察するに、この樽エルフことピッチャーさんだったかな、彼がアイルさん達の対応に苦慮していたのには、このまったく空気が読めなさそうな高慢エルフ・サウジエプの存在があったみたいだ。
しかし、サウジエプが言った『森の賢人だから精神魔法にかからない』というのはどういうことなんだろう。
前にデュラハンエルフも同じようなことを言っていた気もするのだが、もしかして、エルフという種族はなんらかの耐性を備えているとかそういうことなのかな。
と、僕がサウジエプの発言からそんなことを思っていたところ、ままならない状況に業を煮やしたのか、サウジエプが『ええい、もういい。こうなったら我自らがこの場で処断を下してやらん』と左手にじゃらじゃらとつけていた指輪の一つに魔力を通し、弓に一族を引き連れたアイルさん達に植物系の魔法を飛ばしてくるのだが、
そんな魔法攻撃に対してアイルさんは剣を一振り、まとわりつくように伸びてきていた魔力の蔓を消し飛ばし、サウジエプに無機質な視線を向けながらも、
『本当に、弓の一族はいつからこのような俗物に成り下がってしまったのだろうな』
『あ? 我らを愚弄するのか』
『違うな。愚弄などとはおこがましい。ただただ残念に思っているだけだ』
アイルさん辛辣です。
しかし、その態度がまたサウジエプの怒りを煽る結果になってしまったみたいだ。
『許さん、許さんぞぉぉぉおお!!』
本当にこういうエルフっていうのはどこまでも短気というか、やはり、この人もまた例の精神魔法の影響下にあるのだろうか。
激高し、襲いかかってくるサウジエプに対して、アイルさんは冷静に、その攻撃をいなすと『虎助殿、お願いします』と一言。
さっきのは完全に誘いだね。
僕はその声を受けて、攻撃を崩され、隙だらけになったサウジエプの横っ面から、カシュっとマスターキーによる一撃を食らわせる。
しかし、サウジエプは軽く吹き飛んだだけですぐに復活。
『アイル、そのゴーレムになにをさせた』
おっと、これはマスターキーの効果がまったく意味がなかったね。
それが、先ほど言った耐性によるものか、単なる自尊心によるものなのかはわからないが、こうなってしまうと少々面倒くさい。
とはいえ、ここ、エルフの里の正面玄関で、僕が勝手に暴れるわけにもいかない。
ということで、さて、ここからどうするのかと、僕がアイルさんの指示を待っていると。
『虎助殿、この男を剣の中へ』
アイルさんとしてはディストピアでの処断がお望みらしい。
「いいんですか?」
『已むを得ません』
念の為、確認を行う僕にアイルさんは残念さをにじませながらそう答える。
そして、アイルさんがそういうならと僕は「おい、お前たち手を貸すのだ」と、もう体裁もなにもかなぐり捨てて殺しにかかってきているサウジエプに対して、銀騎士の装備をレトロなショットガンの形をしたマスターキーからおどろおどろしい骸骨の魔剣に変更。
迫るサウジエプ達を斬り散らす。
すると、それを見ていた、樽エルフを始めとした里の入り口を守っていた面々にサウジエプの付き人と『ここは自分たちも動いた方がいいのか』と戸惑うような反応を見せるも、
それは年の功がゆえなのだろう。いち早く困惑から復活した樽エルフが冷静に聞いてくるのは、
『ア、アイル殿、今のは?』
『ああ、彼が持つのは広場中央に刺してあった断罪の剣の効果だな。サウジエプ殿の身の安全ということなら心配ないぞ。今の一撃は単にこの剣の中に取り込んだだけのものだからな。今頃は古代の達人に心身共に鍛え直してもらっていることだろう。
この剣はここに設置してもらうので、後で確認してくれるとありがたい』
アイルさんはそこまで言い切ったところで、同行する剣の一族に目配せ、拘束した弓の一族ならびにエルブンナイツ達を巨大な木の壁の内側に作られた牢屋みたいなところまで連行していって、
その一方で、僕はアイルさんに言われた通り、スケルトンアデプトのディストピアをわざとらしくズシャッと里の入り口なら少し入ったところにある広場に突き刺して、
『では、彼等のことをよろしく頼む。
わかっているとは思うが弓の一族がなにか言ってきても議会からの裁定が下るまで彼等をここから出さぬようにな』
『しょ、承知しました』
その脅しともいえる行動が聞いたのだろう。
弓の一族の見張りをよろしく頼むといい含めるアイルさんの声に、ピッチャーを始めとした里の入り口を守る兵士たちがビシッと姿勢を正したのを見て、僕達は安心して里の中へと入っていくのだった。
◆
弓の一族の処分も終えて、かねてより約束のあったサイネリアの自宅で虎助の操る銀騎士と別れたアイルは、エルフの里の西方に位置する剣の一族の集落、その集落にある実家に足を運んでいた。
そして、実家に併設される道場にて実父であるラジアータに、改めてディストピアを取り戻した時の話、加えて、弓の一族の襲撃と先ほどあったばかりの里の入り口での一悶着の報告をしていた。
時間にして十分ほど、アイルとしては異例の長さを誇ったその報告を聞いたラジアートは数秒の瞑目、報告の内容をまとめる間を開けて口を開く。
「そうか、弓の一族はこれから大変だな」
「誰か骨のあるものが一族を率いていってくれるとよいのですが」
弓の一族のこれからを危惧するラジアータに、アイルが一緒にスケルトンアデプトのディストピアを突破した何名かの顔を思い出しながらもそう呟くと。
「しかし、まさか弓の一族が何者かの魔法の支配下にあったとは思いもしませんでしたな」
沈んだ空気を変えようとしてか、一族の長たるラジアータを支える腹心の一人、筋肉質な老紳士ヘリオが口を挟む。
「それに関してですが、どうも、それが里を攻めてきた者の魔力と似た波長を持っているようでして、何らかの関わりがあるやもとのことです」
そして、ヘリオが振った話題にアイルがその危険性を唱えて、
「そうなると我々の中にも」
「はい。その点に関しては虎助殿も懸念しておりました。
なので、近々その魔法の影響下にあるものを発見できる魔法とその解除が行える魔法、その訓練を行える魔導器を送って下さるそうです」
ただ、その対処の準備をしていると付け加えて、
「なにからなにまで、彼等には世話になりっぱなしだな」
「そうでありますな。この御礼はまた考えるとして、今は浄化の魔法が得意な人員を集めておきましょう」
なにはともあれ、事の対処をしなければというヘリオの提案に、ラジアータは「そうだな」と頷きながらも。
「しかし、訓練用の魔導器とはかの世界の錬金術師は優れているのだな。先行して戻ってきた一族の者に例の剣の仕組みが変わったと聞いたのだが」
「基本的な機能はそのままに、脱出できる人間の制限や内部の様子などを見られるようになど、幾つか改良を加えていただきました」
「可能なら俺もその中に入りたいものよな」
「お待ちくだされラジアータ様、弓の一族の乱心が一段落したとはいえ、里はいまだ混乱の中にあります。ここでラジアータ様が不在になるのは容認できませぬ」
武人であるラジアータとしては、いつ何時でも強敵と戦えるディストピアという魔導器が気にならないハズがない。
しかし、そこは剣の一族の長としての立場である。
ただでさえ、弓の一族が面倒になっているこの状況で、剣の一族の最高戦力であるラジアータが居なくなるというのはもってのほか。
ヘリオの懇願じみた引き止めに、ラジアータは「むぅ」と眉を八の字にして、
「しかしだな。俺もあのディストピアなる魔導器が課す試練には前々から気になっていたのだ。それをアイルが乗り越えたとなると、次は自分もと思うのは一族の男として当然思うことではないか」
「それはわからなくもないのですが……、今はなにとぞ、なにとぞ我慢くだされ」
ラジアータの誘惑に、少し悩むような間を作るヘリオ。理知的に見えて彼も剣を司る一族の一員なのだ。そこに自分が強くなる修業の場があるとなれば試さずにはいられない。
とはいえ、現状、自分たち剣の一族の上層部が修行にかまけているわけにもいかないと、その誘惑を断ち切って、ラジアータを諌めるヘリオだが、ラジアータとしてはまだ諦めきれていないようで、
「せめて、ディストピアの出入りが自由ならばな」
ラジアータが呟くそれはアイルから聞いていたディストピアの仕様である。
アヴァロン=エラの訓練施設に設置してあるディストピアには、どうしても攻略が無理だと判断した時に脱出が行えるようになっている。
それがあれば、いつ何時でも修行ができるのに――、
そんなラジアータの言葉にアイルがふと言ったのは、
「そういえば、ディストピアとはまた別の魔導器になりますが、アヴァロン=エラには他にも実践訓練が行える魔導器がありました」
「ムム、それは気になるな。そちらは強制的に捕らわれるということはないのか」
「広い場所さえあれば問題なく使えたハズです」
「ならば、それを手に入れられるように出来ないものか」
「そうですな。今回の御礼と共にそちらの入手もお願いするということで、アイル殿、ぜひお願いできますか」
やはり剣の一族ということなのだろう、アイルの言った魔導器にすかさず興味を示すラジアータとヘリオ。
結果、アイルはそれを手に入れる為に奔走することになるのだが、それはアイルも望むべくことであった。
◆改めての紹介
ディストピア……強力な魔獣のシンボルを利用して作られた訓練用の魔導器。
強い魔獣が作り出す異界と呼ばれる空間を軸にして、その思念体との戦闘を行うことができる魔導器。異界の中では死ぬことがなく、何度でも戦闘可能となっている。
一定の条件を満たした上でクリアすれば実績の獲得が可能となっている。
ただし、オリジナルの魔獣を倒した時に獲得できる実績よりも効果が低く、権能の数も少なくなる。
当方レボリューション……マオおよびシュトラからの願いを受けて作成されたVR弾幕回避ゲーム。
名前からご承知の通り、某同人作品ととあるダンスゲームからインスパイアを受けている。
現在、その収録楽曲は100曲を超えていて、その難易度も10段階に分けられている。
ちなみに、虎助が余裕でクリアできるレベルは6段階目までで、最難関の曲に至ってはイズナですらもクリアできていなかったりする。