GWの予定
それは祝日明けの昼休み、次郎君が所属するアイドル研究会の部室で、僕と元春、次郎君と正則君が壁一面に貼り付けられたアイドルの等身大ポスターに見守られながらお弁当を食べていたところ、元春が部室に来る前に買ってきた紙パックのカフェオレを一口、聞いてくる。
「そういや、お前ら、ゴールデンウィークはどうするん?」
「今年は母さんからの呼び出しもないし、バイトかな」
「ん、予告はなかったけど、今年はブートキャンプがないのか?
一日くらいは自由に動けるようにしておいたんだけどよ」
「去年もそうだったけど、僕達ももう高校生だからね。
みんなそれぞれに予定があるんじゃないかって、母さんなりに気を利かせてくれたみたいだよ。
まあ、その代わりといったらなんだけど暇を見つけてアヴァロン=エラにくるとか言ってたけど」
「それはそれは怖いですね」
「ああ、やばいな」
今までは、ちょっとした休みがあった時に、母さんの呼び出しで、日帰りブートキャンプが催されたりしたのだが、僕達ももう高校生。そして、すぐ近場に一段ハイレベルな修行場があることで、わざわざ山奥までいって訓練を行うなんてナンセンス――とまではいわないが、実績の獲得などにより、すでにそこらの山では僕たちを鍛えられないと、母さんの中で、あくまで僕達限定ではあるのだが、いつものようなブートキャンプはそこまで重要度の高いイベントでは無くなってしまったみたいなのだ。
「そういうわけだからゴールデンウィークは特に開けておく必要はないみたいだよ」
「ふ~ん。ちな、お前ら、個人的な用事とかってあんの?」
「僕はコンサートのチケットを取っていますね。
イズナさんからの呼び出しも考えて、もしもの場合は別日のチケットを持っている友人とトレードする手筈を整えていたのですが、イズナさんの呼び出しがないのなら、ちょっと足を伸ばして劇場に行くのもいいかもしれませんね」
「俺は部活やら自主トレだな。
師匠が修行をつけてくれるんだったらそっちに合流しようと思ってたんだけどよ」
二人とも、母さんからの呼び出しがあるかもしれないと、
次郎君は同じ趣味を持つ同士と連携して日程調整が可能なアイドルコンサートに、
正則君はいつも通り陸上漬けと、
それぞれが趣味全開のゴールデンウィークを過ごそうとしていたみたいだ。
ただ、元春からするとそんな二人の予定は面白くないもののようで、
「おいおい、お前ら、寂しいな。もっと青春を楽しめよ」
「青春を楽しめですか……、
冬休みに春休みと旅行に行きましたし、僕としてはじゅうぶん楽しんでいると思うんですけど」
「そうだぜ。前の休みもふつうに楽しかったしな。
つか、その所為で金もなくなっちまったし、ゴールデンウィークまでいろいろするってのは無茶すぎんだろ」
たしかに、元春に次郎君、正則君の三人は、冬休みに春休みとスキーを楽しんでいたみたいだけど。
「あれ、お金って、正則君、ディストピアの報酬は?」
前にディストピアのテスターをしてからというもの、正則君は暇を見付けてはテストもまだなディストピアに挑んでくれている。
その報酬もそれなりのものとなっていて、ルナさんだったり、エンスウさんだったりと、神獣をモデルにした純金像を渡しておいてあるのだが、それの換金をすれば、お金もすぐに用意できるのではないか。そう訊ねてみたところ。
「あれな。実はひよりに見つかっちまって全部没収されちまったんだよ」
ああ、ひよりちゃんに見つかっちゃったのか。
「てか、休みに遊びに行くとひよりがうるせぇんだよな」
ちなみに、ひよりちゃんと言うのは正則君の近所に住む、正則君の幼馴染で、一言で言うなら漫画とかに出てくる(正則君専用)幼馴染キャラのような女の子だ。
でも、パット見てあれが値打ちものだと気付くなんて、ひよりちゃんも何気に鑑定眼が高くないかな。
ふつう、一般的(?)な男子高校生がまさか純金像を持っているなんて、考えもつかないと思うんだけど。
いや、ああ見えて、ひよりちゃんは、正則君と一緒にいたいと母さんのブートキャンプに付き合うくらいの女の子だ。
もしかすると、なんらかの手段を使って正則君の行動を監視しているのかもしれない。
と、僕がちょっと恐ろしげなことを思い浮かべていると、元春が唐突に「キィエェェェェェェエエ」と血管が千切れんかとばかりに奇声を上げて、
「こんのリア充が、なに自慢してんだよ」
「いや、どこがリア充だっていうんだよ。
ひよりのヤツ、俺が頑張って稼いだ金を奪っていったんだぜ」
「そういうところだよ」
「本当に君はどうしようもないですね」
目端を尖らせ、怒りのままに言葉をぶつける元春に正則君が返した天然のリアクション。
そのリアクションに元春が更に怒りを煽り、次郎君が呆れたようにため息を吐く。
しかし、正則君からしてみると、元春と次郎君の反応は理不尽としか思えないものであって、
「はぁ、俺のどこがリア充なんだよ」
ヤレヤレ系主人公のように肩を竦めて、
「でも、モトが言うみたいに青春を楽しむんじゃないけどよ。一日くらいはなにか俺らでやりてぇな」
さすがは体育会系天然キャラである。元春の怒りがまったく理解できないと受け流し、すっぱり話題を変える正則君。
すると、元春の方もこれ以上のツッコミはただ自分がみっともなくなるだけだと思ったのか――、
いや、すでにかなりみっともないのだが――、
チッと舌打ちをして、気分を変えるように言うのは、
「……なあ、だったらビアフェスってのにいってみねーか」
「ビアフェスですか?」
「ああ、なんか、ああいうとこだと、ナンパとか成功率が高いらしいぜ」
それはどこで手に入れてきた情報なのだろうか。
いや、この表情はなにか企んでいるのかな。
口元にいやらしい笑みを浮かべた元春が、わざとらしくため息を吐きながらもそう言う。
「でも、そういう場所って僕達が行っていいものなの?」
ビアフェスというと、その名の通り、ビールをメインにしたお祭りだったハズだ。
そんな場所に未成年の僕達が言ってもいいものか。
それを訊ねたところ元春が言うには、
「ああ、そこんとこは大丈夫みたいだぜ。俺もいろいろ調べてみたんだけどよ。場所によっては、食いもんの屋台の方がメインで、エア遊具っていうのか? 子供から大人まで楽しめる遊具みたいなもんがあって、ファミリーでも行けるとこもあるらしいからな」
「聞くに、子供連れOKな、オクトーバーフェストのようなものでしょうか」
「おう、たぶんそれ、なんか長ったらしい名前だったし。
っていうか、そういう有名な店なんかもいっぱい出てるらしくて、実際そっちがメインで行くOLとかもいるらしいんだよ」
「おお、そりゃ良さそうだな」
はて、正則君はどの部分が『良さそう』だと反応したのだろうか。
場合によっては後でひよりちゃんにいろいろと問い詰められるところだと思うんだけど。
「だからよ。GWに、できれば女子の誰かに声をかけてとかして行かないか」
ふむ、そういう場所なら行くのは吝かじゃないけど……、
「でも、ゴールデンウィークに僕達が誘って、一緒に行ってくれそうな女子なんているの?
いて、義姉さんとか千由里さんくらいなものなんだけど」
「いや、志帆姉とか千由里さんはよ……、
まあ、そこは、ほら、次郎がさ」
うん。義姉さんたちを連れて行くのは元春の目的に反するね。
そして、黙ってさえいればイケメンな次郎君が誘えば、誰かついてきてくれるような女子はいるかもしれないんだけど。
それはあくまで黙っていればの話であって、
「別にいいですけど、僕はそのフェスに来るというろこどるが気になりますから、そちらの方に行きますけど」
「ぐっ――」
「それによぉ。ナンパに行くってのにわざわざ女子連れでいくのか」
おっと、ここでまさかの正則君からの正論だ。
いや、元春からしてみると、それも大きな意味でのナンパの一つだったのかもしれないけれど。
これが元春のなにかに火をつける結果になったみたいだ。
「ふ、ふふ、言うじゃねーかよノリ。
こうなったら現地調達じゃ。
お前ら後で後悔すんなよ」
と、そんな残念な会話があって放課後――、
場所を移してアヴァロン=エラ。
「ということで、ゴールデンウィークに一日だけお休みをもらおうかと思うんですけど」
「あの、それは、虎助まで行く必要はありますの?」
昼休みに相談したゴールデンウィークの予定から、ゴールデンウィーク中、一日休みをもらうと伝える僕にそう聞き返してくるのはマリィさんだ。
「付き合いですし、元春が主催のお出かけですから。
たぶんトラブルに合うと思うんですよね」
「ああ――、
その光景が目に浮かびますわね。
成程、虎助は調停役というわけですのね」
まあ、メンバーがメンバーだけに、僕がフォローしなくてもなんとかなるとは思うんだけど。
今回はまだアヴァロン=エラで鍛えた力をコントロールを完璧にコントロールできていない正則君たちがいる。
もしものことを考えると、僕がついていったほうがいいと思うのだ。
ちゃんとポーションなんかを用意してね。
「しかし、虎助も大変ですわね。休みの日まであの男の子守とは」
「そうでもないですよ。
友達とどこか行くのは楽しいですし」
「それは――、
そう、ですわね」
軟禁状態が解けたとしても、領主であるマリィさんが、ガルダシアの土地から出ることは政治的に見てあり得ない。
今回の旅行のようなものは、マリィさんにとって羨むものなのかもしれない。
何気ない僕の一言に少し寂しげに苦笑を浮かべるマリィさん。
しかし、ここで僕が彼女に同情するのは違うと思う。
ということで僕が言ったのは、
「なにかお土産でも買ってきましょうか、今回の出先にはいろいろと美味しいものが売っているそうですから」
しかし、意外にも(?)これに反応したのは魔王様だった。
玉座という名のリクライニングシートであり、護衛であるクロマルに、もたれかかるように体を反らせて、
「……おいしそうなもの?」
「お祭りのような場所ですからね。各地の特産品とか――、
そうですね。オクトーバーフェストっていうくらいですから美味しいソーセージとかがあるんじゃないですか」
「……ソーセージ」
追加の説明にひときわ強い反応を示す魔王様に僕がふと思い出したのは、
「そういえばミストさんがお好きでしたねソーセージ。
買ってきましょうか?」
「……いいの?」
「はい。マジックバッグを持っていけば、いい状態のソーセージを大量に持ってかえることが出来ますから」
アカボーさんによってもたらされた空間技術を使えば、時間停止とまではいかないものの、食品などの劣化を最小限にすることが可能である。
それを使えば、アツアツとまではいかないものの、ちょっと焼き直してやれば、美味しく食べられるソーセージが持って帰れるハズだ。
僕がそう言うと、魔王様は「……お願い」と一言。
「それで、マリィさんはなにかリクエストとかありますか?」
魔王様に買ってくるなら、やはりマリィさんにもちゃんとリクエストを聞いておかねば、
改めて話を振ったところ、マリィさんは「そうですね」と虚空に視線を彷徨わせて、
「私はなにか甘いものがいいですわね」
甘い物か。
ああいう場所で定番というと、かき氷とかみたらし団子とか、あと、タイミングでいうならちまきとか柏餅とか、その辺になるんだろうけど、せっかく遠出をするんだから珍しいお土産を持って帰りたいよね。
僕は元春から教えられたフェスのホームページを調べてみて、
「プレッツェルなんかがいいでしょう」
「プレッツェル?」
「なんていうか、ドーナツとかクッキーに近いお菓子でしょうか」
「ふむ、個人的にはあんこなどそういうものを使ったお菓子がいいのですが」
「……私はプレッツェルが気になる」
「わかりました。みなさんで食べられるように両方買ってきます」
「お願いしますわ」
「……ん、お願い」
これはマリィさんたち以外にも、いろいろとお土産を買ってこないといけないかな。
ミストさんにもソーセージを買ってくるんだし、これはソニアに頼んで容量の大きいマジックバッグを作ってもらわないといけないかな。
僕はそう思いながらインターネットのページをチェック。常連のお客様が好みそうな食べ物をチェックしていくのであった。
◆作中時間が5月にも関わらず、オクトーバーフェストとはどういうことなのかとも思ったのですが、あれって意外と大きな連休があると各地で開かれているみたいですね。
まあ、本場でもない限り、ああいう祭りは雰囲気を楽しむものですから、いいのかな。
しかし、調べてみると、ファミリー向けなのかな、意外とバルーン遊具が併設している会場が多かったりするんですけど、酔っぱらいが紛れ込むとか無いのかなと心配です。
さすがに係員みたいな方がいるのかな。
◆次回の投稿は水曜日を予定しております。