戦利品の分析結果
時刻は午後八時四十五分、マリィさんや魔王様といった常連のお客様も自分の拠点へと帰り、その日の業務を終えた僕は、万屋からもゲートからも離れた荒野の地下に作られた特別な研究施設に足を運んでいた。
荒野の真ん中に設置された小さな祠のような石組みの施設。
その施設に入ってすぐある階段を降りた先にあるのは殺風景な大広間だった。
僕はそんなただただ広いだけの部屋の中で黙々と作業をする半透明の少女に声を掛ける。
「お疲れ。分析の方はどんな感じ?」
「一応、ぜんぶ終わったかな」
部屋に入るなりのその声に、周囲に展開する無数の魔法窓を振り払い、伸びをするのはもちろんソニアである。
ちなみに、工房の地下に自分の研究室を持つソニアが、どうしてこんな場所で作業しているかというと、アイルさんの世界で持ち去られたディストピアの解析を行っているからである。
持ち去られた状況とディストピアの状態から、もしかしたらディストピアそのものに何かトラップが仕掛けてあるのかもしれないと、こうしてわざわざ新しく研究部屋を作って調べている訳だ。
「それで結果はどうだったの?」
「そうだね。身も蓋もない言い方をしちゃうと、ディストピアを調べようとして壊しちゃったって感じかな」
訊ねる僕に、ソニアは空中を一蹴り、背面空泳で近付いてきながら数枚の魔法式やら棒グラフ、各種数値などが記された魔法窓を飛ばしてくる。
しかし、そんなデータを見せられても、僕にはこれをどう読み解けばいいのかなどさっぱりなので、
「えと、つまりディストピアの仕組みを知ろうと思って分解してたら壊しちゃったとかそんな感じ?」
僕はソニアがよこしてきた魔法窓を流し見、さもわかっているようなフリをしながらそう返事をするのだが、どうやら僕が適当に言った解釈は間違っていたみたいだ。
「ううん。壊されちゃったのはディストピアそのものじゃなくて――その中身、魔法式の方だね。
これは収集できたデータを見ての推測になるんだけど、彼女――、いや、正確に言うなら赤髪の人形を操ってた誰かかな。その誰かさんはディストピアそのものを魔法で解析しようとして失敗しちゃったんだと思うんだよ。
いくつかの魔法式が文字化けしちゃったみたいに破損してるみたいだから」
要するに、本体ではなく、その中身、プログラムを強引に調べようとして壊しちゃったとかそんな感じかな。
「それで、そのディストピアは直るの?」
「それは問題ないかな。作った魔法式のバックアップは全部とってあるから、それをダウンロードしてやればすぐに直るよ。もちろん中に入ってる人も無事にね。
ただ――、そのまま直してもいいのかな」
「えと、それはどういうこと?」
「いや、今回みたいなことがまたあった時に、緊急脱出の方法とか、便利な機能を追加しておいた方がいいんじゃないかと思ってね」
「ああ――、でも、それはどうなんだろうね。
たしかに、また今回みたいなことがあった時の為に、追加しておいた方がいい機能とかはあるんだけど、あのディストピアはあくまでおしおき用のものだから」
たとえばソニアが言った出入りを自由にする機能なんか、つけたりしたらスケルトンアデプトのディストピアの意味がなくなってしまう。
だから、その仕様はアイルさんなんかに意見を聞かないと、決めるものも決められないと、僕がそう指摘したところ、ソニアも言われてみてそう思ったのだろう。
また明日にでもアイルさんに連絡を取って、追加する機能など、どんなアップデートをするのかを確認するということで、ディストピアの件はこれで終了。
「それで、スフィンクスの方はどうだったの?」
ディストピアになにか仕掛けがあるのなら、もしかしてスフィンクスにもと考えて、そちらはどうだったのかと、続けてソニアに聞いてみると、
「ああ、スフィンクスのそのものには特に不審なところはなかったかな。
けど、ディストピアを作ろうってサークレットに宿る残留思念とか、素材に残る魔力データを調べたんだけど、その時に不思議なことがあってね」
「不思議なこと?」
「うん。どうも、あのスフィンクスはテイムされていたんじゃないみたいなんだよ」
「えと、それってどういうこと?」
テイムされていたんじゃなければどうやってあのスフィンクスはなんだったのか。
明らかに操られていた風に見えていたスフィンクスに、それならどうしてあのスフィンクスは僕たちに襲いかかってきたのかと聞いてみると、ソニアは「うん」と頷いて、
「残留思念の情報や魔力的な鑑定をした結果、テイム特有の主従の繋がり、その痕跡が認められなかったんだよ」
「だったら、どうやって、あの人形はスフィンクスを従えてたの」
これが普通の魔獣なら、魔力の介入なしでも、調教やら、単純な信頼関係などで相手を思うがままに動かすこともなくはないが、巨獣であるスフィンクスにそんな方法が通じるとは思えない。
だったら他にどのような方法があるのだろうかとソニアに疑問をぶつけてみるたところ、ソニアは「これは多分になるけれど」と言いながらも、
「スフィンクスのシンボルが関係してるんだろうと思う」
シンボルというのは、その巨獣が持つ体の部位の中で最も魔力との親和性の高い体の部分のことを指す言葉だ。
スフィンクスの場合、これが人の頭に被せられているサークレットに当たるのだが、ソニアが言うには、あのサークレットがスフィンクスがあの赤髪の人形に従っていた鍵になるらしい。
「データベースをさらっていろいろと調べてみたんだけど、どうもあのサークレットみたいな部分は、スフィンクスにとって魔力のアンテナみたいなものみたいなんだよね。
本来スフィンクスは、それを使って人間の思考を読み取ったり、テレパシーを使ったり、魔法の威力を底上げしたしているみたいなんだけど、今回はそれが逆利用されちゃったんじゃないかな」
つまり、本来あの部分は、スフィンクスにとって魔力増幅器のようなもので、その力を逆利用されて操られていたと、そんな感じになるのかな。
「でも、スフィンクスにそんな弱点があったんだね」
「普通はその特性を理解していても巨獣を操るなんてほぼ不可能なんだけどね。
そこは特別な魔法を使うことで解決したみたい」
と、ソニアに見せられたのはスフィンクスを背後から捉える一枚の映像。
その映像の上部、ちらっと映るサークレット部分には赤丸が付けられていて、そこにはなにやら魔法陣のようなものが刻まれていて、
どうも、ソニアによると、これが原因でスフィンクスはあの赤髪の人形に従っていたらしい。
「でも、そんな魔法陣、解体する時にはなかったと思ったけど」
スフィンクスからサークレットを取り上げられたのはこの僕だ。
その時に、サークレットに傷がついていないかとか確認したが、こんな魔法陣なんてなかったハズだ。
僕がそう言うと、ソニアは僕が見る魔法窓を指先でひったくるようにして、
「たぶん、こっちにも自爆装置――、いや、自壊術式みたいなのが添付されていたんだろうね。
戦闘中に気づけていたらちゃんとした情報収集ができたとおもうんだけど――」
「いや、さすがにそれは無理だったんじゃない?」
戦闘中に相手がどうやって操られているのかを分析して、その原因である魔法陣を見つけ出し、そのデータを収集する。
言葉にすると簡単なようだが、それが巨獣相手となれば――、いや、相手が普通の魔獣だったとしても相当難しかったんじゃないのか。
そもそも、僕たちはスフィンクスがテイムされているという前提で動いていた。
たとえ、奇跡的にスフィンクスが操られている原因に気づいたとしても、銀騎士からすると、それを確保するのはかなり難しかったのではないかと思われる。
というか、自壊機能が備わってるなら、回収しようとしたところで無駄なのではないか?
僕がそんな指摘をしたところ、ソニアは「まあね」と肩を竦めて、
「でも、外したら外したで、また面倒なことになってただろうけどね」
「どういうこと?」
「いや、今回スフィンクスは、その魔法陣によってサークレットを封じられていようなものなわけさ。
でもさ、その魔法陣を、消去するなり破壊なりしてスフィンクスを開放したところで、開放された彼女の力が僕たちに向かないとは限らないんだよ」
たしかに、ソニアの言う通り、スフィンクスを開放したからといって、僕たちが襲われないとは限らない。
それに、サークレットの特徴を利用してテイムを行っていたということは、つまり、スフィンクスはハンデありの状態で戦っていたという訳だ。
それが開放されたとなると、スフィンクスは思う存分魔法が使えるってことになる。
「うん。魔法特化のスフィンクスと戦うのはちょっと勘弁かな」
羽ばたきによる斬撃にギミックルームと、操られている状態でも面倒だった魔法が手加減無しでふるわれるのだ。
もしも、あの場面でそうなっていたら――、
最悪こっちが自爆してたかもね。
「とはいえ、操られることで逆に手加減無しで腕力を使ってきてたって驚異もまたあるんだけどね」
スフィンクスが魔法に長けた巨獣だとしても巨獣であることには変わりない。
魔法と腕力、力の質の違いはあれど、ある意味でそっちも脅威だったということか。
実際、あの頑丈が銀騎士に少なからずダメージを与えるスフィンクスの攻撃は相当なものだった。
「でも、その辺は回収したサークレットをディストピアにしてみればわかるでしょ」
「そうだね。
ってことで、次はディストピア作りかな」
「その前に潜水艇を仕上げないと」
「あ、そうだった」
本気で忘れていたのか、それとも単なる冗談か。
ソニアはその指摘を誤魔化すように愛想笑いを浮かべながらも「じゃ、工房に戻ろっか」と、僕の頭に飛びついてくるのだった。
◆次回は水曜日に投稿予定です。