樹上の決闘・事後処理
気がつくとそこは木々が鬱蒼と生い茂る森の中だった。
スフィンクスが死んだことによってその領域が消えて、銀騎士はもともといた森に強制送還されてしまったみたいだ。
ちなみに、銀騎士が赤髪のお姉さん――もとい、赤髪の人形が放った自爆攻撃を食らって、なぜ無事でいられたのかというと、爆発の直前に魔法障壁を展開してそのダメージを軽減して、素早くスフィンクスの影に隠れたからだ。
それでも、結構なダメージをもらってしまったようで、特にスフィンクスの攻撃を受け止めた腕などはかなり動きがぎこちなくなっていたりするのだが、それでも、なんとか五体満足で助かったみたいだ。
まあ、その分、魔力を大量に消費してしまったが……、
とはいえ、それは必要経費。
とりあえず銀騎士が動くことを確認した僕は、さっきまでの樹上から一転して――とまではいえないか、樹上から鬱蒼とした森に変わった周囲の景色に視線を巡らせる。
すると、そこには、ところどころ焼け焦げたスフィンクスの遺体に、スケルトンアデプトを含めた幾つかの宝剣、そして、驚いたような顔をするアイルさんがいて、
『こ、虎助殿。これはいったい――』
「あ、はい、とりあえず問題の巨獣は片付けたんですけど。
件の赤髪のテイマーには、ええと、逃げられてしまいましたね」
いきなりのスフィンクスご登場に驚いているのだろう。唖然とそれを見つめる、アイルさん以下、剣の一族の面々に、例の赤髪のテイマーがどうなったのか、それをどう説明するのか、若干迷いながらもそう告げて、
しかし、アイルさんが第一に考えるのはこちらのようだ。
『それで、ディストピアは、エルブンナイツは無事なのでしょうか?』
「ああ、それなんですけど、ちょっとここで確認するのはちょっと難しいかもしれませんね」
助けたところで自分に益はないだろうにエルブンナイツの無事を第一に考えるアイルさん。
そんなアイルさんに僕はやや困った声を返す。
『それは?』
「実は戦いの最後、大きな爆発があって、銀騎士もそうなんですけど、ディストピアやエルフの宝物もそれに巻き込まれてしまったので、ディストピアそのものに不具合が出ているかもしれませんから」
そう、見た目こそ特に変化がないスケルトンアデプトのディストピアだが、少なくとも、あの爆発に巻き込まれたのだ。
加えて、この数日、敵の手の中にあったディストピアに、なんのチェックもせずに入るのは危険ではないかと、そうアイルさんに告げたところで銀騎士のスキャンを使ってディストピアを調べる。
しかし、それによって得られたデータを遠隔操作で分析にかけるのは、いろいろな意味で危険を孕む行為だと、ソニアからの指摘を受けて、僕は銀騎士が取ったデータをマジックバッグに入っていた〈メモリーカード〉に封入。
アイルさんたちからすると、ここに来ての足踏みは不本意なのかもしれないのだけれど、安全を期するためにもという観点から、ディストピア内部を調べるのは、これをアヴァロン=エラに持って帰ってきちんとした分析をしてからという旨を伝え。
その調査が完了するまでの間、アイルさん達もそうなのだが、森に住む動物がディスピアに取り込まれないようにと簡易的な結界を設置。結界の魔力消費を抑えるべくクリスタル状の監視カメラをセットして、それを結界と連動させて、
「これで、当面は大丈夫だと思うんですけど」
『いえ、事情が事情ですのでなにがあるやもしれません。数名の見張りを残して里のものを呼んできます』
ということなので、このディストピアの管理はアイルさんたち剣の一族に任せるとして、
残すはエルフの森の宝物とスフィンクスの遺体の処置となるのだが、
これに関しては、スフィンクスの遺体は倒した僕達に――、
ただし、討伐の証拠に一部部位が欲しいとのことで、これも一応、なにがあるかもしれないということで、アヴァロン=エラに持ち帰って調べた後、解体が面倒――というかビジュアル的に問題のあるということで、羽根を除いた上半身をエルフの里に引き渡すことで決着。
後はエルフの里から奪われた各種宝剣をどうするかということだが、
『こちらは持ち主がおりますので、虎助殿さえよろしければ、我々がその持ち主に返すということもできますが』
うん。これを僕たちが持って帰ったら厄介事になりそうなので、魔法が付与してあるようなものなどはこれもまた分析待ちということで、それ以外の宝物は一度里へ帰るというアイルさん達に任せるとする。
「では、僕はこのままアヴァロン=エラに向かおう思うのですが、アイルさんたちはもこのまま?」
『はい。そろそろ休ませねばならない者もいますゆえに』
「でしたね」
アイルさんもそうだが、特にスフィンクスの居場所だったこのエルフの森の外縁まで案内してくれた剣の一族の青年は、かなり疲れていると、彼を含めたここにいるメンバーの一部が、一度里へ帰って事態を報告、見張りの交代要員を呼びに行くとのことだ。
そんなことで、僕はそこでアイルさんと別れて一路アヴァロン=エラへ。
それから二日後、僕が学校へ行っている間に銀騎士は無事にアヴァロン=エラに辿り着いたみたいだ。
スフィンクス戦からの自爆攻撃により、体のあちこちにガタがきていたということで、無事にアヴァロン=エラまで辿り着けるのかと若干心配だったのだが、道中、操縦の殆どを担ってくれたベル君やエレイン君が残った魔力をうまくやり繰りして、うまく隠れながら進んでくれたみたいだ。
魔獣との戦闘もほとんどなかったらしく、無事アヴァロン=エラに通じる次元の歪みまで到達することができたみたいだ。
ちなみに、アヴァロン=エラに帰ってきた銀騎士はすぐに持ってきたものをすべて吐き出し、機能を一時停止、ベル君によって徹底的に調べられたみたいだ。
相手が人形遣いということで仕方のない処置だろう。
そして、当然のごとく持ち帰ったものもすべて詳細なスキャンがなされ、忘れてはいけないのがスケルトンアデプトのディストピアから取ったデータ。これも、なにかバグやウィルスのような不要なデータがないかを徹底的にチェックして、そのデータはソニアに送られて解析にかけられることになったみたいだ。
そして、いま、僕達の目の前にあるのは半人半獣の巨体。
「おお、これが本物のスフィンクスか?」
「おっきいわね」
「確かに、映像で見たものよりも遥かに大きく感じますね」
万屋から離れた荒野に横たわるスフィンクスをぽかんと見上げ、口々にその感想を零すのは正則君にホリルさんに次郎君だ。
因みに、次郎君と正則君がここにいるのは、スフィンクスの戦いから翌日、その戦いの様子を撮した映像を二人に見せたからで、そこにホリルさんが混ざっているのは、前に正則君たちがディストピアにアタックしていた時にたまたまホリルさんとバッティング。なんていうか、脳筋同士通じるものがあったみたいで、今度一緒にディストピアに潜らないかという話になったらしく、その日がたまたま今日だったという訳だ。
「しかし、こいつをこれから解体するんだよな」
スフィンクスの大きさにただただ驚く三人から少し離れた場所でそう言ったのは賢者様。
賢者様がここにいるのはホリルさんの付き添いではなく、ホリルさんと連れ立ってディストピアに潜ると言い出したアニマさんを心配してのことである。
「そうっすね。
でも、これだけ人間に近いってなると解体ってよりも解剖っすか」
そして、それに答えるように元春が『うげぇ』とそんな声が聞こえてきそうな表情で口を開く。
その口ぶりから、さすがの元春も、死んでしまった生物に劣情を向けるような特殊な趣味は持ち合わせていなかっようだ。
僕は友人がネクロフィリアではないことに安堵するその一方で、
「よろしければ私が解体しましょうか」
そう言って手を上げたのはアニマさんだ。
賢者様と元春の会話から、誰も進んで解体をやりたがっていないと判断して、自らが立候補したのだろうけど。
「いえ、大丈夫ですよ。そもそも人形の部分で素材として使えるのはサークレットくらいで、それを取り除いた上半身は討伐の証拠としてエルフの里に提出しますから」
まあ、そんなスフィンクスの上半身も、使おうと思えば、革やら眼球などが、例えばカースドールなどの生体部品として使えなくはないのだが、そういう部品は錬金術で作れないこともないそうだから特にこれがなければとがっつく必要はなかったりする。
「ふーん。この王冠みたいなやつも素材になるんのか。
つかよ、これって素材なん?
どっちかっつーと装備って感じなんだけど」
たしかに、元春の言うようにスフィンクスが身につけているサークレットは、一見すると装備品のようにも見えるのだが、
「実はそのサークレットって髪が変質したものみたいなんだよ。
だから、どっちかっていうとサイの角とか、そういうものに近い感じかな」
「へー、そうだったの」
「あのな、ホリル。
エルフの森にも花冠を頭から生やした妖精とかがいただろう」
僕と元春の会話を聞いて感心するのはホリルさん。
そんなホリルさんの関心に賢者様がツッコミを入れる。
どうやら、一部の妖精が頭に乗せている花冠は、直接かどうかは知らないが、本人の付属物という扱いのようである。
しかし、ホリルさんからしてみると、そんな知識よりもこちらのほうが気になると。
「でも、これでスフィンクスと戦えたりするってことよね。
その角なのかしら、それ、その巨獣のシンボルでしょ。だったらディストピアが作れるのよね」
「おお、マジか」
「うん。そうなんだけど……」
「で、どんな実積とれるん?」
ブレないホリルさんにいつも通りの正則君。
そして、元春としてはなにより実入りが重要みたいだけど。
「さあ、実際にスフィンクスを倒したのは僕じゃなくて銀騎士だからね。どんな実績が手に入るのかはわからないよ」
当然といえば当然なのだが、実積というのはあくまで倒した本人が得るものであって、倒したのが無生物であるゴーレムの場合、たとえそれを遠隔操作で誰かが操っていたゴーレムだとしても、実績を手に入れられない。
だから、僕はその討伐実績を得られなかったわけで、
「ああ、そういう仕様になってるん」
「残念ながらね」
まあ、それでもスフィンクスほどの大物を倒すとなると【ゴーレム操者】とか、操作系の実績が成長したりはするんだけど、それは銀騎士のような、遠隔操作で何時間もゴーレムを使う人じゃないと殆ど意味がないものだから、あえて説明する必要はないだろうとスルーして、
「だったら、できあがったら俺が調べるぜ」
「うん。まあ、その時はお願いするよ。
でも、分析が先だからね。
まだしばらくかかると思うけど」
◆スフィンクスのデータ
今回登場したスフィンクスは、ライオンの体、美しい女性の上半身に鷲の翼、そして蛇の尻尾と、ギリシャ神話に登場するスフィンクスをモデルにした全長十数メートルの巨獣です。
イメージとしては通常サイズのライオンの頭部分から、人間の体を生やして、その両腕に鳥の羽根をセット。それを十倍に巨大化させた姿を想像してみて下さい。
因みに、今回回収されたサークレットは髪の毛が変質した外部アンテナのようなものになります。鋼のような髪の毛が撚り合わされ、魔力によって変質、サークレット状の物質が作られたということになっています。
◆次回は水曜日に投稿予定です。