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樹上の決闘

◆長めのお話となっております。

 あと、今回「」のセリフは虎助・元春・マリィ・マオ、()のセリフはソニア(一部人物には聞こえない仕様)となっております。

 ショットガン型の解錠魔導器〈マスターキー〉の使用直後、吸い込まれるようにして移動した先は一本の巨大な樹の上だった。

 三車線道路くらいある太い枝の上、僕は銀騎士の装備をマスターキーから大太刀のような解体用ナイフ〈巨獣包丁〉に変更。

 すると、背後からメインモニターを覗き込んだ元春が、


「なんじゃここは」


「これは世界樹ですか」


(いや、これは――)


 これだけ大きな樹となると、マリィさんの言うように世界樹くらいしか思い浮かばないが、ソニアの反応からするとまた違った樹なのかもしれないな。

 しかし、いまはそれを詳しく聞いている場合じゃないと、銀騎士(ぼく)が周囲に視線(カメラ)を向けて、この空間の支配者であると思われる半人半鳥の巨獣の姿を探す。

 と、そんな現状確認の最中、樹上からワインのような色をしたウェービーヘアーが特徴の女性が音もなく降りてきて、


『お待ちしておりました』


 綺麗なお辞儀を決めた彼女は――、


「って、ここでぴっちりスーツのお姉さんがご登場とかどういう展開!?」


 うん、元春が驚くのはわかるよ。

 女性テイマーを追いかけてきたと思ったらスパイ映画にありがちなキャットスーツを着たお姉さんが現れたのだから。

 でも、耳元での大声はやめようか。


 僕は肩越しに響く元春の奇声に心の中で辛辣なツッコミを入れながらも、目の前の女性に集中。


「一応聞きますけど、何者でしょうか?」


『その質問にはお答えできません』


 ですよね。

 だったら――、


「エルフの里からディストピア(・・・・・・)を奪っていったのはアナタですか?」


『さて、ディストピアとはどれのことでしょうか』


 そう言って赤髪のお姉さんがどこからともなく(・・・・・・・・)取り出したのは数本の剣。

 それぞれに施された豪華な装飾を見るに、それはエルフの里から奪ってきたものだろう。

 そして、そんな剣の中の一本、|骨の腕が絡みついた漆黒のスケルトンアデプトのディストピアを確認した僕の一方、ソニアが『ふぅん』と鼻を鳴らし、赤髪の彼女がこう続ける。


『こちらを返して欲しくば力を示してくださいますか』


 理由まではよくわからないけど、彼女の望みは、僕の――というか、銀騎士の力の確認のようだ。


『アナタ様が負けた場合、そちらの剣はいただきますが』


 しかし、それはそれとして、負けたら武器を奪われるとか武蔵坊弁慶かな。

 どうやら表向き(・・・)お姉さんの狙いはそういうことになっているらしい。


 とはいえだ。あえてそれに乗って上げる必要はないだろう。

 だからと僕は彼女の意見を無視。銀騎士の脚力を最大限に、超速のダッシュでディストピアをひったくろうとフェイントをかけつつ彼女に迫るのだが、


『すみません。アナタ様のお相手は私ではなく』


 彼女はそう言うと軽やかにバックステップ。

 そんな彼女の言葉を引き継ぐように空の彼方から現れたのは例の半人半鳥の使役獣。

 それは女性の上半身に鳥の羽、獣の胴体に蛇の尻尾を持った巨獣だった。


「おいおい。なんだよこりゃ」


「スフィンクスだね。やっぱりここは彼女の領域――」


「巨乳ってレベルじゃねーぞ」


 えと、注目するのはそこじゃないと思うけど。

 僕は元春の戯言にツッコミを入れつつも、横殴りに突っ込んでくるスフィンクスの突進を素早く回避。

 そこから、スフィンクスをテイムしていると思われる赤髪のメイドお姉さんに掌底。

 手の平に乗せていた小さな雷のディロックを発動させるものの、


「ん? って、容赦ねーよな。お前――」


「この場合、操っている方を潰した方が早いからね」


「道理ですわね」


(でも、ダメだね)


 元春のボヤキから最後、ソニアが言ったように、彼女は倒れない。

 そして、主人を助けようとしてだろう。横から突っ込んできたスフィンクスがそのままの体勢で尻尾の蛇をなぎ払い。

 巨大アナコンダにも勝るとも劣らない尻尾の蛇のボディアタックに銀騎士の体が大きく吹き飛ばされる。


 と、ここままだと枝の外に放り出されて一発アウトかな。


 僕は蛇尻尾のなぎ払いに吹き飛ばされる銀騎士の足裏に刻まれる魔法式を遠隔発動、足元に結界を利用した足場を構築、それを踏み台に枝上に戻り。


「銀騎士のダメージは軽微、かな?」


(うん。外装が一部へこんだくらいかな)


「……でも、あのパワーは危険」


「銀騎士だとポーションも使えませんものね」


「ノーダメでぴっちりスーツお姉さんと激爆乳ねーちゃんをソロ討伐とかどんな無理ゲーだよ」


 いや、その表現はちょっとどうなんだろう。

 とはいえ、こっちはやられることも計算に入れて敵の懐に飛び込んだのだ。

 ここは覚悟を決めてやるしかない。

 まあ、最悪やられても、銀騎士が奪われるだけだし、そうなった場合の仕掛け(・・・)もちゃんと施してあるからと、僕が銀騎士に使わせたのは唐辛子爆弾だ。


 発動して三秒、赤い煙がスフィンクスを覆い隠す。


「いきなりそれかよ」


「相手は巨獣だからね。

 遠慮は無しなんだけど――」


「……ボスに状態異常は効かない」


「そうですね」


 魔王様のそれはあくまでゲームの設定だ。

 しかし、復活モンスターであるヴリトラや、本能のままに精霊を追いかける精霊喰いなどとは違い、テイムされているとはいえこのスフィンクスは知恵も自我もある巨獣だったみたいだ。

 初見とはいえ、仕組みさえわかってしまえば、元春ですら対処できる攻撃には意味がないみたいだ。

 スフィンクスは目の前で発生したカプサイシンの霧にもものともせずに銀騎士へと攻撃を加えてくる。


 けれど、この赤い霧は目隠しに使えたりもする。

 だから僕は、あえて銀騎士をこのカプサイシンの霧の中に飛び込ませて、視界不良の中、スフィンクスと戦おうとするのだが、特殊な感知機能を持っているのは向こうも同じだったみたいだ。

 スフィンクスの尻尾である大蛇が銀騎士の動きを正確に捉え、そのアギトで銀色の体を噛み砕こうとしてくる。


 しかし、それはあくまで尻尾の蛇のみで、


 これならなんとか――、


 と、その攻撃を巨獣包丁を盾にやり過ごした僕は、銀騎士をスフィンクスの腹下に潜り込ませ、その柔らかそうな腹の肉に銀色の刃を突き立てる。


『ギヨァァァァァァァァァ』


 すると、スフィンクスが悲鳴を上げるように(いなな)きをあげて、

 次の瞬間、周囲の視界を塞いでいたカプサイシンの霧が――、

 いや、赤霧だけではなく銀騎士までもが吹き飛ばされてしまう。


 いったい何が起こったのか?

 それはただ羽をはばたかせただけ。

 そう、スフィンクスはその巨体を空に飛ばす風圧を霧を吹き飛ばすことに使ったのだ。

 そして、視界が回復してしまえば、尻尾の蛇だけではなく、スフィンクス本体の目も使えるわけで、

 見通しが良くなった枝上の広場、スフィンクスはフルスイングの猫パンチからの蛇尻尾による噛みつき攻撃という豪勢な連携攻撃を繰り出してくる。


 そんなスフィンクスの対し、僕は銀騎士に魔法の足場を作り出させ、バックステップでその連携攻撃をやり過ごそうとするのだが、

 スフィンクスが羽ばたき一閃、今度はクロスした巨大なかまいたちを発生させて銀騎士に追撃をかけてくる。


 と、そんな追撃に対してこの体勢からの回避は難しい。

 魔法の足場を作るにしても今からの発動では間に合わない。


 そうなると――、


 僕は一瞬の判断で銀騎士の腕を素早くクロス。

 ガードを固めて巨大なかまいたちを受け止めようとするのだが、

 そのかまいたちの威力は凄まじく、銀騎士は世界樹(仮)の幹に叩きつけられてしまう。

 メキメキと樹が折れるような音と共に大きく乱れるメインモニター。


「今のもろに食らったけど大丈夫かよ」


「ちゃんと防御はしたし、飛ばされてる最中に〈誘引〉を使ったからなんとか大丈夫だと思うけど……」


(メインカメラは無事。操作系の影響は軽微かな。

 でも、装甲が完全に持っていかれちゃってるね)


「……厄介」


「魔法障壁などで防げませんの?」


「やろうと思えばできるんでしょうけど、魔力はできるだけ節約したいんですよね」


 防御関係の機能な備わっているが、いまのような攻撃を防ぐ障壁を作るとなると、ゲートの補助なしでは燃費が悪い。

 何よりも銀騎士の操作そのものにも魔力が必要だ。ポンポンと大きな魔法を使っていたらすぐに魔力が枯渇、銀騎士が動けなくなってしまう。


「で、どうすんだよ?」


「そうだね。ここは新兵器を使うとするよ」


「新兵器ですの?」


 新兵器という言葉にキラキラと目を輝かせるマリィさん。

 そんな期待の眼差しを受けながら、僕が銀騎士に取り出させたのは、バーコードのような文様が表面に印刷された一本の粘着テープ。

 これは母さんとソニアが共同して作った爆殺テープ。それを銀騎士にも使えるようにダウングレードしたアイテムだ。


 僕は「テープですの?」と怪訝そうなマリィさんの声を耳にしながらも、説明するよりも見てもらった方が早いと唐辛子爆弾をを目くらましに巻き付けていく。


 因みに、目くらましには唐辛子爆弾じゃなくて『他のディロックを使えばいいんじゃね』という指摘が元春からあったりしたのだが、残念ながらこの爆殺テープを使う場合、僕がというか銀騎士が常備する氷や雷のディロックを使うと、その効果を阻害してしまう可能性がある。

 それに加えて、ここで唐辛子爆弾を使うことにはちょっとした意味があって、

 銀騎士(ぼく)は唐辛子爆弾を乱発しながらも、スフィンクスの攻撃を最小限の動きで回避。

 観察するようにこちらをじっと見ている赤髪の女性を警戒しながらも、前足を振り回しに尻尾攻撃、それ以外にもかまいたちに本体が繰り出す衝撃の魔弾と、多彩な技を繰り出し仕留めようとしてくるスフィンクスの攻撃を時に躱し、時に防御、時にその攻撃を食らいながらも、爆殺テープを巻き付けていき、あと数巻きでテープがなくなるといったところでスフィンクスの腹下に潜り込んでのジャンピングアッパーカット。

 からのサマーソルト。

 そして、顔面踏みつけジャンプで距離を取って、


「こんなものかな」


「ここからですのね」


「はい。ここで火種となる魔力を流せば」


 と、銀騎士に命じて、その手に残っていた爆殺テープの端っこに魔力を流すと、銀騎士が流した魔力がテープを伝ってスフィンクスの体に巻かれたテープに到達。

 赤い輝きを放ったかと思いきや――爆発。

 それを追いかけるようにもう一弾大きな爆発が巻き起こる。


「おいおい、なんじゃこりゃ。

 おま、どんだけ物騒なものを作ってんだよ」


「いや、僕に文句を言われても――、

 そもそもこれを作ったのは僕じゃなくて母さんとオーナー(ソニア)だから」


(うん? ボクはイズナの要望に答えただけだけど)


 それにしてはソニアもノリノリで作っていたように思えるけど。


「でもよ。これやりすぎなんじゃね。

 オーバーキルもいいとこだろ」


「唐辛子爆弾もいい感じでばら撒けたからね」


「ん、どういうこった?」


「粉塵爆発。使い古された手だよ」


 そう、散々ばらまいた唐辛子の粉が可燃物質となって、爆殺テープの爆発の威力を高めたのだ。


「粉塵爆発ですか、聞いてはいたのですがすさまじい威力ですわね。

 しかし、それにしても、爆殺テープでしたか、そのマジックアイテムの威力もなかなかですのね」


「マリィさんの魔法を考えますと爆殺テープはマリィさんの相性はいいのかもしれませんね。この爆殺テープの攻撃は純粋な物理攻撃ですから」


「あら、それは戦略の幅が広がりますわね」


「ただ、これを作るのにはサラマンダーの火血が必要でして」


「量産は難しいと」


「はい」


 単純にサラマンダーの火血だけなら、相当な量がアヴァロン=エラには備蓄されているのだが保存されている。

 だが、僅かな衝撃で爆発してしまうというニトログリセリンのような性質を持つサラマンダーの火血を加工するのが難しく、それを使って大量に何かを作るのには向いていないのだ。


「しっかし、これでやったんじゃねーか」


「そうだね。普通ならこれだけやればそうかもなんだけど、

 相手はテイムされてる巨獣だからね。そういうことを言ってると――」


 赤髪のお姉さんに軽く視界(カメラ)を向けながらも、消えていく爆煙を注視していると、


 ほら、とろこどころに焼け焦げた跡を作りながらもスフィンクスが爆炎の中から出てきちゃったよ。


 そして、スフィンクスは『ビギャ――』とけたたましい鳴き声を発し、怒り狂ったように突っ込んでくる。


 とはいえ、これは――逆にチャンスかな。

 今のスフィンクスは明らかに攻撃が直線的になっている。

 その攻撃力こそ凄まじいものになるだろうが、これなら攻撃を躱すのが難しくはなく、うまくカウンターを決めることができれば意外と簡単に勝負がつくのでは?

 猛然と突撃してくるスフィンクスに、そんな楽観論が頭を過るのだが、物事は想像通りに進まないのが世の常である。


 動きが単調になったスフィンクスの攻撃を躱し、銀騎士(ぼく)が素早く、その喉笛を掻っ切ろうとしたその時、さすがに従魔のピンチとあらば口出しせずにはいられなかったみたいだ。


『ギミックルーム』


 赤髪のお姉さんが突如発したその指示に、スフィンクスの動きがピタリと止まり、その額のサークレットに魔法陣を宿す。

 すると、銀騎士の周囲にさまざまな色を帯びた半透明な結界が無数に現れて、

 それが立体パズルのように組み合わさっていき。


「これは、積層結界ですの?」


「おそらくは」


 積層結界とは、言葉そのまま複数の結界を重ねた結界だ。

 本来は幾つもの結界を重ねて張ることによって、少ない魔力でも魔法的な防御力を高めることが出来るという技術なのだが、


「つか、積層結界だっけ? まわりの結界が合体しながら小さくなっていってね」


「そうだね。これは、たぶん作った結界を縮小していくことで内部の敵を押しつぶすタイプの技なんじゃないかな」


「でもよ。結界を小さくして押しつぶすってんなら一気に縮めればいいんじゃね?」


 うん。元春にしてはなかなか鋭いね。

 そう、ただ結界の内部の相手を押しつぶそうというのなら、ゆっくりと結界を縮めていく必要はまったくない。

 まあ、相手が拷問好きという可能性もなくはないけど、じっくり時間を掛けて追い詰めていくというのもわからなくはないでもないけど。

 どちらかといえばこれは――、


「……条件魔法」


「ですね。魔王様の言う通りかと――」


 魔王様が口にしたその条件魔法というのは、一定の条件をつけることでその魔法の強度や威力などをあげる仕組みである。

 たぶん、この結界は特定のルールを設けて、そのルールに従いゆっくりと小さくなっていくことで、結界そのものの強度やら、その圧力やらを高めているのだろう。


「おいおい、それってヤベーんじゃねーの」


「見たところ同じ色で重なった結界が合体して小さくなっていっているみたいだから、こっちもそれを利用して、上手く結界を誘導してやれば、その隙間から外に出られるんじゃないかな」


「なんつーか、パズルゲーみてーな感じか」


 システム的にはまさにそんな感じかな。

 問題はそれがわかったとして、単身どうやってこの結界の中から脱出するかということだが、


「……得意」


(そうだね。ここはマオが一番の適任かな)


「では、魔王様に銀騎士のオプションの操作を任せますね」


「……ん」


 本来だったら、これはお客様の魔王様ではなく、ソニアに頼みたい作業なのだが、ソニアはソニアでこの空間の分析やら、その他諸々を行っているようで、僕のフォローまでは手が回らないみたいだ。

 加えて今回の戦いは、完全に身の安全が保証された上での戦いだ。

 魔王様ご本人からの立候補、そして、上司(ソニア)からの頼みなら否はない。

 だから、手伝ってくれる魔王様には後で何かしらのお礼をするとして、僕は銀騎士のマジックバッグから直径に十センチほどの金属球体〈シルバービット〉を取り出して、その操作を魔王様に一任。

 魔王様と力を合わせてカラフルな積層結界の一部を誘導、合体させて、このギミックルームなる結界に隙間を作ろうとする。


 しかし、どうやらこっちが多くの結界を合体させるほど、その収縮速度が速まるみたいだ。

 逃げ出す隙間を作ろうと頑張る僕と魔王様をあざ笑うように結界の大きさが徐々に小さくなっていく。


「ちょ、これ、間に合わねーんじゃねーの」


「私も手伝いましょうか?」


「そうしたいのはやまやまなんですけど、さすがにビットを二つにしてしまいますと魔力の消費が大きくて――」


 手を増やせば、そのぶん作業効率も上がるのだが、その分、銀騎士が複数の魔法式を同時に処理する必要があり、魔力消費量が一気に増大してしまうのだ。


 いざ脱出したところでガス欠なんてことになってしまったら、目も当てられない。


 だから、ここは――、


「魔王様、ここは一か八か最短突破でいきましょう」


「……了解」


 これまでは安全マージンを大きく取って、銀騎士の目の前だけでなく、その周囲の結界も誘導、自分たちの理になるように合成をしていた。

 しかし、それでは結界の収束速度に負けてしまう。

 最悪、脱出が間に合わず、押しつぶされてしまう可能性も低くはないが、チマチマと潰していって、結果、同じくジリ貧になるくらいなら勝負をかけた方が脱出の可能性が高いだろう。

 だから――、


「いきます」


「……ん」


 一転して正面の狭い範囲だけに集中、最短ルートで結界の隙間を広げていく。

 最短のルートを辿って消しているだけなので、それ以外の結界の動きの把握が疎かになるものの。


「虎助、後方の結界が――」


 結界そのものの移動はそれほど早くない。逃げ道を奪われようとも最終的な結果は同じこと、速度で上回ればそれでいいのだ。

 魔力(エネルギー)の残量は気になるが、ここまで来たら気にせず前に進むしかない。

 僕がナイフを、魔王様がビットを巧みに使い、結界を誘導、合成しながら突き進み。

 そして――、


「よっしゃ。抜けた――」


 銀騎士がスフィンクスの多重結界から抜け出した、そこを狙いすましたかのように現れる赤髪のお姉さん。

 しかし、ここで彼女が出てくることは想定していた。

 僕は銀騎士に用意させていた雷のディロックを発動して、ギミックルームからの脱出を狙って、するりと懐に潜り込んできた赤髪のお姉さんを牽制。


『やはり油断はありませんか』


「人は安心した時こそ油断する生き物ですから」


 これは母さんから、口酸っぱく教えられたことである。

 元春も同じ教育を受けているのだが、そこは本格的な修羅場を潜らされた(・・・・・)数の差だろう。


『しかし、ここまでは読めましたか』


 と、赤髪メイドのお姉さんがそう呟くが早いか、彼女が銀騎士に抱きつき、その背後からスフィンクスがダブル肉球スタンプで襲いかかってくる。


「なっ、俺ごとやれだと」


 そして、これは元春のみならず、マリィさんとしても燃える展開なのだろう。「おぉ」と小さく感嘆の声が背後から聞こえ、普通ならここで銀騎士が押しつぶされるという形になるのだろうが、次の瞬間、銀騎士の足元から発生した衝撃波がその未来を書き換える。


「な――」


 何が起こったのか、それは単純明快、銀騎士が風のディロックを呼び出してそれを発動させただけ。

 結果、銀騎士と、銀騎士に抱きついていた赤髪のメイドが弾かれるように吹っ飛んで、

 さて、攻撃を加えようとしたスフィンクスは眼の前に主が飛んできたらどうするのか。

 並に知能があるだけにそこに大きな隙が生まれる。

 このままスタンプを決めればいいのか、それとも彼女を助けるのか。

 だが、そんなスフィンクスにかけられる穏やかな声。


『やりなさい』


 赤髪のお姉さんから発せられたその冷静な指示にスフィンクスの迷いが消える。

 しかし、主人を目の前にして、一瞬、勢いが緩んだそれを躱すことは難しくなく。


「前足を踏み台にしただとぉぉぉぉおお」


 だから、うるさいから。

 盛り上がる元春を心の中でツッコミを入れながらも、魔法で作り出した足場、そして、スフィンクスが攻撃のために前に出した足を伝ってジャンプ。

 そのままスフィンクスの首に絡みつくように片腕をホールド。

 その背後に回りこみ、巨獣包丁を逆手に首の後ろ延髄を一刺し。

 横に一閃、切り裂いて、


「必殺仕事人かよ」


「鮮やかですの」


 元春とマリィさんがそんな称賛を口にする頃にはスフィンクスの全身から力が抜けて、そのまま前方にズシンと倒れる。


「つか、これ、あのメイドさんを殺しちまったんじゃね」


 心配そうな元春の声。

 だけど――、


「それなら大丈夫だよ」


 僕は銀騎士に倒れるスフィンクスの肩羽を掴ませ、その勢いで銀騎士を地上へと舞い戻り、スフィンクスが倒れたことによって、歪み始めた空間の中、倒れたスフィンクスの巨体をどかした、そこにあったのは、潰れたトマトがあるのではなく。


「これは人形ですの?」


「外に出ている部分はかなり精巧に作られていますけど、体の方は完全に人形ですね」


 そう、そこにあったのはマリオネット。

 はだけたメイド服の下に見えるのは滑らかに磨き上げられた白木の体だった。


「いつ気付きましたの?」


「確信を得たのは最初に攻撃を入れた時ですかね。元春もなにか気になったことがあったみたいですけど、僕の場合は掌底を決めた時の音が明らかに人間に入れた時の音ではありませんでしたから」


 遠隔操作だから、殴った感触までは確かめられないが、あの時、銀騎士が拾った打音は明らかに人を殴ったものではなかった。

 因みに、元春も銀騎士が掌底を打ち込んだ際に、その大きな胸が揺れなかったことが気になっていたみたいだ。赤髪のお姉さんが実は人間ではなかったことに納得しながらも。


「んで、結局なんなんこのお姉さん」


「さあ、ちゃんとしたことは回収して調べてみないとわからないかな」


 と、僕はチラリとソニアに目線を送りながらも、

 とりあえず、この空間が消えてしまう前に、メインの目的であるディストピア、ついでにスフィンクスの遺骸とエルフの里の宝物(ほうもつ)、そして彼女の体を回収しようとするのだが、

 いざ、行動に移ろうしたその時、銀騎士が魔力の高まりを感知、その反応を追って視線をそちらに向けると、そこにはボコボコと顔や体が膨らんでいっているメイドさんがいて、


「おいおい、これって――」


「元春の考えていることそのままだと思うよ」


 僕がそう答えるが早いか土左衛門のように膨らんだメイド人形が炸裂。

 銀騎士の視界を映すメインモニターが白に埋め尽くされた。

◆銀騎士の兵装


〈巨獣包丁〉……巨獣を解体する為に作った包丁。マグロ包丁を模したもので刃渡り1.5メートルある日本刀のような直剣。ステンレスを魔法金属化させたもの出来ている。


〈マスターキー〉……強制解錠のマジックアイテム。魔法そのものにダメージを与える対魔法弾を放つことによって、魔法的なギミック、結界などを解除する。

(魔法式そのものを破壊するわけではないので、魔法的なギミックは後に再稼働可能な場合がある)


〈シルバービット〉……いわゆるファンネルとかオプションと呼ばれるもの。

 アヴァロン=エラの監視ゴーレム『カリア』を転用したサポートシステム。

 魔力供給源である銀騎士から離れることは出来ないが、オートとマニュアルが選択でき、銀騎士の操り手以外でも操作が可能な兵装。

 基本攻撃は体当たりと魔力弾。


〈マジックバッグ機能〉……銀騎士本体(外装)に付与された空間収納。

 魔法技術と宇宙的科学のミックスで収納量はちょっとした倉庫くらいあるが、収納するアイテムが多ければ多いほど消費魔力が上がる為、必要以外では最小限の収納量に止めている。

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