テイムと異世界転移の関係性
それは、エルマさんがこのアヴァロン=エラに迷い込んできて数日たったある日の放課後。
元春達の協力もあって、エルマさんもフォレストワイバーンのディストピアをクリア。
次はどのディストピアに潜ろうかと相談していたところに鳴り響く警報音。
そんな警報を受けて、ゲートに行ってみると、そこに居たのは地球でも有名な怪物だった。
「おお、トップレス」
「えと、まず注目するところはそこなのかい?」
マリィさんがついてくるのは当然として、元春までもが珍しくついてきたかと思ったら、これが狙いだったんだね。本当に欲望のままに生きてるなあ。
因みに、今回ゲートを通じて迷い込んできたのは半人半鳥の魔獣ハーピーだ。
いや、ここまで人間に近くなると魔人のカテゴリに入るのかな。
まあ、そんな事はどうでもいいとして――、
下半身は羽毛によるガードがされているものの、上半身は完全に裸のハーピーに興奮する元春。
しかし、マリィさんからのツッコミは入らない。アクアの時もそうだったのだが、野生の魔獣は裸であるのが当然であり、あえてそれを指摘していくという感覚が薄いと言うかなんというか、たぶんジャンルとしてはまったく違うと思うんだけど、裸婦像を見た時に、それをエロスと捉えるか芸術として捉えるのか、そんな感覚なんだと思う。
と、そんな元春とマリィさんの反応はいつもどおりというかなんというか、とりあえず放っておくとして、問題のハーピーなのだが、万屋のデータバンクからの情報によると、どうもそこまで好戦的な魔獣ではないみたいだ。
素材的にも彼女達が生む卵以外には、これといって変わった素材もないらしい。
ということで、このまま追い返してしまう方が楽かなと、元春のおバカな発言にツッコミやらなんやらをしている間に集まってきたエレイン君達にそう指示を出そうとしたところ、そこに息を切らしたエルマさんがやってきて、
「す、すみません。彼女の相手は私に任せてくれませんか?」
「えと、それはどういう――」
「彼女をテイムしたいんです」
エルマさんはこのハーピーを使役したいみたいだ。
しかし、同じ鳥系の魔獣なら、すでにヤートという立派な従魔がいるというのに、エルマさんはどうしてハーピーまで手に入れようとしているのか。
その理由が気にならないわけでもないのだが、わざわざ全力疾走してきてまで頼むくらいなのだから、彼女にとってそれはとても重要なことなのだろう。
だからと僕はハーピーが逃げないようにとゲート由来の結界でゲートを封鎖。
その上でもう一つの結界を展開して、大小二種類の半球状の結界を作り、その結界の間にハーピーを閉じ込めると。
「そういえば、この世界で彼女をテイムしてエルマさんはご自分の世界へ連れて帰れるんですかね」
「言われてみればそうですわね」
「そ、そうなんですか?」
おそらくこのハーピーはエルマさんとはまた別の世界からやって来た個体だ。そんなハーピーをこのアヴァロン=エラでテイムして、エルマさんは自分が元いた世界へと連れて帰れるのだろうか。
僕のふとした疑問にエルマさんから驚きと疑問の声が上がる。
すると、元春が――、
「おいおい、なんとかならねーのかよ。つかよ。虎助もアクアちゃんを使役? してたんだよな。だったら、ふつうにできんじゃねーの」
また、なんていうか核心を突くようなことを言うのだが、アクアはあくまで精霊という特殊なくくりの存在であり、どちらかというと召喚獣とかそういうカテゴリーに入る存在で、
でも、もしかしてソニアならなにか分かるかもと、珍しく鋭い元春の指摘に「ちょっと待って」と僕が魔法窓を開いたところ。
「お、ソニアっちにメールすんのか、なんかいいアイデアとかあったのかよ?」
「ソニアっち?」
「万屋のオーナーです。ゲートもオーナーが作ったものですから、なにかいいアイデアをくれるんじゃないかと思いまして」
元春の声を聞きつけてソニアの名前に疑問符を浮かべるエルマさん。
僕はそんなエルマさんの疑問にそう答えつつも、工房に引きこもるソニアに連絡を付ける。
そして、元春の閃きと現在の状況をゲート上空に浮かぶカリアが写すライブ映像をソニアに送って、
「それで、どうでした?」
「はい。オーナーの話によりますと、おそらくはテイムだけでも大丈夫みたいですね。でも、あくまで初めてのケースということで、確実にあのハーピーを連れて帰りたいなら、一回殺しちゃった方がいいみたいですね」
まだ息切れが若干残るエルマさんからの問いかけに、僕がソニアからのメッセージを読み上げながらもそう答えると。
「ええと、殺すって――、死霊魔法とか、そういうのですか」
おっと、これは言い方が悪かったかな。どうも勘違いさせてしまったみたいだ。
「いえ、殺すと言っても仮死状態ですね」
「仮死状態ですか――、でも、それにどういう意味が?」
「そうですね。こう言えばわかるでしょうか。このゲートの仕組みは僕もよくわかっていないんですけど、次元の歪みを通じてこのアヴァロン=エラにやって来た人には、魂とかそういうものに元の世界の位置情報が紐づけされているみたいなんです。おそらくテイムをすればその紐づけは解消されるというのがソニアの予想なんですが、まあ、完全にその紐づけを書き換えるなら、一度、その情報をリセットするのが一番みたいで、だから、仮死状態で契約をしてしまえということみたいですよ」
「ええと、なにやら難しい魔砲理論なんでしょうか、私だとちょっと理解できないところもありましたけど、
ともかく、私があの子を確実に連れて帰るためには、あの子を仮死状態にする必要があるってことですよね。
でも仮死状態なんてどうやってすれば――」
ちょっと長めのその説明に、エルマさんとしては細かな部分までは理解が及ばなかったみたいだが、納得はしてくれたみたいだ。
「それに関しては、当たれば確実に仮死状態に出来る魔法がありまして――」
「そんな魔法があるんですか!?」
「ええ、マリィさんにお手伝いをお願いしなければなりませんが」
「私ですの?」
「はい。オーナーによると、〈永久凍棺〉という氷の魔法を使えば、安全に対象を仮死状態に出来るみたいなんですけど、それがなかなか高等な魔法みたいでして、僕では手に負えないみたいなんです。なので、すみませんがご協力願えますか?」
因みに、この〈永久凍棺〉という魔法は、とある世界のとある魔導師が不治の病にかかってしまった妻の病気を治す、その過程において作った魔法だそうで、なんていうか魔法技術を使ってするコールドスリープのようなものらしい。
「ですが、私、氷の魔法は使えませんわよ」
「ええ、ですので、下位の氷魔法が使える僕と、上位以上の魔法発動が可能なマリィさんが力を合わせるんです」
「同調魔法ですわね」
同調魔法。それは一つの魔法式を複数人が力を合わせて発動させる技術である。
しかし、今回に限っては、
「いえ、そこまで大層なものじゃないみたいですよ」
「しかし、上手くいくでしょうか、〈永久凍棺〉でしたか、その効果を聞く限りでは、なかなかに難しい魔法のようですが」
「その辺りはソニアが専用の魔法式を用意してくれるみたいなので、おそらくは大丈夫かと」
なんでも魔法そのものの制御を魔法式がしてくれるようにちゃんと調整してくれているみたいだ。
「そうですか、ならば心配ありませんわね」
細かなところまでの説明しないものの、ソニアが関わっているの魔法式ならなんとかなる。数々の魔法剣などを発注しているマリィさんからすると、それがソニア自らが組んだ魔法式だというだけで信頼に値することなのだろう。
「それで私はどうしたら」
と、話がまとまったところで聞いてくるのはエルマさんだ。
とはいえ、エルマさんに関しては特に変わったことをしてもらう必要はなく。
「エルマさんはあのハーピーをテイムする条件を整えてください。そうすれば僕達がテイムする寸前であのハーピーを仮死状態にしますので、後はエルマさんがテイムをしてくれれば大丈夫ですから」
テイムの方式、その仕様は、それぞれの世界や個人個人でも違っていたりする。
だから、エルマさんにはテイム作業に集中してもらって、僕とマリィさんが最後の仕上げのお手伝いをする。
「よっしゃ、俺も手伝いますよ」
そして、元春としては僕とマリィさんが手伝いに入って、自分だけが何もしないのは気が引ける――、いや、ただ単純に女性陣の前でカッコイイところを見せたいのだろう。
ということで、頼んではないが元春も参戦決定。
ソニアから改良された〈永久凍棺〉の魔法式が送られてくる間に、僕はエルマさんに元春にと使い捨ての装備も含めた戦闘用アイテムを渡し、客員の戦闘準備と〈永久凍棺〉の準備が整ったところで始まるハーピーとの戦い。
個人的には、一度、元春あたりを実験台に〈永久凍棺〉の試し打ちをしてみたかったのだが、どうもこの二人がかりでするこの魔法は発動までにそれなりに時間がかかるらしく、
さすがにその間、ずっとハーピーを放置しておくのはよろしくないということで、ぶっつけ本番。
元春とエルマさん、ヤートとタールの四人がハーピーとの戦いに挑む傍ら、僕とマリィさんが〈永久凍棺〉の準備に取り掛かる。
因みに、戦闘班の一人に名前を連ねるタールというのは、エルマさんがミスリルの〈スクナカード〉で生み出したスクナである。
彼女(?)はゲームのナビゲートキャラにありがちな光の玉に羽が生えたようなスクナで、
特技は〈閃光〉に〈環境影響無視〉と地味なものだが、今回の戦闘では〈閃光〉という特技がいい仕事をしているみたいだ。
狭苦しい二種類の結界の間を危なっかしく飛びながらも、地上への攻撃を仕掛けるハーピーにしつこくまとわりつくようにしながらも、ピカピカと閃光を浴びせ続けてハーピーの目をくらませていた。
「しかし、こうやって見ると空中戦も見ごたえがありますわね」
「そうですね」
僕とマリィさんが見るのは上空に浮かぶカリアから送られてくる映像。
空中でヤート&タールと戦うハーピーを追いかける映像だ。
「これは私も空中戦用の装備などをつくるべきかしら」
「空中戦用の装備ですか?」
「『盾無』や『月数』でもある程度のことはできそうですが、それ専用の鎧を作るというのも面白そうではありませんか」
マリィさんもこれから源氏八領もどきを揃えていくみたいだし、何かに特化した鎧を作っていくという方向性は間違っていないのかもしれない。
そうなると、名前は『薄金』あたり、素材はやっぱりボルカラッカとかになるのかな。
ボルカラッカの骨を砕いたものを魔法金属に錬成して、鎧そのものに飛行能力を持たせるとか。
とはいえ、今は目の前の戦いに意識を集中だ。
最後の最後で僕がしくじったらエルマさんに申し訳ないからね。
ということで、眼前というか、上空で行われているハーピーvs従魔&スクナの戦闘に目を向けるのだが、問題の空中戦はというと、飛行性能でいうと隼のヤートの方が上なのだが、体格差や魔法の威力の所為で、どちらかといえばハーピーの方が優勢みたいだ。
因みに、地上からもエルマさんが泥弾などの魔法で援護はしているが、半球状の結界のせいで上手く射線がとれないみたいだ。
そうなると、これはこっちで結界の形を調整したほうが戦いやすくなるかな。
ということで、僕は〈永久凍棺〉の準備をしながらも、片手間に四人とハーピーを閉じ込めている結界を調整。
すると、この調整によってエルマさんの泥球の攻撃が次々とハーピーにヒット。
ハーピーがそれを嫌がるようにエルマさんを狙うのだが、そうすると今度はヤートとタールが空中からハーピーを狙い。
徐々に追い詰められていくハーピー。
「〈泥縄〉」
そして、隙を伺いエルマさんが放った土の拘束魔法がハーピーを捉える。
しかし、その拘束魔法も必死に藻掻くハーピーにすぐに振りほどかれてしまい。
「失敗みたいですわね」
「少し焦ったという感じですね」
自分が拘束されかけたことに対する怒りだろう、怒りに燃えたような様子のハーピーがその大きな翼をはためかせて〈泥縄〉の魔法を使ったエルマさんに、矢と化した自身の羽を大量に放つ。
だが、そんな降り注ぐ羽の雨を受け止める者がいた。元春だ。
戦いに入る前に持たせた強化ダンボールの盾を、魔法を放った直後で動けなかったエルマさんの前に割り込ませたのだ。
結果、強化ダンボールの盾は羽まみれに。
「なかなか強力な攻撃だったみたいですわね」
「装備がない部分に当たると危なそうですね」
「しかし、威力の反面、攻撃の直前に大きく羽をはばたかせるようなので、攻撃としてはわかりやすいものですわね」
マリィさんの言う通り、あれだけ大きな前兆行動があるのなら、さすがの元春も見逃すことはないだろう。
実際、いまもエルマさんはしっかりとハーピーの攻撃に反応して、元春の盾が割り込む寸前に回避の行動に移ろうとしていたし、あの、元春でさえ初見でちゃんと対処してみせたのだ。
「さて、ここからどう動きますか」
「それほど時間はかからないんじゃないでしょうか。あと、二・三発、あの矢のような羽攻撃を耐えきれば、エルマさんの勝ちだと思いますよ」
「それはどういうことですの?」
「あの羽根は魔法で作ったものではないということです」
ハーピーの鋭い羽根を一斉の飛ばす攻撃はたしかに強力だ。
しかし、それは魔法でも特殊能力でもなく、単純に羽根を飛ばした攻撃でしかない。
つまり、あの矢羽攻撃をすればするほど、ハーピーの羽は少なくなっていくのだ。
「虎助の言う通りになりましたわね」
「怒りに任せて羽を使いすぎた。それがハーピーの敗因ですね」
見た目はそれほど変わっていないが元春の楯がハリネズミのようになるくらいに羽の攻撃をぶつけたのだ。その分、羽に残っている矢羽の量は減るわけで、
最終的にハーピーの飛行能力がダウンしたのを見計らって、エルマさんが反転攻勢に打って出る。
上空のヤートとタールが動きが鈍くなったハーピーの気を引き、エルマさんが再度〈泥縄〉を重ね掛け、こうなると、もうハーピーにエルマさんの魔法を防ぐ手立ては残されていないみたいだ。
さて、後は僕とマリィさんが例の魔法を成功させるだけ。
「虎助、行きますわよ」
「はい」
その後、無事に氷漬けになったハーピーはエルマさんに無事にテイムされることになった。
◆次回は水曜日に投稿予定です。