テイマーさんと男子高校生共
それはエルマさんとの試合のすぐ後のこと、
エルマさんが本格的に訓練を受けてくれるということで、見学を兼ねて沢山のディストピアが展示してある施設に足を運んでみる。
すると、ちょうど、早朝から正則君のリクエストでディストピアを利用していた元春達が施設から出てきて、僕達を――というかエルマさんを見つけるやいなや、カサカサっと元春が人間らしからぬ動きで近づいてきて、僕の手を引ったくったと思いきや、エルマさんとマリィさんの二人から離れた場所まで僕を連れていき、妙に甲高い声で聞いてくるのは、
「おいおい、なんだよ。あの真面目かわいいお姉さんは」
「なんていうか放っておけない感じの人だな」
いや、強引に引っ張ってきておいてまず聞くことがそれなのかい?
とはいえ、それが元春と正則君なら仕方ないよねってことで、ここは聞かれたことに答えた方が手っ取り早いと、斯く斯く然々――、彼女が何者なのか、どうしてこの世界にやって来たのか、今まで何をしていたのかを、順を追って説明したところで、元春を始めとした三人がう~んと唸るようにして、
「でっかいクジラに食われたとか、どっかで聞いたような話だな」
「代表的なのはピノキオですね。さすがに異世界転移はなかったとは思いますけど、漫画や小説、ゲームなどだとわりと定番のイベントですね」
「しっかしよ。それはそれとして、さっきの話から察するに、アレ、虎助がやったんだよな。お前、容赦なさ過ぎね。彼女、泥だらけじゃんかよ」
元春がちょいちょいと指を差すのはエルマさんの下半身。
見ると、色が黒ということで少しわかりにくいが彼女が履いてるタイツの膝小僧あたりが泥で汚れているようだ。
バリアブルシステムが働いている間は汚れなんかも受け付けないようになっているから、あの汚れはその後についたものなんだろうけど、これは〈浄化〉をかけてあげた方がいいかな。
意外と細やかな元春からのツッコミにそんなことを思いながらも、
「でも、よく気付いたよね」
「ああ、絶対領域がな――」
元春にしては珍しく気が回ると訊ねかけたところ、元春がまたお馬鹿なことを言いかけて、
しかし、すぐにしまったと話題を逸らすように――、
「で、それで、エルマさんだっけか? 彼女はどれくらいここにいるんだ」
いや、さすがにそれじゃ騙されないよ。
とはいえ、エルマさんとマリィさんを待たせてるこの状況でこの話題を広げるのは危険だ。
そう判断した僕は、とりあえずこの件は一時保留、次に何かあったら、その時に注意すればいいかと元春にじっとりと批難するような目線を送り、さり気なくエイルさん達の方へ移動しながらも、その話題に乗っかって、
「十日くらいかな。潜水艇を作るとなると時間がかかるからね」
「えっと、どうしてわざわざ潜水艇というのも気になりますが、そもそも潜水艇は十日で出来るものでしたっけ?」
うん。次郎君が言わんとすることはわかるよ。わかるんだけど、潜水艇っていっても本当に小さいヤツだから。
僕は次郎君からの疑問符に、ソニアが作った完成イメージを見せる。
すると、次郎君が「成程、それなら可能なんでしょうか」と納得してくれたのかな?
まあ、納得してくれたとして、
「で、その間、エルマさんは修行をするってわけだな」
それよりも話題を逸らす方が重要だとばかりの元春の確認に、僕が「そうだね」と答えると、続けて元春が「だったら、俺等と一緒に潜ってもらったらどうだ」と聞いてくるので、これ幸いにと僕は、
「もともとそのつもりだったよ。彼女一人だとディストピアの攻略は難しいだろうし」
ディストピアの中には一対一が強制されるようなギミックもあるのだが、基本的に多人数で攻略することが前提となっている。
だから、できれば彼女を連れて行って欲しいと頼んで、これでやっと紹介に入れるかなといざ移動を始めようとしたところ、元春はぐっと親指を立てて、
「さすがは虎助だぜ」
「でもよ。仲良くなっても簡単に会えないところがネックだな」
「まあ、それはそれだろ。一期一会の出会いを楽しもうじゃねーかよ」
「……僕にはあまり関係ないですが、ディストピアの攻略に人が増えることはありがたいですね」
「だな。
ってことで、彼女を入れても大丈夫ってことで――」
「「異議なし(ですね)」」
いや、君達はなにを勝手に決めちゃってるのかな。
どっちかっていうと、メンバーの選択権はエルマさんの側にあると思うんだけど。
勝手に話を進める元春達にため息をつく僕。
一方、この三人は――、
「エルマちゃんに合わせて簡単なとこにすっか」
「そうですね。僕も最近、錬金術の方にかかりっきりで、今回のアタックも正直きびしかったですから」
「でもよ。簡単なところっていうとカーバンクルか?」
「あれは一人でも攻略できるディストピアですからね。僕達が学校に行っている間にでもやってもらった方がいいのでは?」
たしかに次郎君の言う通り、カーバンクルのディストピアに大人数で行く必要はない。
むしろ一人で挑んだ方がカーバンクルの自らがよってきてくれたりするから。
「だったらフォレストワイバーンに挑むのがいいんじゃないかな」
「ちょ、なんでいきなりそんなとこに俺たちを放り込もうとしてんだよ」
「いやあ、今なら、人数も多いしいけるんじゃないかなあって思ってね。
あと、ワイバーンを倒せばヤート――、ああ、エルマさんの肩に乗ってる鳥の魔獣なんだけど、あの子のパワーアップも狙えるかもしれないから。それに空中戦ができる仲間がいた方が戦いやすいでしょ」
「たしかに相手がワイバーンってなると空中戦をできるヤツがいると助かるな。
俺等の中だと空中戦ができんのはドルドくらいなもんだからな」
否定的な元春と違って正則君は乗り気のようだ。
ただ、空中戦に関して言うのなら、元春達が装備する魔法の鎧を駆使すれば、フォレストワイバーンくらいには遅れを取らないくらいに戦えると思うんだけど。
まあ、それは実戦の中で気付いていってもらうとして、
「しかし虎助君、元春君が持つ【G】には女性に嫌悪感を抱かせるのではありませんでしたか。そこに彼女を入れて大丈夫なのでしょうか」
ああ、その懸念があったか。
「でも、そっちはたぶん大丈夫だと思うよ」
「ん、それってどういうことなん」
【G】の効果を懸念する次郎君に返した軽い返事に、元春が珍しく真剣な顔を作り聞いてくる。
まあ、元春としては自分のモテロードの邪魔をする【G】そいう実積の情報は、どんな些細なものでも手に入れておきたいのだろう。
「精神に影響を及ぼす魔法や権能の効果っていうのは、魔力量とか本人の資質や性格によって効果がない場合もあるんだよ」
佐藤さんとか魔女のみなさんがいい例かな、元春よりも魔力やらなんやらが高かったりすると、威圧とか殺気とかと同じようにレジストが可能だったりするのだ。
そもそも【G】という実積の元ネタとなっているイニシャルGな生物に、嫌悪感を抱かずに、ただの害虫として処理できるなんていう女子だっていたりする。
だから、【G】という実積によって発生する効果は、各々の資質によって回避できるものであると、そんな説明をしていたところ。
「そうですわね。というか、貴方達はいつまで彼女を待たせるのです」
「って、マリィちゃん。いつの間に!?」
「いつの間にというと、今しがたですが」
元春の背後、たぷりと腕組みをして横槍を入れてくるのはマリィさんだ。
その接近に気付かなかった元春は突然の乱入に驚くが、それよりも話の続きが気になると、すぐに僕の方に向き直り。
「で、でもよ。虎助やマリィちゃんが言った話をまとめると、もしかして俺って魔法がある世界の女子にモテモテなのか」
「いや、この場合、【G】が持つ権能の効果がレジストされるってだけだから、【G】の効果を上手くレジストできたとしてもモテモテになるなんてことはないと思うよ」
「ですわね」
【G】が持つ〈嫌悪強調〉、その効果は所有者の嫌悪される部分を強調するというものだ。
だから、それがなくなったところでプラスに振れることはないのだ。
「ぐっ、でもよ。周りが魔法が使えるような女子がばっかなら、最低でも初対面から蔑んだ目は――ともかく、『ちょっと近付かないでよオーラ』は出されずに済むんだよな」
「うん、(いろいろと言いたいことはあるけど――)まあ、そうだね。」
「しかし、現実的に地球でそれを実現するのは難しいのでは?」
一瞬見えた希望、そこに冷水を浴びせかけるような次郎君の発言。
元春は冷淡に事実だけを述べた次郎君に恨めしそうな視線を向けながらも、なにか――、なにか次郎君の言葉を覆す言葉はないかと考えるようにして、ピコン。頭上に豆電球を浮かべて。
「そうだ。佐藤さんとかよ。魔女が通う学校とかあるんじゃね。そこなら俺の実積が発するオーラ(?)そういうのをレジスト出来る女子なんばっかじゃね」
うん。確かにその条件なら【G】が持つ呪いのような権能もその効果を発揮できないかもしれない。
「でも、本当にそんな学校が本当にあるの?
それに、男の元春が魔女の学校に入るのは無理だよね」
そもそもそんな漫画じみた学校があるのだろうか。
そして、もしもそんな学校があったとしても、魔女の学校はあくまで魔女の学校、そこに男子である元春が入れるとは思えないと、現実を突きつけてみるが、元春はやれやれと言わんばかりに肩を竦めて。
「いやいやそこはよ。ラブコメ的な展開で入学を認められるとかあるんじゃね」
えと、どこまでもポジティブなのかな君は――、
僕は妄想が炸裂してアホみたいなことを至極当然のように言ってくる残念な友人を、本当に残念に思いながらも。
「もう、そんなこと言ってるなら、ふつうに自分自身で自分の能力を制御する方法を見つけたらいいんじゃない。そっちの方がまだ確率が高いんだから」
そんな妄想じみたアイデアに現実逃避するよりも、元春自身がレベルアップする方法を探した方が早いんじゃないかと、まっとうな道を示すのだが、
「まあ、そりゃそうなんだけどよ……。
でもよ、ちょっと待てよ。それで俺の魔力が上がったりしたら、逆に回りが【G】の効果をレジストできなくなるとかってパターンもあんじゃね。俺ってあんまり鍛えない方がいいんじゃね」
気が付いてしまったか。
そう、元春の魔力などが向上していった場合、周囲がその能力をレジストできなくなるという危険性もあり得るのだ。
しかし、それも――、
「今更だと思うけどね。地球で元春よりも魔力が多い人なんてもう殆どいないだろうから」
「って、ちょっと待て、知ってたんならなんで言ってくんなかったんだよ」
「いや、【G】なんて実積を持ってるの元春だけだから、その効果がどうなってるかなんて考えてなかったんだよ」
「くっ、どうにかなんねーのかよ」
「だから、さっきも言ったけど、まっとうに解決したいなら、元春自身がその力をコントロールするか、これは前にも言ったかもだけど、〈嫌悪強調〉の逆の効果がある権能を身につければ、効果を打ち消し合うんじゃないかな」
例えば〈好感度上昇〉とか、たぶんそういう権能があるだろうから、それに関連する実積を満たせばいいと思うんだよ。
「とにかく、この件はあとで考えるとして、自己紹介だけでもしておこうよ。たぶんエルマさんくらいの魔力なら【G】の効果も殆どないと思うんだよね」
「そ、そうだな」
「今更ですが、あまり待たせるのも失礼ですからね」
「本当にね」
◆必要のない豆知識
今回のお話でエルマがタイツを履いていたという描写が出てきましたが、タイツの原型ともいうべきショース(ホーズ)というズボン(?)は中世の初期には既に存在していたとのことです。
まあ、当時は伸縮性の素材がなかったようで、足の美しいラインを見せるためにはオーダーメイドが必要だったらしく、きちんとしたものは貴族階級でないと手に入らなかったとかなんとか。
そして、主に着用するのは男性だったそうで、古い人物画などで貴族の人なんかが履いている白いタイツみたいなアレがショースだそうです。
※因みに、今回エルマが身につけていたタイツは魔物素材を使って作った防具という設定になっております。