テイマーさんと戦ってみよう
ソニアとの相談終えて店に戻ると、そこには所在なさげにするエルマさんがいた。
まあ、クジラのような謎の巨大生物に食べられたかと思いきや異世界にいて、自分の世界に戻るには船が必要かもしれないと言われて、それからまったく知らない女の子がいる店の中に放置されたのだから仕方が無いのかもしれない。
僕はお茶にゲームとそれぞれの時間を楽しんでいるマリィさんと魔王様がいる和室の片隅、自分は空気だとばかりに存在感を消していたエルマさんに、うん。このまま放っておくとちょっとかわいそうかなとか思いながらも、さっきソニアと話したばかりの提案をしてみる。
すると、エルマさんは軽くキョトンとしながらも。
「実践訓練ですか?」
「はい。戻った後のこともありますし、エルマさんはこれからもいろいろな場所にいくんですよね。それでしたら、ある程度、力をつけておいた方がいいかと思いまして」
「それは――、たしかにそうかもしれないですね。
でも、その実践訓練というものはどのようなものなんです?」
強くなるのに否は無い。しかし、どんな訓練をするのか、きちんと確かめた後でないと決められない。
やや口ごもりながらもきちんと確認をしてくるエルマさんに、僕は努めて柔らかな表情で、
「実は、このアヴァロン=エラには、力をつけることをを目的として作られた魔導器がありまして、エルマさんにはそれを使って強くなってもらおうと思っています」
「訓練用の魔導器ですか。
それって、かなりの高級品って聞きますけど」
これは以前、アムクラブからやってきたお客様に聞いた話なのだが、他の世界にもディストピアように戦闘訓練を行うことができる魔導器は存在するらしい。
しかしそれは、かなり希少なものらしく、例えば、国の騎士団や有名な傭兵団など、潤沢な資金を持つ組織でなければ到底手に入れられない魔導器なのだそうだ。
それが、こんな荒野のど真ん中にある一商店にあるのはおかしいと、エルマさんが疑うのは尤もなのだが、
「これに関してはウチで自作している魔導器ですから」
「訓練用の魔導器を自作ですか?」
さらりと言ってのけたその発言に驚くエルマさん。
しかし、エルマさんは店内のある一点を視界に捉えて、
「いえ、さすがはエクスカリバーが置いてあるお店といったところでしょうか」
どんな世界でも通じるエクスカリバーさんのブランド力。
それが翻訳魔法の妙なのか、それとも共通認識的なものなのかはわからないが、光の精霊が宿った聖剣の名前は世界を跨いでも共通認識として通じるものらしい。
「でも、その前に、エルマさんの実力を試させてもらえませんか、場合によってはいろいろと安全策を講じないと訓練そのものが難しいかもしれませんので」
「あの、それって店長が私の実力を見るってことですか?」
実力を試させて欲しいという僕に若干心配そうな目を向けてくるエルマさん。
まあ、僕はただの学生だし、エルマさんからみると、いくら希少な装備を売っているとはいえ、所詮は小さな商店の店主でしかないことから、その反応もわからないでもないんだけれど。
「虎助は強いですわ」
「……強い」
おお、マリィさんと魔王様がフォローを入れてくれたぞ。
そして、マリィさんの証言はともかく、ハーフエルフである魔王様の『強い』という言葉がエルマさんには強く響いたみたいだ。
彼女がそう言うならという雰囲気になってきて、
「それに、エルマさんの相手をするなら僕が適任ですから」
僕が言うと、エルマさんが『それはどういうことなのか?』とばかりに見上げてくるエルマさん。
「アクア。おいで」
と、そんなエルマさんの視線に答えるように僕が呼び出したのは、青い髪に紺色のマーメイドドレスが鮮やかな歌姫アクア。
そう、空を飛ぶ従魔を持つエルマさんには、同じく空中移動が可能なスクナを持つ、僕が直接当たるのが一番わかりやすいと思ったのだ。
僕が呼び出したアクアを見て、エイルさんは大きく目を見開き聞いてくる。
「店長さんは召喚師だったんですか?」
「いえ、アクアはちょっと違ってまして、なんていいますか精霊を宿したゴーレムなんですよ」
「精霊を宿したゴーレム!?
店長さんは精霊使いなんですか?」
「……優秀」
おっと、思った以上の反応だ。
そして、魔王様の評価は過大です。
とはいえ、精霊使いかどうかという話に関しては、
「一応はそうなりますか」
「凄いです」
「凄いっていっても、この〈スクナカード〉があれば誰でも出来ることですけどね」
アクアとの契約は本当に偶然の産物なのだが、精霊と契約し、一緒に戦うだけならばこのアヴァロン=エラなら誰にだって可能である。
僕がオニキスの〈スクナカード〉を見せてそう答えたところ、エルマさんは愕然としたご様子で、
「そんな魔導器が――」
「あら、〈スクナカード〉は万屋で普通に売っていますわよ」
続くマリィさんの声に「え?」と素っ頓狂な声を上げるエルマさん。
そして、「ほら、そこに――」と、マリィさんがピッと突き出す指先を辿って、棚にまとめておかれる、青と黒、二種類のカードを見つけたエルマさんは「き、気付かなかった」とショックを受けたようにうなだれて、
「あの、それはお幾らなんですか?」
「エルマさんの手持ちなら、ミスリルのカードまでなら余裕で買えますね」
エルマさんがどれくらいのお金を持っているのかは船が必要だという話の時に確認している。
その時に持っていた銀貨の数を考えると、これくらい余裕で買えるんじゃないかとそう答えたところ、エルマさんがぱちくりと高速のまばたきを数回して、
「あの、ミスリルって、あのミスリルですか?」
「あのというそれが何を指す言葉なのかはわからないんですけど、ミスリルですね」
これもお決まりのパターンだね。ミスリルがポンと店頭で売られていることに驚くエルマさん。
しかし、これに関してはいつものことと、僕が軽く流そうとしたところ、エルマさんはエルマさんで、驚きながらも魔王様を視界に収め、「ああ、エルフの協力者がいるなら――」と一人勝手に納得してくれたみたいだ。
それから、ウズウズと〈スクナカード〉買いたい様子のエルマさんだったが、先に試合の約束をした以上、先にそっちをやってからじゃないと――、義理堅くもそう思ってくれたようだ。ぐっと我慢してくれるみたいだ。
だったらさっさと実力を見せてもらったところで憂いなく〈スクナカード〉を買ってもらおうと、エルマさんを工房側の訓練場にお誘いして、
「では、結界を展開しますね」
魔法窓を展開、バリアブルシステムを発動。
周囲をスキャンする緑色の光が放たれると、エルマさんはその光に軽く身構えて、
「あの、これは?」
結界を展開すると言ったのに、何故か放たれる光にエルマさんが戸惑った様子で聞いてくる。
「ああ、すみません。少しその場から動かないでくださいね。このスキャンで測ったデータを元にして、体の周りに戦闘のダメージを肩代わりしてくれる結界を展開させていますから」
「あの、それって、この結界の中なら怪我とかの心配がなく実践訓練が出来ると、そういうことですか」
「そうですね。試してみましょうか」
『そんな、国が所有するような訓練用の魔導器があるなんて』と困惑したように呟くエルマさんの反応に、まあ、話しただけだと信じられない話だろうと僕が解体用のナイフを使って、わざとダメージを食らってみせる。
すると、エルマさんは「きゃっ」と可愛らしい悲鳴を上げながらもおちついて、僕が無傷なことを確かめると、真顔になってこう聞いてくる。
「あの、店長は何者なんです」
「しがないバイト店長ですけど」
「いやいやいやいや、ありえないですよね。訓練用の魔導器があるって言われた時も驚きでしたけど、この結界はなんですか、もう国とか、そういうところが所有するような魔導器じゃないですか」
いかにも興奮した様子でさり気なくついてきていたマリィさんに呼びかけるエイルさん。
しかし、マリィさんからしてみてみると、バリアブルシステムなど、ゲート由来の技術は既におなじみのものであり、『そんなに驚くことがありますの?』とばかりに小首を傾げるマリィさんに、また驚愕の表情を浮かべるエイルさん。
僕はそんな二人のやり取りを微笑ましげに見ながらも、お互いのバリアの設定を見直して、
「えと、そろそろいいですか」
改めてエルマさんに声を掛けたところ、まだ納得しきれていないようだが、僕達がこんなに平然としているのに自分だけがあまり騒ぐのは恥ずかしいと、そんな風に思ったのかもしれない。エルマさんはコホンと咳払い、気を取り直して腰にぶら下げていたメイスを手に取って、鷲のような鳥型従魔であるヤートを自分の手に捕まらせたところで、「はい。大丈夫です」という返事をくれる。
僕はそんなエルマさんからの返事に頷き、魔法窓をタップ。
すると、テンカウントが空中に躍って、ビーといかにもなブザーに合わせてバトルスタート。
空にヤートを飛ばすエイルさんの動きに合わせて、僕も人魚化したアクアを空に放ったところで〈水操り〉で無数の水球を作ってもらう。
因みに、アクアが作り出したこの無数の水球には攻撃力が無い。
しかし、エルマさんを驚かせることには成功したみたいだ。
エルマさんはアクアが展開した水球の数に一瞬目を見張りながらも、すかさず真剣な目をして呪文を唱え始める。
一方の僕はアクアに頼んでその水球を発射。
見た目だけなら凄まじい水の弾幕がエルマさんとヤートに襲いかかる。
すると、エルマさんは迫る無数の水球に対して、土の壁を作り出し、その影に隠れることを選んだようだ。
そして、エルマさんの頭上を旋回していたヤートは、襲いかかる水の弾幕に対して、まるでロボットアニメのエースパイロットかのごとく、縦横無尽に空を舞い、躱しつつも、水球を操るアクアを狙っていくようだ。
そして、僕はといえば、一人と一匹がアクアが生み出した無数の水球に気を取られている隙に、エルマさんが隠れている土の壁を大きく回り込むようにして彼女に接近しようと試みるのだが、
「――っ!! 〈泥球〉」
さすがに大きく回り込むようにしたこの接近に気付かないハズがないか。
エルマさんが驚きながらも放った泥の魔球、僕はその泥団子のような塊をを掻い潜るように避けながらもエルマさんに急接近、ある程度近づいたところで、返しにとばかりに腰から抜いた魔法獣で衝撃の魔弾を複数放っていく。
すると、エルマさんも負けてはいない。自分に向かって高速で飛んでくる魔弾に対し、身を捩り回避を試みながらも、避けきれない魔弾には短めのメイスを盾のように構え迎撃を試みるのだが、そこは衝撃の魔弾、エルマさんのメイスに衝撃の魔弾が接触した瞬間に爆発し、周囲に撒き散らされた透明の衝撃によってもう一つの魔弾も誘爆、二倍になった衝撃を受けたエルマさんは背後に作った小さな土壁に体を打ちつけられる。
と、ここから更に追撃をしてもいいのだが、このままガンガン攻めていくと、すぐに勝負が決まっちゃうかもしれないからと空を見上げ、上空から主人を守ろうと突っ込んでくるヤートに対して僕は、
うん。主人思いの従魔だね。
自分の足元に衝撃の魔弾を放ち、その衝撃でヤートを吹き飛ばすと同時にエルマさんから距離を取り、戦いはいったん仕切り直しとなるのだが、
あれ、反撃が来ない。
見ると、エルマさんは自分が作った土壁に打ち付けられたことによって軽く脳を揺さぶられてしまったみたいだ。
ちょっとやり過ぎちゃったかなあ。
偶然にバリアブルシステムの穴をつく形になってしまったダメージに、僕が心配そうな視線を向けていると、それが挑発になってしまったみたいだ。
エルマさんはふらつきながらも数歩前に出て「まだやれます」と武器を構え直し。
「ヤート、大きいに行くから牽制お願い」
囁くようにそう指示を出す。
正直、実積やらなんやらで聴力が鍛えられている僕としては、いくら小声で出した指示とはいえ、その声はハッキリとこの耳に届いてしまうものなのだが、
やっぱりここは聞こえなかったフリした方がいいんだよね。
僕はあえて空気を読んで聞こえてしまった作戦をスルー。
次の攻撃に向けて口元で呪文を転がすエルマさんに最接近しようとするのだが、
そこに降り注ぐ見えない刃。
ヤートがアクアが放つ水球を掻い潜り上空から風の刃を放ってきているみたいだ。
エルマさんに近付こうとする僕に降り注ぐ複数の透明な刃。
そうしてヤートが稼いだ時間でエルマさんの呪文が完成したみたいだ。地面に手をついて、
「〈震撃〉っ!!」
これは地震の魔法かな。
瞬間、地面に浮かび上がった魔法陣がごくごく小規模な地震を引き起こす。
僕がその揺れに足を止めたところで、エルマさんとヤートがそれぞれに魔法攻撃を繰り出すのだが、その攻撃は僕を守るように舞い降りてきた水球によって威力が減衰し、僕に届く頃にはほぼ攻撃力を失っていた。
しかし、アクアからの妨害はエルマさんは想定していたみたいだ。
風をまとったヤートが突貫をかけてくる。
一方、エルマさんは装備していた旅人風の服の袖口に付けられたボタンに魔力を込めて、小規模な土石流を発生させる。
風を纏った巨鷲が土石流を伴い迫ってくる。
いい攻撃だね。
僕はそんな一人と一匹のコンビネーションにふっと口元に笑みを作り、〈氷筍〉を発動。
地面から突き出した小さな氷の尖塔によって突っ込んでくるヤートに牽制をかけると同時に、それを踏み台にして土石流を回避。
そして、土石流によって氷筍が折られる勢いを利用してジャンプ。エルマさんの背後を取ると魔法銃を突きつけて、
「勝負ありでよろしいでしょうか」
と、ここでエルマさんは手詰まりみたいだ。
相手が元春だった場合、ここから砂かけによる目潰し、なんて反撃があったりするのだが、正統派のテイマーであるエルマさんではそこまでの気が回らないようだ。
そして、
「まさか、年下の男の子にこんな簡単にやられちゃうなんて――」
呆れと僅かな震えを伴った声でそう言って膝をつくエルマさん。
でも――、
「まあ、そこは実戦経験の差ですかね。ここにいると戦いには事欠きませんから」
「実戦経験のさですか」
「そうですね。迷い込んでくるのは人間だけではないということです」
その言葉に納得の顔のエルマさん。
そう、このアヴァロン=エラには、日に数度、魔獣の領域と呼ばれるような魔素の濃い場所から強力な魔獣が紛れ込んでくるのだ。そんな毎日を過ごしていれば、いやでも実戦慣れしてくるというもの、それに僕の場合は母さん主催のブートキャンプなんていう下地もあったからね。
「それで、どうします」
「そうですね。せっかくご教授寝返るんですから、短い間ですがよろしくお願いします」
◆次回は水曜日に投稿予定です。