船を作ろう
エルマさんとの話し合いが終わったところで、エルマさんの寝床の確保をベル君に任せ、僕は工房の地下にひきこもるソニアの下を訪れていた。
「それでエルマさんに渡す船はどんな感じで作ればいいのかな?」
「一応、こんなのを予定してるかな」
エルマさんとの交渉はまとめたが、船造りに関して僕は素人、ということで、白い研究室の中、遠隔操作で生産特化のゴーレムを操るソニアにどんな船を作るのかを素直に訊ねたところ、ソニアが見せてくれたのはファンタジーゲームなんかに出てくるような木製の潜水艇だった。
僕は手元の寄越された魔法窓を見て、ソニア本人とそのイラストの間を白い目で往復しながらも。
「これって世界観とか大丈夫なの?」
「木製だから大丈夫なんじゃない」
またそんな適当なこと言って――、
しかし、調べてみると地球で潜水艦の原型が作られたとされるのが十七世紀前半のことだそうな。
そう考えると、大陸間で船旅が存在しているエルマさんの世界に木製の潜水艦があったとしても別におかしくはないのかも。
でも、今回のコレはソニアの性格を考えて、
「というか、ただ作ってみたかったんでしょ。ソニアからの提案があって、こっちに来るまでにこんな細かい設計図ができてるなんておかしいし」
僕がジト目でそう指摘すると、ソニアは薄く笑うような表情を浮かべ。
「それは否定しないかな。今回はせっかくの機会だし、いろいろと実験をしたいと思ってるからね。この潜水艇もその一環ってところさ」
「実験?」
無い胸を反らし、ふんぞり返るソニアに、僕がそう訊ねると、ソニアは偉そうなポーズのまま、にゅるんと後方宙返り、身を乗り出すようにして、
「まず、今回船を作るにあたって船そのものに収納機能をつけようと思ってるんだよ」
収納機能というと倉庫みたいなものになるのかな。
それなら普通にマジックバッグを持たせてあげればいいんじゃないのかな。
どうしてわざわざそんな面倒なことをとするのかと、僕がソニアに聞き返そうとしたところ、ソニアは僕の疑問を遮るように「違う違う」とそう言って、
「船そのものにマジックバッグ機能をくっつけるんだよ。
ほら、漫画とかにもあるでしょ。スイッチひとつでおっきい家が出てきたりするヤツとか」
有名なカプセル状のあれだね。
でも、どうしてそんな機能を船に付ける必要があるのか、船そのものに収納機能を付けるくらいなら、ふつうにマジックバッグを一つ持った方が楽なんじゃないのか、僕が続けてそう訊ねると、ソニアは「ちっちっちっ」と指を振って、
「虎助は忘れてるかもだけど、マジックバッグは高級なマジックアイテムだからね。
もし、彼女が潜水艇を入れているところを誰かに見られたらマズいことになると思わない」
たしかに、エルマさんの世界がどのくらい魔術が発展した世界なのかはわからないけど、小さいとはいえ、船一つを入れておけるマジックバッグは相当希少なアイテムになるハズだ。
そんなマジックバッグの存在が知られたその時、マジックバッグは勿論のこと、その持ち主であるエルマさんも狙われるというソニアの指摘は尤もなものだろう。
だからここは、船そのものにそういう機能を付けて、最悪バレたとしても、船を捨てて逃げれば相手も追いかけて来ないと。
「ま、そういうことだから、オニキスを借りてもいいかな」
「オニキスを?」
はて、どうしてここで、僕のスクナになって久しいオニキスの名前が出てくるのか。
僕が頭上に小さな疑問符を浮かべていると。
「うん。オニキスの〈闇の抱擁〉ってマジックバッグみたいに使える特技だったんでしょ」
オニキスが持っていた特技〈闇の抱擁〉、それは名前そのまま、オニキスが生み出した闇で対象を包み、その闇の中に対象を取り込む魔法だった。
攻撃力はまるでないが、アイテムや魔法はもちろん、生きているものでさえ激しく抵抗されなければ、闇の中に取り込んで、取り込んだ時の状態を保持することができる、最上級のマジックバッグを超える能力を持っていたのだ。
ソニアはそんな特技を解析することによって、もともと存在する魔獣素材由来のマジックバッグと、どことも知れない宇宙からやってきたアカボーさんから教えてもらった空間制御技術を更に便利なものに作り変えられるのではと考えているみたいだ。
なにより、オニキスが使う〈闇の抱擁〉は隙の少ない技である。それをそのまま――とまではいわないものの、ある程度、同じような効力を船に付与することができたのならば、収納しているところを見られるリスクが限りなく低くなるとのことだそうな。
成程、そういうことなら――、
「オニキスがいいなら大丈夫だよ」
「お願いね」
と、ソニアからのお願いに、僕がオニキスを呼び出して、ソニアのお手伝いをしてくれないかと頼む一方、
「でも、先にモノを作らないとだから、まずは潜水艇の細かい設計だよね」
ソニアは例のイメージ画をベースに使う素材やら、その加工方法などを考えていく。
まず、本体はまだ千本単位で残っている古代樹の中で大きなものをくり抜いて作るようだ。
しかしそれは、ただ単に古代樹を潜水艇の形にくり抜くだけで出来上がりというわけではなく、その表面をミスリルと世界樹の樹脂を錬金して作った塗料と|ガラス繊維プラスチック《FRP》のような特殊シートを何重にも貼り付けていくことで、水深百メートルくらいまでなら余裕で潜れる強度を確保するみたいだ。
そこに取り付けられるスクリュー。
これは通販で三万円前のアルミ製のものを買ってきて魔法金属化、海藻なんかが絡みついてもいいように〈水刃〉の魔法式を施そうと考えているみたいだ。
因みに、そのスクリューをどうして万屋で作らないかというと。
「ボクが作ってもいいんだけど、急ぎの仕事みたいだから手間を省こうと思ってね」
とのことだそうだ。
まあ、ソニアが作るとなると、水を掻くのに効率がいい形はどんなものだなんだのと、いろいろとこだわりが入りそうだから、その予防ということなのだろう。
そして、スクリューを回す動力もありもので済ませるみたいで、万屋の電力供給に使っている魔法の歯車、あれをダウングレードしたものを使うみたいである。
たしかに、あの歯車なら、一度回し始めれば、使用者が止めるまで周囲の魔素によって一定のスピードで回り続けるから、長距離の移動にはもってこいだ。
あと、もしも歯車が壊れてしまった場合や、スピードアップ、接岸などを目的に、魔法によるウォータージェット装置をオプションに付けるみたいだ。
と、潜水艇の大雑把な仕様を決まったところでエレイン君の出番である。
作成した魔動潜水艇の設計図を元に潜水艇の原型を作ってもらうのだ。
これで潜水艇の方は一段落、次に取り掛かるのは空間魔法の研究ではなく。
「それで、『掃除屋』の調査の方はどうするの?」
「ああ、それは自立型調査用ゴーレムを作って対応しようと思ってるよ。
それなら彼女の負担もほとんど無いし、調査そのものも、ゴーレム自体が『掃除屋』のお世話になればいいだけだからね」
つまり、ソニアの言っていることをまとめると、ゴーレムが実際に『掃除屋』の掃除に巻き込まれる形でその効果を調べるってことかな。
「でもそうなると、今回はスカラベとか小動物型のゴーレムじゃなくて魚型のゴーレムになるのかな」
「いや、主な活動地域は海の中だけど、なにがあるかわからないから、ある程度、陸上でも動けるようにした方がいいと思うんだよ」
「ん、ただ食べられるだけいいだけだから、そこまで気にしなくてもいいんじゃないの」
「まあね。一回食べられるだけなら虎助が言う通りだけど、掃除屋そのものの調査もしたいから、なにより、一回食べられただけじゃちゃんとしたデータは取れないでしょ」
たしかに、一回の転移だけですべてのデータを集めるのは難しい。そして、『掃除屋』本体の方の調査もするなら、いろいろな状況に対応できるようなゴーレムが必要になるのか、場合によっては自然現象や他の魔獣のご厄介になるかもしれないし。
「そうなると、カメとか、タコとかそんな感じのゴーレムになるのかな」
「そうだね。『掃除屋』に食べられるだけの探査ゴーレムを抱えるのと魔獣に襲われる可能性を考えるとカメがいいかもね」
そして、活動場所が海の中だからということで、外殻は軽くて劣化しにくいアルミを使うことに決まり。
「後は細かい自律行動ができるようにインベントリも大きめのものを使って、そこにカリアなんかが集めたエレイン達の行動データなんかもぶち込んで、頭脳周りの配線には魔力伝導率が高いエルライトを、それから、余分な魔力を溜めて置けるようにミスリル製の蓄魔器を搭載しておきたいね」
内部構造に、搭載する人工AI、もしもの時の動力源を決定。
「最後に攻撃手段とか用意しておいた方がいいかな」
「自立型で調査特化のゴーレムに余計な魔法式を組み込む余裕なんてあるの?」
「うん。だから攻撃は足止め程度になるかな。逃げてばっかでも逆に魔力を使っちゃう場合もあるから」
「そうなると〈放電〉とかシンプル魔法式を組み込むのがいいのかな」
「だね。それなら大した処理の必要なく高火力が望めそうだし」
そもそも海中で電気系の技を使うなら指向性なんかの処理も殆ど意味がないだろうしなあ。
「でも、それだと狙った敵だけじゃなくて周辺にも被害を与えそうな感じだけど……」
「それは大丈夫なんじゃない。この攻撃を使うくらいに追い詰められた状態なら、周りに人も居ないだろうし」
「それもそっか」
「基本は目立たず淡々と調査をしてもらうって感じだから、こっちから手を出すことはないんだし、使うことなんてそうそうないと思うけどね」
と、僕とソニアがそれぞれにアイデアを出しながら、エイルさんにわたす調査ゴーレムの設計を進めていくと、その最中、ソニアがふと思い出したように、
「そういえばさ。調査っていうとマリィのところの調査はどうなってるの?」
マリィさんのところの調査というと、周辺の地質調査じゃなくて、魔境から移動できるアヴァロン=エラを含めた七つの世界の調査かな。
「あれ、ソニアも気になってる感じ?」
「そりゃあね。転移の基軸となっているあの魔鏡、あれを銀騎士越しではあるけど調べさせてもらったけど、あんな小さくて高性能な転移の魔導器があの世界で生まれるなんて不自然にも程があるからね」
言っては悪いかもしれないが、マリィさんの世界は魔法的にも科学的にもまだまだ発展途上の世界である。そんな世界にあってあの魔鏡は明らかにオーバースペックなマジックアイテムだ。
「でも、ダンジョンとかがある世界なら、そこから産出された、なんて場合もあるんじゃない」
魔法世界におけるダンジョンとは、成り立ちこそ様々であるが、その深度によって、例えば神器などと呼ばれるような品物が極稀にであるが産出されることがあるという。
だから、マリィさんの城にある魔鏡も、そういう場所から見つかったマジックアイテムなのではないか。
そんな可能性を指摘する僕に、ソニアは目にも止まらない指さばきで魔法窓を操り、カメ型探査ゴーレムの内部設計図を完成させていきながら。
「うん。ボクもその可能性は高いと思うよ。
でも、もしそうじゃなかった場合、ボクも詳しくあの魔境のことを調べないといけなくなるかもだから」
「ああ、まあ、その時はソニアに報告するから――」
「うん、お願いね――、
と、出来たかな」
途中、ちょっと脱線してしまったが、話している間にもカメ型ゴーレムの設計が終わったみたいだ。
後はこれをソニアが作っていくことになるんだけど。
「全部完成するまでにどれくらいかかるかな」
「どうなんだろうね。ボクが作るカメの方はそうかからないとしても、潜水艇の方は大物だからね。それに完成してからじゃないとマジックバッグ機能の付与も試せないから、一週間と少しみてくれてたらたぶん大丈夫だと思うけど」
そうなると完成までに十日くらいみた方がいいかな。
潜水艦と調査用ゴーレムを作る期間と考えると短いかもしれないけれど。
「でも、その間、エルマさんになにをしていてもらおうか」
別にエルマさんはお客様なので、暇を持て余してもらうだけでもいいのだが、十日間、ただ食っちゃ寝してもらっているだけとなるとエルマさんを恐縮させてしまうかもしれないから、なにか暇つぶしを考えた方がいいんじゃないかと何気なくそう呟いてみたところ、ソニアは完成した設計図を工房にいるエレイン君に転送、必要な材料を持ってきてもらう手配をしながらも。
「だったらちょこっと鍛えてあげれば、ワイバーンが倒せるくらいになれば、彼女の従魔の飛行能力も上がるだろうし、なにより彼女にはボクの為に動いてもらわないといけないからね。潜水艇のことも合わせて考えると強くもらって損はないんじゃない」
ふむ、たしかに潜水艇やらなんやらと渡すことを考えると自衛の手段は多いに越したことはないか。
「だったら、その前に武器とか防具とかをどうにかした方がいいかな」
「そうだね。ワイバーンと戦うとなると、いまの彼女の装備だと心もとなそうだしね。その辺は虎助に任せるよ。ボクはカメや潜水艦の改造があるから手伝えないけど、頑張ってね。店長さん」
「うん。それが僕の仕事だからね」