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テイマー来る。

 精霊の卵の殻を使用したアイテムの配布も済ませたとある休日の午後、

マリィさんに魔王様と、お客様が二人しかいない店内で、僕がのんびりまったり文庫本を片手に店番をしていると、ピロリロリンと緊張感のない音が店内に響く。

 音の発信源はすぐ目の前に浮かんだ小さな魔法窓(ウィンドウ)

 すると、目ざとくその魔法窓(ウィンドウ)を見つけたマリィさんが、エクスカリバーさんとの語らいを謝罪の言葉で切り上げてこう聞いてくる。


「今の音、警報の類いではありませんわよね」


「そうですね。これはちょっと気になるお客様が来たみたいです」


 僕とマリィさんが目を落とす魔法窓(ウィンドウ)に映るのは、肩に鷲のような生物を乗せた二十代くらいのお姉さん。

 肩よりも少し短い栗色の髪に、マント風のストール、そして旅人を思わせる軽装をした細身の女性だ。


 さて、いっけん旅人にしか見えない彼女が、どうして報告対象になっているのかと言うと、それは彼女の肩に止まっている大きな鷲のような鳥にある。

 なんと、その鷲のような鳥は魔獣だったのだ。

 しかし、彼女を襲っているとかそういう状況とはまた違い。


「テイマーの方でしょうか」


「珍しいですわね。どうしますの」


「そうですね。エレイン君が連れてきてくれるみたいですから、おもてなしの準備でもしておきましょうか」


 ゲートにいるエレイン君から見て、敵対する様子がなければそれはお客様だ。

 だからと、僕は彼女の受け入れ準備をしつつも――とはいっても、ただ読んでいた本をカウンターの引き出しにしまうだけだが――待っていると、少ししてテイマーのお姉さんがやってきたみたいだ。そろり、ガラス戸ごしに店内を覗き込むようにして、肩に止まっていた鷲のような魔獣――いや、この場合は従魔かな――を店のベンチにとまらせて、彼女が一人、店の中へ入ってきたところで声を掛ける。


「いらっしゃいませ」


 すると、お姉さんはビクッと反応しながらも、気合を入れるように小さく息を吸って、


「えっと、あの、ここはどこでしょう」


 これは完全に迷子の人が言うセリフだね。

 そこから察するに、たぶんこのお姉さんは、突発的な次元の歪みに巻き込まれてこの世界に飛ばされてきたんじゃないかな。

 だったら、ここはいつものように――


「ここは万屋、次元の狭間の万屋ですよ」


「次元の狭間、ですか?」


 僕の説明に困惑するテイマーのお姉さん。

 まあ、いきなりそんなことをいわれても困るよね。

 ということで、まずは落ち着いてもらおうとお茶を出し、すでにお馴染みとなったアヴァロン=エラの解説を魔法窓(ウィンドウ)を使って詳しくしてみたところで、忘れていた自己紹介を交わし、改めてテイマーのお姉さん――もとい、エルマさんに、どうやってこのアヴァロン=エラにやってきたのかを聞いてみると、どうもエルマさんは、イグリスという国から、別の大陸にあるアメトリアという国へと船で移動している最中に巨大なクジラに遭遇、船ごと食べられてしまったんだそうな。


 そして、気がつけばアヴァロン=エラにやってきていたと――、


 しかし、海の真ん中でクジラに遭遇、食べられるとか、エルマさんはまた定番のイベントに遭遇したみたいだね。

 まあ、地球でそんな事態に遭遇するなんてことは、まずありえないことなんだろうけど、そこは魔獣などが存在する世界だ。意外とありえることなのかもしれない。


「しかし、よくわかりませんわね。

 クジラに食べられたかと思いきやアヴァロン=エラへと辿り着いたというのは、そのクジラが巨獣かなにかで転移系の力を持っていたということですの?」


「どうなんでしょう」


 言われてみるとたしかに――、

 クジラに食べられて異世界転移なんてのはおかしな話なのかもしれない。


 ということで、ここは同じような転移の方法――というか、魔法技術の粋を集めた上での偶然によって、同タイプの異世界転移を実現させている『そにあ』を操るソニアにこの状況の心当たりはないかとヘルプを送ってみたところ、帰ってきた答えは以下のようなものだった。


『それは、掃除屋にあったのかもしれないね』


「掃除屋?」


『うん。ダンジョンとかそういう場所に、なんていうかゴミ――、とか、そういうものが溜まりすぎないようにって、余計なものをダンジョンから排除するためだけに存在する生き物がいるんだよ」


 それは所謂、ローグ系ダンジョンゲームにありがちな死神のようなキャラになるだろうか。

 エルマさんが乗った船が、たまたまその掃除屋が現れるタイミングでその海域を通りかかり、掃除屋による掃除に巻き込まれてしまったと。

 しかし、みんなバラバラな場所に飛ばされた中で、彼女だけは、不幸というか幸運というか、このアヴァロン=エラに辿り着いてしまったと。

 まあ、飛ばされた先が、空の上だったり、魔獣の巣だったりと、そういう場所にじゃなかっただけでも運がいいという話だそうだが、ただ、気になるのが――、


「でも、それってダンジョンの話なんだよね」


 そう、掃除屋うんぬんという話はあくまでダンジョンの話なのではないか。

 それが定期船なのななんなのかはわからないが、ただ普通に海の上を移動していただけの彼女がそれに巻き込まれるのはおかしいのではないか。

 僕が聞くと、ソニア曰く。


『そうだね。例えば、たまたま近くの海底にダンジョンがあったとか、その海域そのものが異界化していたんじゃないかな。ほら、たまに海のど真ん中で船が消える場所とかあるでしょ。そういうのじゃないかな」


「確かに、そのような場所があるという話を前に本で読んだことがありますの」


 地球でいうところのバミューダトライアングルのような場所かな。

 まあ、バミューダトライアングルに関しては、実際にあるのかどうかはわからないけれど、地脈の流れや地形の問題などで、なにもない海上に大量の魔素が集まる環境があったとしたら、たしかにそこはソニアが言うような場所になるのかもしれない。


 僕達がエルマさんが巻き込まれたハプニングの検証をしていると、その本人であるエルマさんが不安げな顔をして、


「あの、それでここがどんな場所なのかはわかりましたけど。

 いえ、正直いうと、まだ混乱しているんですけど、元の場所に戻る方法はあるのでしょうか」


「ああ、それならあのゲートにもう一度入れば大丈夫なんですけど――」


 だけど待って欲しい。

 アヴァロン=エラから戻るのは、移動した地点、もしくは移動の原因となった次元の歪みだ。

 そうなると、エルマさんがゲートを通じて戻る先は、海の真ん中かクジラのお腹の中、そのどちらかはわからないが、どちらにしてもこのまま戻ったところでロクなことにはならないのではないのか。

 僕がそんな指摘をしてみたところ、エルマさんは目に見えて動揺して、


「どどど、どうしましょう」


 と言われましても――、

 こればっかりはゲートの仕様なので僕にはどうにもできない。

 だから、困った時のソニア頼み。

 僕は繋がりっぱなしだった念話通信から、ソニアになにかいい案がないかを聞いてみる。

 すると、ソニアがそんな僕からのメッセージに返事をくれるよりも早く、マリィさんがふと入り口の方に視線を送り。


「ヤートでしたっけ? 表にいる従魔に陸地まで運んでもらうことはできませんの。戻るのがそのクジラの体内にしても、船を食べてしまうような巨体ならばすぐに死ぬことはないでしょうに」


 成程、ゲートから戻った先が海の真ん中にしろ、クジラの体内にしろ、空を飛ぶことができる従魔がいれば移動は可能。

 意外といいアイデアなのかもしれないと、マリィさんのアイデアにちょっと感心してみたのだが、


「無理ですよ。ヤートだけならまだしも、ヤートが私を抱えて飛ぶとなると滑空するのがやっとですから」


 どうやら、店の外で待っている彼(?)、ヤートのパワーではエルマさんを支えて空を飛ぶことは出来ないみたいだ。

 出来るのはハンググライダーのように滑空するくらいで、海の真ん中から陸地まで飛ぶなんて無理なようだ。

 まあ、たしかに、ヤートに捕まって海が渡れるくらいなら、もともと船旅なんてしていないだろう。


「しかし、そうなると、船とかを作らないといけませんよね」


 そして、船を作るのには相当のお金が必要である。


「えと、これじゃあ足りませんよね」


 エルマさんが取り出した革袋に入っていたのは沢山の銀貨。

 うん。たぶん一人の女性が持ち歩く金額としては決して少なくはないだろうけど、船を一艘、まるまる買い上げるには全然足りない。


「これだと、作れたとしても池に浮かべるボートサイズがせいぜいですか」


 それでも船は船なのだが、そんな小さな船で、船ごと食べてしまうような魔獣が存在する海の真ん中から陸地を目指すなんて自殺行為でしかないだろう。

 そもそもエルマさんが戻るのはどこともしれない海の真ん中だ。

 最悪、移動を続けるクジラの直ぐ側に戻るとしても、そこがどこなのかもよくわからなければ陸地を目指すことすら難しい。

 加えて、その移動に使う動力や食料などのことも考えなくてはならない。

 そんな問題点を一つ一つ僕が指摘するたびにエルマさんの表情が暗く沈んでいく。


 しかし、そんな問題を全部解決する方法もなくはないみたいだ。

 僕はポーンと耳に届いたコール音に視線を手元に落として、


「あの、もし、もしよろしければなんですけど、エルマさんが一つ、僕()のお願いを聞いてくれれば特注の船が作れるんですけど」


「お願いって、それは――」


 船が手に入るのかもしれないという希望も一瞬、なぜか自分の体を抱くようにして警戒するエルマさん。

 ああ、もしかして勘違いさせちゃったかな?

 しかし、あえてそれを指摘するするのも、なんていうかまたわざとらしいので、

 ここはあえてそんな自意識過剰なエルマさんのリアクションを無視して、


「はい。いまちょっと、この店のオーナーと連絡を取ってみたところ、どうもエルマさんをここに送ったクジラが気になるみたいでして、その調査がしたいみたいなので、エイルさんにはその手伝いをして欲しいんです」


 食べた相手を転移させる力を持つクジラ。そのクジラを分析することによって、また一歩、ゲートを含む空間を操る術の解析が進むかもしれない。

 そして、そんな技術開発の調査を手伝ってくれるなら、船の一艘や二艘提供するのは吝かではないといい出したのだ。

 と、僕がそんなソニアからのメッセージを、いろいろとエルマさんが理解しやすいように内容を調整しているのだが、いちおうきちんとした筋立てでその意図を説明したところ、エルマさんはホッと胸を撫で下ろし。


「でも、あんな大きなクジラの調査なんて、私に出来るでしょうか」


 相手はほぼ攻略不可能だと思われる『掃除屋』だ。エルマさんの不安もわかるけど。


「その辺は大丈夫かと、僕達もエルマさんに危険が無いような調査方法を考えますので」


「そ、そうなんですか」


「はい、ウチには優秀なゴーレム技師がいますから」


 例えば、この万屋にはスカラベ型のゴーレムなど、遠距離から調査を行う手段は幾つもある。

 それをソニアが手間を掛けて作るとなれば、相当な調査能力を持つゴーレムになるだろう。

 僕がそんな事実を実物を見せながらそう説明したところ、ようやくエルマさんも安心してくれたようだ。

 これで、『掃除屋』調査と相殺に船の作成の依頼を受けることになるのだが、


「ただ、船の完成までにはしばらくかかりますので、その間、お待ちしてもらうことになりますけど、よろしいでしょうか?」


「はいっ! でも、船が完成する間、私はどうすれば――」


「そうですね。その間の生活に関しては契約の内に入っていますから心配しないでください」


「か、重ね重ねお世話になります」

◆次回は水曜日に投稿予定です。

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