精霊剣・風牙
「マリィさん。完成しましたよ」
そう言って、僕がカウンターの上においたのは、やや黒みがかった刀身が特徴的な木刀。
これは、以前エルブンナイツが残していった古代樹の森を伐採した時の端材から作った一振りで、原始精霊が宿ったそれをマリィさんが買っていったものである。
そこに今回、精霊の卵の殻を錬金合成したのだが、
「見た目はあまり変わっていませんのね」
改めて出来上がった木刀を見てそんな感想を呟くのは、もちろんマリィさんである。
「元あった木刀に精霊の卵の殻を錬成して、表面を世界樹の樹液でコーティングしただけですからね」
強いていうなら、少し色艶がよくなったくらいかな。
この木刀は、もともと魔素を豊富に含んでいるエルフの森由来の古代樹を削り出し、そこに精霊が宿り聖剣化していたものなので、たとえ精霊の卵の殻を混ぜ込んだとしても、能力面を除けばそんなに変化がないのはあたりまえなのかもしれない。
「名前は精霊剣〈風牙〉とオーナーが名付けたんですけど、どうでしょう?」
「精霊剣〈風牙〉ですか。
改めて名前がつけられるとなんだか強そうに感じますね」
マリィさんが持つ木刀ということで、洋風の名前も考えてみたのだが、あくまでこれは木剣ではなく木刀ということで、最終的に雰囲気に合わせて和風の名前にしてみたのである。
そして、何故かソニアがそう名付けた瞬間、もともと柄の部分に彫り込まれていた暴龍獲羅という文字が、宿る精霊の意思を反映してか、『風牙』に変わってしまったそうだ。
ソニアによると、もともと聖剣化していたところに精霊の卵の殻を混ぜ込んだことによって、木刀に宿る原始精霊の格が少し上がったことが原因なのではないかとのことらしい。
因みに、僕がそんな説明をしている間にも、マリィさんは風牙を手に取り、ほうっと色っぽい表情で見つめていて、
そして、僕の説明が終わるタイミングを待って言ったのは、
「使い心地を試してみたいですの」
当然そうなりますよね。
「では、ガラハドを呼んできましょうか。
装備の方はどうしますか?」
「今日は『月数』を使いますの」
『月数』というのは、ヴリトラの素材を使って作った魔法の鎧のことである。
たしかに、純粋に剣の性能を試すなら、体の動きを補正する機能を備えている『盾無』よりも、装備者の素の動きを強化するだけの『月数』の方が合っているのかもしれない。
「でしたら、装備する間に準備しておきますね」
「お願いしますの」
ということで、マリィさんがご自分のマジックバッグから『月数』を取り出して、店舗側にある更衣室へ入ってゆく。
一方で、僕が剣士タイプの訓練用ゴーレムであるガラハドに、工房側の訓練場に来るようにメッセージを送っていると、いやらしい顔を浮かべた元春が、流石は【G】の実積を持つ者だと言わんばかりの動きでマリィさんが着替えをする更衣室へと這い寄っていき。
さて、ここはどうしたものか。
正直、放っておいてもこの害虫はマリィさんによって駆除されると思うのだが、周りへの被害を考えると、僕が処理した方が少ないかな。
と僕は、また定番というか、本能のままに動く元春に乾いた溜息を吐き出しながら、腰のホルダーから魔法銃を抜き取り、容赦なく元春をスナイプ。
眠りの魔弾で元春をへにゃりとその場で眠りこけさせたところで、その処理をベル君に任せ。
自分の仕事をこなすこと数分、着替えを終えて試着室から出てきたマリィさんを訓練場へとエスコート。
すると、そこにはすでにガラハドがスタンバイをしてくれていて、
僕は彼を中心にバリアブルシステムを展開。
結界の中に入っていくマリィさんを見送りながらも、ベル君がここまで運んできてくれた元春を目覚めさせると、やっぱりというかなんというか、目覚めた元春からマシンガンのような文句を浴びせかけられるのだが、これを黙殺。
準備が出来たというマリィさんの合図で魔法窓をタップ。マリィさんとガラハドの間にカウントダウンを浮かび上がらせる。
そして、
10……9……8……7……、
減っていくカウントがゼロになったところで、マリィさんが風牙の発生させる追い風を受け、怪我防止用に用意した特殊合金製のチャンバラソードを構えるガラハドに突っ込んでいく。
次の瞬間、打ち鳴らされるのは金属の響きを伴った打音。
すると、その音に驚いた元春が怒涛の剣撃を繰り出すマリィさんを見て、
「ってか、マリィちゃん。かなり強くなってね」
「新しく作った弾幕系の魔法アプリとか、トワさんの特訓を受けてるみたいだからね。
月数による上乗せもあるから、もう魔法使いとは思えない身のこなしになってるよね」
この間、魔王様に頼まれて作った弾幕系魔法アプリ。
どうもこれがトワさんとスノーリズさんが主催しているブートキャンプでいい仕事をしているらしく、マリィさんの身のこなしが見違えるものになっていたのだ。
しかし、装備の補助を受けているとはいえ、これだけの動きができるんだから、マリィさんもそろそろ【見習い剣士】辺りの実績を獲得してもおかしくないのではないだろうか。
すると、そんなマリィさんのパワーアップの原因を聞いた元春が、マリィさんに羨望の眼差しを向けて、
「トワさんの特訓か――、羨ましいな」
「元春も受けてみれば?」
そこは恋するがゆえの盲目というのだろうか、ちょっと現実が見えていない元春の発言に、僕が軽くそんな提案をしてみると、元春の顔が赤く染まり。
「バ、バッキャロー、そんなの緊張しちまうだろ」
いや、緊張とか――、元春はそう言うけど、ああ見えてトワさんはゴリゴリの武闘派だ。母さんまでとは言わないものの、その訓練はかなり厳しいものになっているハズなので、本当に緊張するくらいで済めばいいのだけどね。
と、僕が好みの相手には意外とピュアな反応をする元春に軽く白けた目線を向けていると、マリィさんとガラハドのバトルも架橋を迎えたみたいだ。
お互いを守るバリアの耐久値が一桁になったところで、『この一撃にすべてをかける』とか、そんな言葉が聞こえてきそうな気合で突っ込んでいくマリィさん。
しかし、こういった突進技に関しては、マリィさん以前にフレアさんが得意としている技である。
故に、その相手を散々してきたガラハドからしてみると、まさに鴨が葱を背負って来たような攻撃であって、最小限の動きでその攻撃範囲から逃れたガラハドは剣を横に寝かせ、猛然と突進してくるマリィさんの速度に這わせるように剣閃を走らせる。
すると、その攻撃によってマリィさんを守るバリアが全損――からの、ゲームオーバー。
きれいに決着がついたところで、肩を落として戻って来たマリィさんが言うのは、
「やはり、レベル3には届きませんでしたか」
因みに、いまマリィさんが口にした『レベル3』という表現は、ガラハドに剣術の相手を頼む際に選べる技量レベルのことである。
レベル3というと、だいたいエルブンナイツのその他大勢と同じ強さくらいになると思う。
そう聞くと、なんとなくこのレベル3というレベルがあまりすごくないように感じられるが、あくまでそれは剣士としての技量を指標化したものであって、直接的な攻撃魔法なしにマリィさんが勝つのは難しいレベルなのだ。
それに、今回のバトルに関しては、相手に剣で有効打を与えた回数で勝敗が決まるというシステムを使ったこともあり、装備する防具の性能が戦いにあまり反映されていなかったことも影響したのだろう。
僕が落ち込みモードのマリィさんをそんな言葉で慰めていると、元春が『そういえば――』と思い出したように。
「そういやこのバトルってマリィちゃんの剣を試す為にやったんだよな。それにしては普通に戦ってたけど、その剣に入ってる精霊の力とか使わなくていいんすか?」
「使っていましたわよ」
「え、いつ使ったんすか?」
まあ、風の魔法は視認しにくいものばかりだからね、元春が気づかないのも無理はない。
「風牙は風の相手を弾く空気弾みたいなのが出せるんだよ」
これは魔法銃に備わっている衝撃弾とほぼ同じ、マリィさんはそれを剣にまとわせて、不利になった時に距離を取る時に使っていたのだ。
他にも風の力で相手の攻撃をわずかに逸らす風の楯や、移動能力を補助する〈追い風〉、マリィさんが持つ風牙にはそんな力が備わっていると説明するのだが、元春はそんな風牙の能力を聞いて、
「なんつーか、それ、聖剣ってわりに地味な能力っすね」
風牙が聖剣ということで、元春の評価が過剰になってしまうのはわからないでもない。
だが、マリィさんからしてみると、それは自分の武器を馬鹿にされたと感じてしまうコメントであって、
「地味かどうかは受けてみればわかりますの」
口は災いの元。哀れ元春は、マリィさんによる風牙の試技に強制的につきあわされることになることが決定したみたいだ。
◆今回登場した武器の解説
〈精霊剣・風牙〉……もともと聖剣であった古代樹の木刀に、外界から情報を収集する特製を持った精霊の卵の欠片を合成、そうすることで成長促進効果を獲得。しかし、宿っている精霊が原始精霊なので、今のところは一般に流通するレベルの風属性の魔法剣とあまり変わらない。今後の成長に期待だが、マリィがこの剣を積極的に使う状況が訪れるかは未知数。魔法の杖代わりとしての仕様も可能な為、そちらの方で出番があるかもしれない。
〈万屋印のチャンバラソード〉……軽いアルミ系の魔法合金で作られた頑丈なだけのロングソード。スポーツチャンバラに使われるウレタン製のチャンバラソードとは違ってちゃんと剣の形をしている。しかし、その刃は念入りに潰されていて、さらに特殊な結界魔法および回復魔法で刀身を覆うことで、斬る・突くという剣本来の機能が完全に失われている。加えて、その軽さから打撃武器としてもあまり攻撃力があるほうではなく、本当にただただ頑丈なだけの剣となっている。ただし防御特化の魔法剣としての用途なら有用な一品だったりする。