三つの腕輪
お客様がいなくなった夜遅く、ゲートから光の柱が立ち上る。
来店したのは、ウェーブがかった髪の毛に整えられた顎髭がダンディな賢者様に、白髪赤目のホムンクルスのアニマさん。そしてグリーンモンスターなんていう物騒なあだ名からは想像できないふんわりとした少女の容姿を持つエルフのホリルさんの三人だ。
そんな三人に僕が気軽な感じで「来ましたね」と声をかけると、賢者様が「おう」と軽く手を上げて、その背後からひょっこり顔をのぞかせ聞いてくるのはホリルさんだ。
「それで、今日はなんで呼ばれたのかしら」
「えと、前に賢者様から依頼されたアイテムが出来上がったのでお越し願ったんですけど――」
説明してないんですか? 訊ねるような僕の視線に、賢者様は少し気まずそうに頬を掻く。
今日、三人にやってきてもらったのは、賢者様から要望で作った精霊の卵の殻を使ったアイテムが完成したからだ。
しかし、どうも賢者様は特にこれといった説明をしないまま二人をここまで連れてきたみたいだ。
それが、サプライズなのか、ただ忘れていたのかは分からないが、説明もないままにここに来てしまった以上、見てもらったほうが早いだろう。
僕は完成品の入った箱をカウンターの上に三つ並べる。
すると、ホリルさんは自分の前に置かれたその小箱を手にとって、賢者様に視線を送りながらも僕を見て、
「開けてもいいの?」
「はい。こちらはお三人の為に作ったものですから――」
僕に促されて箱を開けるホリルさん。
そして、ホリルさんに遅れること数秒、残る二人も箱の中身を確かめて、まず口を開いたのはアニマさんだった。
薔薇の蕾のような可憐な唇を開いて、
「腕輪ですね」
「ロベルト。これって――」
「ん、ああ、エルフの里だと、家族にこういうのを送るんだろ」
「えっ、家族?
ああ――、そうね。そういうことよねやっぱり」
ホリルさんのこのリアクション、もしかしなくてもそういうことなのかな?
明らかに挙動不審なホリルさんに、この腕輪を注文する際に賢者様が語ったエルフが同じ氏族を示す為に腕輪を送るというあの話――、
あの話は賢者様が考えているものとは少し違う意味合いなのではないかと、僕は外野ながらに心配するのだが、これがいわゆる鈍感キャラというやつか。賢者様はホリルさんのリアクションにはまったく気付いていないご様子で、
「で、例の機能はつけられたのか?」
「あ、ああ、はい。あくまで代用品のようなものですが」
やはり錬金術師という職業柄、希少な素材を使って作った魔導器の出来が気になるみたいだ。
しかし、賢者様なら、ホリルさんにはないとしても、パートナーであるアニマさんにはなにか特別な演出を用意しているかと思っていたんだけど、違うのかな。
因みに、賢者様が聞いてきた『例の機能』というのは、このアヴァロン=エラに訪れた人物に付与される、自動回復の魔法式。
しかし、それはソニアも未だ研究中の魔法式であって、いまだ完全再現には至っていない。
だから、これはその代用品でしかないと、僕がそのことを説明したところ、賢者様は箱から取り出した腕輪をいろいろな角度から観察するようにして、
「やっぱ、完全には再現出来なかったか」
「そうですね。あの魔法はソニアの重要な研究対象の一つですから」
「だが、これが精霊の卵の殻で作られてんなら、俺等が使ってけば完全な魔法式の解析に繋がるんじゃねぇのか?」
「ああ、それなんですけど。その腕輪に付与された魔法式に関しては、安全のためにソニアが改めて解読できてない部分を排除した後、付属のインベントリに隔離してありますので、精霊の卵の殻由来の情報収集能力の影響は受けないんです」
「うん、そうなのか?
俺としてはお前らの研究に丁度いいと思ってこの機能を乗せてもらったんだが」
やっぱり、そういう意図があったんですね。
「でも、それをしちゃいますと賢者様達にも迷惑がかかるかもしれませんから」
「そうか?
まあ、お前等がそう判斷したってんなら仕方ねぇか」
その説明に賢者様も納得したみたいだ。
賢者様は一旦そこで言葉を区切って、気を取り直すように、
「んで、そっちがおまけみたいなもんだとしたら本命の機能があるんだよな」
「はい。それなんですけど、その腕輪は三つで一つのアイテムになっていて、それぞれの腕輪が収集した情報を共有できるようになっているんです」
今回、賢者様達に作ったこの三つの腕輪。
これはもともと一つの腕輪として完成していたものだったのだが、それを空切に付随する空間系の能力を解析して作った魔法を使い、機能的な繋がりを残したまま三つの腕輪に仕立てたのである。
だから、賢者様達に渡した三つの腕輪はそれぞれに繋がっていて、
「情報の共有ってことは、それぞれが使える魔法が他の腕輪からでも使えるとか、そんな感じになるのか?」
「基本的にはその考え方でいいと思います。
ただ、その共有される情報の中には魔法そのものを情報化したものも含まれていまして――」
「魔法そのものを共有化だと。そりゃどういうこった?」
魔法そのものの共有化。
それは賢者様にとっても未知の技術だったのだろう。
続く説明を遮るような賢者様の声に、僕は改めてソニアから聞かされた腕輪の仕様を思い返すように「うーん」と間をとって、
「なんていいますか、単純に情報化した他人の魔法を腕輪を通じてお取り寄せできるとかそういう感じでしょうか」
「ええと、ってことは、俺がホリルの身体強化を使えたりするのか?」
「いえ、魔法の発動には個々のイメージもありますので、出力の段階での変質は避けられないかと。
ですが、同じ様なことはできると思いますよ」
「というか、それって凄くねぇか」
続けた説明の内容に驚く賢者様。
だが、実際、この腕輪に宿った機能というのは、製作者であるソニアとしても予想外のものだったそうで、だから、僕も驚く賢者様に「ですね」と同意を返しながらも、しかし、これにはデメリットがないわけではない。
「ただ、腕輪を介した魔法のお取り寄せは距離があると、その分、魔力が拡散してしまうみたいです。
なので、そこまで万能な機能ではないみたいですね」
「まあ、そりゃ当然だよな。
しかし、それも『殻』の力を考えると、繰り返し使ったりすることで緩和とかできんじゃねぇのか?」
「確実にとは言えませんが、その可能性はなきにしもあらずですね」
あくまでそこには『この三人に関しては――』という注釈がつくと思うのだが、情報を収集し、腕輪そのものが三人の魔力に最適化されていくことによって、魔法をお取り寄せする時の魔力の散逸も改善されていく可能性はある。
「あと、これは可能性の話になるんですけど、腕輪同士の接続で魔法の融合もできるようになるかもしれないとのことですよ」
魔法の融合というと、マリィさんの〈炎嵐の二重奏〉がわかりやすいだろうか。
正確にはマリィさんの〈炎嵐の二重奏〉は、二つの魔法をゼロコンマ一秒以下の時間に連続で放つことによって、魔法によって発生した現象を融合させるという技術なのだが、この腕輪の機能を使えば、二種類の異なる魔法を腕輪内で情報処理、一つにまとめて別種の魔法として成立させられるかもしれないと、製作者であるソニアはそう考えているみたいだ。
「遠隔での融合魔法か、夢が広がるな。
良し、これが錬金にも使えねぇか試してみっか。アニマちょっと手伝ってくれ」
「喜んで」
すると、なにか閃くものがあったのだろうか。
いや、どっちかというと職業病みたいなものなのかな。
すぐに『実験だ』とばかりに、賢者様はアニマさんに声をかけ、そのままゲートに向けて回れ右。
さすがは研究者だね。
面白いアイテムを手に入れたとなると居ても立っても居られなくなってしまうのだろう。
僕は慌ただしく店を出ていく賢者様の背中に微笑ましげな視線を送りながらも、カウンターの上にかけられた時計を見て、『そろそろ帰る時間だね』と、側に控えていたベル君に夜間の店番を担当してくれるエレイン君との交代を指示出しすると、視線を店内に戻して、
「ホリルさん。ホリルさん」
「え、なに、どうしたの?」
「賢者様。行っちゃいましたけど」
「へっ、ちょと、どういうことよ」
「『どういうことよ――』と僕に言われましても、賢者様もちゃんと『帰るぞ』って言ってましたよ」
実際に賢者様が『帰るぞ』と声をかけたのはアニマさんにだったのだが、ホリルさんだけ声をかけられなかったとなると後々問題になるかもしれない。
ここは曖昧にごまかしておくのが正解だろう。
だからと僕が誤解を増幅させているだろうホリルさんにそう言うと、ホリルさんは今しがた発した怒りの声を誤魔化すように「ホホホ」とわざとらしい笑いを口元で転がし、「そ、そういうことだったのね」と言い訳ともつかない独り言を呟いて、「わ、私も早く帰らないと」とダッシュで万屋を飛び出していく。
「さて、後の始末は賢者様にお任せだね」
僕は一瞬で闇の中に消えてしまったホリルさんの後ろ姿に、他人事のようにそんな言葉を吐き出すと、ベル君と交代でやってきたエレイン君に店番を引き継いで自宅へ帰るのだった。
◆登場した装備品の解説
〈トリニティリンク〉……三位一体の腕輪。もともと一つの魔導器でそれが概念的に三つに分断されたことによって、それぞれの腕輪を通じて情報を共有できるようになっている。その他にも魔法そのものを情報化する機能が備わっており、腕輪を通じてやり取りが出来るのだが、腕輪を三つに分断した魔法の干渉によって、他の腕輪から取り出す魔法は劣化したものになってしまう。(改善の可能性あり)
◆次回は水曜日に投稿予定です。