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魔王の玉座

 その日、僕は世界樹の袂に広がる農園に珍しいお客様を招いていた。

 そのお客様というのは黒龍のリドラさんだ。


 どうしてわざわざリドラさんを、万屋にではなく、工房の裏手に広がるこの世界樹農園に招いたのかというと、精霊の卵の殻を作るにあたって魔王様からいただいた『王様の椅子を作って欲しい』というリクエスト。その詳細を落ち着いて聞く為である。

 まさか魔王様からの短い証言からだけで勝手に作ってしまうわけにも行かないからね。


 というわけで、前にフレアさんや賢者様が勘違いしたように、リドラさんが襲われても困ると、リドラさんを世界樹農園の片隅にご案内したところで、さっそく本題に入ろうと思う。


「えと、それで、今回――、精霊の卵の殻を使ったアイテム作成の件ですが、作るのは玉座ということでよろしいでしょうか」


「ですな。まさかそのような特殊な素材で作るとは思っておりませんでしたが、以前から、こちらにお頼みしようと思っていたのです」


「しかし、どうして玉座なんかを?」


「ふむ、それはですな。以前、こちらより結界の魔導器をいただいてからというもの、森への侵入者はなくなったのですが、いつ何時なにが起こるのかは予想できませんからな。もしもの時に備え、マオ様にはもっと威厳をつけてもらわないとなりませぬ。だから玉座が必要なのです」


 ふむ、どうしてそんな結論になってしまうのか、いろいろとすっ飛ばしてしまっている気もしないでもないのだが、要するに、ソニア謹製の結界装置を設置した甲斐もあって、今のところ、魔王様が暮らす精霊の森は平和そのものなのだが、もしも、誰かがその結界を抜けてきた場合、魔王様が威厳ある姿を見せることで、相手を威嚇してやろうとかそんな目的がリドラさんにはあるようだ。


 でも、それなら普通にリドラさんが前に出ていった方がいいのでは?

 そんなことを思わないでもないが、あえてここはツッコむまい。


「成程、そうなりますと、この辺りのデザインがいいでしょうか」


 僕はリドラさんからの少しズレたご依頼に、まあ、すべては魔王様、そして森の仲間を思ってのことだろうと、リドラさんのリクエストに応える形で無数の魔法窓(ウィンドウ)を呼び出してみせる。

 そこに映し出されるのは、魔王やらヴァンパイアなど、厳しいデザインの椅子に座った男性キャラクター達。これは、ソーシャルゲームやトレーディングカードのそれらしいイラストをインターネットから引っ張ってきたものである。

 しかし、それらイラストに描かれる椅子はどれもリドラさんのお気に召すものではなかったみたいだ。

 リドラさんはその長い首を動かして、自分の周りに展開されたイラストをチェックすると、ふるふると頭を左右に振って、腹の芯まで響く重低音の利いた声でこう評す。


『ふむ、これらの椅子は少しおどろおどろし過ぎますな。相手を威圧するという点においてはいいやもしれませぬが、これではマオ様が持つ神聖な雰囲気をそこなってしまうかと』


 確かに、いかにもな悪役キャラクターが座る椅子というのは、泰然自若とした中にも可愛らしさを感じさせる魔王様の雰囲気にはちょっとそぐわないか。

 まあ、そのギャップがいいという場合もあるだろうが、それはリドラさんが求める魔王様への理想像とマッチしないのだろう。


「では、こちらはどうでしょう」


 僕はリドラさんの要望を受け、今度はシンプルに、ゲームなんかで王様が座っているような、これぞ玉座という椅子や、魔王様の可愛らしい容姿にも似合いそうなロココ調の豪華な椅子などを魔法窓(ウィンドウ)に表示させていく。


 しかし、その途中でふと気づくのは、


「ですが、こういうかっちりした椅子だと、魔王様が座ってくれないかもしれませんね」


 魔王様が使う椅子としてぱっと思いつくのは、人を堕落させることに特化したクッション。

 魔王様の嗜好を考えると、今回ネット検索で探し出した椅子というのは、こう、なんていうか、カッチリし過ぎているというか、見た目に全振りしているというわけではないのだが、魔王様が求めるようなリクライニングを満たせないのではないか、そんな指摘をしてみたところ。

 たぶん精霊の森(向こうの世界)でも同じような状況なのだろう。リドラさんが疲れたようにため息を吐き出し、残念そうにこう漏らす。


「たしかに、マオ様に長く椅子を使用していただくのなら、そういう工夫も必要でしょうな」


 そうなると、やっぱり魔王様が普段使っているおまんじゅうタイプのクッションが一番なんだけど。

 しかし、そうなると、今度はリドラさんが望む威厳を出すのが難しくなってくる。

 だから、ここで折衷案。


「でしたら、こういうのはどうでしょう」


 次に出したアイデアは、例の人をダメにするクッションを真ん中に、マンガやゲームに出てくる天使キャラにありがちな光の羽や帯を背負った演出を加えるというものだった。

 これなら、普段は快適なソファとして、有事の場合は特別な演出を引き出すことによって、リドラさんの要望にも応えられるのでは?

 僕がそんなアイデアを披露したところ、リドラさんはその簡単なイラストが描かれた魔法窓(ウィンドウ)をじっと見て、


「悪くはないのですが、やはり座る部分はこうなってしまいますか」


「日頃から魔王様に使っていただくことを考えると、やはりこうなってしまうかと」


 やや躊躇いがちに返したその言葉を聞いて、ふたたび細いため息を吐き出すリドラさん。

 リドラさんにはリドラさんの魔王様に対する理想像があるのだろう。

 しかし、道具というのは使ってもらってなんぼのものである。

 まあ、今回の注文がただの玉座のようなものだったら、椅子としての機能は度外視しても構わないと思うのだが、今回は精霊の卵の殻という特殊な素材を使う関係上、普段から使ってもらう必要がある。

 だから、せめて色だけでも――とお絵かきツールを使ってクッションの色をチェンジ。

 その後、リドラさんと相談しながら細かな調整をしていって、

 最終的に魔王様が座るクッション部分は黒い本体に、宇宙的というか未来的な、系統樹のような白いラインが幾筋も入ったデザインのものへと落ち着いたところで、


「後は背後の演出なのですが、こちらは森の皆さんからも幾つかの案を出してもらって、それを選ぶ形にしたらどうでしょうか」


「そうですな。こういうものは我だけで行うよりも、ミストや妖精たちにやらせた方がよさそうですからな」


 別に新しくデザインを作るのが面倒とかじゃなくて、こういう細かいデザインなら、最近、服のデザインを学び始めたミストさんや、おしゃれアイテムが大好きな妖精さん達の方が向いているのではと思ったのだ。

 それに、クッションのデザインが決まるまでの間、リドラさんにもちょっとデザインをしてもらったのだが、ドラゴンとしてのその巨体のせいか、リドラさんにはデザインとか、芸術方面の才能がちょっとないみたいだったのだ。

 ということで、魔王様のために作成する新しい玉座の、その背景に浮かべるイメージのデザインをお願いする旨を念話通信を使って精霊の森にいる皆さんに伝えたところ、すぐに了承の返事が送られてきて、

 しかし、ただ待っているだけというのも不甲斐ないと、リドラさんのそんな声に、僕達も背景のデザインを初めて十数分、ミストさんがまとめてくれたみたいだ。

 一括して送られてきた膨大な数のデザインに、僕が――というか、リドラさんが目を通して、その中から、これはと思うものを数点選定。

 さて、ここまで決まってしまえば後はこっちの仕事だ。

 僕はリドラさんとの話し合いで決まった玉座の設計図を持ちソニアの下へ。

 すると、完成したデザインを見たソニアは「ふ~ん。面白いものを考えたね」と楽しそうに微笑んで、


「あと、できればなんだけど、魔王様が気に入るように、座り心地にもこだわって欲しいんだけど」


 せっかく作っても使われなかったら意味がないからと、僕がリクエストを追加すると、ソニアは空中に寝転がり。


「だったら、椅子そのものをスライムで作っちゃうってのはどうかな」


「スライム?」


「うん。あれってさ、自然発生的に生まれたものと、人工的に作られた魔法生物みたいなヤツがいるんだよ。 今回、作るのはその後者」


「でも、スライムを椅子にって大丈夫なの?」


 スライムといえば、基本的には弱いモンスターとして知られているが、個体の特製によっては危険な種類もいたりする。

 それがソニアによって作られたものだとしたら、また、思いもよらないスライムに進化しちゃうんじゃないのかと心配する僕に、ソニアはちょっとわざとらしくぷりぷり怒りながらも。


「大丈夫なのって、ボクが作る魔法生物だよ。平気に決まってるじゃん。

 それに今回作るのって精霊の卵の殻を使うヤツだよね。

 だったらむしろエレインを越えるくらいに賢い子になるんじゃないかな。

 上位精霊と一緒に暮らしてるマオならコアに宿って貰う精霊も厳選もできるだろうしね」


 ソニアによると、今から作るスライムはゴーレムと同じコアを使った魔法生物だそうだ。

 それが、高度な情報収集能力を備えた精霊の卵の殻を利用したものとなると、その学習能力はエレイン君をも凌駕する個体に成長する可能性だってあるみだいた。

 そして、魔王様が暮らしているのは精霊の森――、

 だから、その頭脳ともなる精霊も下手な精霊は搭載されないだろうということらしい。


 たしかに、それなら万が一もないかな。


 と、僕はその内容に納得しながらも、『最終的にその可否を判断するのは僕じゃない』と、エレイン君を通して、世界樹農園にいるリドラさんに、この設計でいいのかと確認したところでスライムの制作が始まる。


 因みに、リドラさんとしては別にその椅子が魔法生物であっても構わないみたいだ。

 むしろ、魔王様の側仕えが増えることを歓迎していた。


 ということで、さっそく作り始めたスライム。

 しかし、これに関しては、機械的なギミックが多数組み込まれているエレイン君と違って、意外と簡単に作れるみたいだ。


 主原料は魔素を存分に含んだ液体みたいだ。

 具体的には世界樹の樹液とディーネさんがひきこもる井戸の水を7:3の割り合いで混ぜたものみたいだ。

 そこに、スライムの素というどんな液体でもゲル状にしてしまうという特殊な魔法薬を投入すると、スライムの素体が出来上がり。

 そして、出来上がったスライムの中にインベントリを基本としたゴーレムコアを浮かべ、魔力の伝導性を高める為にムーングロウの粉末を混ぜ込み、最後にスライムの素体を包み込む皮って表現すればいいのかな。バランスボールみたいな物体を上位魔法金属とヴリトラの皮を錬成して作り出し、今しがた作ったばかりのスライム(仮)を包み込めば完成らしい。


 しかし、完成したのはいいものの、そのスライムが動き出す気配は一向になかった。

 僕は動く気配のないスライムをポヨポヨと触りながらも、


「動かないけど大丈夫なのこれ?」


 もしかして精霊の卵の殻なんていう未知の素材を使った所為でなにか不具合が出たんじゃあないのかと、心配の声を上げるのだが、


「いや、完成までボクがやっちゃうと、この子のマスターがボクになっちゃうからね。仕上げはマオにやってもらわないと」


 ああ、そうか。

 このスライムがエレイン君たちゴーレムと同じ存在だとしたら、ソニアが起動させるとゲートを使った転移で魔王様と同じ世界へ行けなくなっちゃうのか。

 自力での異世界転移が可能な魔王様だけなら問題はなさそうに思えるんだけど、その転移には膨大な魔力が必要だ。向こう(魔王様が暮らす世界)からの転移はいいだろうけど、こっち(アヴァロン=エラ)からの転移で消費した魔力の回復が大変になっちゃうから、このスライムにはゲートを使えるようになってもらわないと困るのだ。


 ということで、どうして完成したのに動き出さないのかを納得した僕は、まだ起動前の、使った素材の割に軽量なスライムクッションを持ってリドラさんのところへ戻る。

 すると、リドラさんは僕が抱えるスライムの素体を見て、


「おお、それが完成品ですか」


「はい。後はこれに魔王様が暮らす森の精霊に宿ってもらえればいいとのことです」


「ふむ、精霊を宿すことが可能な魔法粘性体ですか、これは人選にもめそうですな」


 うん。魔王様は森の精霊に愛されているらしいからね。スライムに宿ることになってしまうが、ずっと一緒にいられるというなら、自分がこのスライムに宿りたいという精霊は多いのかもしれない。

 とはいえ、その辺りの調整はリドラさんに任せるとして、とりあえず、これでご注文の品も完成して、リドラさんがOKを出したからにはこれでいいのだろうと、完成したスライムクッションをリドラさんの背中に乗せて、その取扱説明書が入った〈メモリーカード〉を渡すと、安全に配慮してリドラさんをゲートまで見送る。

 因みに、背景の演出は取扱説明書として渡した〈メモリーカード〉に入っているので、スライム君が目覚めた後にその〈メモリーカード〉を渡せばいいということになっている。

 これなら、後でデザインを追加することも出来るし、魔王様の好みでそのデザインも変えられるからね。

 問題は誰のデザインが魔王様に選ばれるかだけど。

 はてさて、誰の演出が選ばれるのか、一応、僕の考えたデザインもデータとして保存してあるから、精霊の選定も合わせて楽しみなところである。

◆今回登場したスライムの詳細


〈精霊の座・クロマル〉……泉の精霊が宿った魔法粘性流体。その体からはマイナスイオンが発せられていてリラクゼーション効果がある。

 水の魔法による防御が得意で、体内に取り込んでいるメモリーカードを使って、幻影魔法による映像を纏うことができる。

 いまのところ演出は、大天使光輪(八枚翼の天使が背後に登場)バージョンと、巨大立体魔法陣(大規模精霊魔法使用可能)バージョン、そして精霊の座(白と黒の茨が絡みつくようにしてクロマルを覆い隠し、椅子を形成する)バージョンがメインに設定されている。

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