そしてふりだし戻る
その日の万屋は異様な空気に包まれていた。
その発生源はカウンター奥の座敷にて、今か今かとある人物の来店を待ちわびる金髪ドリルのお姫様。
彼女はいつも通りを装いつつ、期待を込めた視線を万屋の入り口となる大きな掃き出し窓に向けて、コツコツとこたつの天板を苛立たしげに指で叩いていた。
そうして暫く、そんなマリィさんの期待に応えるように扉が開く。
だが、軽やかなスライド音を立て、店に入ってきたのは【東方の大賢者】と歌われるロベルト様。
「いらっしゃいませ――」
にこやかな挨拶を送る僕とは対照的に、マリィさんから盛大な溜息が零れ落ちる。
「おう。今日もおっぱ――って、お嬢、どうしたんだ?」
と、その溜息を耳に、賢者様が挨拶代わりにいつも言うセクハラ発言をキャンセル。露骨にガッカリするマリィさんに訊ねる。
しかし、マリィさんはただこたつの天板に豊満な胸を押し当てるだけ、
だから代わって僕が答える。
「マリィさんはフレアさんを待っているんですよ」
すると、それを聞いた賢者様はニヒッといやらしい顔を作り、冷やかすような台詞を投げ付ける。
「何だよお嬢。そうなのか。そうなのかよ。嫌よ嫌よも好きの内ってヤツか?」
それを言うなら『喧嘩するほど仲がいい』じゃないだろうか。
そんな台詞を胸中で零す僕は「違いますわ」と不貞腐れるマリィさんを宥めて、勘違いする賢者様に先日から取り組んでいた魔法剣作りの経緯をかいつまんで説明する。
「実はマリィさんが何本か魔法剣を自作したんですけど、その中に一本。威力があり過ぎる剣がありまして」
「なーる。お嬢や少年が扱うには危ないってその剣を試すのに、青年に白羽の矢が立ったって訳だな。青年は実験台にはもってこいだからな」
と、皆まで言うなと台詞を割り込ませてくる賢者様。
僕は苦笑しながらも「理解力が高くて助かります」と頷いておく。
その一方、マリィさんはといえば、
「溢れる才能が自らに牙を剥いてしまうとは恐ろしいですの」
わなわなと自分の両手を見つめ、こう呟いていた。
そんな芝居じみた自画自賛を「ハイハイ」と受け流した賢者様は、いつものようにカウンターに肘を乗せて、
「んで、どんなのを作ったんだよ?」
そこまで言われてしまえば気になってしまうというのが人の心。
お目当ての剣を探すべく、視線を泳がせた賢者様に、「あの剣です」僕が手を差し向けたのは、万屋の中央に鎮座する綺羅びやかな黄金の剣だった。
「つか、これってエクスカリバーじゃねえかよ。冗談言ってんのか?」
と、賢者様からの期待通りのリアクションを受けたマリィさんは一転して満面の笑みを浮かべると、机にもたれ掛からせていた体を起こし、フフンと鼻を鳴らしてレジカウンターの前に座る僕の足元を指差す。
「本物はこちらですの」
そう言われて「どこにあんだよ」とカウンターの裏側に回り込んだ賢者様は、丁重に隠されたエクスカリバーを見つけて、もう一度、飾られた黄金の剣に視線を送ると、少し混乱したように疑問する。
「んじゃあ。こっちの剣はなんなんだよ?」
「だから言っているでしょうに、そちらが私考案のエクスカリバーレプリカ。名づけて〈コールブラスト〉ですの」
いつの間にか立ち上がっていたマリィさんからの、ジャーンと大袈裟な作品紹介を受け、賢者様はらしいとばかりに深々と頷いたかと思いきや、ノックをするように黄金の剣を叩く。
「要するにだ。この偽カリバーを本物に見立て、青年を騙くらかしてテスターとして使うんだな。お嬢もなかなかあこぎな性格してやがるな」
「貴方と一緒にしないで下さる。私は純粋にエクスカリバーの持つ機能美をそのまま転写しただけで、そのような姑息な考えなど持っていませんの」
結果的には賢者様の言う通りとなるのだが、物は言いようだ。
僕は言いがかりも甚だしいと己の正当性を述べるマリィさんを再度落ち着かせて、
「いざという時は僕がもう一回、使ってみますから」
自分が実験台になれば全て丸く収まると主張するのだが、
「虎助が怪我をしたら万屋の一大事、危険な実験は無駄に頑丈なあの男にやらせればいいのです」
「そうそう。それに虎助少年の場合、リアクションが薄くてつまらないからな。俺の薬も全然効かねえし」
「それはどういう意味ですの?」
心配というよりも話し相手が居なくては困るという意味でだろう。以前言っていたことと矛盾するようなマリィさんの主張に、僕はしょうがない人だと眉でハの字を作るも、続く賢者様の発言は酷過ぎる。
ここで皮肉の一言でも返せればとも思うのだが、性格でもないし、まずは袖を引っ張ってくるマリィさんの疑問を解消するのが先決だ。
「実は僕――、体質的に毒が効きにくいんですよ」
「毒扱いかよっ!」
偶然にも皮肉のようになってしまった発言に、賢者様からテンポよくツッコミが入るのだが、
半分以上は薬じゃないですよね。
と、それを言ったら失礼か。ならばと逆のアプローチからの考えを口にする。
「いえ、回復アイテムなら僕にも普通に効果がありますし、そもそも身体強化系のポーションは体に負荷がかかるものですから。実は毒による副作用だったとか、そういう効果なんじゃないないでしょうか。ほら、毒と薬は紙一重とかいいませんか?」
思いつくままに組み立てた理論に、我ながら苦しいかな。別の言葉を探そうとするのだが、賢者様はカウンターを椅子代わりに考える人ようなポーズを取って、
「確かに少年の言う通りかもしんねえな。なんにせよ摂り過ぎってのは体に毒っていうし、もしかすっと、体に負担をかける強化系ポーションの効果も一定以上は毒になっているのかもな。
…………ん?ってこたあ、逆に回復系統に属する強壮薬や媚薬関係なら、少年にもきっちり効果が見られるってことか?」
あれで納得できちゃったの?
柔軟な発想で別の可能性に辿り着いた賢者様が、早速とばかりに懐から、蛍光の紫といかにも怪しげな色をした液体の入った小瓶を取り出して、「コレちょっと飲んでみ」と押し付けてくるけれど、
僕は「それ絶対危ない薬ですよね」と拒否の構え、
しかし、一度実験心に火が点いてしまった賢者様は止まらない。
いいじゃねえかよ。と言いながら絡みついてくる。
「おやめなさい」
だがそこに、マリィさんの脳天チョップが振り下ろされ、間抜け顔を晒す賢者様の手から、媚薬らしき怪しげな液体入りの小瓶を零れ落ちる。
そして、その小瓶を床に落ちる前にキャッチ。ポケットに隠したマリィさんは、何もなかったとばかりに話を戻す。
「でも、意外な特技ですのね。生まれつきの体質ですの?」
「いえ、家庭の事情からちょっと毒への耐性ができてしまいまして」
「どんな家庭の事情ですの!?」
当然の如く驚かれるが、こればかりは母の許可が必要だ。
誤魔化し笑いを浮かべる僕に、マリィさんがムムムと眉を吊り上げる。
と、そんなやり取り傍ら、軽めのチョップを脳天にくらい、蹲っていた賢者様が呂律が回らないといった様子で聞いてくる。
「それよかどうなってんだコレ?体が痺れて上手く動けねえんだけどよ」
「あら、成功でしたのね。便利なものですねコレ。一ついただいていこうかしら?」
と、加害者であるマリィさんはこれが原因だと言わんばかりに、いつもとは違うデザインのオペラグローブをヒラヒラと見せびらかす。
「だからなんだってんだよ」
答えになっていないマリィさんの説明に焦れる賢者様の声を受け、僕が慌てて頭を下げる。
「すいません。実はそれ、僕が作ったマジックアイテムなんです。ちょっと前に店内で暴れたお客さんがいまして、またそんなお客さんがいらした時、簡単に無傷で止められるアイテムを作れないかって、いろいろ試行錯誤して作ってみたものなんですよ。
付与されている魔法効果は軽微なパラライズ系魔法ですので、無理矢理動こうと思えば動けるかと、効果時間は五分くらいで、後遺症も無いと思うのですが……どうでしょう?」
「って、俺が実験台にされてんのかよ」
ビコンと体を仰け反らせて文句する賢者様。その文句は分かるのだが、
「折角ですので参考にしようかと――」
「いいじゃなありませんの。貴方、このお店にはいろいろ迷惑をかけているのでしょう」
マリィさんの指摘に、賢者様から裏切者と言わんばかりの視線が放たれるけど、天地神明に誓って余計なことは何も話していない。純粋に日頃の行いによるものだと僕は首を横に振って潔白を主張しようとするのだが、
取り敢えず信じてもらう為にも、誤解を解くよりも先に賢者様の麻痺を治してあげなければ――、
入り口付近の棚にあるポーションを取りに行こうとしたところ、カラカラとカモとなる人物が店に入ってきてしまう。
えと、ここは忠告しておくべきだろうか。そう考えるも時既に遅し。
「あらあら、懲りずにまたエクスカリバーに挑戦しにきましたの?」
「なんだと!?」
わざとらしく挑発的なマリィさんのセリフに過剰反応するフレアさん。そして、その反応を見てニヤニヤと体を起こす賢者様。麻痺の効果は一体どこにいってしまったんだろう。
しかし、これからどうなることやら。
いや、碌でもないことになるだろうと分かっていながらも、賢者様を助ける手を止めようとしない僕も同罪かな。
取り敢えずフレアさんに「いらっしゃいませ」と常套句をかけた僕は、これから起きるだろう悲劇を予期して、いそいそと各種ポーションの準備を始めるしかないのだった。
分かり難かったかもしれませんがプロローグの少し前という設定です。
あ、後、今週は後一話あります。




