武器マニアなお姫様
いきなり短めのお話です。
まるで駄菓子屋かと思うくらい小さな店舗『万屋』。
それがこのアヴァロン=エラに存在する唯一の商店である。
もともと青果店の店舗だったものをそのまま移動させただけということで、『八百八』という看板が未だ掲げられ、その看板が意味する通り、万屋などと呼ばれていたりする。
オーナーとしては魔法薬専門の店として考えていたようなのだが、お客様のニーズに答えていかなければ人が集まらないと、食料、雑貨、武器に防具と、扱う品数をだんだんと増やしていった結果、地方にお土産屋さんのような節操のない品揃えになってしまった現状を見る限りでは、万屋という名前もあながち間違いでもないだろう。
そしてこの時間、雇われ店長の僕に少し遅れて入店したマリィさんが、他の品物に目もくれずに足を向けるのは、店の中央、重々しい黒色の台座に突き刺さった黄金の剣だった。
それは、この万屋の目玉商品兼売れ残りでありながら伝説と謳われる聖剣『エクスカリバー』――という事にはなってはいるが、本物なのかは定かでない。
狭い店内だ。突き立てられた黄金の剣はどこからでも見られるのだが、
より近くでエクスカリバーを見たいと彼女は剣の刺さる台座の上に膝を付き、剣に被せられた透明な箱に顔をくっつける。
因みにこのアクリルケースは盗難防止ではなく、あまりに鋭すぎる切れ味による負傷を防ぐ為に設置されているものだ。
アクリルにへばりつくマリィさんは、まさにショーウィンドウのトランペットに憧れる少年というようなキラキラとした瞳でエクスカリバーを見つめている。
だが、その表情はだらしなく緩みきっていて、とても【亡国の姫君】という肩書を持つ者の姿とは思えない。
そうして約十分――、微動だにせず、じっくりねっぷり伝説の剣を視姦した彼女は、おもむろに立ち上がると、剣を覆っていたクリアケースを外す。
「気をつけて下さいね」
「承知しています。問題ありませんの」
僕のかけた心配は、この万屋の目玉商品であり、伝説と歌われるエクスカリバーがどうして未だに売れ残っているかという原因に直結するものだった。
そう、エクスカリバーは剣自身がその持ち主を選ぶのだ。
認めたもの以外は抜くことすらもさせてくれず、邪念を持った人間が触れようものなら容赦なく牙を剥く。
今まさにマリィさんが抜こうと手をかけるこの黄金の剣は、訪れた数々の冒険者達が手に取ろうと挑み、軒並み惨敗していった曰くつきの聖剣なのだ。
しかし、マリィさんはその逸話を知っていてなお恐れずチャレンジを繰り返す。
その理由は至極単純、ただこの伝説の剣を手に入れたいという純粋な欲望によるものだ。
「本当に好きなんですねその剣が」
「この店には面白い武器や防具が多数取り揃えられていますが、このエクスカリバーだけは別格ですの。威力、優雅さ、全てが完璧。何より全世界の剣士の憧れですもの」
そう言いながらマリィさんはエクスカリバーを引き抜こうとする腕に力を込める。
しかし、エクスカリバーはいつもの様にピクリとも動かない。
とはいえ、それは当然なのかもしれない。
何故ならば――、
「マリィさんは剣士じゃなくて魔導師でしょう」
姫であると同時に強力な魔導師としての素質を持っている。それがマリィ=ランカークという少女なのだ。
そして、そんな冗談のような職業が存在するのがファンタジーな世界でもあり、ゲームなどであるように、得てして筋力を鍛えるのが難しいというのが魔法的資質を持つ者の特徴だったりする。
だが、そんな指摘にマリィさんはこう反論する。
「得意なのが魔法というだけですの。きちんと剣の修練も納めています。言うならば私は魔法剣士ですの」
言ってボリューミーな胸を張ったマリィさんは、
「いいでしょう。私の実力を証明してみせますの。かかってきなさい」
エクスカリバーから手を離すと腰に吊り下げた細身の剣を抜き放つ。エストックと呼ばれる近頃すっかり肩身が狭くなってしまった闘牛などに使われたりする剣だ。
しかし、僕もそんなクレーマーじみたお客様への対応は心得ている。
何しろ、口よりも手が先に出る人間が当たり前に訪れるこの世界でもう半年近くも雇われ店長をしているのだ。
「すいません。失礼しました。マリィさんには敵いませんよ。危ないですから剣をしまって下さい」
と、即座の謝罪。そして、相手によってはここからそれなりの対応に出なければいけない悪辣漢もいるのだが、彼女に限ってはこれだけで事足りる。
「そうでしょう」
僕の降参宣言に満足ようにマリィさんは細剣を腰に収めてくれるが、再びエクスカリバーに挑もうにも、抜けないことはついさっきのチャレンジで証明済みだ。
「今日も駄目でしたの。口惜しい」
昨日もチャレンジしたばかりじゃないですか――という返しは地雷だろう。
僕は口からはみ出しかけた軽口を喉元で止め、代わりに一つ質問する。
「しかしこの剣、本当にエクスカリバーなんですかね?」
エクスカリバーといえば、ゲームなんかでもトップクラスの性能を誇るとされる伝説の剣だ。
そんなものが(仮にも店主が言うのはどうかと思うが)こんなみすぼらしい店に置いてあるというのは違和感でしかない。
僕からしたら素朴な疑問だったのだが、マリィさんにとってそれは侮辱に該当する質問だったらしい。
「虎助、貴方それでもこの万屋の店主ですの。この煌めき、そして迸るような聖気、何より選ばれし者でないと手にできないという事実。全てが伝説通りではありませんの。そもそもエクスカリバーというものはですね――」
どうやら変なスイッチを押してしまったらしい。
マニアックモードに入ったマリィさんの口から、つらつらと溢れ出す専門用語にしまったと後悔するも、もう遅い。
この状態のマリィさんに余計なことを言おうものなら、千の理論と万の言葉が返ってくるのは確実だ。
これはもう、黙って最後まで聞くしかない。
「間違いありませんの。私の見立てが間違っているとでも?」
と、小一時間程、並び立てられた専門用語の羅列の最後、向けられた剣呑な視線に、僕は「仰る通りです」を頭を垂れる。
こうなってしまってはいつものように、平身低頭謝るしかないのだから。
そう、亡国の姫君マリィ=ランカークは、偏愛といえるくらいに武器を愛する重度の武器マニアなのだから。
【亡国の姫】……失われた王国の姫。〈教養〉〈歌唱〉〈威光〉などの恩恵を与る者。