そしてヒメカ
それは僕がアクアとオニキスと新しい契約を結んだ翌日のこと、
精霊の卵の殻を使った〈スクナカード〉の安全性が確かめられたということで、放課後になって、いつものように万屋にやってきた元春に、昨夜完成したばかりの〈スクナカード〉をお披露目することにした。
ちなみに、次郎君と正則君は部活でいない。
来る新入生勧誘週間に向けて、それぞれ部活動のミーティングに出席するとのことだ。
でも、新入生の勧誘というのなら、写真部である元春も同じく忙しいのでは?
そうも思ったりもしたのだが、元春が言うには、写真部は基本、少数精鋭の部活だそうで、入部には厳しい審査があるらしい。
だから、積極的な新人勧誘は行われないということだが、
少数精鋭って、その字面と部員の一人である元春との間に大きなギャップを感じてしまうんだけど。
|閑話休題《まあ、それはそれとして》。
「おお、これが俺の新しいカードか」
「これはムーングロウのカードになりますの」
元春に続いて聞いてくるのはマリィさん。
今日は領主様の仕事がないらしく、朝からこの万屋で魔王様やエクスカリバーさんと怠惰な時間を送っていたそうだ。
「厳密には触媒とした素材ごとに細かな分類があるみたいですけど、基本的にはムーングロウでいいと思いますよ」
上位魔法金属と呼ばれるものは、鉄や銀など通常の金属と、龍など濃い魔力を内包する素材を混ぜることによって生み出される合金である。
しかし、当然それは使う素材の種類や質によって微妙に能力差が生まれるもので、
例えば、地球でおなじみのステンレスのように、一つの合金でも、それぞれの配合や作り方によって、個別の名前が付けられたりしているものもあったりするのと同じように、ムーングロウもまたムーングロウと一括りに呼ばれることが一般的なのだそうだ。
「そんで、この〈スクナカード〉は、他の〈スクナカード〉とやっぱどっか違うんか?」
「ああ、それなんだけど。ちょっと見てくれるかな」
そう言って、僕は昨日カードを新調したアクアを呼び出すと〈スタイルチェンジ〉を発動させる。
すると、アクアがセイレーン本来の姿を取り戻して、元春が「おお、人魚モードかよ」と驚くのだが、この特技にはまだ続きがあって、
僕が続けてアクアに「手筈通りにお願い」と指示を送ると、アクアはその場でくるくるとスピン。空気中から水分を集めて――、
「でっかくなっただと」
元春が大げさに驚いた通り、手のひらサイズのアクアの体が数倍の大きさに膨れ上がったのだ。
これは新しく憶えた〈スタイルチェンジ〉と〈水操り〉を併用した力。
燃費が悪いが、契約者より与えられた魔力をもとに自身の体積を数倍にすることで、セイレーンとしての能力が強化されるらしい。つまりはスーパーセイレーン3みたいなことである。
ちなみに『でっかくなった』といっても、いまのアクアが元の大人サイズにはまだ届くことはない。
言うなれば16分の1のフィギュアだったアクアが、プロポーションそのままに幼女サイズにまで大きくなったといった感じで、その外見に若干の違和感があったりする。
さて、新しいアクアのデモンストレーションはこれくらいにして、元春にこの特別な〈スクナカード〉を渡すとしよう。
僕から特注の〈スクナカード〉を受け取った元春は気合を入れて、
「よっしゃ、俺もセイレーンちゃんを呼び出すぜ」
「元春がそれでいいなら僕は止めないけど、アクアはこれでちゃんとした精霊だからね。元春が新しくセイレーンと契約しても、アクアと同じようなスクナになるのかは保証できないよ」
「おう、マジかよ」
アクアはもともとセイレーンとして僕と契約して、それからスクナになったという経緯がある。
だから、元春が一から水の原始精霊をスクナカードに宿して、セイレーンを呼び出しても、アクアと同じ成長を辿るのかはわからないのだ。
「それに元春もちゃんと自分のスクナにしたい精霊やその姿を考えてきてるんじゃないの?」
そして、僕が残念がる元春に追加でそう指摘すると、元春がわざとらしく「そうだったそうだった」と頭を掻いて、
「それで、あまり興味は無いのですが、貴方はどのようなスクナを生み出そうとしていますの?」
「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス。
目的のものが手に入れられないなら自分で確保すればいいじゃんってことっすよ」
どうせ、またいやらしい目的にスクナを使うんでしょう。そんな副音声が聞こえてきそうなマリィさんの問い掛けに、元春にしては珍しく、インテリジェンスの欠片を感じる例えを出頭に――、
いや、やっぱりいつもの通り頭が悪いことを言い出した。
「それで、あまり興味はないのですが、貴方はどのようなスクナを生み出そうとしていますの?」
しかし、元春の勿体ぶるような言い方など、マリィさんからしてみるとただ煩わしいだけ、早く言えとばかりに同じ言葉を繰り返し、元春はそんな圧力に気圧されながらも咳払い。
「俺が生み出すスクナ――、それはサキュバスです」
シャラン。爽やかさを演出しようとしているのだろうか、元春は存在しない前髪をかき上げながらも、欲望まみれなことを言い出す。
しかし、原始精霊が宿るスクナが淫魔であるサキュバスになってくれるのだろうか。
そんな根本的な疑問はともかくとして、
「えと、それでも元春の希望通りには行かないと思うんだけど」
よしんば元春の妄想通りに事が運んだとしても、スクナはスクナ、生まれるサキュバスのサイズが小さいのは変わりない。
アクアのような例外もあるだろうが、それはおそらく力のある精霊でないと無理な話で、原始精霊から成長を始めるスクナがいくら精霊の卵の殻の力を受けたとしても、すぐに同じようなことができるようになるのは難しいのではないか。
そんな指摘をしてみるのだが、元春としてもそれは想定内の指摘だったみたいである。
というか、そもそも巨大化うんぬんの話はアクアに新しく発現した〈スタイルチェンジ〉によって発覚した事実であるからして、
「フッ、俺には【淫夢に溺れしもの】っつー実績があるだろ。それとサキュバスが組み合わせられれば最強じゃねーかって思ってな」
そういえばそんな実績も持っていたね。
つまり元春は、サキュバス――というか、たとえばバクのように、夢に干渉できるタイプの原始精霊をスクナに宿すことができたなら、見た淫夢を忘れてしまうという件の実積が持つ問題を解決できるかもしれないと考えたみたいだ。
そして、そんな元春のアイデアはマリィさんからみても感心できるものだったみたいで、
「まっとうではありませんけど、まっとうな発想ですわね」
「レア素材を使うんだから、アクアっちみたいに巨大化とかできるかもしんねーっすからね」
認めたくはないがアイデアとしては悪くない。金色の柳眉に微妙な感情をにじませながらも言ったマリィさんの褒め言葉に、元春はフッと笑いながらも追加でこうなったらいいなという希望を口にする。
たぶん元春としては今から生み出すスクナにこういったイメージも組み込みたいのだろう。
すると、そんな元春の無意識からの言葉を聞いてか、マリィさんがフムと何かに気付いたように俯いて、
「しかし、サキュバスといえば、以前、戦ったらしいインキュバスと同等の存在であると聞いたことがありますわよね」
何を言い出すかと思いきや、それはサキュバスに関する説の一つだった。
「たしかにそれは聞いたことがありますね」
たしか、サキュバスとインキュバスは表裏一体の存在らしく、サキュバスとして確保した精をインキュバスの姿で人間の女性へと注ぎ込み、仲間を増やしていくとかいうそんな話があったような。
しかし、それがどうしたんだろうとマリィさんに訊ねたところ。
「あら、虎助達のところでもそういう伝承がありますの?」
「はい。サキュバスは実は両性具有で相手によってその姿を変えるとか」
マリィさんはわざとらしくも僕に聞いてきて、僕が更に詳細な話をしようとしていると。
「ちょちょ、おま――、てか、マリィちゃんもなに言ってんすか、二人がそんなこと言い出すから変な想像しちゃったじゃないっすか」
「あら、それはごめんなさい。わざとじゃありませんのよ」
元春としてはそんなサキュバスの性質は受け入れられない。
元春の必死の抗議にさらりと謝るマリィさん。
ただ、マリィさんの顔には嘲笑にも近い微笑が浮かんでいて、
うん。これは明らかにわざとだね。
これから元春が発動させる〈従者創造〉という魔法は――、
いや、それに限らず、魔法という技能にとって想像力というものはなによりも重要なファクターだ。
マリィさんとしては元春がサキュバスに関するイメージをちゃんと固める前に、元春にとって不利な情報を与えて、ちょっとからかってやろうと思ったのだろう。
ただ、それは元春からしてみたら死活問題にも近いものがあって、
「さあ、見せてくださいまし、貴方の生み出すスクナを――」
「うわっ、やっぱ家でやろうかな」
それはもう楽しそうに手を広げ、スクナの呼び出しを促すマリィさん。
一方、そんなマリィの声を受けた元春はヘタレたことを言い始める。
しかし、スクナの呼び出しを地球側でやるということは、僕としてはあまりオススメできない。
何故かというと、地球は魔素が薄く、精霊の絶対数が少ないからだ。
スクナを生み出す際にしっかりとしたイメージを組み立てたとしても、地球では狙った精霊が宿ってくれる可能性が限りなく低くなってしまうのだ。
これはマリィさんの援護をする訳ではないのだが、せっかく特別に用意したカードなんだから、できるだけ条件のいい場所で使って欲しい。
僕がそれらの事実を持って元春を説得をしたところ、元春はまた少し考えて、
「じゃあ、また明日――」
やっぱりヘタレたことを言い出すのだが、そんなことを言って先延ばしにしていても、結局はどんどんと追い込まれていくだけだから。
「いや、ここは諦めて集中するしかないと思うよ」
暗に『諦めろ――』と僕がそう言うと、元春は「うぅ」と呻くようにして、
「チクショー、わかったよ」
そう叫んだかと思いきや、余計なイメージを排除する為に「集中だぜ集中」と、漫画やゲームから引っ張ってきた妖艶なサキュバスのイラストを自分の周囲に大量に浮かべて、それを舐め回すように見回しながら、声高らかにそのキーワードを叫ぶ。
「行くぜ。〈従者創造〉っ!!」
直後、元春が持つカードから元春の魔法特性を示す白い光が溢れ出し、小悪魔のフーカとはまた違う、コウモリの翼を持った妖艶な美女を召喚される。
すると、そんなスクナの姿を確認した元春は〈従者創造〉を唱える為に突き上げた片手をぐっと握り。
「おらっしゃぁぁぁぁぁぁぁああっ!! これ、サキュバスだろゼッテー!!」
イメージ通りのスクナを引き当てたことに歓喜の声を上げる。
しかし、元春はそこで安心はしない。
召喚前に行われた僕とマリィさんの不穏な会話によって、いま生み出されたこの彼女(?)に変なイメージが混ざり込んでしまったかもしれないと、「待て待て待て待て――」と自分を諌めるようにそう言って、顕現したばかりのスクナにまずかけた言葉がこれである。
「じゃあ、パンツを脱いで見せてもらってもいいか」
「あ、貴方、なにをしようとしていますの――っ!?」
この世界に自我を持って生まれたばかりのスクナに変態的な指示を出す元春。
そんな元春にマリィさんが即反応。
小さな爆破弾を使ってツッコミを入れるのだが、元春にとってそれはまさに天国と地獄を分ける分水嶺。
ごくごく小規模な爆発に上半身を仰け反らせながらも、吹っ飛ぶことなく耐えきって、
「――って、そこの確認は重要じゃないっすかっ!!」
魂の叫びを放つ元春。
普段からこれくらい男らしければモテるのに――、
いや、ないか……。
「ですが、こんな衆目の中でスクナに脱ぎなさいというのはどういうことですの!?」
一方、マリィさんの言うことも尤もである。
僕達がいるのは万屋の顔とも言うべきカウンター周り、そんなお立ち台の上でサキュバスらしきスクナにストリップをしろと言うのは、どんなプレイなんだという話なのだ。
「じゃあ、どうやって確かめればいいんすか!?」
止めるマリィさんに慟哭する元春。
「それは……、仕方がありませんわね。私が確かめますの。
ええと、貴女――、私についていらっしゃい」
そして、マリィさんも自分で提案しておきながらも、正直それは変態的な行為なのでは?
改めて思い返したのだろう。微妙に頬を染めながらも、声のトーンを一つ落として、手の平を突き出して、スクナを連れて行こうとするのだが、元春としてはちゃんと自分で確かめたいというか、邪な気持ちがそこにあって、
「えぇ~」
「なにか文句がありますの?」
あからさまに不満げな元春。
しかし、マリィさんはドスを利かせた声でそう聞き返し、睨みつけられてしまってはさすがの元春も逆らえない。下手をすると焼失されるかもしれないからね。
「|女王陛下の仰せのままに《イエス ユア マジェスティ》」
と、主の了承が得られたところで、マリィさんはまだ名前の決まっていないサキュバス型のスクナという謎の存在を手の平の上に、ふと我に返ったのだろう。「なぜ私がこんなことをしなければならないのです」とブツブツと文句を言いながらも、万屋の片隅に設けられた試着室へ。
そして数分、マリィさんが戻ってきたところで、元春が緊張した面持ちで「どどど、どうでしたか」と聞いたところ、マリィさんは複雑な胸の内を表すような得も言われぬ表情を浮かべて一言。
「女の子でしたわ」
「えいどりやぁぁぁぁぁああん――っ!!」
これも一種のセクハラなのでは?
意味不明な言葉を叫ぶ元春を前に頬を染めるマリィさん。そんな二人の姿に、僕はそんな声を胸の内に作りながらも、
「それでその子の特技はどんな能力なの?
あと名前も決めないと」
「おっと、それも重要だった。
ああ、因みに名前はヒメカちゃんで決定な」
たぶん、この名前もまたグラビアアイドルかなにかから取った名前なんだろうね。
名前選びのセンスは悪くないとして、問題はそのヒメカの能力だ。
「〈夢幻の住人〉って、これってよ――」
「そうだね。元春が狙ってた特技になるんじゃないかな」
それもそうなんだけど、僕が注目しているのはヒメカが持つもう一つの特技の方だ。
すると、マリィさんは小さな魔法窓をじっと見る僕の様子が気になったみたいだ。
「虎助? 元春がなにかやらかしましたの」
耳元でぽそっと聞いてくる。
そんなマリィさんからの問い掛けに、僕はなんて言ったらいいかと少し間を挟んで、
「いえ、やらかしたといいますか、なんといいますか、ヒメカが持つもう一つの特技〈陰陽〉なんですけど」
「はい。それは、虎助達の世界でかつて使われていた魔法体系だったと漫画で読んだことがありますが」
そう。一見するとなんの問題ないように思えるこの特技。
だが、その表記はあくまで『陰陽』という概念だけの表現であって、
「たしかに僕達の世界といいますか、僕達が暮らす国の一部地域ではそういう魔法の存在が伝えられているんですけど。それとは別に僕達が暮らす世界には両性具有の生物のことを半陰陽って呼ぶ概念があってですね」
いわゆる半月やら二形とか、そういう言葉だ。
「あの、それはもしや――」
「まあ、普通に魔法的な意味で使うこともありますから、あくまで可能性なんですけど、ヒメカのもう一つの特技である〈夢幻の住人〉と一緒に考えますと――」
「そうですわね。ええ、いろいろな可能性があるというのはいいことですの」
そう言って意地が悪そうな笑みを浮かべるマリィさん。
さて、この〈陰陽〉という特技がこれからどんな効果をもたらすのか、それはこれからヒメカがどんな情報を取り入れ、どう成長をしていくかにかかっているだろう。
◆ヒメカの詳細アレコレ
ヒメカ(元春のスクナ・夢魔型)……〈夢幻の住人〉〈陰陽〉
ヒメカの名前の由来は元春が好きなセクシー女優から取ったものになっています。
虎助はグラビアアイドルと思っていましたが、元春はど直球な欲望を込めてそう名付けました。
因みに、ヒメカは『夢魔アルプ』をモデルにしています。夢魔でありながら、ゲルマン神話の精霊で、アルプ→アールヴ→エルフって感じで、エルフなどの種族と起源は一緒だという説があるそうです。
問題の〈陰陽〉という特技ですが、これは普通に陰陽術などで取り上げられる概念のこととなります。
ヒメカ顕現の前に元春がイメージした混沌がそのまま現れた特技だったりします。
ただ、それは精霊の卵の殻という素材の影響を受け、これから成長する余地を残したが故の表記であって、それがどのような方向の力になるかは、これからヒメカがどんな情報を手に入れるかにかかっています。
例えば、元春が持つ【淫夢に溺れしもの】という実積の効果から、腐なお姉さまが好むような展開の悪夢に溺れてしまうなんてことになった場合、マリィが考えていたような成長を遂げることになるのかもしれません。
◆次回は水曜日に投稿予定です。