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記憶する金属

九章開始です。

「今日、みなさんに集まってもらったのは見てもらいたいものがあるからなんです」


 春休みが終わってすぐのその日、僕は集まってもらった常連のお客様を前に一振りのナイフを見せていた。


「虎助、これがどういたしまして」


 まず口を開いたのはマリィさんだ。


「ナイフにしては刃がみじけーな。ペーパーナイフってヤツか?」


 元春は武器としては小さなそのサイズが気になったみたいだ。


「……精霊の気配がする」


 魔王様が鈴の音のような声でそう呟く。


「精霊――ってことは聖剣か?」


 賢者様がそんな魔王様の呟きを拾って、もしかしてと視線を送ったのはカウンターの正面に展示されているエクスカリバーさんだ。

 だが、そんな賢者様の質問にエクスカリバーさんがわざわざ答えてくれるハズもなく。

 ここは僕がと説明するのは、


「実はこれ例の殻を使った金属で作ったナイフなんです」


 例の殻というのは精霊の卵の殻のことである。

 そう、このナイフは先日このアヴァロン=エラに迷い込んできた精霊喰い、その額に埋まっていた精霊の卵の殻を各種金属と錬成して作ったナイフなのだ。


「それで、これにはどのような効果があるのです?」


「今のところはただ頑丈なだけのナイフですね。

 殻が内包していた魔素の量が量だけに上位魔法金属化していますけど」


 わざわざ見せるからには見た目通りのナイフではないのだろう。

 そんなマリィさんからの質問に、僕はいまのところは(・・・・・・・)としながらも正直に答えを返す。

 すると、元春がちょっとがっかりとばかりにカウンターの上のナイフに視線を落として、


「そう言われっと、なんだかしょぼいな」


 しょぼいとはまた失礼な。


「たしかに少年の言う通りだな。

 とはいっても、普通の感覚だと上位魔法金属が作れるってだけでスゲェんだけどな」


 本来、賢者様の言う通り、上位魔法金属製の武器というのは、それだけで一廉のアイテムになるのだが、まあ、それだけだと芸がないという二人の意見もわからないでもないが、

 ただそれも――、


「二人共、お待ちなさい。

 虎助はこう言いましたのよ。『今のところ、ただの頑丈なナイフ』と――」


 そう、マリィさんの言う通り、このナイフはただの頑丈なナイフであると同時に、他の素材で作った上位魔法金属には存在しない特徴がある。


「実はこの短剣、今は特になんの能力や魔法効果も備えていないんですけど、使い込むことによって情報を蓄え、新しい能力を開花させていくんです」


「武器そのものが成長する?

 それは聖剣だけが持つ、いえ、一部の魔剣もそうでしたか……、

 つまり、この剣は人工的にそれを可能とした剣ということですの?」


 僕の説明にマリィさんが難しそうな顔をする。

 数多くの武器を知り、この万屋でもいろいろと魔法剣を作っているマリィさんからしてみると、この小さなナイフに備わっている力は、とてもとても特別なものに感じるのかもしれない。


「おいおい、成長する武器とかロマンじゃねーかよ」


 ただ、元春からしてみると、こういった成長武器というのはゲームなんかで定番なので、別に聖剣でなくとも成長する武器くらいはあるだろうという意識があるみたいだ。


「そいつはどういう仕組みになってるんだ?」


 そして、賢者様はというと、やはり錬金術しての興味が先に立つみたいだ。

 更に詳しいナイフの情報を求めてくるのだが、


「賢者様は精霊の卵がどのような役割りのものなのか、その資料は読みましたか」


 ついこの間、闇の精霊が生まれた時に、その欠片の一部をサンプルとして賢者様にも融通した。

 その際に精霊の卵がどんなものであるのか、賢者様にはソニアと魔王様が知る情報をまとめたものを渡してある。

 それを確認するような僕の問いかけに、賢者様はその内容を思い返してみたのだろう。

 まさか――と驚いた表情を浮かべる賢者様に、僕は「はい」と一つ頷いて、


「実は精霊の卵の殻を使った魔法金属には、精霊の卵と同じく周囲の情報を収集する機能があるみたいなんですよ」


 情報記録能力、それはもともと卵の中に取り込んだ原始精霊を育てるための機能だった。

 しかし、その機能はただの素材となっても失ってはいなかったのだ。


「それがこのサンプルで確認されたことで皆さんを集めたんですよ」


「ということは、もしや――」


「はい。みなさんにも精霊の卵の欠片を使ったアイテムを試してもらいたいと思いまして」


「マジか!?」


「いいんですの!?」


「俺もいいのか!?」


 マリィさんの問い掛けを筆頭に、元春や賢者様までもが、自分がそんなものをもらっていいのかと確認してくるのは、精霊喰いとの戦いが自分に殆ど関わりないところで起きたからだろう。

 まあ、元春に関しては、遠慮するのも珍しいが、やっぱり上位魔法金属がかなり高価なことを気にしているのかもしれないが、


「もともとの量が本当に精霊の卵の大きさですからね。サンプル調査をするなら定期的に連絡が取れる人じゃないと駄目ですから」


 精霊の卵の殻に周囲の情報を取り込む力があることは判明している。

 その力が錬金合成したアイテムにどのような影響をもたらすのかまでは時間をかけないとわからない。

 今回の場合、その経過観察をしなければならないから、そして、もしも何かあった時でも、ある程度の対応できる人にこの精霊の卵の殻を使って作ったアイテムを渡したいのだ。

 だから、その条件に当て嵌まるマリィさんに魔王様に賢者様、そして、まかりなりにも巨獣やら神獣などと戦い、それらに関する実積を元春に白羽の矢を立てたのだ。


 因みに、それなりの実力を持つ常連と言えば、フレアさんもその条件に当て嵌まるのだが、フレアさんの場合、未だご自分の世界の混乱が続いていることから、連絡はつくけど、すぐにこの世界にやってくることが出来ないという事情がある。

 だから、フレアに関しては、また来店した時に改めて確認するとして、


「それで、どのようなアイテムを作りましょうか?」


 まずはここにいるメンバーの要望を聞くのが先だと、僕が聞いたところ、マリィさんがすっと手を上げて、


(わたくし)はもちろん剣ですの」


 うん。マリィさんは予想通りだね。


「俺はどうすっかな。普通にナイフとかだと向こうに持ってった時に持ち歩けねーからな」


 元春の場合は地球側での生活もあるから、武器という形では持ち歩きが厳しいということで悩んでいるようであるが、


「それなんだけど、別に殻を使って作るアイテムは武器とかじゃなくて、アクセサリとかでも大丈夫だから」


「そういうのもありなん?」


「うん。付与されるのはあくまで情報収集能力だけだからね。用途に応じていろいろな形を試してくれた方が僕達としては助かるかな」


 ソニアも、この精霊の卵の殻を使ったアイテムに関しては、いろいろなサンプルが欲しいと言っていたからと僕が言うと、元春はわざとらしく顎に手を添えて、


「まあ、それでも案外ムズいよな」


 そうなんだよね。マリィさんみたいに武器というしっかりとした目的があるものなら簡単なのだが、地球で持ち歩いていても不自然じゃなく、なおかつ成長が見込めるアイテムとなると、なかなか思い浮かばない。

 例えば、マリィさんのオペラグローブのように、特定の魔法発動に特化させたアクセサリなんかを作ってもいいのだけれど、それが元春レベルでも使えるような魔法ともなるとメモリーカードで事足りるし。

 まあ、それでも、ものが持ち主に合わせて成長するアイテムだけに、思いもよらないオリジナルな魔法が発現するなんてケースもあるかもしれないが、その使用者が元春で、アヴァロン=エラの魔法開発環境を考えると、わざわざ精霊の卵の殻を使ってそれを作るのは、勿体無い気がすると、僕が悩む元春にそんな話をしていたところ、魔王様が「んっ」と小さく手を上げて、


「……椅子を作る」


「椅子ですか?」


「……王様の椅子? 前にリドラから作るようにって」


 訊ねる僕に小首をかしげる魔王様。


「王様の椅子ですか。つまり玉座のようなものなのではなくて?

 マオも人の上に立つ人間です。威厳を出すために相応の椅子が必要なのだということではありませんの」


 森に暮らす仲間たちのまとめ役として、威厳のある椅子が必要だと。

 リドラさんの性格を考えると、有り得そうな話である。

 しかし、この件は魔王様もよくわかってないみたいだから、この件は後でリドラさんに確認するとして、


「賢者様はどうします?」


「そうだな。俺の場合は錬金釜とか――、

 いや、腕輪がいいかもな」


「腕輪、ですか?」


「ああ、これは前にホリルに聞いたん話なんだが、エルフの里では同じ氏族を示す証として、家族になったヤツに氏族を示す紋章を刻んだ腕輪を送る風習ってのがあるらしいんだよ。だから、アニマにも俺とお揃いでそういうのを作ってやれば喜ぶんじゃねぇかと思ってな」


 いわゆる家紋みたいなものかな。

 それを家族になった人に送る習慣か。

 だけど、家族になった人に送るって、それって結婚指輪のようなものなんじゃ……。

 いや、氏族を示す証っていうんだから、例えば、生まれた時にとか、成人した時にとか、そういう特別な節目に腕輪を渡す風習って可能性もあるのかもしれないか。

 それに、賢者様の口調からすると、そこまで重い感じのものでもなさそうだし。

 ただ、それをアニマさんだけに渡すっていうのはどうなんだろう。

 それが仲間を示すものだとして、アイデアだけを参考にして、ホリルさんにだけなにもないってなると、賢者様の身が危ないのでは?

 僕はおせっかいにもそう考えて、


「そうですね。でも、そういうことなら、三人分作ったほうがいいんじゃないでしょうか」


「三人分?」


「ほら、アニマさんだけに渡すとホリルさんが不機嫌になるんじゃないかと思いまして」


「ああ、たしかに――、それはあるかもな」


 賢者様は僕の指摘に冷や汗を流して、


「じゃあ、悪いがホリルの分も合わせて三つ頼めるか」


「はい。それで腕輪にはなにかオプションをつけた方がいいですか」


 ふむ、これは――、婚約指輪うんぬんなんてのは僕の考え過ぎだったかな。

 僕は賢者様の軽いリアクションにそんな印象をいだきながらも、しかし、ものが腕輪となると、その用途はどんなものがいいのかと訊ねてみる。

 すると、賢者様は『ううむ』と難しい顔で考えて、ふと、このアヴァロン=エラ全体にかけられている生命維持というか、自然治癒力を増すような効果を付与できないかと思いついたみたいだ。そういう力が付与できないかと聞いてくる賢者様に、僕は『成程、それならソニアも興味を持ってくれるかも』と、賢者様からの提案をまとめて、念話通信を使いソニアに伝えながらも、


「それで元春はどうするの?」


 残るは元春だけだと声をかけると、元春は「そうだな」とまた考えるフリをして、


「師匠が腕輪なら俺はペアリングとか――」


 また無謀なことを言い出した。


「でも、使う予定がないよね」


 しかし、送る相手もいないのに、指輪なんて手に入れても仕方がない。

 ということで、僕が清々しい笑顔でその無駄な意見を封殺したところ、元春は「くっ」と悔しそうな声を漏らしながらも、「だったらお前はどうなんだよ」と逆ギレ気味に聞いてくる。


 しかし、僕の場合はサンプルとしてみせた小さいナイフでじゅうぶんで、これ以上は必要ないと、そう思っていたのだが、ソニアとしては、僕にもちゃんとした精霊の卵の殻を使ったアイテムを作ってもらいたかったみたいだ。

 賢者様が考えた腕輪に関する注文の返信の代わりにとばかりにポンとメッセージが送られてきて、

 僕はそんなソニアからのメッセージに目を通し、少し考えた上で、その魔法窓(ウィンドウ)を通じて一つの質問を送ってみる。


『ねえソニア、例の精霊の卵の殻を使ってアクアのカードの強化とかできないかな』


『どうだろう。出来るかわからないけど面白そうだね』


 成程、そういうことなら――、

 僕はアクアの〈スクナカード〉の強化をお願いする。

 すると、そんな僕とソニアのやり取りを見て、マリィさんが遠慮がちに、


「あの、既存のアイテムの強化ができるということは、この殻を(わたくし)の聖剣の強化に使えませんの」


 マリィさんの聖剣というと例のおみくじ木刀だね。

 それを強化するのか。

 僕ではちょっとわからないな。

 ということで、僕が繋ぎっぱなしの通信を使って、その質問をソニアにパスしたところ、ソニア曰く、アクアのカードで試してみないとわからないけど、その前提条件をクリアすれば可能だということなので、その旨をマリィさんに伝えると。


「では、(わたくし)はそれでお願いしますの」


 これでマリィさんが作るアイテムの詳細も決まったみたいだ。

 さて、後は魔王様と元春なのだが、魔王様の方はリドラさんに聞かないとわからないから、残す注文は元春のみとなる。

 と、元春もみんながさっさと作るものを決めてしまうこの状況に、少し焦りを感じたのだろうか。

 別に急ぐ話でもないのだが、意外と寂しがりやの元春としては、一人だけ置いていかれるのを嫌ったのかもしれない。

 やや慌てるようにして、


「しゃ、しゃーねーな。こうなったらもう虎助と同じ感じでいいっての。

 ま、スクナが増えるのも悪いことじゃねーし」


 若干、ツンデレ風にそう言ってプイっとそっぽを向いてしまう元春。

 いや、元春がそんなことをしてもまったく可愛くないからね。

◆次回は水曜日に投稿予定です。

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