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●幕間・調理用の魔法薬?

◆今回のお話は迷宮都市アムクラブがある世界のとある権力者に関するお話です。(完全にモブキャラ)


 そこは迷宮都市アムクラブから西に数百キロの距離にある城塞都市ザハルガ。

 中央区画に建てられた豪奢な館の応接室に二人の男が対面になって座っていた。


 片方は威厳のある髭を蓄えた偉丈夫。この館の主人であるユザーン。

 そして、そんなユザーンの対面に座る、きれいに身なりを整えた茶髪の青年は御用商人のダイン。


 ダインはユザーンに三本のガラスの小瓶を差し出してみせる。


「ユザーン様、こちらが今回の献上の品になります」


「むう、この装飾、魔法薬か……、

 俺としては未知の食材の方が良かったのだが」


「心得ております」


「心得ているというのはどういうことだ。ダイン?」


 自分の趣味がわかっていると言いながら、それでも魔法薬とおぼしき小瓶を差し出すダイン。

 そんなダインの行動にユザーンは穏やかな声音の中に少しの怪訝を忍ばせて聞く。


 すると、ダインはフッと微かな笑みを浮かべて、


「はい。実はその小瓶に入っているのは調理用の魔法薬なのです。この液体を水に溶かして食材を煮るだけで絶品の料理となるのです」


「なんと、調理用の魔法薬か、これはまた珍妙なものを見つけてきたのだな」


 魔法の調味液。それを聞いて、先ほどまでのしかめっ面を一転、ニヤリ笑顔を浮かべるユザーン。

 そして、さっそくこの魔法の調味液を試してみようと手を伸ばすのだが、そこで部屋の入口に立っていた老紳士が声を上げる。


「お待ち下さいユザーン様。そのような怪しげな魔法薬をなんの鑑定もなしに使うのは、私としては見過ごせませぬ」


「むぅ、だが爺よ。このような珍しい美食を前にして俺が我慢できると思うか」


 ユザーンはこの都市の実務を取り仕切る一人である。その役職から常に毒殺などの危険がついてまわる。故に老紳士はユザーンになにかあってはいけないと声を上げるのだが、ダインを始めとした御用商人から届けられた美食を味わうことを、なによりも一番の趣味とするユザーンとしては、すぐにでもこの魔法の調味料を試してみたい。


 ただ一方で、老紳士が考えるような危惧があるのはダインの方でもわかっていたことだ。

 なので――、


「おそれながらにユザーン様、この魔法の調味液は一度の調理ですべてを使うのではありません。

 なれば、ここに食材を用意して、目の前で幾つかの鍋に分けて作ればいいのでは?

 それならば毒味をしつつも、作りたての美食を楽しむことができるかと」


「おお、それはいい考えだ。

 聞いたな爺、すぐにそのように準備するのだ」


 毒殺への対抗策としてダインが考えていたアイデアを称賛するユザーン。

 そして、主がこうなってしまってはもう何を言っても無駄である。


 老紳士は、この提案を出したダインに一瞬、厳しい視線を送りながらも、これ以上の苦言を飲み込んで、「直ちに――」と一礼、料理人を呼ぶべくベルを振る。


 そんな老紳士の一方で、ユザーンの心はもう未知の美食に奪われていた。老紳士からの氷のような視線に冷や汗を流しながらも笑顔を保ち続けるダインにこう声を掛ける。


「時にダインよ。この魔法薬にはどんな食材を合わせればいいのだ」


「食べられないような食材や明らかに調理法とあっていない食材でないなければ、いかようなものでも美味しくいただけるかと。

 ただ、この魔法薬に完成する料理がスープの派生料理のようなものになりますので、それに合わせた食材を使うことによって更に美味に食べられるかと」


「成程――、それならば、ドゥドゥの肉とレイショ、ハクナの組み合わせがよかろうて」


「さすがは閣下、素晴らしい選択です」


 ユザーンの食材の選定におべっかを送るダイン。

 すると、そこにたっぷりと食材を乗せた台車が運ばれてきて、同時にやってきた料理人が、つい今しがたユザーンが決めた食材を食べやすい大きさにカット。食材を鍋の中に敷き詰めていく一方で、調理用の魔法薬が入った小瓶に貼り付けられたメモ書きから水との分量を計測、食材がひたひたになるくらいまで注ぎ込んで、煮込むこと十数分――、かぐわしき香りが室内に漂い始めたところで、老執事による毒味が行われることになるのだが、

 ギラリ。真剣な顔つきで老紳士がその食べ物を口に運んだ瞬間、その動きが止まる。


「こ、これは――」


「む、どうしたのだ爺」


 老紳士がユザーンに――、いや、この家に仕えて、はや数十年、ユザーンは彼がここまでの強い反応をしてしまったところを見たことがなかった。

 だから、純粋に何が起こったのか、気になったユザーンが老紳士に訊ねると、訊ねられた方の老紳士は、やや気まずそうな表情を浮かべて、


「い、いえ、あまりの美味に思わず声が出てしまいました」


「むぅ、爺がそこまで評価する食べ物とな。

 ベスパよ。すぐに俺のぶんも寄越すのだ」


「か、かしこまりました」


 ユザーンに命じられた料理人が、老紳士が毒味をした鍋とはまた別の鍋から、すべての食材を一つの皿で味わえるように盛り付けて、どこからかシルバートレイを出した老紳士へとパス。

 老紳士が早く早くと言わんばかりのユザーンの前へと配膳すると、


「火傷に気をつけて下さいませ」


 添えられた一言に鷹揚に頷いたユザーンは、息を吹きかけ、程よい温度になったところで口に運ぶ。

 すると、その一口を皮切りに、一口、また一口と、その料理を口に放り込んでいくユザーン。

 そして最後に、行儀悪くも皿を傾けそのままスープを飲み干したかと思いきや、味の余韻を確かめるように瞑目。

 再び目を開いたユザーンが訊ねるのは、この魔法薬がまた手に入るかということだった。


「ダインよ。これはまた手に入れられるものなのか」


「残念ながら、これはたまたま手に入れたものでして――」


 しかし、それを受けたダインの方は残念そうに首を横に振り、一旦そこで言葉を区切り。


「ただ、アムクラブ近郊に存在するダンジョン。『ディープグレイ』の下層まで行ける実力があるのなら、この他にも、かつて見たことのない魔法の調味液や、最近アムクラブを中心に流通している噂のスパイスが手に入れられるとのことです」


「ダンジョンで調味料にスパイスだと。

 この魔法薬は魔獣の素材から作られるものなのか」


 ダンジョンで手に入る調味料とは、魔獣の素材を使ったものではないか。

 ユザーンはこれまで溜めた食の知識からダインの説明をそう解釈するのだが、ダインはこれにも首を横に振ることで答え。


「いえ、そのダンジョンの最下層に店があるのです」


「ダンジョンの中にか?」


「はい。正確にはダンジョンに設置されている罠になるのでしょうか?

 ディープグレイの下層には、まったく別の空間へと移動できる手段があるそうで、そこから訪れることのできる場所にある商店で買い求めることができるそうです」


「それは魔境――、いや、神域か?」


「それは私にはわかりかねます。

 しかし、多くの噂から判断するに、その店があるのはほぼ確実かと――」


 細かな情報はあやふやであるが、そこへ行けば確実に希少なアイテムが手に入る。

 そんな情報をダインから聞かされたユザーンは思案するように自分の髭を撫でて、


「爺、ただちにギルドへ赴き、クライ達を呼んで参れ」


「赤い薔薇を動かすのですか?」


「食い意地のはった連中だ。この魔法薬をくれてやれば喜んで引き受けるだろう」


 老紳士に向かって楽しげに指示を出すユザーン。

 その対面、主と執事、二人のやり取りを聞いていたダインが口を開く。


「閣下、その探索、私も同行してもよろしいでしょうか」


「何故――と、これは聞くまでもないな。

 ふむ、どちらにしても交渉役が必要か……、

 好きにするがいい。

 だが、俺の臨む品を優先的に、それだけはゆめゆめ忘れぬようにな」


「心得ております」

◆とりあえず、これにて今章は終了となります。

 因みに、今回のお話にチラッと名前が登場した『赤い薔薇』が本編に登場するかは未定です。


◆地名説明


『城塞都市ザハルガ』……周辺二カ国との緩衝地帯となっている魔の森の近くに存在する城塞都市。

 城塞になっているのは、他国の侵略を防ぐという目的もあるが、魔の森の反乱を防ぐ最前線という役割りからの方が強い。

 魔の森から排出される魔獣素材を多く取り扱い、隣国との交易も執り行っていることから探索者や傭兵、商人が多く暮らす。


『迷宮都市アムクラブ』……地脈の噴出口(パワースポット)が付近に存在し、多くのダンジョンが生み出される土地に作られた都市。

 もともと未開の土地であったアムクラブだが、ダンジョンから入手できる高級素材を求めて、周辺各国から探索者が集まり、幾つかの探索者ギルドが簡易出張所を建設、商人がダンジョンから排出される資源を狙って集まってきたことから自然発生的に生まれた街である。

 街自体は、そこもかつてはダンジョンであったテーブルマウンテンの上に作られており(イメージはスペインのロンダ)、立地上、そしてそこに出入りする戦力から他国の介入が難しく、現在はギルド・商人連合のトップ数名が都市の運営を取り仕切る独立自治区のようになっている。


『ディープグレイ』……アムクラブ近郊に存在する鉱山型のダンジョン。

 蟻の巣のように地下へ地下へと伸びていくタイプのダンジョンで、上層では各種金属、下層で稀に魔法金属が取れたことから、人気のダンジョンであったが、現在は上層にあるほどんどの鉱床が掘り尽され、一部の上級者のみが足を運ぶダンジョンとなっている。

(尚、ダンジョン鉱山は周囲の魔素によって回復する為、数年休ませれば鉱床は再び使えるようになる)

 現在はその最下層に――というか、そこから行ける――店が見つかったことで挑戦する人間が増えている。


◆今週は火曜日に簡単な登場人物の紹介を入れて、木曜日に新しいお話を更新する予定です。

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