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●とある魔女たちの受難

◆もう出番がないと思われていた魔女たちの再登場です。

 彼女達のお話はどうも長くなってしまいがちです。

 これでも無駄な部分は随分と削ったのですが、やっぱり登場人物が多いからでしょうか。

 夜会――、

 それは世界各地に散らばる魔女の代表が数ヶ月に一度、一同に介してさまざまな意見や情報を交換する場である。

 そんな夜会の中で、アジア・オセアニア地域の魔女を取りまとめる魔女・望月静流が、魔女界にとって爆弾となるとある情報を投下した。

 その内容は――、


「黄金の炉が見つかったですって?」


 静流の報告に先ず反応したのはカリオストロ。

 彼女はこの夜会のオブザーバー――というよりも、何か大きな問題が出てきた場合に仲裁役を務めるためにここにいる。

 ちなみに、黄金の炉というのは、とある伝説の魔女がアイテムクリエイトに使用していた生産用の魔導器である。

 その詳細こそは伝わってはいないものの、それを手に入れた魔女はまさに無限に黄金を生み出す炉を手に入れられるとして、その名が伝わっていた。

 そんな黄金の炉が見つかったというのだ。これには夜会に集う魔女たちも色めきだつ。


「それで、どこで見つかったのかしら?」


「もちろん、八百比丘尼の工房跡です」


 八百比丘尼といえば人魚の肉を食べて不老不死となった少女である。

 どうやら彼女がその伝説の魔女その人であったみたいだ。


「あそこは散々調べたと聞いていたが誰が見つけたのだ?」


 カリオストロから遅れること数秒、会話に入ってきたのは軍服姿の魔女・リュドミラだ。

 猛禽類のような肉食の目を向けて、さっさ情報をよこせと静流に圧をかける。


「私の妹弟子とその協力者だな」


「その協力者とは何者だ?」


「それは話せない」


 しかし、静流としては、とある事情によりその詳細は明かせない。

 ともすれば上から目線であるリュドミラからの質問に、目を瞑り、きっぱりと拒絶を返す。

 すると、そんな静流の態度に焦れたのか、今度は褐色肌の美女アニータが拗ねたような声音でこう声を掛ける。


「ちょっと、ここまで大きな案件で情報の秘匿はないんじゃない」


 さすがに伝説に残る秘宝の情報をただの発見報告で済ますのはあんまりじゃないか。

 甘ったるいアニータの声に、全員からの視線、そして、「静流」とカリオストロから先を促すような声に、静流もやはり発見報告だけでは情報が少なすぎるかと「はぁ」と諦めたかのようにして、


「私の取引相手です」


「静流の取引相手っていうと、例の魔樹やミスリルの出処ね」


 ここまでがギリギリだという静流の答えに――、しかし、それだけでは満足できないとアニータがさらなる情報を引き出すように言葉をつなげるのだが、静流はその動きに先んじるように、


「言っておきますが、かの方になにかしようと考えているのなら止めておいた方がいいですよ」


「あら、それは脅しているのかしら?」


「脅しと言うよりも警告ですね。

 かの方との取り引きは私に一任してもらっていますし――、

 なにより貴女も彼女のようになりたいですか?」


 静流が視線を向ける先、そこにいるのは北米エリアの工房長を務めるジョージアだ。

 以前は問題児と知られていた彼女だが、いまはその面影はどこへやら、まるで幾度かの死線を乗り越えた兵士のような、泰然自若とした雰囲気を持つ人間に様変わりしていたのだ。


 静流は言外に、お前もあのように教育されたいのかと問うているのだ。


 そんな言外の意思が正しくアニータに伝わったのだろう。


「本当に何者なのよ。その取り引き相手って――」


 まったくとばかりに頬杖をつくアニータ。

 そんな彼女に静流は、後々面倒になるくらいならと、ここで少しヒントを出してみる。


「そうですね。あえて言うのなら忍者ですか。

 その詳細までは聞いていませんけどね」


「NINJA!?

 NINJAってあのNINJAのことよね。冗談ではなくて?」


「冗談だと思うならカリオストロ様に聞いてください。

 カリオストロ様もその洗礼を浴びていますから」


 馬鹿にするようなアニータの切り返しに対する静流の発言。

 その発言によって注目を浴びたカリオストロはやや苦笑いと言った表情を浮かべながらも。


「疑いがあるのは当然でしょう。しかし、静流の言っていることは本当ですよ。

 私でも手に負えない高位の力を持った怪物。それが静流が相手をするお方の正体です」


「カリオストロ様でも手に負えない、ですか?」


 現代の魔女界において並び立つ者がいないとされるカリオストロ。

 そんな彼女が手に負えない相手がいるだなんて、幾度かカリオストロの力をその身で体験することとなったリュドミラとしては信じられない。

 いや、リュドミラだけではない、少なくともアニータは悠久の魔女と呼ばれるカリオストロがそんな風に言うなんてことが信じられなかった。

 しかし、カリオストロとしてはそれは純然たる事実であり。


「考えてみてもちょうだいな。条件によってはジャンヌにも勝てるジョージアがこうなってるのよ。それがどれ程のことなのかあなた達ならわかるでしょう」


 そう言って、カリオストロはチョコレートケーキに舌鼓を打つ桃髪の少女ジャンヌに視線を向ける。

 一見すると、この夜会のメンバーでの中で一番の年下にも見える彼女だが、その実年齢はカリオストロに次ぐ高齢で、その重ねた年月の数だけ強い力を持っているのだ。


 そして、そんなジャンヌに、若くして戦闘能力だけならば匹敵すると言われたジョージア。

 彼女をここまで変貌させてしまう相手こそが、静流が――、カリオストロが恐れる相手なのだ。

 しかし、そんな相手の実力は、実際にその力を味わったものにしか想像できない。

 だからではないが、カリオストロは、まだ疑い半分といったリュドミラとアニータの反応を横目に一つ提案する。


「静流。そういえばあの店では実践訓練を受け入れていると聞きましたが、私達でそれをお願いすることはできませんか」


「おそらくは可能だと思いますが――、

 大丈夫でしょうか?」


 静流はこの夜会に集うメンバーの中で、誰よりもあの場所に集う人間のレベルというものを知っている。そして、この夜会に集う人間の常識の無さについてもだ。

 故に彼女たちをあの場所に連れて行っていいものだろうか、あの恐るべき教育者である間宮イズナに彼女たちを引き合わせてもいいものだろうかと不安を口にするのだが、

 そんな静流の心配を他所にカリオストロはとても楽しげで、じっと意識を集中しなければ夜会のメンバーでは知覚できない小さな魔法を一つ発動させて、静流の耳元でこう囁く。


「私達だけあんな怖い目にあって不公平じゃないですか、静流だってそう思うでしょ」


 こう言われてしまったら仕方ない。静流は『まったくカリオストロ様にも困ったものだ』と心の中で呟きながらも口元に薄っすらと笑みを浮かべこう返す。


「了解しました。次の取り引きの際にお願いをしてみます」


   ◆


 カリオストロの鶴の一声(悪巧み)から数日、各支部の工房長および、その補佐と数名の護衛がアヴァロン=エラの大地に降り立っていた。

 因みに、ここまでの移動は機密保持の観点から目隠しによって行われた。

 中にはその失礼ともいえる対応にゴネる魔女もいたのだが、そういう魔女にはとある店から提供された魔法銃で強制睡眠の系に処され(おとなしくしてもらい)、特に大きな混乱もなく移動は終了。

 アヴァロン=エラに降り立つことになった魔女たちを歓迎したのは虎助だった。


「ようこそみなさん、長旅お疲れ様でした」


「あら、かわいい男の子。

 でも、本当に疲れる旅だったわね。そのフォローとかはないのかしら?」


 やはり移動方法が移動方法だけに不満が溜まっていたのだろう。にこやかに歓迎の意を伝える虎助に軽い嫌味を入れつつも色香を振りまくアニータ。

 しかし、そんな彼女の肩に静流が手を添えて、


「やめておけ、彼は貴様ごときにどうこうなる相手ではない」


「あら、そうかしらとても強そうには見えないけど」


 静流からの忠告にアニータは強がるのではなくただ本音としてそう漏らす。

 しかし、アニータの余裕な態度もそこまでだった。


「ふふ、随分な言われようね。

 でも、たしかに虎助はそういう攻撃に弱いところがあるからね。

 いい修行だと思うわよ」


 そこに紛れ込んできた声に緊張が走る。

 ここにいる魔女の半数は魔力による探知能力を持っている。その探知能力を信じるのなら、いまこの場にいるのは魔女たちと虎助、そして周囲にちらほら動いている無害そうな丸っこいゴーレムだけだったハズだ。

 だからこそ皆が皆、虎助の言葉に耳を傾け、周囲のゴーレムに警戒し、いつなにがあってもいいようにと身構えていた。

 にもかかわらず、その声の主である着物の女は誰もが気付かぬ内に彼女たちの内側に入り込んでいたのだ。これが驚かずにいられるだろうか。

 アニータとはまた違う妖艶さを放ちながらにっこりと微笑む着物の女こと間宮イズナに魔女たちの緊張が高まる。

 しかし、イズナはそれら空気をまったくないものとばかりに手を振って、魔女たちにこう声を掛ける。


「あまり緊張しなくてもいいわよ。

 今日、アナタ達は私達の生徒なんだから、どうこうするつもりはないわ。

 それに、もともとどうこうするほどの相手でもないしね」


「ほう、それは聞き捨てならないな」


「そうね。アナタの言い方だと、私達が取るに足らない存在みたいじゃない」


 イズナとしてはただ純然たる事実を述べただけ。

 だが、リュドミラにとって、アニータにとって、そして護衛の魔女たちにとって、このイズナの発言はこの上ない挑発になったみたいである。

 夜会での忠告を忘れたのか、場の緊張感が一気に膨らむ。

 しかし、当のイズナはどこまでも辛辣だ。


「あら、本当に気付いてないのね。

 そんなこともわからないから駄目なのよ。

 アナタ達はもう少し、人を見る目を養った方がいいわよ」


 弱い犬ほどよく吠える。イズナはそう言わんばかりに周囲で殺気立つ魔女達にため息を零す。


「なんだと」


 すると、リュドミラがそう声を荒らげ、


「本当に、魔女っていうのはみんなこうなのかしら?」


 イズナはひどく残念そうにそう言うと、面識のある静流、カリオストロ、ジョージアに視線を向けていき。

 すると、その中の一人、カリオストロが申し訳ないという顔を隠すことなく。


「魔女の世界は狭い世界ですので、どうしても考えが凝り固まってしまうのです」


「海を知らないカエルちゃんってことね」


「つまり、アナタがそれを教えてくれるってことかしら?」


 カリオストロの発言を受けてイズナが返したこの言葉、まるで相手を子供扱いするようなこの言葉に、アニータがこめかみに血管を浮かべながらもそう訊ねる。

 すると、イズナはそんなアニータからの怒気を孕んだ問いかけに、特に気負う風でもなく。


「別に私でもいいけど、これから付き合いが多いのは虎助でしょう。だったら虎助に相手をしてもらった方がわかりやすいんじゃないかしら」


「逃げるのか?」


 今後のことを考えて、ここは息子にと丸投げするイズナ。

 そんなイズナの対応に、あからさまな挑発を返すリュドミラ。

 しかし、イズナはどこまでも冷静で、


「誰が誰から逃げるのかしら子猫ちゃん」


 ふふっと小馬鹿にするようにそう微笑んで、

 そして、そこまでがリュドミラとアニータの限界点だったみたいだ。

 リュドミラがホルスターから銃を抜き、アニータがその指に嵌めている大きな宝石付きの指輪の一つに魔力を流し、攻撃態勢に入るものの、二人の攻撃がイズナを捉えることはなかった。

 軍服を着ているとはいえ、リュドミラはあくまで魔女であり、兵士ではないのだ。

 故にそのエイミング速度は一般のそれとあまり変わらずに――、

 そして、純粋な地球産の魔女でしかないアニータは論外だ。


「あらあら、本当に短気なことね」


 いつの間にか虎助の背中に隠れるようにしているイズナが、自分の息子を二人に差し出すように押し出す。

 一方、押し出された虎助はというと。


「母さんがすみません。

 でも、武器を抜いたということはそれでいいんですね」


 ちゃんとした訓練ならそれでいいのだが、私闘まがいの攻撃となると、この世界を管理する一端として放ってはおけない。それでなくともイズナの司令は絶対なのだと虎助が軽い威圧を込めた言葉を飛ばしたところ、二人はその威圧に素早く反応、リュドミラが魔法の銃撃を、アニータが風の魔法を放ってくる。

 そんな二人の攻撃に、虎助は「仕方がないですね」と二人の攻撃を回避。

 まずはより(・・)弱い方をとアニータの背後に回り込み、魔法銃の一撃で沈黙させる。

 すると、それを見て、数名の少女が自分たちの前に魔法障壁を展開、気絶したアニータの傍らに立つ虎助に向けて突っ込んでゆく。

 彼女たちはアニータの護衛、虎助によって気絶させられた上司を助けようとしているのだ。

 しかし、そんな少女達も虎助の早打ちの前には無力だった。


「誰かを守ろうとする気概は悪くありません。

 しかし、魔法障壁を過信して、まっすぐ突っ込んでくるなんて油断が過ぎますよ」


 虎助はこう評すものの、彼女達もまさかこんな一方的にやられるなんて思ってもみなかったというのが本当のところだ。

 ならばどうして彼女達は倒されてしまったのか。

 それは、単純に彼女達の防御結界の強度が虎助の放った魔弾よりも弱かったからである。

 結果、彼女たちは瞬殺、屍(実際は気絶)を晒すことになってしまったのだ。


 そして、その結果をすぐ側で見ることになったリュドミラは、そこでようやく、イズナの言っていた自分と相手の差を実感することになる。

 リュドミラからみて、アニータの護衛を務める彼女たちに不足はなかった。

 彼女たちが展開した防御障壁はリュドミラから見ても相当な強度だった。

 にもかかわらず、虎助はそんな防御障壁をまるでガラス窓を砕くよな手軽さで、なんなく破壊してしまったのだ。

 これを異常としないでなにを異常とするのか。


 敵が人外の力を持つことに(あくまでリュドミラからみた印象だが)、たまらず近くの物陰に隠れようと走り出そうとするリュドミラ。

 しかし、回り込まれてしまった。

 突然――、まさに突然、自分から数メートル離れた場所にいたハズの虎助が目の前に現れたのだ。


 そんな虎助の動きにリュドミラは「くっ」と苦鳴を漏らし、次に取り出したのは手榴弾。

 これはリュドミラが長を務める中東・ロシア地域の工房で作られた新兵器。

 マジックグレネードと名付けられた魔動式の手榴弾だ。

 リュドミラは素早くピンを抜くと、マジックグレネード――つまり魔法式手榴弾を虎助に向かって投げつける。


 しかし、虎助はそんな新兵器に対しても「おっと危ない」とただ一言、衝撃の魔弾を発射、その衝撃でマジックグレネードとそこから発生する魔法効果を弾き飛ばしてしまう。

 そして、発生する爆発を回り込むように一気に距離を詰めると、リュドミラの手から銃を取り上げて、


「えと、大人しくしてもらえますか」


 降参を勧めるのだが、


「まだだ」


 叫び、リュドミラがその軍服を脱ぎ捨てると、その服の下から大口径の銃が現れて、


「これならどうだ」


 魔力を充填、強力な魔弾を放とうとするのだが、

 そのチャージの途中、銃を持っていたリュドミラの手首から先がふいに無くなってしまう。


 思わぬ事態に動揺するリュドミラ。

 一方の虎助は平然と斬り離したリュドミラの片手を空中でキャッチ。


「危ないですから、これは回収させてもらいますね」


 その手から大口径の銃を取り上げて、改めて「大人しくしてくれますよね」と優しく声を重ねるのだが、虎助がいくら待ってもリュドミラからの返事はない。


「あれ、どうしちゃったんですか?」


 固まったまま動かないリュドミラに、虎助は手を振りながら声を掛ける。

 しかし、やはり返事はなくて、これはどうしたものかと虎助が困っていると、そこへイズナの声が差し込まれる。


「虎助、それを戻してあげればいいんじゃないかしら」


 そんなイズナの指摘に虎助は「ああ――」とキャッチしたリュドミラの手を見て、


「えと、これはちょっと特別な魔導器でして、ちゃんとくっつきますから安心してください」


 切り離した手をくっつけながらのご説明。


「それで、納得できたかしら」


 しかし、それでもリュドミラは夢の中で、

 このままでは埒が明かないと判断したのだろう。イズナがショック療法とばかりに瞬間的に殺気をばら撒いて、


「で、そろそろ話を聞く気になった」


 仕切り直ししようとしたのだが、どうも強く威圧し過ぎたみたいだ。

 カリオストロに静流、ジョージアにその部下と、すでにイズナの洗礼を受けている者を除くすべての魔女が、いまの威圧で恐慌状態に陥ってしまった。

 結果、魔女たちの多くがいろいろなものが溢れ出す状態になってしまい、虎助が慌てて〈浄化(リフレッシュ)〉をかけて回る事となり。

 数分後、ようやく正気に戻った魔女たちを前にイズナが、


「それで、そろそろ話を聞く気になってくれたかしら」


「あ、ああ――、いえ、はい。その、すみません」


 大暴れ(?)したリュドミラを始めとした魔女たちの殊勝な態度。

 というよりも、もじもじと恥ずかしそうなにしているのだが、それを無視して話を進めるのはイズナクオリティというものだ。


「それで、どうするの? 見た限り、基本も出来てないような子たちばっかりだけど」


「そうだね。静流さんにジョージアさん。後はジャンヌさんにカリオストロさんの護衛のみなさんなんかは母さんの特訓でも大丈夫かな」


 それぞれの能力、バトルスタイルを考えて、修行の割り振りをしていく親子二人。

 しかし、そんな二人の判断に異を唱えるものがいた。


「しょ、少々お待ちくださいませイズナ様。静流にジョージア、ジャンヌまではイズナ様の訓練に加わる理由が理解できますが、私は、私は純粋な魔法使いですので、そちらの訓練に加わるのは難しいかと――」


「そう?」


「そ、そうだね。アタシも、イズナ――様の訓練に付き合うのは、無理かなって思うよ」


 カリオストロとジャンヌである。

 年齢も年齢だが、あんなものを浴びせられた後で誰がイズナの訓練を受けようというのだ。

 しかし、イズナと虎助、人外親子二人からしてみると、カリオストロとジャンヌの両名は本格的な(・・・・)の訓練にも耐えられるのではないかという評価のようで、


「困ったわね」


「うん。二人なら大丈夫だと思ったんだけれど」


 イズナに虎助と残念そうに言いながらも、彼女たち自らがそういうのならと、割り振りを考え直し。


「それでは、カリオストロさんに代わってリュドミラさんが――」


 そして、


「ジャンヌさんに代わってアニータさんでどうでしょうか」


 虎助がそれぞれの割り振りを考え直すのだが、当の本人としてはたまらない。


「い、いえ、私は虎助殿に訓練をつけていただけるとありがたいと」


「そ、そうね。私もアナタに――、

 いいえ、虎助君の教えを乞いたいわ。

 あの、イズナ様には――、

 そうね。護衛を鍛えてもらうのがいいんじゃないかしら、

 ほら、戦闘訓練が必要なのは彼女たちでしょ」


「ああ、それはいいかもしれませんね」


 たしかに、たとえ本人が飛び抜けた力を持つ魔女だといっても、こと戦闘に関してプロフェッショナルというわけではない。

 そうなると、もともとそういう役目の人間を鍛えた方がいいというアニータのアイデアは虎助にもしっくりきたみたいだ。


 ということで、そんなアニータの提案に二人も納得、イズナ本人の賛同もあり、何も言えない護衛の恨みがましい視線を受けながらもリュドミラとアニータは地獄の訓練を回避したかに思えたのだが、


「それで我々はなにをすれば――」


「そうですね。みなさんの戦闘スタイルを考えますと、何よりもまずは魔力そのものを増やすことが先決ですよね。そうなりますと――」


 部下を出荷したことによって安心したリュドミラのその言葉、それに対して虎助は少し考えるようにして、


「ボルカラッカのディストピアがいいですかね。

 えと、一応、炎と氷、二種類が居るんですけど、どちらがいいでしょうか」


 鍛えるのが魔法使いタイプだとしたら、大火力で攻められるボルカラッカと戦うのがいいんじゃないか。

 虎助はそう提案するのだが、

 あんまりにも唐突なその提案、これにはディストピアなどの説明もされていないリュドミラ達は勿論、ディストピアの詳細を知る静流さえもついていけなかったようだ。

 すると、反応できない静流達を見て、虎助も自分のやらかしに気付いたのだろう「あ、すみません。先走りすぎましたね」と素直に謝って、

 そのボルカラッカが虎助が退治した巨獣であること、そして、そのボルカラッカには、炎と氷、二種類のボルカラッカがいること、その希少部位であるシンボルを使って、ディストピア――巨獣などが持つ亜空間を利用してその思念体と戦えることを説明するのだが。


「いやいや、魔獣より強力な魔獣なんて、我々の手に負えるものではありません」


「大丈夫ですよ。巨獣といっても相手は魚ですから、動きもそこまで早くはありませんし、空飛ぶ箒を扱えるみなさんなら、それぞれに役割分担をすれば十分に戦える相手です」


 焦るリュドミラに勝算があると具体的な策を告げる虎助。

 そう聞くと簡単そうに聞こえてしまうが、ボルカラッカという巨獣は超極太のバリスタを受けながらも物ともせず、周囲に隕石のような炎弾や氷弾をばら撒きながら襲いかかる巨大魚に、攻撃役に囮役、時には防御もしないとなると、それはまさに超耐久の魔法戦になるというのが事実だろう。


「それにディストピアの中なら死ぬこともありませんし、場所が場所ですので魔力が枯渇することもありませんから」


 ディストピアの環境は、それそのものが存在する周囲の環境に影響される。

 故に、ディストピアそのものに特殊な設定がされてない限り、アヴァロン=エラに存在する魔素の恩恵に預かることが出来るのだ。

 なので、


「とりあえず一戦してみて、それから改めて判断しましょうか」


 結局、イズナに連れて行かれた部下たちとあまり変わらない訓練を受けることになった工房長一同は、その後、『人を呪わば穴二つ』という言葉の現実を突きつけられることになった。


   ◆


 それはなんの面白みもなく魔女たちがボルカラッカにボロボロのされた後のこと、

 魔女の一人というよりも、その代表ともいえるカリオストロが虎助に声を掛ける。


「あの、それで黄金の炉なのですが――」


「例の聖杯ですね」


「静流の話によるとお売りいただけると言うことなのですが」


「はい、大丈夫ですよ。義――、依頼者はせっかちな方ですから、可能ならこのついでにみなさんの何方(どなた)かにご購入していただけるとありがたいですね」


 その要件とは虎助の義姉である間宮志帆が見つけた黄金の炉こと、聖水を生み出す聖杯だった。

 カリオストロはそんな聖杯を譲ってもらえるという虎助の話に、しれっとそのまま会話の流れから「そう、ですか――、ならば私が――」と、虎助から自分が買い取る方向へと持っていこうとするのだが、そうは問屋が卸さない。


「お待ち下さいカリオストロ様、さすがにそれは――」


「そうですわね。ものは黄金の炉ともなりますと、さすがにカリオストロ様でも独占はどうかと」


 リュドミラが待ったをかけて、カーミラが控えめながらに不満をつぶやき、それに静流やらジャンヌから冷ややかな視線を浴びせられてはさすがのカリオストロとて、無茶なことは言えないだろう。


「むむむ、仕方がありませんね。いいでしょう。ここはオークション方式で、一番の値段をつけたものが買い取る。それでどうですか」


 眉根を寄せながらもそう提案。


「ふ、ふふ、さすがはカリオストロ様、話が早くて助かります」


「では、スタートは幾らくらいにする?」


「十万ドルでどうでしょう」


 カーミラがカリオストロの判断に微笑んで、リュドミラが素早くオークションの体裁を整え、静流が少し考えてリュドミラが整えた体裁を補強するのだが、それを傍から聞いていた虎助が囁くように「……十万ドルですか」とそう零す。

 すると、ジャンヌが何故かビクッと体を跳ねさせるようにして、


「え、あの、なにか問題があったかにゃ」


「ああ、えと、十万ドルはさすがにどうかと――」


「えと、でも、十万ドルっていうのは最低で十万ドルという意味で――」


「ああ、それはわかっています。ですから、いきなり十万ドルというのは高過ぎるのではと思いまして」


 ジャンヌからすると虎助はどのように見えているのだろう。見た目は子供、実年齢はお婆ちゃん。その名は魔法少女ジャンヌのリアクションに虎助が苦笑いを深めながらもそう答えると、ジャンヌよりも更に年上のカリオストロが妙に真剣な顔をして、


「あの間宮様、今回、お売りいただけるのは黄金の炉なのですよね」


「そういう話ですね。

 ああ、ちなみに、そのアイテムはこれくらいの小さなゴブレットで、注いだ水を魔力水に変えるというアイテムですけど」


 疑っているのだろうか、虎助がカリオストロからの質問にやや説明口調で答えたところ、カリオストロは『ふむ』と難しい顔をして、


「成程――、おそらくそれは我々が知っているそれと同一のものかと――、

 しかし、虎助殿はそれが十万ドルでは高すぎると言うことですか」


「ち、ちなみに、間宮様の想定では黄金の炉はいくらくらだと?」


「そうですね。事前のすり合わせですと、歴史的価値とこれを手に入れるまでの依頼者の出費を考えて三百万円――、だいたい三万ドルくらいで売れたらいいと想定していました」


 独りごちるようなカリオストロの言葉、その言葉を受けてリュドミラが出した質問に正直に答える虎助。


「伝説のマジックアイテムをたった三万ドルで――」


「まあ、歴史的な価値は別として代わりが効く魔導器ですからね」


「か、代わりが効くというのは?」


「ちゃんと動く現物がありますからね。ウチなら複製することもできるんですよ」


 魔女たちからすると伝説の魔導器である黄金の炉。

 しかし、それはあくまで地球での話であって、


「つまり、間宮様は黄金の炉を複製できると――」


「作るのは僕じゃないですけどね」


 虎助とて、それを作ろうと思えば作れるが、単純にコピー商品を作るだけなら工房で働く生産特化のエレインが作った方が高性能だ。


「ちなみに、そのお値段は?」


「使う素材、器の大きさ、あと、オリジナルの魔法式をそのまま使うのは問題があるかも知れませんから、その改造など、もろもろを合わせて、一つあたりだいたい五十万――いや、五千ドルもあればじゅうぶんじゃないでしょうか」


「ご、五千――」


「あの、少々こちらで相談させてもらってもよろしいでしょうか」


「はい。もう修行は終わっていますからごゆっくりどうぞ」

◆『出番がないと言ったがあれは嘘だ』――っていうのを四月一日(バカ)の投稿でやりたかったです。

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