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魔女の聖杯

「じゃあ鑑定お願いね」


 そう言って義姉さんがカウンターの上に並べていくのは、小さな鍋やら、古びた食器やらといったガラクタだ。

 これらガラクタは義姉さん達がとある魔女が管理する森の中で見つけてきたものだそうだ。


 しかし、また大量に持ち込んだものだね。


 ということで、義姉さんのリクエストはこのガラクタ全部の鑑定なのだが、これら全部を丁寧に鑑定していくと夜中になってしまう。


 だからと僕が使ったのは簡易鑑定の魔法式。

 これで、素材やら魔法式の存在やらを判定して、価値があるものとそうでないものによりわけるのだ。


 まあ、この鑑定方法だと芸術的な査定は出来ないのだが、ざっと見た限り、そういった芸術性を求めるアイテムはないようなので後回し。

 その上で、価値があると判断したものをカウンターの引き出しから取り出した〈金龍の眼〉で本格的な鑑定をしていく。


 その結果、特に価値が高いと僕が判断したのはくすんだ銀のゴブレット。


「これ、聖杯だね」


「聖杯? 聖杯ってあれよね。人をゾンビみたいにするやつ」


 いや、それってたしか映画の話だよね。

 それに義姉さんが言ってるそれは偽物の聖杯だから。


「でも、なんでそんなもんを魔女が持ってんのよ」


「ししし、知りませんよぉ」


 義姉さんからの問いかけに、すごく慌てた様子で返事をするのは佐藤タバサさん。

 最近は義姉さんのパートナーとしていろいろと振り回されている不幸な魔女のお姉さん(・・・・)だ。


「ああ、それなんだけどね。この聖杯は有名な聖杯とは違う聖杯で、正確に言うと、地脈から吸い出して特定の魔力を器の中に入れた水に属性を付与する力がある魔導器ってところかな」


 そして、付与する属性っていうのが光や水といった浄化に作用する力だったりするわけで、だから聖杯という名前が付けられたみたいなのだ。


「ふぅん。でも、なに、その水に魔力を付与するってのは、そんなのが役に立つの?」


「役に立つ、立たないで言うと人によってかな。

 除霊師とかアンデッドを専門に戦う人とかにはこの水はかなり助かる水になるだろうし、他にも錬金術師とか、この水を使ってポーションを作ったりできる人なら、ふつうの水で作るよりもいいものができるから持ってて損はない魔導機だね」


 特定の魔力が付与された物質はそれそのものが素材となる。

 だから、錬金術師にとってこの魔導器はそれなりに有用なアイテムなのだと、僕がそう言うと、義姉さんが佐藤さんを見て「じゃあ佐藤」といつものようになにかまた無茶なことを言い出すかに思えたその時、そんな義姉さんの言葉を遮るように佐藤さんがわたわたと手をばたつかせるようにして、


「あああ、あの、も、もしかすると、これが、私達が探していた、お、黄金の炉なのでは」


「黄金の炉って私達とあの腐れ魔女共が探してた例のアレよね。どういうこと?」


 黄金の炉というのはもともと義姉さんが、そして、一方的にではあるが、義姉さんと敵対した若手魔女さん達が探していたお宝だったハズ。

 なんで、その名前がここで出てくるのか、小さい子供ならチビってしまうような鋭い目線で義姉さんが訊ねると、佐藤さんは「ええええええ、えとえとえとえと――」と、あからさまに狼狽えるも、僕のアドバイスで深呼吸、落ち着いたところで教えてくれたのは、


「たたた、たぶん、この、黄金の炉を、使っていた、魔女の先輩は、こ、これで、いっぱいのポーションを作って、おお、お金を溜めてたんだと思うんです」


 成程、たしかにそれはありえそうな話である。

 作れば飛ぶように売れる魔法薬の素材を生み出す聖杯。

 もしますると、その名前は暗喩だったのかもしれない。


「ふ~ん。じゃあ、これを使えば私達も同じことができるってこと?」


「うーん、それはどうなんだろ。鑑定結果を見る限りだと、ちゃんとした施設とセットじゃないと安定的な運用は難しそうなんだよね」


「ちゃんとした施設って?」


「さっき説明したとおり、この聖杯は地脈からのエネルギーを吸い上げて、その器に入った水に魔力を込めるから――」


「その地脈ってのがある場所で使わないと、この聖杯は使えないってことね」


 義姉さんにしては理解が早い。

 僕は僕の言葉を引き継ぐように言った義姉さんの考えに「そうだね」と頷いて、


「だったら、例の森に戻ってポーションを作れば完成ってこと?」


 まあ、手っ取り早く地脈の力を得るならそうなんだけど。


「そ、それは難しいかと、あ、あの土地は、いま、日本支部の預かりになっていますから。


 それに、先輩に聞いた話によると、あ、あの場所の、地脈のエネルギーは、げ、現在、全盛期の半分だ、とか」

 地脈というのは文字通り、地面の下を通る自然エネルギーの流れのようなものだ。それは地球を取り巻く気流の流れのように、刻々と変化するものであり、数十年、数百年前なら膨大な地脈エネルギーが使えたという土地でも、周囲の環境変化、いや、それよりも大きな地球の環境変化によって、そのエネルギーの奔流が別の場所に移るという可能性もあるのだ。

 おそらく魔女が管理するその土地でも同じようなことが起こっているのだろう。


「だったら、他にそういうとこを探せってことね」


「そうだね。日本でいうなら富士山周辺とか、その周辺ならそれなりに地脈の力を得られるんじゃないかな」


 霊峰富士。日本最大の要石であるあの山の地脈なら、ちょっとやそっとのことでは変化がないハズだ。

 しかし、そんな僕からの意見に佐藤さんが言葉をばたつかせて、


「すすすすす、すみません。そ、それも難しいかと、

 ふふ、富士山周辺の、地脈の管理は、あ、浅間神社の、仕事になっていますので」


 ふむ、日本における地脈の管理はそういう宗教団体が行っているのか。

 いや、魔女のみなさんが地脈を持っていることを考えると、宗教・組織の大きさに関係なく、早いもの勝ち的な感覚で魔法技能を持っている組織なりなんなりが有用な拠点を抑えてるって感じかな。


「しかし、そうなると、独自に地脈の通り道を見つけるとか、ここに通ってもらうとか――」


 僕がそう言いかけたところ、


「そ、そうです。アヴァロン=エラなら、地脈とか、そういうの関係なく、エネルギーが取り放題です」


「ちょっと、そういうことは早くいいなさいよ」


 佐藤さんがやや早口でそう言って、

 義姉さんがちょっと不機嫌になりながらも続けるのだが、

 ただ、この案にはちょっとした問題があって、


「ただ、ここでその聖杯を使うくらいなら、ふつうに万屋の水を持ってった方がいいんだよね」


「はぁ? 訳がわかんないんだけど」


「えっとね。万屋の水は、工房の裏にあるディーネさん――じゃあわからないか。水の大精霊が住む井戸から引いてきてるものだから、なにか特殊な魔法薬を作るとかじゃなければ、特に魔力を付与する必要がないんだよね」


 そう、万屋のすぐ裏の井戸には偉大なる水の精霊様がいる。

 だから、その井戸から引いてきているここの水は天然の聖水――いや、精霊水になってしまうのだ。

 よって、例えば雷耐性を付与する魔法薬など、水の属性だと都合が悪いような魔法薬を作るとかでない限り、特に余計なことをしなくても最高級の素材になっているのだ。


 と、そんな万屋の水の効果を確かめてもらうため、カウンター奥の簡易キッチンでコップに水を注いで持ってきたところ、それをじっと見て、ごくり一口味わった佐藤さんが、いつも眠そうに細めているその両目をバチッと大きく見開いて、


「はわわ、そんな――、精霊が作った水だなんて」


「なに、この水、そんなに凄い水なの?」


「す、凄いなんてものじゃないですよ。ドンペリやコニャックなんて目じゃない高級品ですぅ」


「ドンペリ、コニャック? それってたしかお酒よね。

 私、まだ未成年だからお酒の値段とかわからないわよ」


 相変わらず佐藤さんはスイッチが入ると人が変わるなあ。

 大興奮の佐藤さんに義姉さんはちょっと戸惑いながらも僕を見る。


 うん。佐藤さんのイメージだと義姉さんはふつうにお酒とか飲んでるイメージがあったんだろうね。

 でも、義姉さんは言っちゃあ悪いが子供舌。年齢がどうのこうとは関係なく、お酒の味はたぶん受け付けないだろう。

 それに、そもそも義姉さんが酔っ払ったらどんな被害が出るのかわからない。

 だから、僕に義父さんに元春達、そして友人一同と協力して、義姉さんにはなるべくお酒を近づいてもらわないようにしているのだ。


 結果的に義姉さんはここまでお酒の味を知ることにない人生を歩んでいて、


「結局、どういうことよ」


「まあ、要するにわざわざここに来て聖水を作るくらいなら、ここの水をペットボトルに入れて持って帰った方が儲かりそうってところかな」


 と、せっかく見つけてきたお宝の価値の暴落に、義姉さんは「むぅ」と不機嫌になりながらも。


「じゃあ、この聖水ってヤツはどれくらいで売れるのよ」


「そうだね。出して金貨一枚くらいかな」


「やっす」


 いや、苦労して見つけた義姉さんからすると、もう少し高くてもって思いがあるのかもしれないけど。

 銀のゴブレットの一つ、骨董品の値段と考えれば、まあまあなお値段だと思うんだけど。

 しかし、義姉さんにそんな正論が通じるわけもなく。


「なんでそんなに安いのよ」


「なんでって言われても、ウチならこの聖水がなくても魔力付与ができるからね」


 魔力付与といえば僕が使っている錬金釜、それ以前にこの万屋では、適当なくず鉄や銀貨などの貨幣をい鋳溶かしたものに大量の魔力を付与・定着させて魔法金属に変換している。

 だから、そこまでの価値はなかったりするのだ。


「とはいえ、売る場所さえ考えれば、もう少し高い値段で売れるかもだね」


「ん、それってどういう意味?」


「うん。このゴブレットなんだけど、歴史的価値とか、魔女の人たちとってはやっぱりお宝なんじゃないかなって思って、だから直接、静流さんなりなんなりに売ればいい値段になるんじゃないかな」


「たしかにそれはそうかもね。

 じゃあ佐藤――」


 僕のアイデアにニヤリと悪い顔をした義姉さんが、さっそく佐藤さんに動いてもらおうと声をかけようとするのだが、そんな義姉さんの動きに先んじるように佐藤さんが両手をバタバタと左右に振って、


「むむむ、ムリムリムリムリ、無理ですよ。

 わわ、私が、先輩相手に、こここ、これを売るなんて、でで、出来るわけがないじゃないですか」


 ですよね。

 大人しい佐藤さんがあの静流さんと交渉事をするなんて、どう考えても買い叩かれて終わるのが目に見えている。


「だだだ、だから、これは、し、しし、志帆さんが――」


「駄目、駄目よ。ダメダメ。

 佐藤――、私、その静流って人とあんまり話したこともないし、なんだか目をつけられてるみたいなのよね」


 かと言って、義姉さんと静流さんとでは、うまく交渉が進むとは思えない。

 そもそも佐藤さん絡みで義姉さんは静流さんから目をつけられていて、

 母さん然り、千代さん然り、義姉さんは意外と年上の女性を苦手としているからね。

 いくら若作りだとはいっても、あの二人よりも遥かに――、いや、ちょっとお姉さんな静流さんとは相性が悪いんだろう。


「だったら僕が交渉しようか」


「いいの?」


「どうせ週一で取り引きがあるからね。そのついでに話してみるよ」


 事のついでだからねと助け舟を出して、これで取り引き完了かなと思いきや、何やら考える人のポーズを取る義姉さん。

 いったいどうしたんだろうと思っていたら。


「それって中間マージンとか、そういうのは発生しないの」


 おっと、義姉さんにしては珍しく難しい言葉を使うじゃないか。

 しかし、それに関しては、


「そうだね。それならこのゴブレットのデータだけ取らせてもらおうかな。

 魔力付与はそうでもないけど、地脈からエネルギーを吸い上げる技術は珍しいかもしれないから、それを僕の報酬にしたらどうかな」


「そうね。なんか企んでそうだけど……、

 ま、いいわ。それで勧めちゃってちょうだい」


 現金よりも情報の方が万屋(ウチ)としては価値がある。だから、中間マージンやらなんやらの難しい話は銀のゴブレットのデータをこちら側の取り分として、

 まあ、あまりに自分に都合がいいように聞こえる展開に、義姉さんはちょっと疑わしげな顔をするのだが、義姉さんとしては自分の取り分さえしっかりしていればそれでいいみたいだ。


「了解、で、義姉さんとしたらどれくらい欲しいの?」


「そうね――」


 僕がそう声を掛けると、「そうね――」と嬉しそうな顔をして乗ってきてくれた。

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