黄金の騎士
僕とマリィさんが完成させた設計図をエレイン達に渡してから一週間が経過した。
エレイン君達から示された予定ではそろそろ第一陣が完成する頃ということで、放課後、僕は出勤するなりマリィさんに捕まえられて工房へ向かうことと相成った。
と、その道すがら、僕は以前から気になっていたことをマリィさんにぶつけてみる。
「そういえば、マリィさんはどうしてエクスカリバー――というか武器にこだわるんです?普通そういうのって男子の趣味だと思うんですけど」
趣味というものが人それぞれというのは知っている。しかし、女子の趣味といえばファッションやグルメ。それからアイドルの追っかけ(というのは、僕の世界くらいか)だ。ともかく、武器や防具などという物騒なものの収集というのは、女子の趣味としていささかどころか随分と逸脱しているようで、以前から気になっていたのだ。
「まあ、女性がというよりも、世間一般からみて異質な趣味ですものね」
あれ、もしかしてこの質問、地雷だったかな?
若干言い難そうなマリィさんに気遣う僕だけど、それは一方的な杞憂でしかなかったようだ。
「私の立場は前に話しましたわね」
マリィさんは今は名前が変わってしまったとある国の姫君だった人だ。いや、立場で言うのなら今だって姫であることには変わりないか。
発端となったのは血筋と年功序列に凝り固まった権威主義の社会にありがちな跡目争いだったという。
病床の王が、実の息子である兄弟二人の内、弟に王位を指名したところ、兄より優れた弟が――なとどいう、どこかで聞いたような長幼の序を振りかざした兄が謀反を起こし、父と弟を殺害してしまったのだという。
そして、その一方的な跡目争いにより命を奪われた弟というのがマリィさんの父親であり、御多分に漏れず、その娘たるマリィも危うい立場に追い込まれてしまったらしいのだが、
しかし、得てして強引な手法というものは多くの敵を生み出すものだ。
先王の遺言に背き、武力を持ってして王の座についたマリィさんの伯父には敵が多く、その対抗派閥の中に正当な後継者はマリィさんにあたると担ぎ出そうと者が現れて、王権争いは泥沼の様相を呈したのだという。
日々強くなっていく逆風に対し、王の座についたマリィさんの伯父が打った方策は、その姪たるマリィさんを陸の孤島への島流しにすることだった。
夫を殺され精神的に病んでしまったマリィさんの母親の療養と、不敬の輩が起こす無用な対立の阻止というのがその名目らしいのだが、それを生み出した本人が命令するのはいかがなものか。
とまあ、個人的な感想はさておいて、
父親の殺害を含め、あまりに強引な伯父の手法に、マリィさんの憤りは想像を絶するものだっただろう。
しかし、近隣諸国との間に小さいながらも争いの火種を抱えている状況でのゴタゴタは民衆の為にならないと、私憤を鎮めたマリィさんは、表面上は力の前に屈したと見せかけ、国内戦力の分散を避ける為に潔くもその決定に従ったのだという。
この対応を見るだけでも、どちらが正当な指導者たる器なのかということが透けて見えるようだが、有能な者が必ずしもトップに立つ訳ではないというのは世の常か。
そして、昼行灯――とは不適切な表現か。古城に追いやられたマリィさんは怠惰な日々を貪っている――というのが現状らしい。
僕はそんなマリィさんの置かれた立場を思い出し、少し悲しげに顔を歪めるが、マリィさんは微かな苦笑を浮かべるだけで、
「狭い城の中で私に許されていることといえば、眠ることと食べること、後は近辺の領地からの報告をまとめる仕事もありましたわね。まあ、それは優秀なメイド達に任せておけば大丈夫ですの」
「いや、自分でやりましょうよ」
反射的にツッコミを入れてしまい、しまった。と思うけど、マリィさんはそんなこと気にも止めずに続ける。
「口出しはしますが、ただ王都から離れていて、管理が面倒と押し付けられただけのささやかな領地ですし、私は皆の暮らしが少しでも良くなるようにアイデアを出すだけで、細かい数字計算はメイド達の方が確実ですもの」
気を使ってくれたのだろう。マリィさんの冗談に僕は無理やり作った笑いで応える。
そして、
「ともかく毎日が休日のようなものですから、退屈で仕方ありませんの。それで娯楽を探してみるのですが、その幽閉先というのがうらぶれた古城でして、娯楽といえば押し込められるように集められた古書くらいしかありませんでしたの。しかも、揃えられる書籍は、どれも私の弱点である肩凝りをピンポイントにつくような哲学的な作品ばかりで、面白いものとなりますと、子供向けの英雄譚くらいしかありませんの。だから仕方無く読むのですが、そんな時に決まってモチーフになったのが、黄金の騎士と呼ばれ自由を求めて戦った一人の遊撃剣士でしたの」
思い浮かべるように目を細めたマリィさんから語られたのは、片田舎に暮らしていた一人の少年が、ある時、泉の妖精の声を聞き、自分の村を襲った魔物と戦ったのをきっかけとして、世界を巡る旅に出発。立ち寄った各地で、魔物に連れされらた子供、水竜の生け贄にと選ばれた少女、そして攫われたお姫様と、困っている人を次々と救いながらも勇者として成長していく姿を描いた、これぞまさに王道英雄譚と呼ぶべき物語だった。
しかし、マリィさんが語るその内容には幾分か偏りがあって、
曰く、ある時は実態を持たない魔物を斬る破邪の剣。ある時は触れた水分を凍らせ相手の動きを止める氷の剣。ある時は魔法を燃やし尽くす炎の剣。喜々として語られるその主役は、まさに少年漫画における必殺技や異能ごとく、主人公がピンチになると現れる魔法剣の数々だった。
普通のお姫様ならそんな物語に、ピンチに駆けつけてくれる白馬の王子様を夢見たりしただろうに……。
だが、こう言っては失礼になるのかもしれないが、マリィさんという女の子はそんな夢見るお姫様ではなく、自らの道を自分で切り開くタイプのお姫様だ。
彼女にとって、黄金の騎士が振るう魔法剣の数々は、自らに振りかかる苦難を切り裂く象徴であり、二つ名の由来ともなったエクスカリバーはその最たるものなのかもしれない。
とはいえ、それをただ憧れだけに留めるのなら何の問題も無かった筈だ。
そう、この話には続きがあったのだ。
何故ならマリィさんの暮らす世界には魔法で満ち溢れ、本物の魔法剣が実在するのだ。
そして、本物のエクスカリバーが抜けないならその代わりにと、本物以上の剣を作ってしまおうなどと考える人間が、そんな世界に暮らしていたのなら、何もしないでいらるだろうか。いや、いられないだろう。
「私も本物の魔法剣が使いたくなりましてね。城に食料などの物資を搬入する業者を買収して、こっそりと魔法剣を収集していましたの。ですけれど、そうしている内に隠し切れないほどにコレクションが増えてしまいましてね。反乱を画策しているなどと疑われてしまいましたの。けれど、対処しようにもこちら側から抵抗でも受けると思われたのかしら。没収こそされませんでしたが周囲の警備が一層強くなってしまいましたの」
その時になっての周囲の慌てぶりが目に浮かぶようだ。
「まあ、使用人達だけで、城の一つくらいを簡単に陥落させられるくらいの戦力を整えてしまったのですから仕方がありませんけれど」
「――って、完全に自業自得じゃないですか!?」
「あら、最低限の戦力を備えるのは一定の政治的な発言力を持つ者の義務ですの。もしも叔父が政治的な判断を間違えた時には、武力介入も可能だと牽制しておかなくては権力の暴走に繋がりかねませんもの。なにより民の暮らしが私の生活につながっているのですからね。ただ、私の場合――それが、趣味と実益に噛みあっていたというだけですの」
これはもう何を言っても無駄だろう。再びのツッコミにもマリィさんのエクスキューズは淀みない。
もしかすると、そこには父を殺害した叔父への当て付けもあったのかもしれない。
しかし、非戦闘員だけで一つの城を攻め落とせるなんて、過剰戦力以外のなにものでもない。言い訳のしようもないだろう。
「けれど、最近は剣以外にも、虎助が持ってくる本やゲームに出てくるアイテムや技術も面白いと思っていますのよ。特に銃は興味深いですの。遠距離攻撃できる魔法がある所為か、私達の世界ではあの手の武器の開発が遅れていますもの。万屋でも是非仕入れて欲しい武器の筆頭ですの」
そして、続く物騒極まりないマリィさんの発言に僕は半眼になる。
「前に言いましたけど。僕の世界だとそういう武器とか持ってるだけで捕まっちゃいますからね。ウチで作ってる魔法銃で我慢してくださいよ」
「何を言っていますの。まかりなりにも虎助は武器も扱う商人なのでしょう」
あっけらかんと言い放つマリィさんの発言に対し、「いやいや万屋ですよ」と反論したいところだが、店の一角を魔剣などが占めている現状を考えたのなら、あながち間違いとも言い切れない。
改めて自分の立場を思い知らされた僕は、複雑な気分になってしまうものの、マリィさんの主張は止まらない。
「それにです。魔法を放つだけならば自分だけで事足りますの。虎助達が作った魔法銃はこの間試させてもらいましたが、牽制にしか使えませんもの」
万屋で扱っている武器は基本的に対魔獣専用に使われるものが殆どだ。
膨大な魔力を必要とし扱う人間を選ぶ高威力の魔法銃よりも消費魔力が低く、特殊効果を与えられ、誰にでも扱える銃の方が売れるからというのも理由の一つだが、
武器を売る以上はその先にある悲劇のことにも心を割かなければいけない。
使用制限が必要な魔剣や特殊弾に特化した魔法銃、魔獣対策に特化した武器など、変わった武器のラインナップは、可能な限り武器の悪用を防ぐ為で、
万屋の中央に人の心を推し量るエクスカリバーが展示されているのは、そんな悪い想像力に対抗しようと、知らず知らずの内に滲み出してしまった本心によるものなのかもしれない。
マリィさんもそんな店側の心理にはなんとなく気付いているのだろう。
「とはいえ、虎助の考えも嫌いではありませんのよ。なによりメイド達の手を血で染めるのは私の流儀に反しますしね。けれど、世界は綺麗な理屈だけで渡っていけるほど甘くはありませんの。どんな物にもそれぞれに見合った使用方法があって、私の場合はそれが威嚇の手段だっただけで、虎助の場合は商品というだけですの」
フォローを入れながらも、自分なりの見解を口にする。
そして、
「だから虎助が細かいことを気にする必要はありませんの」
優しげに微笑んだのも束の間、
「だから急ぎますわよ。私の剣が使われる時を今か今かと待っている筈ですの」
真面目な顔から一転して、鼻息を荒くするマリィさんその姿は「――台無しです」という、その一言に尽きる残念な有様だった。
マリィの愛読書である『黄金騎士』シリーズの登場。
『○○と黄金騎士』というタイトルで発行されている。
因みに作者は同じ人とは限らない。(その辺りは読む人の好き好き)




