治験と四つのディストピア
それは次郎君と正則君がスクナを手に入れてすぐの休日、
次郎君と正則君の二人に、約束通り万屋の仕事を手伝ってもらうべく、万屋の裏に広がる工房エリアにやって来てもらっていた。
「これが僕が治験する薬ですか、どんな効能がある薬なんです?」
東屋の下、丸太のテーブルにずらりと並べられた、色とりどりの魔法薬が入れられたガラスの小瓶。それら小瓶を前にそう聞いてくるのは、中指でメガネのブリッジをクイと上げる次郎君だ。
「美肌にアンチエイジング、あと精力剤かな」
「……あの、なんです。そのちょっと怪しげなネット広告にありがちなサプリメントのようなラインナップは?」
うん。簡単に説明された魔法薬のラインナップ。それに文句をつけたくなるのも分からないでもないんだけれど。
「これは賢者様がアニマさんと生きてく為に開発している薬だね。アニマさんはホムンクルスだからいろいろあるんだよ」
アニマさんはエルフなどの長命種のDNAも取り込んでいる為、寿命が人間の常識では計り知れないほどになっている。そんな彼女と長く、いや、ずっと暮らしていく為には、こういった薬の開発が必須になるのだ。
「ってゆうか精力剤あるんだったら、俺がやってもいいんだけどよ」
と、僕と次郎君の会話に混ざってきたのは完全装備の正則君。
「たしかに俺もちょっち興味があるな」
そして、当然の如く元春も精力剤には興味があるようで、
「はいはい。だったら二人の分は残しておくから後でね」
しかし、この後、正則君にはディストピアのテストに入ってもらわなければならない。
元春は特に関係ないのだが、趣味に関わらないことなら、とことんタンパクな次郎君ならまだしも、休日の午前中という時間帯から、煩悩まみれの元春がそんな怪しげな薬を飲んでしまったら、また面倒なことになりそうなので、元春には帰ってから自宅で試してもらうとして、
「それで次郎君はどの薬を試すの?」
「そうですね。とりあえず最初は美肌ポーションでしょうか。これが一番安全そうですから。
しかし、どうやってその効果を検証するんです?」
「それはベル君のスキャンだね。飲む前に肌データを取らせてもらって、魔法薬を飲んだ後とで比較して確かめようと思ってるよ」
ベル君のスキャンなら、肌の細やかさや潤いなどはもちろんのこと、細胞そのものまで丸裸にすることができる。それを飲む前と飲む後で比較するのだ。
薬によってはその効果が発揮するまで時間がかかるような場合もあるだろうけど、今回は本数=バイト代ということになっているから、一本一本の効果を確かめるのは五分程度と区切って、その間に発生した効果を確かめていくことになっていた。
そんな計画をざっくり説明したところで、次郎君に試す薬を選んでもらうのだが、
「では、僕はこれを」
「俺はこいつ」
「だったら俺はこっちだな」
「いやいや、二人には後で試してもらうからって僕いったよね」
次郎君に続いて、さりげなく薬を確保する困った二人にそうツッコミを入れる僕。
しかし、二人からしてみると、使う精力剤はできれば自分の眼鏡にかなったものがいいようで、結局ちょっとしたOHANASHIの後、次郎君が紫蘇ジュースのようなピンクの美肌ポーションを、元春がいかにも栄養ドリンクといった感じの蛍光色の精力剤を、そして正則君は少年心に惹かれるものがあったのだろうか、ブルーハワイの原液のような濃い青色をした精力剤を確保したところで、ようやく次郎君の治験に入ろうとなるのだが、そこで、またまた元春が欲望まみれなことを聞いてくる。
「で、俺等もコイツを使ったらバイト代とかって出るんか」
自分から勝手にやりたいと言っておきながらお金を要求するとはこれいかに。
都合のいい元春の発言にそう思わないでもないのだが、幸いなことにこの万屋はアルバイトに対する正当な対価を払わないようなブラック企業ではないので、
「ちゃんと後でレポートを出してくれたらバイト代は払うけど」
結果さえきちんと報告してくれるならお金は払うと僕が言うと、元春がまたわざとらしくというか、どこか古臭い女子高生像を演じるように。
「てゆーか、精力剤のレポートって、ひとりゴニョゴニョの回数とか書けとか言わないよね」
うん。気持ち悪いからやめてくれないかな。
元春に白けた目線を送る僕の横、正則君が元春の発言を真に受けて言うのは、
「おいおい、さすがにそれはヤベェだろ」
「まあ、その辺は二人に任せるよ。賢者様が参考になったっていうならお金を出すから」
別にこの薬の結果は僕が見るものでもないからね。ちゃんとその効果が賢者様に伝われば報酬は支払うと、強引に話をまとまったところで、改めて次郎君に選んだ薬を試してもらうのだが、
「特に変わったようには思えませんが」
「次郎君の場合、もともと肌が綺麗だからね。ぱっと見ての違いはわからないかもだね」
「この無駄イケメンが」
これもまたいつものやり取りだね。
元春の怨嗟の声を聞きながらもベル君によるスキャンが行われ。
「若干数値が良くなってるかな。
じゃあ、この調子で他の美肌ポーションも幾つか試してくれるかな」
「そうですね。
というか、君達はまた何本の精力剤を持ち帰ろうとしているんです」
僕と次郎君がスキャンの結果を見聞している中、さり気なく二本目、三本目と精力剤を確保していく元春と正則君。
そして、そんな二人に次郎君からのツッコミが入れられるが、
「いや、せっかくこんだけあんだからよ。つい試したくなってな」
「つい試したくなったって――、君達の仕事はあちらでしょう」
と、次郎君が指差すのは東屋のすぐ脇に用意した、錫杖、ランプ、サーベル、大剣と、四つあるディストピア。
「それはわかってっけどよ。それはそれ、これはこれだろ」
「だな。つーか、君達の仕事って、この流れ、俺も実験に加わる流れなの?」
「そうだね。元春の場合、特に欲しいものもないだろうからどっちでもいいけど」
元春からしてみると普段からマールさんのお手伝いをして、万屋の支払いということに関してはこれといって困っていないのだろうが、手伝ってくれるというならサンプルは多い方がいい。
ということで――、
「もし、あれだったら報酬は精力剤とかでもいいし、
一応、今回持ってきたディストピアは、右から、島亀、砂アンコウ、サーベルタイガー、エインヘリヤルになるけど、どうする?」
「どうする――っつったって、やるのは虎助も試してないディストピアだろ。
……と、とりあえずエインヘリヤルってどんな敵になるんだ?」
「ふーん、もしかして意外とやる気になってる?」
「いやだってよ。エインヘリヤルだぞ、そりゃ気になるだろ」
元春はこう言うが、結局のところ興味があるのは精力剤の方だろう。
とはいえ、そこは元中二病かな。エインヘリヤルという中二心をくすぐるワードには敏感である。
因みに、エインヘリヤルとは北欧神話に登場する戦士した勇者達の魂のことを指し、本来の意味でその言葉が使われているのなら、それをディストピアにするのは不可能なのだが、今回これがディストピアに加工され存在しているのは、
「なんか、オーナーによると、魔剣になってたアイテムをディストピアにしたら、その持ち主(?)と戦えるようになったんだって」
つまり、このエインヘリヤル(仮)のディストピアは、戦場で命を落とした魔剣使い、もしくは魔剣を生み出すほどに負の感情を持っていた人間の残留思念を利用して作ったディストピアなのだ。
因みに、ディストピアの加工には、その素材となった個体が『プライベートな亜空間、もしくは精神世界などを持っている必要がある』という条件があるのだが、それは最近、量産化に成功した宇宙的空間技術によるマジックバッグと、もともと存在するスケルトンアデプトのディストピアを上手く使うことによって満たすことができたのだそうだ。
まあ、それでも素材そのものの思念の強さなど、他にもいろいろと条件が必要だと言うが……。
「成程な。
で、これはどんな相手と戦えるんだ?」
ガチャリとクリムゾンボアを装備した腕を組み聞いてくるのは正則君だ。
「さあ、今回持ってきた魔剣は僕も試してないヤツだからわからないよ。
ただ、剣の大きさからして重戦士なのは間違いないと思うけど」
そのディストピアは『それは剣というにはあまりに大きすぎた――』と、そんなモノローグが聞こえてきそうな大剣なのだ。
魔剣化したことによりサイズが変わってしまったという可能性も考えられなくはないのだが、それでも魔剣の姿というものは、そこに宿る意思が反映されるだろうから、まず間違いないのではないと思う。
「ふぅん、面白そうだな。
でもよ。それはいいとして、他のディストピアの名前、適当すぎんじゃね」
「ああ、砂アンコウとか島亀とかな」
「おう、それもだけどよ。サーベルタイガーもまんまじゃねぇかよ」
「それなんだけどね。もともとレアな巨獣なのか、データのない砂アンコウはともかく、他の二つはそのいかにも適当な名前が正式名称になってるんだよね」
「マジか!?」
「うん。まず島亀だけど、これはそのまま島みたいな亀だね」
童話なんかによく出てくる背中の甲羅が一つの島になっている亀だ。
「ただ、この島亀、ディストピアにしたのはいいものの、大きすぎて本人(亀)とは戦えないし、どうしたらいいのかわからないディストピアになっちゃったんだよね」
「ふ~ん。でもよ、それってなんかありそうだな」
そう言って顎を擦るようにするのは元春だ。『動く亀の島』に『クリア条件がわからない』という冒険心をくすぐる二つワードにちょっと興味がありそうなご様子だ。
だったらここは――、
「うん。僕もそう思ったから持ってきたんだよね。他の人にも試してもらいたくて――、
でも、興味があるなら元春が調べてみたら。
僕がちょろっと入ってみた限りだと危険なことはなかったし、時給も銀貨くらいなら普通に出すし、なにか見つけたらそれに応じて報酬を出すから」
「なんだよそれ、大盤振る舞いじゃねーかよ」
「こっちから払うものは現物だからね。元春がやってくれるとしても、金貨とかそれともなにかウチの商品になるからね」
正確には別に日本円がそのまま動くわけじゃなくて、あくまで万屋専用のポイントのようなものが動くだけ。
そして、もしも元春が気に入った精力剤とかがあれば、それで払うのもやぶさかではないとやる気をくすぐったところで、元春には少し考える時間をと話を戻して、
「それで残りのサーベルタイガーなんだけど、これは僕達が知ってるサーベルタイガーとはちょっと違って、牙だけじゃなくて全身の体毛ほぼ全てがサーベルみたいになってる感じの魔獣みたいだね」
イメージとしてはハリネズミとかヤマアラシみたいな感じかな。
あれを虎に置き換えたような全身凶器の魔獣らしい。
そう簡単にサーベルタイガーの説明をしたところ、正則君は嬉しそうな顔をして、
「おおう、そりゃヤバそうだな」
「ディストピアに出来るくらいの強さを持った魔獣だからね。それ相応の強さを持ってるよ」
「そういや、そういう仕様だったか」
いや、仕様って――、
忌憚のなさすぎる正則の表現に苦笑するしかない僕。
「よっし、俺はサーベルタイガーと戦うぜ」
「正則君なら、エインヘリヤルの方に挑むのかと思ってたけど……」
「んー、相手が幽霊ってのがな」
ああ、そういえば正則君って幽霊とかそういうのが苦手な人だっけ。
「それに、サーベルタイガーの方が熱い戦いができそうじゃね」
たしかに、純粋な闘争といった意味ではサーベルタイガーの方が正則君の本能を満足させてくれそうだ。
「じゃあ、正則君がサーベルタイガーで、元春は――?」
「そうだな。別に危ねーディストピアじゃねーみたいだしな。ちょっと入ってみっか」
「うん。だったら二人共お願いね」
「応っ」
「ま、なんとかやってみるぜ」