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桜の倒木

◆本作品が大変で退屈なこの春を紛らわす一助になれたら幸いです。

 では、本編をどうぞ。

 春休みもそろそろ終わろうかというその日、僕は急ぎ足で万屋に向かっていた。


「あら、虎助、今日はいつもよりゆっくりですのね」


「ええ、実は僕達の家の近くにある有名な大樹が春の嵐で倒れてしまいまして、

 それが、それなりに思い入れのある樹だったので、この世界ならどうにかなるんじゃないかと枝を一つもらいに行ってたんです」


 店に入るなり声をかけてくれるマリィさんに、僕は手に持った桜の小枝入りのペットボトルを見せながら出勤が遅れた理由を説明する。


「たしかに魔素の濃度が高いこの世界ならば枝からでも再生も可能かもしれませんね」


 このアヴァロン=エラでは、その魔素濃度の差から、他の世界の植物が恐ろしい速度で成長する。

 中には、濃密な魔素がある環境でも普通と同じように成長するなんていう例外的な植物も存在するのだが、その特性を利用すれば、小枝一本から倒れてしまった桜の再生が可能なのではないかと思ったのである。


「しかし、虎助が暮らす世界の植物をこのアヴァロン=エラで育てると、すぐに枯れてしまうのではありませんの?」


「それに関しては少し考えがありまして――」


 マリィさんの疑問に曖昧な言葉を返しながらも、僕はカウンターの下に置いてある趣味の悪い錬金釜を回収する。

 そして、すぐに見せを飛び出そうとしたところ、僕が言ったその『考え』というのが気になったのだろう。マリィさんもついてくるということで、僕は急ぎ足になりながらも、マリィさんを置いていかないようにと気にしながらも、工房の裏側、随分と大規模になってきた世界樹農園に足を向ける。


「来たわね。例のもの用意してあるわよ」


 と、そこで待ち構えていたのはドライアドのマールさん。

 彼女は挨拶もそこそこに、蔓を伸ばして一粒の種を渡してくれる。

 すると、僕の手の平をマリィさんが覗き込んで、


「これは?」


「世界樹の種ですよ」


 最初、持ってきた桜を再生するのに当たって、僕は世界樹に接ぎ木をする方法を考えていたのだが、ここに来る途中、『世界樹を利用するならマールさんに連絡を取っておかないと――』と、念話通信で連絡を取ったところ、事情を聞いたマールさんから、それなら錬金術で世界樹の種とその桜の小枝を錬成してみたらどうだと提案されたのだ。


「そんな方法もありますのね」


 因みに、植物の精霊であるマールさんからしてみると、接ぎ木とかそういう人工的な植樹があまり好みでは無いかとちょっと心配をしてみたりもしたのだが、話を聞いてみると、そもそも植物そのものが自己改変によりそれぞれの環境に適応、増殖を繰り返す生物だけに、別にそういったことに関しては特に気にならないみたいだ。

 まあ、人工的な品種改良が嫌いと言うなら、錬金術による種の改良もあまり好ましくないことだしね。


 そんなこんなで、僕は倒木から採取した桜の枝とマールさんから受け取った世界樹の種を錬金釜に放り込んで魔力を注いでゆく。


 使用する魔法式は〈融合〉に〈活性〉に〈品質操作〉。

 わざわざ〈品質操作〉を入れた理由は、そのまま融合させてしまうと、どうしても世界樹の因子が強く出てしまうからとマールさんからアドバイスを受けたからだ。


 そして、出来上がったのがコレである。


「植物の苗ですわね」


「枝と種を錬金したら苗になるとは、さすが錬金術って感じですね」


 てっきり新しい種ができるかと思えば、それをすっ飛ばしていきなり苗が出来上がってしまった。しかも土付き。

 正直ツッコミどころが満載な結果だが、それは錬金術の不思議ということで片付けて、


「どこに植えますの?」


「やはりここでしょうね。世界樹には他の植物の育成を助ける効果もあるらしいですし、ここならすぐにマールさんが対応してくれるでしょうから」


「そうね」


 ということで、マールさんの助言を受けながら植樹位置を選定。

 場所の雰囲気や気軽に樹の様子を見られるようにと考えて、最終的に世界樹から少し離れた工房の石壁のすぐ近く、ディーネさんが引き篭もる井戸の近くに植えることと相成った。


「じゃあ植えますね」


 マールさんに手伝ってもらって穴を掘り、苗をセット。

 土を被せて、その土が馴染むようにたっぷりと水をかけたところで緊張の一瞬。

 苗は植えつけて数秒、桜の苗はすぐに爆発的な成長を始める。


 さて、問題はここからだ。

 このまま爆発的な成長が続けば、他の植物と同じようにあっという間に枯れてしまう。

 その際には実をつけ、種を残してくれるだろうが、できればちゃんとこのアヴァロン=エラに根付いて欲しい。


 とはいえ、別にこれで上手く行かなくても、僕の後に、元春や次郎君、正則君が同じように枝を手に入れてくれている手筈になっているので、まだ、いろいろと実験するのには数回のチャンスは残されている。

 最悪、ソニアに頼ってもいいんだけど、なるべくこれで生き残ってくれるといいんだけどな。


 僕が少し遅れてこっちに向かってきてくれているだろう元春達のことを思っていると、ほんの数分で、十年とか、百年とか、それくらいの勢いで育っていた桜の成長が急激にスピードダウン。

 そして、それから更に数分して、完全に成長が止まり、まるで花咲か爺さんのお話のように次々と花開いていく。


「成功ですか?」


「ええ、安定したみたいね」


 マールさんに直接触れて調べてもらったところで一安心。

 ややシーズン遅れで満開になった桜の樹を見上げて、


「確かにこれは残したくなる樹ですわね」


「はい」


 僕とマリィさんが呆けたように舞い散る桜の中にいると、店番をしてくれているベル君から居場所を聞いたのだろう。元春達がやって来て、


「お、ちゃんと復活してんじゃねーか」


「だな」


「いや、それよりも、この大きさへのツッコミは無しですか!?」


 うん。初めての人はこの成長率に驚くよね。

 だけど、元春はそんな常識など、とうの昔に捨ててしまったみたいだ。

 ついさっきの今で巨木サイズに成長し、満開の花を咲かせている桜にもまるで疑問を抱かずに、


「そんな細けーことはどうでもいいんだよ。

 それよか、せっかくこんな桜を独占できんだからよ。花見だ。花見やろうぜ」


「だな。春休みも今日で最後だし、いいと思うぜ」


 同様に細かいことはどうでもいいらしい。正則君の同意を受けて、元春はぐっと親指を立てると、花よりダンゴ。宴会をやろうと提案してくるのだが、

 花見といって宴会と通じるのはおそらくは日本人くらいだろう。


「虎助、花見というのはどういった催しですの?」


「花を愛でながら食事を楽しむ宴ですかね。

 前にちょっとやったような外での食事会のようなものですか」


 そんな説明をマリィさんに説明していると、マールさんが横から蔓を伸ばしてきて、


「あら、それは面白そうね。ディーネ様も起こした方がいいのかしら」


 すぐにマリィさんと万屋の共同出資でお花見を開催することに決定して、公平な勝負(じゃんけん)、その結果、元春が近所のスーパーに買い出しに走り、僕は魔王様や賢者様に声を掛けるのと同時に、ベル君と一緒に簡単なおつまみを作ることに。

 そうして妖精が空を舞いセイレーンが歌を添えるという豪華な花見が無事に開催されることと相成った。


 因みに、このお花見の少し後、この桜の大樹からは大量のさくらんぼが取れた。

 しかし、もともと観賞用の桜からとれたさくらんぼだけあって食べられないものじゃないのかと、さくらんぼが出来た当初、僕はそう思っていたのだが、土地の影響か、それとも世界樹の種と融合させたことが原因か、マールさんによると、このさくらんぼは人間にも食べられる実になっているらしく、実際に食べてみるととても美味しい実であった。


 そして、魔王様のお友達の妖精さん達に手伝ってもらって回収しただけでカゴいっぱいにになってしまったさくらんぼを見て僕は『今度、元春のお母さんである千代さんに頼んでチェリーパイを作ってもらおうかな』と、そんなことを思うのだった。

◆万年桜……世界樹と江戸彼岸桜の錬金交配種。

 アヴァロン=エラの魔素を根から吸収することで、常に花を咲かせ実をつける。

 世界樹との交配により、本来、食用に向かないさくらんぼも美味しく食べることが可能になった。


◆チェリーパイというとアメリカというイメージがあります。

 あれの種ってどうやって取ってるんだろうって思ってたんですけど、瓶と割り箸を使ったライフハックを見て成程と思いました。

 他にも簡単に種を取る方法がいろいろとあるみたいですね。


◆次回は水曜日に投稿予定です。


◆新しい評価の方法は簡単ですが少し分かり難いですよね。

 下にスクロールしてカーソルやタッチで表示される『★マーク』が評価になるみたいです。

 評価そのものは簡単にできるみたいですので是非お試ししていただけるとありがたいです。

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