春植えの野菜
◆短めです。
その日の元春はそわそわしていた。
理由は単純、今日万屋にトワさんがやってくるからだ。
まあ、トワさんが来店するのは一週間に一度はあることなので、僕にとってはそれほど珍しいことではないのだが、巡り合わせの悪い元春にとっては貴重な機会、こうなってしまうのも仕方のないことだろう。
因みに今日は次郎君と正則君は来ていない。
次郎君の性格上――、いや性癖上――、ありえないことだと思うのだが、元春は二人がトワさんに一目惚れしてしまったらどうしようと警戒しているみたいだ。
あらかじめ、トワさんの来店の予定を聞いた元春はあえて今日二人を誘わなかったのである。
まあ、次郎君はともかく、正則君は新学期に向けた部活の集まりがあるみたいなので、もともと来れなかったみたいだけど。
というわけで、トワさん――もとい、マリィさん達の来店を待ちわびる元春を傍らに、僕はベル君と一緒にマリィさん達を受け入れる準備を進めていく。
ああ、今更になってしまったが、本日マリィさん達がやって来るのは、春植えの野菜の苗や種を注文するためである。
ものが食料に関わるものだけにマリィさんの一存だけでは決められないのだそうだ。
そんなわけで、僕とベル君が手分けをして、あれやこれやと準備していると、ゲートから光の柱が立ち上り、少ししてマリィさん達がご来店。
メンバーはマリィさんにトワさん、ユリス様にスノーリズさんと、ガルダシア城の重鎮四人だった。
そんな美女四人組の来訪に――まあ、主な原因はトワさんなのだが――、元春の緊張がピークに達してしまったらしい、カウンター横の応対スペースで、カッコよく膝を組んだままの状態でフリーズしてしまったみたいだ。
本当なら、あそこで交渉をと思っていたんだけど、こうなってしまってはしょうがない。
僕は氷像のように固まってしまった元春にため息を一つ、アクアを召喚して元春の介抱をお願いすると、マリィさんたち三人を奥の和室へと誘導して、各種様々、通販サイトから拾ってきた春植えの野菜を表示していく。
すると、それを目にした三人は――、
「これだけ種類がありますと、どれから手を付けたらいいものか検討がつきませんわね。
虎助、なにかオススメの作物とかありますの?」
「そうですね。まずリーフレタスに小松菜、チンゲンサイなどの葉野菜、バジルやルッコラなどのハーブ類は初心者でも簡単に育てられるそうですよ」
因みに、バジルなんかはトマトと一緒に植えるとちょっとした虫避けになるそうだ。
あれ、そうなると、半分蜘蛛であるミストさんはハーブとかが苦手なのかな。
僕はふと自分の中で思い出した豆知識に、マリィさん達に続き、近々野菜の種を買いに来ると言っていた魔王様のお仲間の心配をしながらも解説を続ける。
「他には、ダイコン、ニンジン、カブなんかも失敗が少ないらしいですよ」
この辺はマリィさんの世界にもあるとのことなので説明不要だとのことである。
因みに根菜類といえば、ゴボウも意外と育てやすいそうで、深いプランターを用意すればどこでも作れるそうなのだが、ゴボウの場合、見た目が根っこでしかなく、外国人受けもあまりよくないということで今回は除外ておいた。
そして、特にマリィさんからのお願いでサツマイモ苗のリクエストがあったのだけれど、あれはもう少し暖かくなってからの植え付けということで、いろいろと種類を買い揃え、後日渡すことになっていたりする。
「後は実のなるタイプからトマトにピーマン、ナス、オクラ、ゴーヤにキュウリ、エダマメやソラマメなんかがありますけど、この辺は好みですので、いちおう実物を用意してみました」
特に苦味の強いゴーヤや粘りのあるオクラは食べてみないとわからないと、これに関してはちょっとした料理を用意してある。
と、そんなこんなで用意した料理を実際に食べてもらったところ。
「このオクラという野菜は食感にクセはありますがおいしいですわね」
「はい。このポン酢というソースが絶妙です」
「私はこのゴーヤチャンプルというものが一番好みです」
「そうですか、私こちらは苦くて苦手ですの」
四人の反応から見て、オクラはそこそこ、ゴーヤはイマイチみたいだ。
しかし、ゴーヤは育てやすくてビタミンも豊富、収穫もかなり見込める野菜であって、一度、種を購入すれば種を取るのも簡単で、ほぼ永続的に育てられる野菜である。
冬になると雪に埋まってしまうというガルダシア自治領の気候がちょっと心配ではあるが、管理する村の栄養状態の向上に使えそうな野菜なので、ここは特にオススメしたいので、
「でも、ゴーヤは健康にいいらしいですよ。お腹の調子を整えたり美容に効果があるみたいですね」
「美肌に効果ですか」
興味を引きつける為に言ったこの売り込みに食いついたのはトワさんだった。
穏やかながら迫力を秘めた表情で迫ってくるトワさんに、僕はカウンター横の応対スペースでアクアに介抱されている元春を気にしながらも、
「はい。ビタミンCという美に重要な栄養素が豊富に含まれていると言われていまして、なんとかって成分が代謝を良くするらしいです。あとカリウムという栄養素も多く含まれているそうで、むくみ対策にも効果があるみたいですよ」
「それは興味深いですね」
むくみが取れるという説明に反応したのはスノーリズさんだ。
立ち仕事が多いメイドさんだけにそういう悩みがあるのだろうか。
僕は妙な食いつきを見せる美女二人に絡まれながらも続けて、
「蔓性の植物ですから高い場所から網をたれ下げて這わすように、夏の日差し対策にもなりますから」
「成程、これは購入ですかね」
「そうですね。美容にいいという話は私も気になりますから」
「まあ、お母様まで――」
一人だけ反応が鈍いマリィさんを他所に、その他三人の意見によって、幾つかの種類のゴーヤの種の購入が決まったようだ。
その後、ああでもないこうでもないと、時に議論を白熱させながらも春植えの野菜の選定を行っていった四人は、二時間程ですぐに手に入る種や苗、そして、ポン酢などの調味料に試食に使わなかった野菜などを買い付けて、ガルダシア城へと帰っていった。
因みに四人が帰った後の元春だが、フリーズしていたとはいえ、微かにその意識はあったみたいだ。
「なあ虎助、あの白髪のメイドさんはなんだんだよ」
「なんなんだってスノーリズさんのこと? 前にベッドを作りに来た時に見なかったっけ?」
「あの時は角度が悪くてな、あのお姉さんを正面から見れなかったんだよ。
でも、あのお姉さん、スノーリズさんっていうのか。
で、どんな人なんだ?」
「どんな人って言われても、ユリス様付きのメイドさんで、トワさんのお姉さんだったかな。
それくらいしかわからないけど」
「な、トワさんのお姉様だと!?
くそっ、俺はどっちを選べばいいんだ。
このままだと仲のいい姉妹が喧嘩になっちまうじゃねーか」
ええと、なにがどうなってそういう結論に至るんだい。
一度、元春の脳内を調べた方がいいのかな。
僕はなにやら自分勝手に都合のいい妄想を思い浮かべて頭を抱える元春にそんなことを思いながらも、
「ねえ元春、それよりもまずはトワさんの前でも緊張しないようにするのが先なんじゃないのかな」
会話をしなくてはなにも始まらないと、ただただそんな常識的なアドバイスをするのだった。
◆ガルダシア自治領の気候は、長野とか群馬とか、あの辺りの気候を想定しています。
冬には大量の雪が降るけど、夏は夏でフェーン現象やら地形のせいで熱が籠もって暑かったりと、そんな感じのイメージです。