ホムンクルスとカースドールのその後+α
◆今回、このお話に合わせた『おまけ』がお話の最後についております。
「弟子にして下さい」
突然の弟子入り志願をするのは次郎君。
そんな次郎君に弟子入りを懇願されるのは賢者様だ。
さて、なにがどうなってこうなっているのかというと、ことの始まりはお昼前――、
鎧のならしにディロックへ潜っていた元春達が、なにやら聞きたいことがあると万屋に戻ってきた時のこと、錬金術に使う素材やその他生活用品を買い込みに来て、例の強盗騒ぎに巻き込まれてしまった賢者様たちと遭遇し、お互いの自己紹介をする中で、アニマさんがホムンクルスだと知った次郎君が賢者様に突然の弟子入り志願したのだ。
「貴方、それは本気で言ってるのかしら?」
「ええ、師匠の目的――、というか、これはもう達成しているんですよね。それは僕の目的と重なりますから」
きっちり九十度、腰を折り曲げる次郎君に純粋な心配からだろうマリィさん訊ねると、次郎君は顔を上げ真剣な目で訴えてくる。
そうなのだ。次郎君もまた賢者様と同じく、女性に対する理想が高過ぎて、いろいろとこじらせちゃってる人だったりするのだ。
周囲からメガネ男子なんて呼ばれ人気の次郎君は、中学の頃、ちょっと年上のお姉さんから熱烈過ぎるストーキング行為を受けて、自分よりも年上の女性が苦手となり、それが年々悪化、最近では『小学生は最高だぜ』と、爽やかにそんなセリフが出てしまうくらい、重篤な状態に陥ってしまったのだ。
斯く斯く然々、急な弟子入り志願にちょっと困った様子の賢者様に、僕が次郎君がそんな次郎君の事情を伝えたところ、『同類相憐れむ』という表現は正しいのだろうか、共に禁忌に手を伸さんとするその気概に共感を持ったのだろう。
「同じような考えを持つ者同士、協力したいのはやまやまなんだが、俺も俺でやることがあるからな」
弟子入りはともかく次郎君への協力はやぶさかでもないようなのだが、こうみえて賢者様は忙しい。
まあ、その理由が、パートナーとなったアニマさんと共に長い年月を歩む為の不老不死に関する研究はまだしも? 男性の機能を高める魔法薬の開発するとか媚薬だのなんだのと、ちょっとアレな研究物もあったりするのだが、錬金術の研究に日々邁進している賢者様には弟子の育成に構えている時間はあまりない。
そこで目につけたのが――、
「虎助に教えてもらうのはどうなんだ」
「なんでそこで僕の名前が出てくるんです?」
聞くと、どうも賢者様は、僕が錬金術をやっていることに加え、これまでの取り引きからホムンクルスに関する素材も熟知していることから、頑張れば僕でもホムンクルスを作れるのでは――と思っているようなのだが、
「どういうことです虎助君?」
うん。いつもに増して丁寧に――、そして、にこやかに聞いてくる次郎君の表情からは、恐ろしいまでの真剣さが伺えるんだけど。
「僕ができるのはちょっとした魔法薬を作るくらいだと思うんだよね。
ホムンクルスも賢者様の取り引きでその素材はわかってるけど、それだけだし」
そもそも材料がわかったところで作り方なんて分からない。
僕はそう言うのだが、賢者様は、
「いや、虎助の腕は大したものだぞ、たった半年やそこらで上級のポーションにまで届く技量は持ってるからな。いいアドバイザーもいるし、数年もすれば簡単なホムンクルスくらいは作れる錬金術師になれるんじゃねぇか」
おおっ、思ったよりも僕の評価は高かったんですね。
賢者様がそう言ってくれるのは嬉しいけど、そもそも僕にホムンクルスを作ろうなんて意識など毛頭ない。
それに、僕の錬金術のレベルが高いのは、使っている錬金釜の性能と魔素が豊富で素材が使い放題というこのアヴァロン=エラの環境があるからこそで、自分で新しい何かを作り出すみたいな応用力はあまりないんだと思う。
僕がそう正直に答えたところ、賢者様は顎髭をさすり。
「まあ、そういうもんは長年の経験で憶えていくもんだしな。
でもよ。それならゴーレムとか、そっちの方向を教えりゃいいんじゃないか。
ベルとエレインはともかく、それ以外のゴーレムの整備はお前がやってんだし」
たしかに、銀騎士を始めとして、ガラハドやマーリン、モルドレッドなどの整備は、僕もソニアを手伝ってそれなりに慣れたものだ。
つまり、ホムンクルスのような生体ベースではなく、賢者様の世界で手に入るようなガイノロイドとも言うべきゴーレムの作り方を教えろってことなのか。
ふむ、それなら――、
「最近ではカースドールの整備もやりましたからね」
「「「「カースドール?」」」」
「ああ、カースドールについては僕と元春しか知りませんでしたっけ?」
賢者様だけでなく、それ以外の数人が声を揃えるように首を傾げるのに、僕がカースドールが来店した経緯を簡単に答えたところ、マリィさんが驚いた様子で、
「しかし、よく呪いの人形の相手をできましたわね。さすがは虎助というべきですか? かの人形に抗える男性はそういないと聞きいていますが」
「そんな危ない相手なんすか?」
その驚きようから、カースドールが強敵だと勘違いしたのだろう。ここで今まで話についてこれずにボーッとしていた正則君が会話に入ってくる。
「包丁とか取り出して、完全にヤンデレ女だったな。
まあ、虎助は普通に倒してたけど」
正則君の疑問に答えたのは元春だ。
「スゲーな」
そんな元春の証言に正則君が大袈裟に驚くけど。
「人間型だったから、正則君も冷静に戦えば、たぶん同じ様なことは出来ると思うよ」
「いや、普通に死ねるだろ」
どうなんだろう。生身では無理だとしても、マジックバッグから鎧を取り出して、それを盾に初撃を防いだ上で反撃すれば、どうにかなると思うんだけど。
「で、そのカースドールはどうなったの?」
「そうそう、どうなったんだよ虎助」
「え、ああ、いまは全身のオーバーホールと浄化処理を同時並行的に進めてる感じかな」
単純に気になったと訊ねてくるホリルさんに、太鼓持ちのように繰り返す元春、その質問に答えると、次郎君が「浄化処理ですか?」と訊ねるように呟くので、僕は魔法窓を開きつつも。
「強い思いを込めて作られた魔法の道具には怨念とかそういうのがこびりついてるからね。魔法式をいじって再起動するにしても、先にそれを取り除かないといけないんだよ」
「成程――」
唸るように呟く次郎君のその横で、元春としてはこっちの方が気になったのだろう。
「それでオーバーホールってのはどんな感じになってんだよ。
まさか、あの美少女フェイスをいじったりとかしてないよな」
「外見はそのままだよ。 ただ、少なくとも数十年はメンテナンス無しで動いていたみたいだから、関節とか、いろいろと傷んでいるところがあったみたいだから、一回、分解したりはしたけどね」
例えば、歌って踊って宙返りなんかする有名二足歩行ロボットなんかは、数ヶ月に一度、全身の部品交換が必要だという。
カースドールはそういう機械とはまた別の存在だとはいえ、素体の摩耗は避けられない。
「しかし、カースドールなんてもんが、それだけ長い間動いてたってことは、かなり変質しちまってるんじゃないか」
「そうですね。作られた動機が動機だけに、結構危ない感じに変わっちゃってましたね」
かつて魔王様から譲り受けていた魔剣のように、使用者の負の感情が残留したカースドールも普通に長年魔素を浸透させただけじゃ起こらない変化を起こしていた。
「ふむ、そうか……。
しかし、それだけ手間を掛けて直したってことはそうとう金がかかったんじゃねぇのか」
「まあ、浄化や修理に使う素材を現金換算すれば高くつくかもしれませんが、その辺はバックヤードにあり余っていますから」
普通にカースドールを修理した場合、浄化処理の代金も合わせて、その金額は膨大なものになるだろう。
しかし、この万屋に限っては、次元の漂流物やディーネさんを始めとした精霊の皆さんのおかげもあり、カースドールの修理や浄化に必要な希少素材は存分にある。
それらを使えばコストはそれほどかからないのだ。
故にカースドールの修理にかかるコストはほぼ技術料だけとなり。
「で、そんだけの手間をかけて呪いの人形を直してどうすんだ?」
「問題はそこなんですよね。
僕もオーナーも、ただ直すことしか考えていませんでしたから――」
特にカースドールを直して、なにかをどうこうする予定はない。
ただ、あるとすれば、修理するために内部構造を調べたことが目的だったか。
だから、彼女をちゃんと直したところで、どうすればいいのか。
僕がそう言おうとしたところ、元春がそこに割り込んできて、
「おいおい、カースドールちゃんは俺が引き取るってことになってただろ」
そういえばそんなことを言ってたね。
でも、引き取るっていっても、さすがに無料って訳にはいかないから、そこのところどうしたものだろう。
元春に譲るとしてもその資金源が問題だと、僕が鼻息荒く主張してくる元春にそう指摘しようとしたところ、そこにクイとメガネを上げた次郎君が小さく手を上げて、
「待ってください。そのカースドールですが、僕に譲っていただけませんか」
「おいおい次郎よ。カースドールちゃんは俺が先に唾を付けてたんだぜ」
自然とキメ顔を作る次郎君にオーバーリアクション気味に文句を繰り出す元春。
「ですが、それは口約束ですよね」
さすがは次郎君だ。よく分かっていらっしゃる。
そう、次郎君の言う通り、元春にカースドールを譲り渡すという話は、カースドール捕縛の後、一方で木に元春が言っていたことにすぎないのだ。
しかし、カースドールという等身大の美女を手に入れるこのチャンスに引き下がるような元春ではない。
「ちょっ待てよ。カースドールちゃんはむっちんプリンのお姉さんだぜ。お前の好みからするってーと完全にアウトだろ」
元春の言った通り、カースドールはその存在理由から男受けしそうな見た目をしていた。
ならば、次郎君の好みとは合わないだろうというのが元春の主張なのだが、次郎君は次郎君で諦めるつもりはないらしい。
「それは残念の一言につきますが、虎助君や師匠の話を聞く限り、その彼女は体を作り変えることも可能なのでしょう」
「そうだね」
次郎君が指摘する通り、カースドールはあくまで人形、ちゃんと規格に合わせてパーツを作れば、思い通りのカスタムが可能だろう。
そして、ゴーレムを使って美女を作り出そうというこの技術に関しては賢者様は先達で、
「手っ取り早く理想の女を手に入れる為に、そういう手段に手を出すのは悪くないと思うぜ。
実際、俺もそこは通った道だからな」
たとえばプルさんなんかがいい例だ。
まあ、彼女の場合、単純に見た目にこだわり、更に護衛としての役割り、そして、銀騎士など、狙った世界へ移動できるゴーレムを作るにはどうしたらいいだろうかという検証から、完全に賢者様の希望を満たすような機能を持たせたゴーレムにはならなかったのだが、それはそれとして、
「どっちが引き取るにしても、まずは彼女をきちんと直さないと――、
話はそれからだね」
「ま、そりゃ当然だよな。
で、いまってどれっくらい直ってんだ」
当然そこは気になるよね。もともと見せるつもりだったから、そのリクエストには答えられるけど。
魔法窓に浮かべたのは例の狼の影の彼を閉じ込めていたのと同じ巨大なカプセル。
その中は特別な聖水で満たされており、裸のカースドールが浮かんでいた。
「つか、なんで大事なところが隠れてんだよ!?」
「気になるのはそこなんだ」
元春が叫んでいるのはカプセルに走る黒いライン。胸と秘部を隠すそのラインに元春が奇声を上げるが、いまこの場にはマリィさんを始めとした女性陣もいるのだ。そんな中で裸の女の子の映像を覗き込むのはどうなのか、僕としては精一杯配慮したつもりだったんだけど、元春はそれが気に入らないようで、
「チッ、余計なことを――」
常識を語る僕に舌打ち。
そして、またカースドールが映る魔法窓に視線を落としたところで、ふと気付いたように。
「って、おい。ちょっと待て、この子のメンテはお前が視点だよな。
するってーともしかして、お前――、この美女の裸見放題なのかよ」
失礼なことを言いながら掴みかかってくる元春。
まあ、そこはあえて否定はしないけど、あくまでそれは修理の為に必要なことであって、
それに、そんなことばっか言ってると――、
ほら、女性陣からの冷たい視線が元春に集中して、
はい。炎の弾丸が元春の坊主頭に着弾。
すると、今回はあえて火力を弱めに調整されていたのか、普段なら一瞬でパンチパーマになってしまうところを「熱っ、熱っ」っと地面を転げ回る元春。
そして、次郎君も正則君もすでにこのやり取りに慣れたみたいだ。心配そうな視線の一つも向けないで、あえて冷静な瞳で魔法窓を覗き込み。
「しかし、話を聞く限りではもっと人形らしい見た目をしていると思ってましたが、これはもう人間と変わりませんわね」
「もしかしてこれも虎助君が?」
「ううん。浄化や関節なんかの修理は僕がやったんだけど、外見の調整はオーナーの担当だから、それにそもそも彼女は最初からかなり人間に近かったから」
賢者様の世界で一般的なガイノロイドなど、金属をそのまま成形するようなものならまだしも、魔獣の革や特殊な樹脂など、できるだけ人に見えるように外見を整えるような技術は僕にはない。
以前から、そういうゴーレム、いや、自動人形を作りたいと言っていたソニアが、カースドールを手に入れたことで、その作りを分析、本格的な人工表皮などの生体部品の開発に着手したのだ。
「それで、これはほぼ直っているようにも見えるのですが、まだ完全ではないんですの?」
「修理の方は殆ど終わっているんですけど、中身の方はまだまだですから。もう少し浄化を進めないと目覚めさせるのは難しいでしょうね」
頭脳そのものを入れ替えれば目覚めは早くなるのだが、ここまで可動してきた彼女の経験が消えてしまう。
だから、いまは彼女の体を強化しながら、彼女を彼女たらしめる魔法式をチェック。その魔法式そのものも浄化処理を進めているところなのだ。
しかし、ここでまた無駄に再生力の高いこの男が馬鹿なことを言い出す。
「でもよ。呪いの所為で目覚めない美女とか、これキスをして目覚めさせる流れじゃね。
俺の熱いヴェーゼが彼女の呪いを浄化する的な」
いやいや、確かにそのシチュエーションは定番だと思うけど、それはあくまで物語の演出だからね。
回復魔法――いや、この場合、浄化魔法を使わないと無理だから。
それに彼女を目覚めさせられないのは呪いの所為ではあるけど、あくまで暴走しないようにって措置だから。
僕がまたおバカなことを言い出す元春を止めようとしていると。
「く、好みではありませんが僕がやるしかないのか」
まさか次郎君までもがそんなことを言い出すなんて――、
目的が現実味を帯び始めたことにより、いつもの冷静さがなくなっている次郎君に僕がちょっと驚いていると、
「ん、これは俺も手をあげるパターンか?」
君もかブルータス。
正則君までもが楽しそうに参入しようとするのだが、
「「お前(君)は黙ってろ(黙ってて下さい)」」
さすがにそれは二人が許さなかったみたいだ。
正則君の参戦はその一言で却下され、ぎゃいぎゃいと騒ぎ出す元春と次郎君。
しかし、そんな二人の背後には、指先に火弾を灯したマリィさんが迫っていて――、
うん。これは黙っておくのが正解かな。
二人にはマリィさんのお仕置きを受けて冷静になってもらわないといけないからね。
僕は二人の背後から迫る驚異に、賢者様達に正則君と目配せを送って退避を促し、元春はともかく次郎君はマリィさんのお仕置きに慣れていないからと回復ポーションの準備を始めるのだった。
◆おまけ◆
「そういや、今回のことで思い出したんだけどよ。前に俺が持ってきた信楽焼のタヌキはどうなったん?」
「信楽焼のタヌキとは?」
「ああ、年末に俺のおふくろがくじでゲットしてな。置く場所が無いからってココで引き取ってもらったんだけどよ。そん時にここのオーナーがゴーレムにしたら面白いかもって言っててな」
「面白い――というのはどういうことです?」
「ほら、漫画とかだとタヌキって変身すんだろ。
だから、その信楽焼のタヌキをエレインとかみたいに――っていうか、どっちかっていうとスクナか、そうしてやれば変身能力が手に入るんじゃねーかって話なってたんだが――」
「そりゃ面白そうだな。
虎助、そのタヌキはどうなったんだよ?」
「うん、あの子ね。ちゃんとゴーレム化には成功したよ。
でも――」
「あや、その言い方は失敗か?」
「ううん、失敗か成功かというと成功だよ。ちゃんと変身能力も付与できたから」
「だったら――」
「でも、元が信楽焼のタヌキだから、形がそのまま固定なんだよね」
「それってどういうことなん?」
「そうだね。簡単に言うといろいろと形が変えられる焼き物フィギュアって感じかな」
「ダメじゃん」
「でも、逆にじっとしてるのが得意みたいで、いまは岩とか柱とかに変身していろんな場所で監視任務に励んでるんだよ」
「いや、それ、エレインとかカリアで十分だろ」
「……………………」
◆ゴーレム解説
ブリンクドール……おそらく有名な人形師に作られ、アヴァロン=エラにやって来た個体をソニアが持てる技術を使って強化した自動人形。現在は彼女を動かす魔法式の浄化・改変処理を行っている。マスター登録無し。
信楽……回りまわってアヴァロン=エラに売られてきた信楽焼のタヌキをソニアがゴーレム化したもの。そのボディには影に関する原子精霊を宿しており、変身能力を持っている。現在はその特徴を活かしアヴァロン=エラ各所で監視任務に着いている。最高権限者はソニアになっているが、平時は虎助およびカリアの指揮下にある。
◆登場人物が多いとセリフの割り振りが大変です。
因みに、セリフは一言もありませんが、今回この場にはホムンクルスのアニマもきちんといます。
ただ、彼女の場合、有事でもない限り、自分から会話に入っていくタイプではありませんので、ニコニコと黙って成り行きを見守っていただけでした。